子どもの仏

録り貯めた録画のなかに円空仏の放送があった。かつてその地を訪れた円空は仏を彫って宿代にしたという。傷だらけの円空仏が伝わる家の主によれば、その家の円空仏が傷だらけなのは、それが昔から持ち出し自由で、子どもたちの遊び相手になってきたからなのだ。川で遊ぶ際、子どもたちは木の仏を浮き輪代わりにしたらしい。両手で掴まるのにちょうどよい大きさで、山の木から切り出したような荒々しいつくりの仏であれば、子どもたちがそれを川遊びの道具とすることにもためらいはなかっただろう。円空仏は文字通り身をもって子どもの命を守ってきたわけである。

円空が彫ったとされる仏をめぐっては、持ち出して遊ぶ子どもたちを叱った大人が逆に夢枕に立った仏に叱られたといったような逸話は多いが、大切なのはこういった逸話が真実かどうかではなく、そのような物語を数多く作らせるものが円空仏には宿っているということなのだ。高い台座から見下ろすような金箔貼りの絢爛(けんらん)たる仏像は、大人のための仏にはなっても、子どもの仏にはならないだろう。

by enzian | 2009-10-12 20:34 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(2)

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Commented by どんぐりコロコロ at 2009-12-31 16:50 x
大晦日は、うっかりしますと
一息つく間もないままに、
ダダッと一日過ぎてしまいます。
一休みしにやってきました。


子どもの仏さんは、ありがたいですねぇ。
そういえば子どもの頃によく「のんのさん」と
仏様のことを言っていました。
子どもの並び目線にある仏様は、
慈愛に満ちておられます。

ころんとしてぼってりとした姿と
木の風合いに、あったかくなりますし、
円空仏のおおらかさに笑みを誘われます。

彫りのリズムをみますと、
人間味に溢れてもいます。
でもそれ以上に何か耐えて
見据えてしっかりと捉えてこられた人の姿と
修行という道を歩かれてきた僧の世界を
一体の心身でもって表された、
それが円空仏の魅力につながっているように
感じました。
一刀を重ね、最後の一刀で彫り上げた跡に
素朴でさわり心地の良い仏様を残された・・。
子どもはそこのところを
体全体で感じられてもいたのでしょうね。

ひさしぶりのお里帰りのような、
気持ちでコメントを書きました。^^
良い年をお迎えください。

わっよつばちゃん、かわいい!
ぷちびっくりです。
Commented by enzian at 2009-12-31 22:07
どんぐりころころさん

一息つきましたか?

>そういえば子どもの頃によく「のんのさん」と
仏様のことを言っていました。

のんのんさんというのは、たぶん、
観音さんのことなのでしょうね。
ちがいますか。^^;

>素朴でさわり心地の良い仏様を残された・・。

さわれるものなら、
手触りが問題になってきますね。
手触りは観るだけの仏には必要のないものです。
そういえば、円空仏には削り跡、彫り跡が
残っていますよね。
これは大切な点ですね。

目で見るだけでなく、
体全体の触覚でも感じることができたのでしょう。
浮き輪代わりにしたのなら、
なおさらのことです。^^

>わっよつばちゃん、かわいい!
ぷちびっくりです。

このブログはカワイイ!ブログを
目指しているのです。\(-_-)ピシッ

どんぐりころころさんも
よいお年を。^^

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