ヘッドライト

b0037269_20174980.jpg紀州路を歩いた。なにも忙しい秋に行くこともあるまいにと思うが、ときどき生活の地から少し離れて、それなりに傾斜した土の道を足裏で感じないことには、胸の奥の方がざわざわして、落ち着いて仕事もできない。根源的な田舎者の性が頭をもたげてしまうのだ。

最低限のことは計算して出発するが、どうやらそういうことを望んでいるようでもあって、いつものように乗り継ぎミスを犯した。今回のはちょっと痛いミスで、重ね塗りされた白いペンキがところどころはがれた壁に貼られたスカスカの時刻表をにらみながら、無人の駅舎で相当の時間を過ごさねばならない。付近に店などない。自動販売機の光だけが降りしきる雨粒を照らし出している。蜘蛛の巣に絡まった蛾がぷらぷら揺れている。体が冷えてきた。

ぼんやり線路を見ていたら、こんな駅に電車が来るのか不安になってきた。同じ気持ちを以前に感じたことを思い出した。いつのことか、わからない。母とどこかの神社の前にあるバス停に立っていた。辺りは真っ暗で、強い雨風に吹かれた竹藪がざあざあと恐ろしい音を立てていた。母はしゃべらなかった。バスは来ない。無限とも思える時間が過ぎ、濡れた体は冷えてゆく。

バス停の記憶は遠くにバスのヘッドライトが見えた場面で終わっている。そこでほっとして緊張が解けたのだろう。かすかな音がして、無人駅にも電車の光が近づいてきた。人間が近づいてきたのだと思った。とてもひとりでは生きられないと思った。

by enzian | 2009-10-06 20:31 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)

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