へんてこりん

電車のなか、大学生らしい女性たちが大きな声で話している。「あの先生も変人」。2人の人物の変人度を比較しているらしい。「でも、○○先生より、哲学者の方がイヤだよ」。○○先生は彼女らの学科の先生のようだ。「だってあの哲学先生、人間関係学の最初の授業のときに、この教室、人間関係学だよね?って聞いたんだよ。わたしら、あなたを待ってるんだって。変なの」。彼女らはぼくの大学の学生らしい。この言葉を聞いて、驚くやら悲しいやら反省するやら、朝から複雑な気持ちになってしまった。

驚いたというのは、その程度のことを尋ねたぐらいで、変態やら変人と酷評されねばならないことに、だ。悲しいというのは、学生が教員の意図をまったくわかっていないことに、だ。大教室でおこなう最初の授業で、学生に授業を確かめるというのはぼくもよくするのだけど、それは文字通り確かめているというのではなくて、大教室の授業なんていうのはこちらが一方通行的にしゃべるだけのつまらないものだから、せめて1人でもコミュニケーションをとろうと、絶対に答えに窮しないような問いでもって話しかけているのだ。この意味で、上の学生は、教員がマイクを持つ前に、ほかならぬ自分が最初の講義対象として人間関係学の授業がはじまっていたことにまったく気づいていない。知らないというのは恐ろしいもので、ぼくの同僚の試みは見事に侮蔑のゴシップの対象となってしまっている。

反省したというのは、上のように学生だけを責めるのもおかしいということだ。そういう学生の性質を知らずに話しかけるこちらにも責があるのだ。ぼくはこの話を哲学科の学生に話したのだけど、その学生はすぐさま教員の意図を読み取った。そういうわけで、ちょっとひねった同僚の意図を読み取ろうとする学生がいるにしても、物事や言葉を直線的に受け取る学生もまたいるのだ。授業のことをいちばん知っているはずの教員が授業を受ける側の学生に教室を確かめるというのは、素直に考えればへんてこりんなことなのである。

by enzian | 2009-09-02 23:49 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(0)

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