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小さな道が祠(ほこら)に続いている。「思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」(魯迅『故郷』)

by enzian | 2009-05-04 17:16 | ※写真 | Trackback | Comments(15)

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Commented by yuta at 2009-05-05 18:03 x
enzianさん,こんばんわ。
 こういう道に何か弱い!
なぜか「ふるさとを愛するものは ふるさとの土になれよと鳴く 閑古鳥」という帯屋久太郎 さんの詩を思い出してしまいます。
 検索してみたら,こういう詩にもまた出合ってしまいました。

おうい雲よ
いういうと
馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ
ずつと磐城平(いはきたひら)の方までゆくんか
(雲 山村暮鳥)

道の途中振り返ると,そこには,
昔の自分がいるような,今の自分に手を振っているような・・・。
小さいころ暗唱した詩とともに,昔の自分のところまで,ちょっと戻って見るのも悪くないかもしれません。
 ちょっと寄り道・・・・。
Commented by enzian at 2009-05-05 21:47
yutaさん

こんばんは。

>こういう道に何か弱い!

・_・)/\(・_・)道ナカマ!

この道は古くて小さな祠に続いていたのですが、
祠にはきれいな花が手向けられていました。
ずっとなにかを祈るためにお参りしているひとがいて、
そのひとが通った跡がこの道になったのでしょうね。

白い雲が流れていました。
この道は奈良のある場所にあるのですが、
なんどか電車でそばを通ったことがあって、
いつか写真に撮ってみたいと思っていたのです。
今回、やっと撮ることができました。
(草の生えていない時期はもっと味わい深いのですよ。)
この道は郷里にあった道に似ているのです。
自分を見つめ直したくなったのでしょう。
Commented by seedsbook at 2009-05-07 02:36 x
道の写真を私もつい撮ってしまうことがあります。
ほんと、つい。。。という感じです。
まっすぐな道も、曲った道も。。。
おととしあった野外彫刻展で畑の中や、公園の中。。。普段無い場所に道を作った作家がいたのを思い出しました。
これは小さな祠に続いているだけの道なのですね?

道は面白い。。。と思います。
Commented by 座敷童 at 2009-05-09 03:03 x
轍も好きですが、こういった人の跡も、
時間の感覚を鈍らせてくれるので、好きです。
最近は雑草がこんもりわさわさと茂っているところさえ
見つけにくいのですが、
わざわざそこを突っ切って行く、その理由や動機にわくわくしますね。

田舎のほこらのお像が汚れてきたので、
きれいに塗ってくれないかとわざわざ手紙が来ました。
本職でもないのですが、縁があるのが私だそうです。
聞くと神像のようです。神様を作り直すって、
こわいようでいて、意外に楽しみでしかたがないです。
Commented by enzian at 2009-05-09 09:04
seedsbookさん

>道の写真を私もつい撮ってしまうことがあります。
ほんと、つい。。。という感じです。

道は考えて撮るものではなく、
つい撮ってしまうものなのかもしれません。
「つい」には「つい」になる理由があるのでしょうね。

>おととしあった野外彫刻展で畑の中や、公園の中。。。普段無い場所に道を作った作家がいたのを思い出しました。

とても興味深いですね。
それで、なにを表現しようとなさったのか。
聞いてみたいです。

>これは小さな祠に続いているだけの道なのですね?

そうです。
ただそれだけの道です。
Commented by enzian at 2009-05-09 09:09
座敷童さん

>轍も好きですが、こういった人の跡も、

轍の跡もいいですね。
ローマのとか。
インドにも古い轍の跡があったよ。

>時間の感覚を鈍らせてくれるので、好きです。

その表現は絶妙ですね。
道はある程度の時間のなかで
出来上がってくるものですね。

>田舎のほこらのお像が汚れてきたので、
きれいに塗ってくれないかとわざわざ手紙が来ました。
本職でもないのですが、縁があるのが私だそうです。
聞くと神像のようです。神様を作り直すって、
こわいようでいて、意外に楽しみでしかたがないです

いっしょに自分も祭ってもらい。
何百年かしたら、神さまの一人になっているかもしれんよ。
Commented by 907011 at 2009-05-10 17:34
道ができているんですよね。
人が通って踏むから?

自然に、まっすぐな線ってほとんどなくて、
曲がっていることが普通なんですよね。
植物でも。
だから目が気持ちいいんですよね。
Commented by enzian at 2009-05-10 18:18
907011さん

>道ができているんですよね。
人が通って踏むから?

そうですね。

>自然に、まっすぐな線ってほとんどなくて、
曲がっていることが普通なんですよね。
植物でも。
だから目が気持ちいいんですよね。

曲がっているから気持ちいいかどうかは
ぼくにはわかりませんが、
曲がっているものが多いことで、
まっすぐなものを見たときの
驚きが増すことはあると思います。
Commented by madeline0527 at 2009-05-12 07:04
轍が一本の道。
あぜ道、懐かしいです。

人がたくさん歩いて できた道 …
歴史を感じます。
Commented by enzian at 2009-05-16 18:31
まださん

懐かしいですね。
人の匂いが懐かしさを感じさせるのでしょうか。^^
Commented at 2009-05-19 01:23
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-05-19 20:16
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-05-19 20:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2009-05-20 22:38
鍵コメ1、2さん

コメントありがとうございます。

ほんとに夢って不思議ですね。
ぼくはどちらかというと夢の不思議さに手を焼いていて、
夢を楽しむという発想はなかったように思います。

だから、予想もつかないことが繰り広げられるから楽しみ
とおっしゃる鍵コメさんの意見に
ちょっとハッ(゚Д゚)!!としました。
そうですね、そういう楽しみ方もあるのですね。
ぼくも楽しもう。^^v

メロディーの流れる夢が見られてよかったですね。
しかもわくわくするようなメロディーとは‥‥

>心臓の鼓動

それとの関係はなるほどと思いました。
とてもおもしろいですね。
Commented by enzian at 2009-05-20 22:38
鍵コメ3さん

誰しも自分のことを知って欲しいと思うのではないか
とぼくは思いますが、道は自分のことを
知っていてくれているのかもしれませんね。

たとえ忘れても思い出させてくれるし。
不意に自信がなくなったり迷ったり、
また、初心を忘れてしまったときでも、
確かな自分の足跡を見せてくれるのかもしれません。

愛おしくなるのは、
ほかでもない自分の痕跡だからなのですね。^^

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