山田の向こうの山田

b0037269_2213347.jpgどの漢字を使ったらよいのかいつも迷う言葉がある。「こえる」だ。長いあいだ、「越える」と「超える」、どちらを使うかでぐらぐら揺れている。

もちろん文脈にもよるのだけど、院生のころは好んで「超える」を使っていた。自分が明らかにしようとしているものは「超える」ものにちがいない。「越える」では弱い気がした。実際はさしてちがわない意味なのかもしれないが、ぼくのなかでは、「越える」は同質のものへの変化であり、「超える」は質的に異なる――しかも優(上)位にある――ものへの変化という印象があるのだ。

中学に入って間もないころ、地区の山に登ったことがあった。山の向こうになにがあるのかどうしても見たかったのだ。そこはもう大阪なのだと聞いていた。稲も作れそうにないような山田を過ぎて、うっそうとしげる熊笹をかきわけて、やっと山の頂にいたった。視界が開けた。見下ろしたそこには、こちらとなにも変わらない山田が広がっていた。

by enzian | 2010-01-11 18:57 | ※山河追想 | Trackback | Comments(12)

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Commented by gauche3 at 2010-01-30 01:22
> 長いあいだ、「越える」と「超える」、どちらを使うかで
> ぐらぐら揺れている。

何故だか・・スーパーサイヤ人に成れるか否かで苦しんでいた
ベジータを思い出してしまいました・・(^^ゞ

と言いながらも・・「解る」と「判る」の間でぐらぐら揺れている
青年でした(今は既に中年ですけれど・・(笑))

> 見下ろしたそこには、こちらとなにも変わらない山田が広がっ
> ていた。
こんな瞬間に、言葉って敗北しますよね・・・
スイカの写真、いいですね^^
Commented by enzian at 2010-01-31 01:20
猿夫さん

>何故だか・・スーパーサイヤ人に成れるか否かで苦しんでいた
ベジータを思い出してしまいました・・(^^ゞ

ベジータはけっきょくブルマと結婚しましたね。
ぼくはけっこうベジータが好きでした。
話がずれました。\(-_-)ピシッ

>と言いながらも・・「解る」と「判る」の間でぐらぐら揺れている
青年でした(今は既に中年ですけれど・・(笑))

学生には「わかる」を使って欲しいと
ひつこく言うのですが、
いつも無視されております。
(「分かる」の使用例が多いようです。)

>こんな瞬間に、言葉って敗北しますよね・・・

なるほど、そういう表現があるのですね。
たしかに敗北です。
でもこの敗北の経験、
とっても大事なような気がします。

>スイカの写真、いいですね^^

ありがとうございます。(>_<。)
Commented at 2010-01-31 23:56
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-02-01 20:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2010-02-01 22:16
鍵コメさん

こんばんは。
細かく分析してくださいましたね。
拝読して、ぼくも同感です。
「時間と労働によって可能なもの」というのが
特に好きです。^^v

猫ちゃん、かわいがっていただき、
ありがとうございます。

また、動物を貼りますね。^^
Commented by enzian at 2010-02-01 22:21
鍵コメ2さん

こんばんは。
まさかその記事にコメントをもらえるとは
思いもしませんでした。
温かいコメント、どうもありがとう。
Commented by Ry at 2010-02-02 22:17 x
お久しぶりです。
今現在、「越える」の方を好んで使います。
でも越えると超えるは何が違うのだろうと
随分前からたまに考えてはやめてを繰り返しています。

個人的には「越える」は高い塀などの障害物を乗り越えるイメージで
「超える」はふわっと解決するってかんじです。笑
もしくはちょっと上の方にレベルアップする。
「越える」はまっすぐの途中にあるかんじもします。
イメージを言葉にするのは難しいですね。笑

「超える」はそのイメージの外側の事柄だったりもするのではないかと思ったりもします。

関係ないかもですが
超大型台風と聞くと
嗚呼もうよくわかんないぐらい大きいんだな、と思います。

ちなみに「わかる」は「わかる」以外には使い方がよくわかりません…^^;
Commented by enzian at 2010-02-04 00:15
Ryさん

お久しぶり。

>個人的には「越える」は高い塀などの障害物を乗り越えるイメージで「超える」はふわっと解決するってかんじです。笑
もしくはちょっと上の方にレベルアップする。
「越える」はまっすぐの途中にあるかんじもします。
イメージを言葉にするのは難しいですね。笑

ゼミのときにそういう説明をすると
教授たちから袋だたきに遭いそうですね。^^;

>「超える」はそのイメージの外側の事柄だったりもするのではないかと思ったりもします。

そうですね。

>関係ないかもですが
超大型台風と聞くと
嗚呼もうよくわかんないぐらい大きいんだな、と思います。

いや、関係なくない。
Ryさん自身がその上で言っていることに
つながっているよ。

>ちなみに「わかる」は「わかる」以外には使い方がよくわかりません…^^;

現在の使用法では、頻度で言えば、
わかる>分かる>判る>解る  だと思う。
後二者を使う人は相当のこだわりのある人かな。
Commented at 2010-02-05 15:42
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2010-02-05 22:04
鍵コメ3さん

こんばんは。
お久しぶりです。

たしかに、ストレスのないタイプの
越えるが超えるだという言い方もできるかもしれませんね。

>下かから二行目

もちろんです。
Commented by 座敷童 at 2010-02-24 01:11 x
うちの田舎では「山田登ってく」という方言があって、
これは「○○(現在の県庁所在地)へ行く」という意味なのですが、
行きは使うのに帰りは使いません。
しかも山田はどちらかというと、山岩です。
峠を越せばようやく山田があります。
そんな経験ゆえですか、三次元で「jこえる」をイメージしてしまうのですが、
「超える」というと放物線を描いて最高点を迎えた瞬間のイメージがあります。
「越える」は垂直なものをよじ上っていき、その先に目的地があるイメージです。

「あらわす」もけっこう迷いませんか?
Commented by enzian at 2010-02-24 23:04
座敷童さま

その方言は、その地区だけなんですか?
その地区だけなら、その地形(山岩を越えれば山田がある)
にちなんでいるのでしょうね。

>「超える」というと放物線を描いて最高点を迎えた瞬間のイメージがあります。「越える」は垂直なものをよじ上っていき、その先に目的地があるイメージです。

そういう経験ゆえのものかもしれませんが、
自分がよじ上れるものはある一定の許容量のなかに
あるものですから越えるになって、
自分では越えられないものとして
より象徴的なもの(放物線)が超えるになる、
と言うことはできるかもしれません。

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