「わかりません」

いろんなものが削ぎ落ちてゆく――そんな気分が、かれこれ一年以上続いているような。ベースは「次から次へとろくなことがない」という印象で、仔細に見れば、大盛りご飯の上にちょぼっとかかったゴマ塩のゴマ的な感じでいいことがある。ゴマ二、三粒。この割合が逆転してくれないものか。

突然、右目がよく見えなくなった。今度はそう来たか。

片目しか見えなかったおばあちゃんは、「目は大事にせないかん」と言っていた。決して大事にしていなかったわけでもないのだけど、そうなってしまった。「○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」「じゃ、○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」「○○は?」「わかりません」‥‥‥。「わかりません」と言うのがつらいことだというのをわかっていなかった。せめてこのことぐらい学んで、活かせれば。

追記:
おかしいおかしいと思っていたら、網膜剥離でした。現在、治療中です。もともと両眼の視力が低く、片目だけで書くのはかなりしんどいので、ブログの更新はしばらく(?)休みます。

# by enzian | 2017-07-23 11:26 | Comments(3)

レモンを植える。

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レモンを植えました。前にも書いたことがあるのですが、レモンを植えると必ずアゲハがやってきて卵を産みつけますから、モスラを駆除するのがイヤで、植えられないと思っていたのです。せっかく植えたレモンを食べられてしまうのはしゃくだし、かといってモスラを駆除するのはもっとイヤですから。で、どうして植えたかというと、モスラがやってきたらやってきたで、モスラにレモンをあげてもいいのではないか、そのときは「レモン栽培日記」ではなく、「モスラ飼育日記」に脳内を切り替えればいいのではないかと、あるとき、はっと気づいたのです。前回の記事を書いたのが2006年ですから、こんな簡単なことに気づくまでに11年もかかったのです。われながらバカだと思います。

それで植えたら、親アゲハとは立派なもので2日後にはやってきて、卵を10粒ほど産んでいきました。小さなレモンの苗で、食欲旺盛なモスラが成長するには一匹分でもぎりぎりぐらいの葉っぱの分量しかありませんから、10匹全部が孵化したらどうしよう、別のレモンの苗を買ってこようかなどとはらはらして見ていたのですが、けっきょく2匹しか孵化せず、その2匹もいつのまにかいなくなりました。これでめでたくレモンが食べられそうなのですが、なにやら満たされないものがあるのです。

# by enzian | 2017-07-16 22:31

心を預ける場所

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旅先の駅を調べるときには、スーツケースを置けるコインロッカーがあるかどうか調べる。スーツケースは便利だけど、旅行には向いていても旅には向いていない。できるだけ四肢を身軽にしてあちこち歩くのが旅だと思っているのだ。

こんなふうに時折どこかに荷物を預けて歩きたくなって旅に出るが、あれこれあるなかで生きていれば預けたくなるのは物だけではないだろう。ひなびた無人駅であっても、たいてい、さして遠くないところに小さな寺があったり、鎮守の森があったりする。

# by enzian | 2017-07-16 11:02

紫陽花のこと

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寺に行ったら紫陽花が咲いていた。ガクアジサイというのだろうか、花全体がそれほど大きくはなく、中央に密集したつぼみのひとつひとつの色が微妙にちがっている。ぼくが幼いころはこんな繊細なものはなくて、紫陽花といえばもっと大作りのものだった。知らなかっただけなのかもしれないけど。

母の郷里では昼間はおじやおばたちは仕事に出ていて、幼いぼくはひとり留守の家にいた。狭くて、子どもが遊ぶようなものはほとんどない家だった。この小さな家で母とおじ2人とおばが育ったというのは信じがたいことだった。ぼくはおじが帰ってくる夕方まで延々と待ち続けた。部屋には母の父が書いたという色紙がかかげられていて、難しい字が書いてあった。漢詩であったか。

粗末な書棚がひとつ置いてあり、『旅』という雑誌が10冊ほど並んでいた。他にやることがなくて繰り返し読んだ。陽光きらめく沖縄へなんていうような記事はなくて、ひなびた信州のランプの宿‥‥みたいな、白黒の印象の記事が多かった。おばに妻籠に連れて行ってもらったことがあったから、雑誌はおばのものだったのかもしれない。たしか司馬遼太郎がコラムを書いていて、その文章の調子が心に残っている。

読み疲れると、家を出て隣のガレージに行った。紫陽花が植わっていて、その芽の部分を摘み取って遊んだ。冬にはそれを家に持ち込んで、ストーブの上で焼いたりもした。焼くといやな匂いがした。いやな匂いがするならやめておけばよいものを、毎日そんなことをしていた。その紫陽花は梅雨時になると大きな花を咲かせた。

# by enzian | 2017-06-12 22:53

この時期になると‥

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沖縄に行きたくなって困ってしまいます。ほどなく沖縄は梅雨明けするからです。ダイビングとかシュノーケルとかそういうのはけっこうでして、昼間は地味にうじうじして、夕方からは泡盛を飲んで、夜な夜な宿屋を抜け出して星空を見にいく、というような生活がしばらくしてみたいのです。てぃんがーら(天の川)が見えれば最高。沖縄の一地方には、冬瓜を切ったときに出てきた大量の水が天の川になった、という言い伝えがあります。これに似た伝承は沖縄以外にもありますが、瓜にはなにか象徴的な意味があるのかもしれませんね。(ちなみに画像は沖縄ではありません。)

# by enzian | 2017-06-11 23:14

酔い覚ましの水

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前回の記事の続き。その会を終わって、帰りの電車のなかで酔い覚ましの水を飲みながら考えていた。ぼくはその問いに誰かの言葉を引用しながら、答えたような答えていないような返答をしたが、なぜそんなことをしたのだろうか。その問いは「あなたはどう考えますか?」と問っていたのであって、「歴史的権威がどう言いましたか?」ではなかった。そんなことはいかに酔っ払っていてもわかっていたはずだし、ぼくのなかにその問いへの "ぼくなりの答え" はあったから。

問いに答えようとすることは大切だが、それがなぜそこで問われたかを問うことも大切なのだ。問う者にも問われる者にもそれぞれいわく言いがたい積み重ねがあって、そんななかで二人がまじり合い、またとない問いが立ち上がる。その瞬間を台無しにしてしまったのではないか‥‥そんな想いにとらわれていた。「ひととの出会いに次はない」と言われるが、ひとからの問いにも次はないと思う。

# by enzian | 2017-06-11 11:10

おちおち絶望もできないなら

「彼が絶望してもなおも一歩を踏み出したのはなぜか?」と問われた。もう一歩も踏み出せないことが絶望の意味であるなら、その問いが意味したのは、「彼がいったんは絶望しても、また時を経て一歩を踏み出そうとしたのはなぜか?」あるいは「絶望しそうな状況にもかかわらず絶望せずにいたのはなぜか?」だったのだろう。本当のことを言えば、「絶望しちゃいけない」、「いったん絶望してもなお一歩を踏み出さねばならない」なんて、他人にも自分にも言うつもりはない。それっきり尽きてしまうこともあるだろうから。もっと言えば、いつでもどこでも絶望できる余地、絶望できる自由があることがかえってひとを救うのではないかとさえ思っている。おちおち絶望もできないようなら、今日を生きることもままならないではないか。

# by enzian | 2017-06-04 10:49 | ※キャンパスで

遠ざける言葉

「なにか手伝えることがあったら言ってください」と言われると、やさしい言葉だとわかっていても複雑な気持ちになる。手伝うことがあるかどうかは、その気があるならなんとかして自分で探すはずで、手伝うべきことと手伝う必要のないことを相手に判断させ、それを相手から表現させようとすることだと考えてしまうからだ。相手に責任を負わせるというかたちで自分の責任を果たしたとすることに少しぐらい抵抗を感じないのだろうかと思ってしまうものだから、けっきょく自分では使わない言葉になってしまう。

「また誘ってください」というのも複雑な気持ちになる言葉。言われ続けると、幸せは天から降ってきませんよ的な気持ちになってしまって、けっきょく「もう誘わないでください」と言われるのと同じ結果になる。

# by enzian | 2017-05-20 17:35

「神さま、恵比寿さま」

海の近くにある食堂で朝食をとることにした。調理場では3人が忙しく働いている。漁師がやっている店のようだった。一人の老年の男性が「神さま、恵比寿さま」を繰り返しながら魚を捌いている。漁師が恵比寿神を豊漁の神としてまつることがあるというのは知っていたが、「神さま」と並べて呼びかけるひととは、実際にははじめて会った。それは豊漁を願っているのではなく、魚を捌いて供することにゆるしを求める言葉だったのだろうか。七福神にどこかコミカルなものを感じてしまう自分はすんなり理解できずにいた。そうこう考えているうちに、男性によって美しく捌かれ皿に並べられた魚たちを、ぼくは甘い醤油につけて食べた。

# by enzian | 2017-05-04 17:56

戒壇堂の廣目天

施無畏印(せむいいん:怖くないですよ)と与願印(よがんいん:願いをかなえる)の印相(手で示すジェスチャー)をあわせもっている仏像をみると、やっぱりそうですよね、と思う。相手を安心させることもなく、話を聞きましょう、力になってあげましょうなんて迫っていったって、怖いひとにしかならない。とにかく相手に警戒心をといてもらうことからしかなにもはじまらないことはわかっているのだけど、もうきっとどうにもならないとあきらめている。

昔からいちばん好きな仏像は圧倒的に東大寺戒壇堂の廣目天(こうもくてん)。こういうことをいうと叱られるかもしれないが、廣目天は小学校のころから自分に似ていると思っていて、いまでも他人だと思えない。たしかにいまの自分も、出席簿をにぎりしめて学生をにらみつけてはいるのだが‥‥

# by enzian | 2017-05-04 17:02

新学期はじまる

新学期がはじまってしまった。今年の新入生は男性よりも女性が多くて、これは哲学科はじまって以来ではないかと話す。たぶんそうなのだろう。自分が学生だったころまで記憶をたどるが、そんな記憶はない。

べつのゼミに行った2年生以上の学生の連絡先をさくさくと削除する。去年、2年生との連絡はメールを使わないひとがいてラインを使っていたが、これはどうも削除しにくい。やはりメールで連絡しておくほうがよいようだ。今年も自分のコースやゼミには、よほどのことがない限り来ない方がいいという体で話し、書いた。これでいいと思う。

# by enzian | 2017-04-02 16:27 | ※キャンパスで

別れがないという喜びと別れがないという悲しみ

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昨日は墓参り三昧で、一昨日は卒業式。何度も書いたけど、毎年この時期に思うのは、出会ったひとと別れることはないし、出会わなかったひとと別れることもないということ。一度出会ってしまえば別れることはないし、もともと出会ってもいないのに別れることなどない。この時期は、別れがないという喜び、感謝の気持ちと別れがないという悲しみが枕頭を行き来する。


# by enzian | 2017-03-19 11:22

祈る

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力になれればいいけど、貸せる力がないことがあります。万策尽きているのです。そういうときにはなにも力になれません。別のなにかがなんとかしてくれるのを待つしかないのです。貸せる力はあっても貸してはいけないときもあります。そういうときにも、なにも力になれません。自分でなんとかしてくれるのをじりじりしながら待つしかないのです。「祈る」ってどういうことなのでしょう。

# by enzian | 2017-02-19 23:01

神から友人

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今日は大学院の入試日。受験生ではないのに、院試と聞くと、そわそわして落ち着かなくなります。その昔、試験のときに問題1枚分を見落として、_| ̄|○的な気分で試験を終えたことを思い出してしまうのです。試験が終わったとき、同じ試験場で受験していた人が急に神々しく見えたのでした。といっても、一週間後には友だちになっていっしょに飲んでいたのですが。

# by enzian | 2017-02-17 17:39

てぃんがーら

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ゆめぴりかという北海道の米を食べる。いつも食べるご飯よりもつややかな感じがするので、ぴかぴかしているからぴりかと言うのかと思えば、「ぴりか」はアイヌ語で「美しい」の意味らしい。

こういう美しいご飯を昔の人は「銀舎利」と呼んだのだろうが、「舎利」はもともと仏陀の遺骨の意味で、「銀」は銀河の由来がそうであるように、白さを意味するのだろう。その昔、天の川は今以上に白々と光って見えたのだ。そして昔の人は「白さ」ということで骨をもイメージした。ヨーロッパの人だったら、「milk」って言うのかな。

今回、「ぴりか」という美しい響きの言葉を知ったけれど、ぼくがとても好きな響きの言葉がもうひとつある。それは「てぃんがーら」という沖縄の言葉。「天の川」(天の河原)を意味する。

# by enzian | 2017-02-11 22:21

聖俗を越えて

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その方は、ことあるごとになにが大切かをまっすぐに問うた。この大学に残った者がなにをしなければならないのかを問った。「ぼくは坊主だからこういう言い方になるけど‥‥」。そこには自分を聖として相手を俗なるものとして切り分けるようなそぶりはどこにもなかった。

# by enzian | 2017-02-11 15:40

節分

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ラインで話していたら、自分は邪鬼の側だと思うみたいなことを言われて、自分もそう思いました。でも、この場合の「そう」ってどういう意味なんでしょう。ぼくの場合、四天王に踏みつけてもらって、どやされているぐらいでちょうどいい。それでこそ、ようやくそれなりに安心して生活ができるぐらいなのです。むしろ、踏まれなければ地獄。この邪鬼も、踏まれて喜んでいるのかもしれませんよ。興福寺には、立ち上がって仏の道を照らそうとしているような立派な邪鬼がいますが、それはぼくの世界ではありません。

# by enzian | 2017-02-03 22:19

特別扱い

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テレビを観ていると、「特別な許可を得て撮影しています」というテロップが流れることが多くなりました。どんな角度から押し寄せてくるかわからないクレーム対策にテレビ局も大変なのでしょう。これなどはわかる気がするのですが、テレビ番組のロケで訪れた文化財やなんかに「今日は特別にお見せします」というのが多くて、ときに違和感を感じます。特にNHKの番組のなかにはこれが多いような気がします。天下のNHKだから見せましょう、ということもあるのでしょう。

いつぞやは「ふだんは公開していないのですが、今日はタモリさんのために特別にお見せします」なんてまじめに言っているお坊さんがいて、ちょっと引きました。NHKとタモリ氏と視聴者(ぼくを含む)は得をした気になるわけですが、一方で番組を観て気分を悪くする人はいないのかと心配になったのです。なにがしかの謝礼やら恩恵はあるわけでしょうから、特別の人への「特別拝観の許可」ということになるのでしょうか。ぼくはもう少し、誰でも見られる光景でありながらも切り口が違う……といった番組で最後まで徹底すればいいと思うのですが、それではふつう過ぎるのかもしれません。

# by enzian | 2017-01-29 18:14

鈍感と敏感

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聞いたようなことを言えば、自分に話しかけている声に応えようとすることが責任なのだろうと思います。その昔、先輩から「挨拶を返せないとバカだと思われてしまうぞ」と言われて、「形式的な挨拶に外見だけの挨拶を返したら人格者になるのか」と、ひねくれた少年は反発したのですが、やはり総じてバカだったのだと思います。世の中の人は、誠実な問いかけに自然に(好んで)応答できる人と、自然にはできないけど不誠実だと思われては困るので応答する人と、応答しない人に分けられるのでしょう。

先日、駅の改札で朝から大音量の放送を流しながらのぼりを立てて「挨拶運動」なるものをしている一群の方々がおられたのですが、冷たい目で通り過ぎました。自分は昔からなにも変わっていないのかもしれません。自分のことはわかりませんが、四方八方からの問いかけに敏感過ぎる人はおのずと宗教に境を接してしまうように思います。自分の力ですべてに応えられるわけがないからです。ある意味では過度に敏感な人が別の意味ではあまりにも鈍感である、抜け落ちてさえいる……ということはよくあるわけですが、この鈍感さは、情報過多の時代に自分を守るための術でもあるのでしょうか。

# by enzian | 2017-01-22 11:59

磨りガラス

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親が他所様(よそさま)に迷惑をかけなったか……ずっと親のことを心配し続けなければならない子ども。誰しもめいっぱい自分のことを心配したいし、ときには不安に感じたいのに。ただ自分のことだけを不安に思い心配できる者は、ある意味、幸せなのかもしれない。(写真と文章は関係ありません。いつものことですが。)

# by enzian | 2017-01-21 22:47

それなりの努力が必要

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学生たち(女性)が話している。「女性専用車両は加齢臭を吸わなくてすむので助かる」。本当に「助かった~」といった顔をしながら話す学生の横顔を見ながら、彼女たちがふだんいかに加齢臭に悩まされているのかがわかって、はっとした。そんなに辛い思いをしているのか……。妙齢の男性としてひとに迷惑をかけないで生きていくためには、ただ自然体でいるだけではだめで、それなりの努力が必要なのだ。それは致し方ないことなのだが、それにしても、自分と違う立場にあるひとの気持ちを理解するのはむずかしいね。(写真は嵐電の妖怪電車、怖い写真ではありませんよ。怖いけど。)

# by enzian | 2017-01-08 17:47

1000投稿目 (≧o≦)ノ~''オメデトでちゅ♪

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というわけで、1,000投稿目です。2004年の5月30日がはじめての投稿でしたから、ここまで12年半ぐらいかかりました。ぼくって継続性あるよなぁと、自分で祝って自分で喜ぶという自己完結型のお祝いをしております。

今日は写真ではなくイラストを添付します。ブログの初期のころ、たくさんコメントを書いてくれた座敷童氏に描いてたもらったものです。なぜぼくが羊になっているのか……その意味をわかる人はもういないかもしれませんね。座敷童さん、その節はありがとう。正直、いまどのような方がこのブログをみておられるのか、わかりません。いまはわからないのですが、このブログがきっかけになって知りあった人はたくさんいました。ブログをみて哲学科に来ました、という人も相当の数になります。

記念の投稿をどういう内容にしようかと思ったのですが、あまりいい手が思いつきませんでした。思いつかなかったので、これを区切りとすべく、個人的に印象に残っている過去の記事を、タグをつけたもののなからちょこちょこと選んで、下にあげておきます。もうほんとうに単なる自己満足にすぎません。

■おちゃめなやつ。
①ちょっとウェットなトロピカル気分 http://enzian.exblog.jp/16010513/
②ホームポジション http://enzian.exblog.jp/15576650/
③全身クッツキムシ男の怪 http://enzian.exblog.jp/9876272/
④眼に沁みる香り http://enzian.exblog.jp/4639780/

①と②は東京時代に書いたもの。②は近所で千鳥っていた酔っ払いの話です。②で書いたような東京の飲みの文化から少しずつ馴染みはじめて、すっかり東京が好きになりした。③と④は書き方が似ていますね。ばかなことを書いているようで、実際にばかなことを書いているのですが、柔軟に多角度からあれこれ考えるという意味ではいちばん哲学的な記事なのかもしれません。

■哲学的ではありませんが、ぼくにとっては忘れられない情景を描いたもの。
⑤善知識 http://enzian.exblog.jp/17442267/  
⑥すべてを捨てる http://enzian.exblog.jp/14176175/
⑦鍬 http://enzian.exblog.jp/13090261/
⑧ミーニャ http://enzian.exblog.jp/12914831/
⑨バレンタインデーの贈り物 http://enzian.exblog.jp/12836663/
⑩プランクトン http://enzian.exblog.jp/12486008/
⑪ヘッドライト http://enzian.exblog.jp/12078408/
⑫「利他的衝動」 http://enzian.exblog.jp/10756001/
⑬小さな出来事 http://enzian.exblog.jp/7892301/
⑭書くということ http://enzian.exblog.jp/7659358/
⑮サワガニとモクズガニ http://enzian.exblog.jp/3964604/
⑯どうしようもないことも、ある http://enzian.exblog.jp/3095188/
⑰ストライク http://enzian.exblog.jp/2231693/
⑱美と崇高 http://enzian.exblog.jp/1609343/
⑲立派なおっちゃんを見た http://enzian.exblog.jp/1037115/
⑳学問との出会い http://enzian.exblog.jp/675918/

⑤はぼくの大学時代の二人の恩師について書いたものです。残念ながらお一方は鬼籍の人となられましたが、いまでもぼくにとっての変わらぬ善知識です。⑥はぼくが敬愛するキリスト教の聖人、アッシジのフランシス(フランチェスコ)について書いたもの。⑦と⑫は祖母ですね。⑨~⑫は母がかかわっている。⑬は大学の職員さんについて、⑰はぼくの親友について、それぞれ一瞬にして揺さぶられた出来事を。二人は気づいていないでしょうけど。⑲がなぜ印象に残っているのかこれまで不思議だったのですが、ごま塩頭のおっちゃんは、どうも父に似ているらしいといまになってわかりました。外見の話です。そして、20個あげた記事のなかで最も印象に残っているのがじつはこの記事なのです。ぼくはこのおっちゃんのような人になれたら……と思ってやってきたのです。なれないですけどね。

そんなわけで、これまでありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

# by enzian | 2016-12-31 17:40 | ※その他

喧騒に身を置く

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久しぶりにエキサイトブログの知り合いの方々のブログをみてまわったら、知らぬうちにブログを閉じておられる方がいて、しまったと思った。「しまった」と思ってどうしたかったのかはわからないけど。ぽつぽつ続いているブログもあるが、以前のように頻繁に更新しているのはほとんどなかった。そうだろうと思う、ぼくがブログをはじめて12年以上が経つのだから。10年もあれば生活はいかようにも変化する。いろいろな事情があるだろうから、ブログを書き続けられるというのは少数だけなのかもしれない。もちろん続けないといけない理由なんてまったくないし、ブログとは別の媒体で、ブログ以上に盛んに活動しておられる方もあるのだろう。

ぼくはと言えば、途中ほとんど更新しない時期があって適度の休みになったのか、このブログをぽつぽつ書きはじめている。facebook も twitter もしたことがあったが、積極的にはなれなかった。広くブログも含めてSNSというのは自己承認欲を満たすための道具なんだろうけど、スピードの速いSNSには他者の欲求が生のままに出ていてウゲゲとなってしまうことがある。自分は自分で、よく考えずもせずに拙速に欲望を顕示するものだから、書いた後にもっとうまくアピールしたらよかった……と地団駄を踏むことになる。LINEなんか一回書いてしもたら消せへんやないかと突如、関西弁になってしまうぐらいしっくりこないのだ。グループは喜んでやってるけどね(どっちなんだ)。

今年の年末はお正月の準備がないので、大学からの持ち帰り仕事も手をつけることもなしにぼ~っと年の瀬を迎えている。お正月を迎えるとなるとデパートに行っておせち料理の食材を探したりとか、注連飾りを買ったりとかすることも多いのだが、そういう行事がぽっかりと抜けているのだ。明日が大晦日で明後日からお正月という気分がない。大晦日から正月というのは過ぎ越し1年を静かにしみじみと思う時間なのだろうけど、それに至るためには、一度、アメ横やら黒門市場やら錦市場に行って喧騒に身を置くという “禊(みそ)ぎ” が必要なのかもしれない。

# by enzian | 2016-12-30 11:52

その根を知りたい

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棟方志功展に行ってきた。「二菩薩釈迦十大弟子」の現物を観ることができてうれしかった。白黒の作品だけでなく、美しい色使いを観ることができた。そして棟方の版画を観て、関係ないけど、小さいころから見てきた滝平二郎の版画もいいなと思った。『三コ』が山に腰掛けている姿とか、『八郎』のすっくと立った姿とか、『花さき山』の山姥(的なおばあ)の倒れそうな具合で立っている姿なんかたまらんのだ。それと、棟方が生まれ育った青森に行ってみたいと心から思った。ある人の郷里を知りたいと思ったとき、ぼくはすでにその人のことが好きになっている。

# by enzian | 2016-12-28 16:51

作務衣

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中退した彼がとつぜんやってきた。作務衣を着ていて、細身によく似合っている。「一度着たかったから着ました」と言う。「遠いところからやってきて、ぼくがいなかったどうしたの?」と尋ねたら、「書き置きして帰りました」とこともなげに答えた。先日も、ちがう卒業生が書き置きを残していったばかりだった。ぼくからすれば、せっかく来てくれた人を会わないままで帰してしまうなんてぞっとするほどいやなことなので、メールしてくれたらよかったのに……と思ったが、それはぼくの都合なのだ。

思えば在学中も、いつも彼は個研に来るときあらかじめ連絡することなく現れた。それが彼の心遣いなのだ。ぼくが長く付き合うことになる学生には、無駄なくスケジュールを確認したうえで来る人よりも、とつぜん現れる人が多いような気がする。

# by enzian | 2016-12-26 22:02

与えられるはずのなかった時間

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別れを告げた年だったと書いたら、心配して声をかけてくれた人がいた。今年は、父をはじめとして親族を多く送った年だったのだ。生身の親族と別れたことが応えたのはもちろんだが、ある日、墓参りに行ったらあるはずの墓が忽然と消えて更地になっていたことがあって、なにがなんやらわからなくなったこともあった。従姉妹の墓がなくなっていたのだ。後から聞けばどこかに移動したということだったが、いつも墓参りの度に花と線香を手向けてきた墓であったから、応えた。

生まれて1年せずに逝った従姉妹の墓はお地蔵さんの形をしていて、くちびるには赤が入れてあった。かわいらしいお母さんの子どもだったから、君が大きくなったらどれほどかわいらしくなったことか……いつもそう話しかけながら線香に火をつけた。そして、その従姉妹のお父さんも亡くなった。父と兄弟だとは思えないほどに、穏やかでやさしい方だった。

ただ、多くの人を送ったさびしい年であっても、感謝したこともあった。ホスピスに入った父と時間をすごせたのだ。何十年も放置した息子を父は責めなかった。ぼくも父がしたことを責めなかった。ぼくは幼いころから、与えられるはずのものがなぜ与えられないのかということを問いにしてきていて、そしてそれを根にもってもきた。だが今回与えられたのは、二人がしてきたことを差し引き計算すれば決して与えられるはずのない、ある意味で不条理だと思えるほど穏やかな時間だった。与えられるはずのないものが条理を越えて与えられたことへの感謝の気持ちを忘れることは、生涯ないだろう。

# by enzian | 2016-12-24 16:02

境目

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旭川の最高気温が-7度だと言っている。三浦綾子の世界だなあと思ってしまった。

生まれ育った自然環境が人の考え方に影響を及ぼすことがあるのかどうか。内陸の旭川ではないが、冬の寒さ厳しい北陸ゆえに粘り強い、内省的な思想が生まれた……といった類いのことはしばしば耳にする。本当なのだろうか。暑すぎずも寒すぎずもない、乾燥しているわけでもなければ、しばしば台風に襲われるでもない、国境に面してもいない地域に育った自分にはよくわからない。和辻の『風土』は何度か読んだが、なにか印象に残ったかと言われると、なにも答えられることがない。だが、なぜか境目というか、ぎりぎりのところにはときどき、たまらなく行きたくなる。たまらなくなって行って、そしてどことなしか安心して戻って来る。

# by enzian | 2016-12-11 10:54

NHK映像ファイル「あの人に会いたい」

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NHK映像ファイル「あの人に会いたい」の川端康成の回を観た。三島由紀夫との対談ではしきりに自分を「怠け者」だと言っている。三島が切り込もうとするが、「怠け者」だと言うばかりで、とりつく島がない。あまりよい感じはしなかった。

印象に残ったのは三島だった。作品だけでなく、日常からあんな言葉づかいをしていたのだ。わずかな時間話しただけでも、この人はこれまで人類が使ったことのない表現を使っているのではないかと思ってしまうような人がいるが、三島はそういう人なのだろう。でも、あんなにも鋭ければ、それはそれですぐに周りに批評するものがなくなってしまう。

「あの人に会いたい」はときどき観る。声が聞きたくなることがあるのだ。声には活字からは読み取れないものが入っている。オープニングとエンディングの音楽、イラストも好きだ。バイオリンが鳴り、時計が逆回りをして、去って行った人たちが10分間だけ戻ってくる。自分の一年を振り返れば、いろいろなことが終わった年だった。心のなかでたくさんの別れを告げた。さびしい一年だった。

# by enzian | 2016-12-05 22:13

運命

はっとするような見方、感じ方をするような人がいて、そういう人にはついつい意見を求めたくなる。それは流行や評判に流されることなく自分で判断する人で、また、人間の弱さもよく知っている人なのだけど、そういう人はどんな世代にもいる。若い学生のなかにもいて、ぼくはそういう人の意見をそれとなく聞いて参考にしている。「それとなく」というのは、参考にしているのがばれると警戒されてしまうから。そういう人のなかには自分がいまを生きていることに居心地の悪さを感じている人がいる。孤立感や、罪悪感を感じている人さえいて、ばれると、参考にされるに値するような意見を無理に言おうとしたり、もっと感覚を鋭くしないといけないと考えはじめる。

でも、ぼくがそれとなく参考にしている人の見方や考え方は昨日今日に出来上がったものではなく長い時間かけて形作られたもので、自然と外に出てきてしまうようなもの。にわかに取り繕えるものでもなければ、まして消し去ることはできないようなもの。だから、どうあがこうと、その人がなにかを感じ、考え、話す限り、ぼくの参考にならないことはない。

# by enzian | 2016-10-31 21:17

教育能力欠如

久しぶりに講義形式の授業を担当するようになって、ある異変に気づいた。自分のゼミ生が1人も受講していないのだ。学生は自分が好きな先生、自分が尊敬する教員の授業をとるものだから、いまの自分が置かれている状況が推して測れるというものである。しかしそれにしても、いままでこんなことはただの一度もなかった。あっそうそう、今日、「他の授業の抽選に漏れて仕方ないから先生の授業をとっていいですか?」と真顔で相談に来たゼミ生が1人いた。もちろんオーケーした。オーケーして、いろいろな意味で自分の教育能力のなさにひとしきり落ち込んだことは言うまでもない。

# by enzian | 2016-10-25 23:20