マクワウリ

b0037269_18332021.jpg(1)いつだったか、モロコ釣りに凝っていたことがあります。モロコにはいくつかの種類があるのですが、通いつめていた木津川にいたのはコウライモロコと呼ばれる小さな魚でした。

薄い黄色がかった背中をした可憐な魚を釣るには、少々の工夫が必要でした。ふだんコイやフナ用に使っていた「伊勢尼」(いせあま)という粗野な大きな鉤(はり)は、小指ほどのモロコの小指の爪の半分にも満たない口にはかからないのです。

一軒だけ、町内に釣り具を置いている店がありました。といっても、それは釣り道具店なのではなく、もとはガス屋だったらしい荒物屋で、薄暗い店の奥まった一角にわずかばかりの釣り具が置きっぱなしになっている、という風でした。置きっぱなしになっているもののそばには、いつも「いらっしゃいませ」ともなんとも言わない親父が三本足の椅子に座っていて、お前は客なのかそれとも冷やかしなのか?とでも言いたげな灰色の目をして、まれにしかやって来ない客をギラリとにらみつけるのでした。

(2)
荒物屋にモロコ用の鉤はありませんでした。モロコには「モロコ針(鉤)」と呼ばれる専用の鉤が必要なのですが、親父の品揃えのなかにそんな気のきいたものがあろうはずもなかったのです。木津川を遡った数キロ離れた隣町にちょっとした釣具屋がある、という噂は聞いていました。ダンプカーがすぐそばをびゅんびゅん追い越して行く危ない国道を通り、自転車が着いた先にめざす釣具店がありました。数キロ離れたそこはまったくの異郷の地で、見たことはおろか想像したこともない釣り具が所狭しと並ぶ桃源郷でした。

モロコ針をもって得意満面の少年は木津川のすいば(秘密の場所)へと急ぎます。なにせ、はじめて使う “特殊アイテム” があるのですから。木津川は三重県を源とする淀川水系の一級河川で、住んでいた地域はその中流域にあり、流れはところどころに大きな河原をつくりながら蛇行していました。生い茂る濃い緑の夏草をかき分けて河原に降りると、見慣れぬおっさんがいました。おっさんは上下スーツ姿で、麦わら帽子をかぶって竿を振っています。たしか、河原に降りる手前には自転車もバイクもなかったはずです。どこから来たのか変だなと思いましたが、人の素性をせんさくするより、早く釣りたいのです。

いっこうに釣れません。麦わら帽子はポツポツとモロコを釣っています。鉤に問題はないはずです。なにが違うのかとおっさんの方を見ると、エサ箱にピンク色のうごめくものが入っています。「これはな、ベニサシや。これでないとモロコは釣れへんねや、ぼく」。それっきりおっさんはなにも言いませんでした。「ベニサシ」とはなんだろう?それに、このおっさんはどうしてこんなに生気のないしゃべり方をするのだろう?おっさんの声は抑揚のない、まるで機械が合成したような低い声で、それはおっさんの口から聞こえてくるというより、もっと下の方の地の底から響き上がってくるような音でした。少しそんなことを考えて、エサ箱をもう一度見ようとしたら、おっさんの姿はありませんでした。

(3)
釣れずに帰って調べれば、「ベニサシ」は「紅サシ」で、釣り餌用に飼育されたサシ虫(ハエの幼虫)を食紅(しょくべに)で赤く染めたものでした。おっさんがどうやって手に入れたのか知りませんが、そんなしゃれた餌は身近にはありません。その後もミミズを餌にして何日か通いましたが、さっぱりでした。祖母がやってきて言いました。「われ(お前)は、お盆やのに、よお毎日毎日ジャコ取り(魚釣り)にいくなぁ」。夏と言えば少年たちの遊びの筆頭は虫取りでしたが、盆には殺生(せっしょう)をしてはならぬという不文律がありました。お盆には、先祖が小さな生き物の姿をして戻ってくると信じられていたのです。

頭に来て、ある日、紅サシに代わる餌を自作することにしました。土間にサツマイモが転がっていたので、蒸してマッシュポテトにし、つなぎに小麦粉を入れて練り餌(ねりえ)にします。食紅を加えて米粒大に丸めれば、まぁ紅サシに似ていないこともありません。おっさんは紅サシでないと釣れないと言いましたが、モロコは雑食性ですからこの餌でも釣れる可能性はあるはずです。祖母はあきれながらも、「米ぬかを煎って入れたらええ」と、手伝ってくれました。香ばしく煎った米ぬかは集魚剤になるのです。祖母は、少年がいったん事をはじめれば、それがどのていどまで可能でどのていどまで不可能なのか身にしみて感じ取るまでやめないことを知っていたのでした。

(4)
虫餌ではなく練り餌にすることにはちょっとばかりの自負がありました。サツマイモの餌なら生き物を殺生することもないのだから、おっさんの紅サシよりも、この “紅サシもどきイモ” の方がすぐれた餌なのではないか――。少年はひとつ大切なことを忘れていました。自分が夢中になっていた、魚がかかったときに伝わってくるあのグリグリという触感、それは鉤にかかった魚の命をかけた抵抗でした。自分の行為が生き物の命を弄(もてあそ)ぶ道楽であることを忘れていたのでした。

新聞を読みました。新聞の地方欄のようなところに、木津川のすいば近くで起きた事件が報じられていました。陰鬱な事件でした。大人の世界にはまだ自分の知らないことがたくさんあって、それらは複雑に絡み合っており、ときに人が身動きできないようにしてしまうものなのかもしれない。麦わら帽子のおっさんの姿が浮かび上がって、消えました。

(5)
迷いましたが、行くことにしました。河岸段丘に作られた茶畑のなかの道を自転車で走ります。昨日の新聞を見た今日ですから、すいばが近づくにつれ、鳥肌が立ち、総毛立ちます。こんな恐ろしい思いをするのならやめておけばよいのですが、新しい餌の効力を確かめないわけにもいかないのです。「まっすぐ前だけ見て、よけいなものを見るな」、自分に言い聞かせながらひたすらペダルをこぎます。

河原に降りても目的の場所だけを見つめて歩きました。冷蔵庫で一晩保存した紅サシもどきイモをつけて第一投。発砲スチロールの自作ウキがぴょこぴょこと踊って、胸も踊ります。グリグリという感触が手に伝わって、あっけなく黄色い背中の可憐な魚が釣れました。第二投。また釣れました。その後も、餌を投げ込むたびにウキが踊ります。そうです。あれほど苦労したのがウソのように、この魚は餌さえ変えればあっけなく釣れてしまうのです。食いしん坊の小さな魚は、手のひらのなかでぴくぴくと体を震わせています。

(6)
夢中で釣っていたら、黄色い楕円形のものが浮き沈みしながら流れてきました。マクワウリでした。畑にあるはずのマクワウリがなぜ川にあるのかわかりませんでしたが、どこも傷んでおらず、食べられそうです。祖母の大好物なので、持ち帰ることにしました。川で拾ったと言えば嫌がるかもしれませんが、畑で採って来たことにすればよいのです。

しばらくしてまた流れてきました。なにやら気味が悪くなって辺りを見回すと、河原の至るところに黄色のマクワウリやら、白のマクワウリやら、緑のカボチャやら、黒いナスビやら、ピンク色のなにかやらが流れ着いています。半ば腐りかけているようなものもあります。一瞬、「賽の河原」(さいのかわら)という言葉が思い浮かびました。ピンク色のものは家の仏壇にもあったハスの花の造花でした。マクワウリやらハスの花はお盆のお供えもので、お盆が終わって、上流の地域から川に流されたもののようでした。

モロコとマクワウリを流れに戻しました。モロコは一目散に逃げ、マクワウリは岸に向かう流れに乗ってしばらく近くを漂っていましたが、いつのまにか本流に乗って下流へと流れて行きました。モロコに限らず、さまざまな魚を釣るために通いつめていた木津川でしたが、この日を境に次第に足は遠のき、やがてまったく行かなくなりました。(了)

by enzian | 2008-08-16 18:17 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)

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