「あるものはある。あらぬものはあらぬ」

去年は一度、食中毒を経験してしまった。とはいえ、なにが当たったかは不明で、原因としてあやしい食材はそれ以来、食べる気もしない。「もう食べても大丈夫だよぉ」なんて甘い言葉で自分を説得して食べようとするが、心か体のどこかがイヤイヤをする。ぼくはこのパターンで小さなころから鶏肉が食べられないままなのだが、それはまだ理性未熟のころに起きたアクシデント、この歳にしてもはや同じ轍(てつ)は踏まじ、と息巻いていたのだが、コアなところはなにも変わらないのである。

年末は数日寝込んだ。熱の攻勢のなか、ぼくはひとつの目標を立てていた。熱が出ても、もう、うなされない。それどころか、どうせ熱とのつきあいで幾日かを費やすのであれば、その間に、少なくとも論文1本の構想を練り上げてやろう。

病気になればいつも思い出す奇妙な光景がある。真夜中、実家の玄関脇にうずくまっている幼い自分の姿だ。そのときぼくは高い熱にうなされ、そうしなければなにかとてつもない悪いことが起こるように感じられて、そうせざるをえなかった。それは、うっすらとした “敗北感” に彩られた自分の姿でもある。

年末。発熱1日目、発熱2日目‥‥次から次へと得体の知れない観念たちが宙空から舞い降りてきて、深海のマリンスノーのように降り積もっていく。降りしきる雪のなか、夢とうつつのはざまでぼくは論文の構想を緻密(ちみつ)に練り上げていった。発熱5日目。よし出来上がった!と確信した。そこで安心して完全な眠りに落ちた。すっかり熱が下がり、眠りから覚めて “大構想” を思い出してみようとした。なにひとつ思い出せなかった。

by enzian | 2009-01-01 17:00 | ※その他 | Trackback | Comments(2)

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Commented at 2009-01-19 23:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2009-01-19 23:48
鍵コメさん

とてもおもしろく読みました。
(どのコメントもおもしろく読ませてもらっているのですが。)

そうなんです。
どうしてあんなにいっぱいの観念が舞い降りてくるのでしょうね。
もう不思議でたまりません。
熱が出て苦しいときだから、
特別に神さまが映写機を
まわしてくれるのかもしれませんね。^^

そういう幾何学模様とか、素敵な景色とか、
なんとか残しておく方法はないものなのでしょうか。
鍵コメさんがおっしゃるような記憶装置が発明されて、
ピッと押しておくと、朝までの分が記憶されている、
というようなことがいつかできたらどうでしょう。

ひょっとすると、芸術や科学やら文化やら、
これまでなかったぐらいの勢いで進歩するかも。
でも夜ぐらいゆっくり寝た方がいいのかな‥‥^^

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