小さなマーク

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プリンターのトナーを買ったら、ベルマークが付いているのに気づいた。しまった、これまでいくつか捨ててしまっていた。小学生のころには、毎月、生徒たちが集めてきたベルマークを回収する機会があったけど、いまはどうなっているのだろう。そのころの一場面なのだけど、どこかのスーパーで、女の子がお母さんにお菓子を「どちらにする?」と聞かれて、「ベルマークがついているからこちらにする」と言ったのを覚えている。なぜかぼくはその場面が忘れられなくて、その女の子はその小さなマークが誰かのためになることを知っていたのだろうか、そして、女の子はどんな大人になっただろうかと、ときどき思い出す。

# by enzian | 2018-01-21 23:46

苦手な問い

1年生の学期終了が見えてきて、「(2年生時に決定する)コースをどう選んだらいいのか」という問い合わせが多くなってくる。ぼくはこの問いが苦手なのだ。なんで苦手かというと、答えの選択肢に自分が入っているからだ。自分が選択肢に入っていない問いであれば、微に入り細に入り、心を込めて説明してもいいが、うまく説明してしまったら自分が選ばれてしまうかもしれない(じっさい選ばれる心配はないのだけど)ような問いには答えたくないからだ。もちろん、この種の問いに正確に答えようとしないのは職務上の義務違反なのでしぶしぶ答えるが、心のこもっていない、マニュアルを読むような説明になっているだろうから、聞いていても楽しくないはずなのだ。この記事も大切なことは書いていないが、15分で書けたのでよしとしよう。

# by enzian | 2018-01-14 21:58

リセットする

今年の冬は寒くてしょうがない。部屋にいるのに指がこごえて動かないではないか。どうしたらいいのか。なになに?わたくしの家だけですか、そうですか。ともかく、去年の夏、とんでもなく暑いなかをあっちふらふらこっちふらふらして熱射病になりかけたことでさえ、すでに忘れかけている。こうやって毎年、冬になれば夏が暑苦しかったことを忘れ、また夏になれば冬が寒すぎたことをリセットして忘れるのだ。そして毎年バカにみたいに「夏が楽しみ~きゃ~」「冬が楽しみ~ふふふ」となる。「リセットする」というとなんとなく台無しにするような感じでよろしくないが、こういうリセットはよい。30分かけて書いたが、たいしたことは言っていない。

# by enzian | 2018-01-13 12:05

年賀

年賀状のやりとりが終わった。父の三回忌も終わった。父は認知や行動にいちじるしい特徴があって理解の範囲を超えた人だった。年末も掃除はせず、年賀状も書こうとしなかった。親類やお世話になっている人たちが毎年毎年、丁寧な年賀状を送ってきても、知らん顔をしていた。それでいつも母が怒っていた。母は字が書けず、年賀状を出したくても出せなかった。ぼくは子ども心に父のような、人の気持ちをわかろうとしない人にはならないでおこうと誓ったが、いまから思えば、知らん顔をしていたのではなくて本当にわからなかったのだろう。

そんな父親をみて育った自分も、もうそろそろ年賀状が不要なのではないかと思いはじめた。今年来た年賀状のなかに「今回をもって失礼させていただく」的なものがあって、なるほどと膝をたたいた。ぼくもこの手で年賀状のやりとりを減らしていこうと思うが、生きている限り絶対に出さねばならない人はいる。

挨拶が遅れましたが、今年もよろしくお願いいたします。

# by enzian | 2018-01-07 12:20

どうすれば質問ができるようになるか?

授業では質問をするように言うけど、どうしたらうまく質問できるのかを説明したことはない。「相手が明確にできていないことを相手に気づかせてあげるような質問がいい質問だよ」なんて、質問の際の心構えは言っても、そういう質問はどうすればできるのかを説明しない。説明しないのはうまく説明できないからだ。ぼく自身は質問することを苦にしないタイプなのだけど、どうやって質問をひねり出しているか、自分でもしっかり考えたことがない。自信はないけど、もうすぐ新年なので考えてみよう。あえて言えば、もっとも簡単な質問にはいくつか型があるような気がする。

①使われている言葉のなかで特に大切に思える言葉の広がりをじっとみつめて、広がりに不自然な部分や不明な部分があれば、その不自然さや不明さを確認すればいい。なんのことはない、その人が使っている言葉の意味の質問である。

②そういう言葉が二つ三つありそうな場合には、それぞれの言葉の広がりをみて、どう重なっているかをみる。その重なりに不自然な部分や不明な部分があれば、やはりそれを確認すればいい。

③そういう言葉が原因(根拠)と結果(帰結)の関係になっていれば、そのつながりに無理がないかをみてみればいい。

④可能なら、①②③の不自然さ、不明さ、無理をどうすればすっきり整理できるかを考えて、それを自分からの案として「○○(すっきり案)ということでしょうか?」と聞いてあげれば、①②③の質問を一歩進めた高度な質問になる。

ぼくはこういう言葉と言葉の関係を、○や□、→や=を使って頭の中に図式化して、質問するときには「その頭のなかの図式をみながら、その図式に頭のなかで指を指しながら」質問しているような気がする。

# by enzian | 2017-12-31 22:50

一年

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そうこうしているうちに一年が終わってしまう。この一年はどういう一年だったのだろうか。印象に残っているのは待ったこと。待ち疲れたことが印象に残っている。昨年に続き、人と別れた年でもあった。出会った人としか別れはないわけだから、出会ったことがまったくの無駄でなかったらいいのだけど。

よいこともあった。仏像鑑賞がはっきり趣味と言えるものになったこと。昔からよくわからないままに、ああ修行者になりたい、求道者になりたい‥‥的な感じで寺を訪れて仏像をみていたけど、仏像や寺を一種の美としても感じようとするようになった。ぼくは美にうといから、こういう部分を自分のなかにもてるのはうれしい。それとありがたいことに寺は全国の津々浦々にあるから、いろんな地域に足を運ぶことにもなって、いろんな人や文化に触れることができて、ご機嫌なのだ。ほかにもよかったことをひとつあげれば、大学院の授業で専攻のちがう院生のあつまるゼミ(演習)を担当できたこと。これは楽しかった。異なった専攻の院生と話したりすることはあまりないから、大きな刺激になった。来年も、誰かに会えれば。人と出会うこと以上に楽しいことなんてないから。

# by enzian | 2017-12-29 22:14

調和

この一週間で心を動かされたのは弦の音。顧問をしているアンサンブルの演奏会に行ったのだ。というようなことを言うと、立派な顧問のように聞こえるが、ふだんなにもやっていないので、その罪滅ぼしのために、自分自身の居心地の悪さをやわらげるために行っただけのこと。はじめて足を踏み入れた会場には学生の家族やら、近隣の方も来ておられた。大きな着信音が鳴り響いて、おばさんが誰かにすじ肉の煮込みについて大声で指示しはじめる。開演の20秒前になっても終わらないので、笑えるやら、ひやひやしたりやらしたが、それはそれ、はかったように携帯は切れたのであった。熱心に動画撮影のセットをして演奏を聴きはじめた‥‥と思ったおじいさんは、開始5分ほどで寝入ってしまった。きっとその動画を家で観るんだよね、ちがう?自分が知らない別の世界があって、そこにはそれぞれの調和があるのだろう。

# by enzian | 2017-12-10 11:05

ほだ木

この一週間でいちばんびっくりしたのは、椎茸栽培のほだ木をもらったこと。彼はいつもとつぜん現れてぼくの度肝を抜くが、今回もやってくれた。何時間も電車に乗って、長さ1メートル、重さも10キロ近くはあるかという立派なほだ木をもってきてくれたのだ。キノコ愛好家のぼくでも、近鉄や京都地下鉄で椎茸のほだ木を運んでいるひとはみたことがない。驚いたぼくに、彼は「先生が喜ばれるだろうと思ったので」と、こともなげに答えたのだった。

今後、研究室の前の廊下をほだ木をもって歩くぼくの雄姿を、しばしば学生たちは目にすることであろう(ときどき水やりをするのですな)。決して、思想的に偏ったひとでヘルメットをかぶって角棒をもって授業を阻止しようとしている(哲学科の先生で昔、そういうことをしていたひとがいるけどね)とかいうことではないので、怪しまないでね。大切に育てます。

# by enzian | 2017-12-06 22:56

人は変わるのか?

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取材の必要があって、卒業生の職場に行った。卒業生が大学に来ることはいつものことだけど、自分が卒業生の職場に行くというのはあまりない。ゼミにいたころはあらゆる人間に対して尖っていたのが、いまは生徒におもてなしの作法を教えている。対談もしたが、一番大切であろうことは取材陣の前では話せなくて、2メートル離れながら大切なことの周りをくるくる回るような、煮え切らないというか、出汁のきいていないおでんのような対談になってしまった。取材をしてくれた人には申し訳ないことだった。だが、話せなかったといっても、話せなかったことをやつとぼくが知っていることは、やつもぼくも知っている。

このところ考えていることがある。雑な言い方をすれば、人は変わるのかどうかということ。いや、このごろではなく、物心ついたときからずっと考えてきたことなのかもしれない。

# by enzian | 2017-11-25 10:29

「日本ファンタージノベル大賞」

気づいたら、文芸関係の授業に出ていた(自分が教えていた、とは決して言わない)学生が「日本ファンタージノベル大賞」をとっていた(http://www.shinchosha.co.jp/prizes/fantasy/)。すごいな、一発でとったんじゃないか。じつはこの男は、前にブログで書いたことがあるけど、ぼくがこれまで出会った学生のなかでもっとも学生時代の自分に似ている、似すぎていると思って驚愕した男なのであった。どうりで、ただ者じゃないと思った。(ーー )ォィ

# by enzian | 2017-11-24 21:53

無題

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次に行くのはいつになるか。

# by enzian | 2017-11-22 22:38

ついで参り

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いつだったか、なにかを終えて空いた午後に墓参りに行きましょうか?と言って、親類から「ついで参りはよくないから」と断られたことがあった。「ついで参り」に決まった意味があるのかどうか知らないが、その人の言い方から、なにかのついでに墓参りに行くことだと理解した。世のなかには順序を超えたものがあって、それを比較対照のなかで順位づけしてはいけない、まして二の次、三の次にしてはいけない、ということだろうか。なにかと忙しいことだから、優先順位を決めて整列整理する方が合理的でスマートであるようにも思えるが、このときの親戚の言葉は身にこたえて、恥ずかしい思いをした。

思えば、毎月墓参りに行っていた祖母はついで参りをしなかった。養子に出して自営業をしていた娘(冒頭の親類)の店に週に何度も乳母車を押して40分かけて行くときも、決してついではしなかった。店にまっすぐ行って豆腐一丁買ってまっすぐ帰ってきた。あるとき、「豆腐なら別のところで買ってくるからもう買いに行くのはやめて、危ないから」と言ったら、「こおめ(子ども)の顔を見に行ってるんや」と言われて、もう二度と止めようとは思わなくなった。

# by enzian | 2017-11-19 18:55

腰を据える

「それはどういうこと?」と問ったら、「腰を据えるということです」と答えた学生がいて、印象に残った。これまでこのタイプの問いには「立場」とか「立ち位置」とか、もっというと「立脚地」という答えを想定していたけど、「腰を据える」というのはイメージしたことがなかった。なるほど、立っているだけでは立ち話しかできないが、腰を置けば膝をつき合わせて話すことができる。「~に立つ」よりも「~に腰を据える」の方が、より他人との関係を志向した社会性の強い言葉なのではないか。ぼく自身、大切なことは膝をつき合わせて話しているような気がする。腰を据えるということの意味を考えてみたいと思った。

高校生ぐらいの若いひとにもときどき、ふだんから言葉の意味を考えて、それをきれいに整理された多層の引き出しに仕舞っており、ここぞというときにタイミングよく取り出してくるような印象を与えるひとがいて、老練な言葉づかいに感心させられることがある。

# by enzian | 2017-11-12 16:51

大学<アルバイト≦彼氏・彼女

退学した学生が遊びに来ることがある。彼らは在学時よりも明るくて、元気になっていることが多い(もちろん遊びに来るぐらいだから、そういうことになる)。近況を聞けば、アルバイトがうまくいっていて、結婚を予定している相手もいるという。在学時代はなんら有効打を打てず、こちらとしては完全に敗北した相手である。別人のようになって喜々として話すその人の横顔をみて、ほんとうによかったと心から喜びながら、かすかに口惜しい思いもした。

# by enzian | 2017-11-04 18:22

菱と蓮

生まれてはじめて菱の実を食べた。昔、母が「栗のように美味しい」と言っていて、いつか食べたいと思っていた。泥が沈殿したような池に生えること、鋭い棘(とげ)が生えていることは知っていたから、「そんなものが栗の味のわけがあるまい」と、生意気なことを思っていた。こちらでは食べる習慣がなく、なかなか食べられずにいたが、先日、百貨店の食料品売り場に見つけて、買ってきた。ゆでて食べるらしい。ゆでて皮をむけば、ちょっとピンクいろがかった白い実で、なるほどば栗っぽい。食べてみたら、なんとこれがまぁ美味しいのだ。柔らかくゆだった部分は甘く栗のようで、堅めにゆだった部分はクワイのようだが、クワイのような苦みはない。ややアクがあるが、炊き込みご飯にしたら、栗ご飯との区別がつかなくなった。栗より歯ごたえがある分、美味しい気さえした。これほど美味しいものだとは。

仏教では泥深い池から生えて美しい花を咲かせることから蓮の花が珍重される。夏の朝、水面からぐいと身をもたげて艶やかに咲く蓮の花はたしかに抜群に美しいが、泥水のなかにあって滋味豊かに実る棘だらけの菱の実や、ずっと泥のなかで育つ穴だらけの蓮根が、美しくはないにせよ、より懐かしい。

# by enzian | 2017-10-29 15:59

生ぬるいのはイヤなのだ。

とある書類を書いて精根尽き果てる。この時期、日本の研究者にはそういう課題があるのだ。ぼくは昔から重要な文章については、自分の書類であろうと他人の書類であろうと、自分の助けを頼りにして書いてきたのだけど、この書類はチェックしてくれる同僚がいたのでどこか気が楽なところもあった。あったが、書いて思ったのは「ミスっても、きっと誰かがチェックしてくれるだろう、てへぺろっ」なんて思っている限り、生ぬるい文章しか書けないということ。「もう誰もチェックしてくれない、全身全霊を傾けて1字の誤りも残さぬ」と思って書くぐらいで、ようやく誤字3つぐらい(!)にとどまる。チェックしてくれる人のありがたみもわかる。助けてもらった、と心から思える。

# by enzian | 2017-10-23 21:57

大地の神話

なにを大切と思うかぐらい自分で決めたいから、誰しも他人から価値を押しつけられるのはいやだろう。ぼくも押しつけがましくされたくないのだが、自分が押しつけがましくしていないかと考えると、きっとしている。例えば、よくよく考えてみると、ぼくにはどのような人も〈歴史ある伝統的なもの〉が好きなはずで、〈自然〉が好きだと思っている節がある。そんなことだから先日も、はじめて話した院生たちに、「よしっ!寺に行こう」などと、押しつけがましいことを言ってしまっていた。自分としては院生の研究領域からしてプラスになると踏んだうえで言っているつもりなのだが、まったく大きなお世話である。

とはいえ〈歴史ある伝統的なもの〉なんてまだましな方で、たとえ生まれの偶然からいまは自然が好きでなくても、「いやしくも人間として生まれた限りはいずれは自然を愛すべきで、大地と触れあうべきである」ぐらいのことを信じ込んでいる節がある。そしてそれを全方位的に展開しているから、周りの者からすれば迷惑な話である。ぼくは山里で育ち、実家には土間があり、周囲は田んぼに囲まれていた。幼いころ、まだ道路は舗装されておらず、砂利道だった。それらは自分にとって大きな意味をもっているが、だとしても、コンクリートやアスファルトで固められた家で土地で生まれ育ったことになんの不利があるというのか。なにゆえ、水や土くれを愛でることに付き合わされねばならないのか。自然が好きなら、ひとりで草むらに転がって野草と遊んでおればよいのである。

# by enzian | 2017-10-09 21:44

「真理は二人からはじまる」

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「先生って徒党を組まないですね」と言われたことがある。そう言われてどう答えたかは覚えていない。徒党というのは自分の目的をかなえるための頭数なんだろう。実際、そういうのは知らず知らずにやってしまっているだろうけど、意識してやりたいとは思わない。お世話になった先生が言っておられた。学者が徒党を組むなどというのは決してしてはいけないこと。だけど、孤立するのもいけない。「真理は二人からはじまる」。孤立するのではなく一種の人間愛(この辺の表現はやや専門的)にもとづいた交流が必要である、と。そのとおりだと思うし、先生は言うだけでなく実際にそうしておられた。実際にそうしておられたから、ぼくもそうしたいと思って教師になった。初心はそうだったんだ。

# by enzian | 2017-10-09 18:12

スピーチの後悔

卒業生のスピーチをする。卒業生のスピーチをしたのは、たったの2回目。長く冠婚葬祭を断っていたものだからそういうことになる。もちろん、そんなに好かれる先生でもないので、ますますそういうことになる。学生側からすればそういうことだが、教員としても、もし頼まれればスピーチしたいと思う学生もいるし、頼まれても避けたいと思う学生もいるし、頼まれなくてもしたいと思う学生もいる。この辺りの区別は、成績のよい学生であるとかないとかいうのとはまったく別のことで、なんとも説明しがたい。あえて言えば、こちらの心に痕跡を刻んだ学生であれば、スピーチしやすいし、してみたいとも思うのかもしれない。

長く卒業生からの結婚式の招待を断っていたのでスピーチを頼まれて断ったこともほとんどないが、1例だけ断ったことがある。この卒業生の結婚式への参加が結婚式不参加の禁を棄てるきっかけになったのだが、参加はしたがスピーチは断ってしまった。頼まれなくてもスピーチしたい学生だったのになぜしなかったのかと、いまでも「結婚式」という言葉を聞く度に後悔している。

# by enzian | 2017-10-03 22:11

カワウソ考

対馬でカワウソが見つかったというのは、久しぶりに胸躍るニュースだった。ぼくは昔からのカワウソ激推しの人だけど、このごろはカワウソを飼育する人が出てきていて、それはそれでかわいいから楽しいだろうけど、いずれあの多動性と獣っぽさにやられてしまって、捨てられ、川辺は野良カワウソだらけ……なんてことにならないかと心配していたりする。いやいずれそうなるのではないか。かつて野生化したアライグマのように。

対馬のカワウソは朝鮮半島から来たカワウソなのか、それともニホンカワウソの生き残りなのかまだわからないそうだけど、どっちでもいい。もともと動物というのは自然の力で、自分の力で、あるいは人為的に移動しながらもとの生息域を変えて、そこで根付いてきた。それが野生ということなのだ。が、もし対馬のカワウソが「かわいいから飼う→扱い切れないから捨てる→野生化した」カワウソなら、悲しい気がする。ぼくには、「かわいいから」に一定の距離を置く癖がある。堅苦しいことですまぬ。

# by enzian | 2017-09-30 10:05

抱えて生きる。

高校生に、事実を知るのは幸せだと言えるかどうか、みたいな問いをした。高校生といっても、しっかり考察できる人たちがいて驚かされる。この問いの答えは高校生からあれこれ聞かせてもらったけど、見方を変えて、事実を知る側ではなく、事実を伝える側から考えてみればどういうことが言えるだろうか。つまり、知った事実を伝えるのは(伝える人にとって)幸せなことなのかどうか。知った事実が良い事実であったり、よい事実ではなくても聞いた相手をプラスの方向に向け変える可能性があるものであれば伝えるが、伝えても九分九厘、相手の意欲を削ぐだけで、伝えた者が恨みを買うだけに終わるようなことならどうだろうか。ぼくにはこの答えがわからない。ぼくの先生たちはこういうときには黙っておかれた。学生のころ、そういう先生たちの姿を傍からみてなんと冷酷なことかと震えたことがあるが、いまにして思えば、黙っておかれた先生たちはさぞや辛かっただろう。その辛さを抱えて生きられたのだと思う。それが証拠に、先生たちは、伝えなかった学生のその後をずっと心配しておられた。

# by enzian | 2017-09-28 01:02

なにも変わらない。

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はじめて会ったときからその人は誠実で、それから長い年月が経ってお互いの立場が変わり、皺が増え、髪の色もすっかり変わったのに、あのときのように誠実だった。いつものように謙虚で、いつもように他人を思いやっている。なにも変わらない。世のなかにはこういう人がいることを伝えられればいいのだけど。

# by enzian | 2017-09-24 10:28

「わかりません」

いろんなものが削ぎ落ちてゆく――そんな気分が、かれこれ一年以上続いているような。ベースは「次から次へとろくなことがない」という印象で、仔細に見れば、大盛りご飯の上にちょぼっとかかったゴマ塩のゴマ的な感じでいいことがある。ゴマ二、三粒。この割合が逆転してくれないものか。

突然、右目がよく見えなくなった。今度はそう来たか。

片目しか見えなかったおばあちゃんは、「目は大事にせないかん」と言っていた。決して大事にしていなかったわけでもないのだけど、そうなってしまった。「○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」「じゃ、○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」‥‥‥。「わかりません」と言うのがつらいことだというのをわかっていなかった。せめてこのことぐらい学んで、活かせれば。

追記:
おかしいおかしいと思っていたら、網膜剥離でした。現在、治療中です。もともと両眼の視力が低く、片目だけで書くのはかなりしんどいので、ブログの更新はしばらく(?)休みます。

# by enzian | 2017-07-23 11:26 | Comments(2)

レモンを植える。

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レモンを植えました。前にも書いたことがあるのですが、レモンを植えると必ずアゲハがやってきて卵を産みつけますから、モスラを駆除するのがイヤで、植えられないと思っていたのです。せっかく植えたレモンを食べられてしまうのはしゃくだし、かといってモスラを駆除するのはもっとイヤですから。で、どうして植えたかというと、モスラがやってきたらやってきたで、モスラにレモンをあげてもいいのではないか、そのときは「レモン栽培日記」ではなく、「モスラ飼育日記」に脳内を切り替えればいいのではないかと、あるとき、はっと気づいたのです。前回の記事を書いたのが2006年ですから、こんな簡単なことに気づくまでに11年もかかったのです。われながらバカだと思います。

それで植えたら、親アゲハとは立派なもので2日後にはやってきて、卵を10粒ほど産んでいきました。小さなレモンの苗で、食欲旺盛なモスラが成長するには一匹分でもぎりぎりぐらいの葉っぱの分量しかありませんから、10匹全部が孵化したらどうしよう、別のレモンの苗を買ってこようかなどとはらはらして見ていたのですが、けっきょく2匹しか孵化せず、その2匹もいつのまにかいなくなりました。これでめでたくレモンが食べられそうなのですが、なにやら満たされないものがあるのです。

# by enzian | 2017-07-16 22:31

心を預ける場所

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旅先の駅を調べるときには、スーツケースを置けるコインロッカーがあるかどうか調べる。スーツケースは便利だけど、旅行には向いていても旅には向いていない。できるだけ四肢を身軽にしてあちこち歩くのが旅だと思っているのだ。

こんなふうに時折どこかに荷物を預けて歩きたくなって旅に出るが、あれこれあるなかで生きていれば預けたくなるのは物だけではないだろう。ひなびた無人駅であっても、たいてい、さして遠くないところに小さな寺があったり、鎮守の森があったりする。

# by enzian | 2017-07-16 11:02

紫陽花のこと

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寺に行ったら紫陽花が咲いていた。ガクアジサイというのだろうか、花全体がそれほど大きくはなく、中央に密集したつぼみのひとつひとつの色が微妙にちがっている。ぼくが幼いころはこんな繊細なものはなくて、紫陽花といえばもっと大作りのものだった。知らなかっただけなのかもしれないけど。

母の郷里では昼間はおじやおばたちは仕事に出ていて、幼いぼくはひとり留守の家にいた。狭くて、子どもが遊ぶようなものはほとんどない家だった。この小さな家で母とおじ2人とおばが育ったというのは信じがたいことだった。ぼくはおじが帰ってくる夕方まで延々と待ち続けた。部屋には母の父が書いたという色紙がかかげられていて、難しい字が書いてあった。漢詩であったか。

粗末な書棚がひとつ置いてあり、『旅』という雑誌が10冊ほど並んでいた。他にやることがなくて繰り返し読んだ。陽光きらめく沖縄へなんていうような記事はなくて、ひなびた信州のランプの宿‥‥みたいな、白黒の印象の記事が多かった。おばに妻籠に連れて行ってもらったことがあったから、雑誌はおばのものだったのかもしれない。たしか司馬遼太郎がコラムを書いていて、その文章の調子が心に残っている。

読み疲れると、家を出て隣のガレージに行った。紫陽花が植わっていて、その芽の部分を摘み取って遊んだ。冬にはそれを家に持ち込んで、ストーブの上で焼いたりもした。焼くといやな匂いがした。いやな匂いがするならやめておけばよいものを、毎日そんなことをしていた。その紫陽花は梅雨時になると大きな花を咲かせた。

# by enzian | 2017-06-12 22:53

この時期になると‥

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沖縄に行きたくなって困ってしまいます。ほどなく沖縄は梅雨明けするからです。ダイビングとかシュノーケルとかそういうのはけっこうでして、昼間は地味にうじうじして、夕方からは泡盛を飲んで、夜な夜な宿屋を抜け出して星空を見にいく、というような生活がしばらくしてみたいのです。てぃんがーら(天の川)が見えれば最高。沖縄の一地方には、冬瓜を切ったときに出てきた大量の水が天の川になった、という言い伝えがあります。これに似た伝承は沖縄以外にもありますが、瓜にはなにか象徴的な意味があるのかもしれませんね。(ちなみに画像は沖縄ではありません。)

# by enzian | 2017-06-11 23:14

酔い覚ましの水

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前回の記事の続き。その会を終わって、帰りの電車のなかで酔い覚ましの水を飲みながら考えていた。ぼくはその問いに誰かの言葉を引用しながら、答えたような答えていないような返答をしたが、なぜそんなことをしたのだろうか。その問いは「あなたはどう考えますか?」と問っていたのであって、「歴史的権威がどう言いましたか?」ではなかった。そんなことはいかに酔っ払っていてもわかっていたはずだし、ぼくのなかにその問いへの "ぼくなりの答え" はあったから。

問いに答えようとすることは大切だが、それがなぜそこで問われたかを問うことも大切なのだ。問う者にも問われる者にもそれぞれいわく言いがたい積み重ねがあって、そんななかで二人がまじり合い、またとない問いが立ち上がる。その瞬間を台無しにしてしまったのではないか‥‥そんな想いにとらわれていた。「ひととの出会いに次はない」と言われるが、ひとからの問いにも次はないと思う。

# by enzian | 2017-06-11 11:10

おちおち絶望もできないなら

「彼が絶望してもなおも一歩を踏み出したのはなぜか?」と問われた。もう一歩も踏み出せないことが絶望の意味であるなら、その問いが意味したのは、「彼がいったんは絶望しても、また時を経て一歩を踏み出そうとしたのはなぜか?」あるいは「絶望しそうな状況にもかかわらず絶望せずにいたのはなぜか?」だったのだろう。本当のことを言えば、「絶望しちゃいけない」、「いったん絶望してもなお一歩を踏み出さねばならない」なんて、他人にも自分にも言うつもりはない。それっきり尽きてしまうこともあるだろうから。もっと言えば、いつでもどこでも絶望できる余地、絶望できる自由があることがかえってひとを救うのではないかとさえ思っている。おちおち絶望もできないようなら、今日を生きることもままならないではないか。

# by enzian | 2017-06-04 10:49 | ※キャンパスで

遠ざける言葉

「なにか手伝えることがあったら言ってください」と言われると、やさしい言葉だとわかっていても複雑な気持ちになる。手伝うことがあるかどうかは、その気があるならなんとかして自分で探すはずで、手伝うべきことと手伝う必要のないことを相手に判断させ、それを相手から表現させようとすることだと考えてしまうからだ。相手に責任を負わせるというかたちで自分の責任を果たしたとすることに少しぐらい抵抗を感じないのだろうかと思ってしまうものだから、けっきょく自分では使わない言葉になってしまう。

「また誘ってください」というのも複雑な気持ちになる言葉。言われ続けると、幸せは天から降ってきませんよ的な気持ちになってしまって、けっきょく「もう誘わないでください」と言われるのと同じ結果になる。

# by enzian | 2017-05-20 17:35