傍若有人

>哲学的に、とはどういうことなんでしょうか。

「哲学的に考える」(=哲学すること)という場合の
「哲学的に」ということを説明すれば、
以下のような要素を含んでいるでしょうか。

一つのテーマ(日常の当たり前)について、
①常識にとらわれずに柔軟に考える
②(①と重なるが)いろいろな角度から考える
③(②と重なるが)ねばり強く考える


ただし、①にしても②にしても③にしても、
考える際には最低限のルールが必要です。
それをあえて言えば、
④論理的に考える
ということになるのでしょう。

AはBである。
BはCである。
したがってAはCである。

これは論理的に正しいですが、

AはBである。
BはCである。
したがってDはCである。

これは論理的に正しくありません。
①②③は④を前提条件としているのです。

①から④の要素を満たすには、
本当に正しいのだろうか?他の意見がないだろうか?と
自分で自分にツッコミを入れながら念入りに考えることが必要になります。
ツッコミを入れるためには自分のなかに自分以外のひとの視点が必要です。
A君ならこう言うかも、でもB先生ならこう言うかもしれない‥‥といった感じの。
(④については、野矢繁樹『新版 論理トレーニング』が参考になります。)

つまり、最後は自分で決定せねばならないという意味で哲学は孤独な営みですが、
同時に、ひとりで哲学することはできないのです。
傍若無人(傍らに人が無いかのように振る舞う)という言葉がありますが、
哲学はつねに “傍若有人” でなければなりません。

最後に哲学体質のひとにお伝えしておきたいことがあります。
それは、哲学体質のひとはどこまでも考えてしまいますから、
そうしたひとのなかには、正確に考えようとしてきりがなくなって
ぐるぐるとした渦のなかに入り込んで、
自分がつくった渦のなかで溺れてしまうひとがいることです。

ときにはふっと力を抜いて、
むずかしいことを考えずに友だちとだべったり、
ぎゅっと子犬を抱きしめたり、ぼ~っと自然を眺めたり‥‥
健康に生きていくためにはそのようなことも大切なのです。
このことも忘れないでください。

by enzian | 2009-11-14 23:59 | ※その他 | Trackback | Comments(4)

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Commented by Art-Chigusa at 2009-12-30 19:41
私は絵を描いていますが、哲学の道は、芸術の道に似ていると思います。
やっぱり、西洋哲学でも渦のような、ともかく円を描いて、近づいて、近づいて、探し求めたそこに触れたかと
思うと同時に離れる・・・と誰かが言っていました。
Commented by enzian at 2009-12-30 21:19
Art-Chigusaさま

>ともかく円を描いて、近づいて、近づいて、探し求めたそこに触れたかと思うと同時に離れる

そういうのは哲学でもあるかもしれません。
源を探し続けて、見つかったと思えば、
またそれのさらに源を探す、
というようなことの繰り返しですから。

絵、拝見しました。
自分の道を極めようとされているのですね。
Commented by art-Chigusa at 2009-12-31 06:07
enzianさんは詩人ですか?哲学者ですか?
絵を観て下さってありがとうございます。
Commented by enzian at 2009-12-31 11:00
art-Chigusaさん

哲学者ですが、詩人ではありません。
でも、その本に書いてあることが、
ぼくがこれまでこのブログで書こうとしてきた
こととあまり違わないな、とは思った
というわけなのです。

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