バレンタインデーの贈り物

b0037269_23253335.jpgなにかよくわからない重しがずっと頭の上に乗っかっていて、それがぼくを滅入らせていた。もうすぐバレンタインなのか‥‥。検索をかけて古書店を回ることにした。何度探しても見つからない本を探すのだ。あれ以来、一度としてその書名さえ見ることのない本。風の噂では、著者はその本を良しとせず、出版してすぐにすべて回収したという。

その本は母からプレゼントされたのだった。いや厳密にいえば、ぼくはそれを母からは受け取っていない。それは母からの最初のバレンタインデーのプレゼントだったが、そのときぼくと母は不仲で、ついぞ母はそれをわたすことができなかった。ぼくは親思いの良い息子ではなかった。苦労するためだけに生まれてきたような母の生涯の最後の部分を墨汁で黒く塗りつぶしたのが、ほかならぬぼくなのだ。本はチョコレートといっしょに台所の棚の上に置かれたままだった。次の年のバレンタインデーの少し前、母はあっけなく逝った。法事が終わった夜、赤い包みを開いて1年前のチョコレートを食べ、ぼくは本を読んだ。その後、法事の混乱に紛れて本は紛失してしまった。

あるはずがないと思っていた本が見つかった。沖縄の古書店が所蔵していた一冊だった。古びているので、壊さないよう慎重に読み進める。この内容だった。何十年の時を隔てて、記憶は残っていた。本論と後書きの間のスペースになにか書いてある。人目を避けて書かれたものなのだろう。かすれかけた文字はこう書いてある。「ぼくが悪かった。2月14日」。その瞬間、天から雷が落ちてきて、体を貫いた。それは自分の字だった。

by enzian | 2010-02-14 00:01 | ※山河追想 | Trackback | Comments(27)

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Commented at 2010-02-14 13:37
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Commented by enzian at 2010-02-14 13:54
鍵コメさん

こんにちは。
その身を切ったような労のわりには
報われることが少ないのかもしれません。

でも、たとえ表面的には見えなくても、
その存在はしっかりと根を下ろしていて、
とうてい消し去ることができないと思います。
(ただし、鈍感なぼくはそれに気づくのが遅かったのですが。。)
これは、ぼくの偽らざる思いです。
Commented by 土偶 at 2010-02-14 14:40 x
今まで聞いた中で一番素晴らしい「バレンタインデーの話」でありました!
この記事を読み終わった瞬間に私の上にもちょっと雷が落ちたようでした。

いやーキノコ先生から良いバレンタインデーの贈り物をもらいましたという感じです。
というよりは私が勝手にキノコ先生から贈り物もぎ取ったって言う感じではありますが…
Commented at 2010-02-14 16:11
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Commented by enzian at 2010-02-14 18:06
土偶さん

ぎゃーびっくりした土偶さん。^^
そんな風に受け取ってもらえたら、
ちょっと情けない部分を含む話なのですが、
書いてよかったと思えます。
Commented by enzian at 2010-02-14 18:12
鍵コメ2さん

いえ、こちらこそありがとうございます。
ぼくもそう考えたいと思っていましたから、
鍵コメさんにそう言っていただけて、
とても嬉しいです。^^
Commented at 2010-02-16 20:57
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Commented by enzian at 2010-02-17 12:08
鍵コメ3さん

>3行目

なんのことでしょうか?
私には心当たりがありません。

お読みいただければ幸いです。
Commented by 揚羽 at 2010-02-19 21:58 x
あまりにびっくりしすぎてついうっかりコメントしちゃいます^^;

私も↑の方と同じく雷のおすそ分けいただきました。
感動からくる雷は何度も経験したけど、こういう種類の雷は初めてです。
上手く言えませんが何かが違いました。
廻り合せみたいなものってあるのねぇ…と珍しいことを思ってしまいました。
再び出会えたこともすごいけど、その文字を書いた当時の先生も素敵だなぁと思うのであります。
こういうお話は私も大好きです。雷の落とし方も絶妙だったと思います。
バレンタインエピソード部門第一位ランクインですおめでとうございます。

いつか先生がチョコレートは好きじゃないか、苦手…みたいなことを言っていたのを思い出しました。
嫌いじゃないんですね^^

ああもう楽しいびっくりをありがとうございました。
Commented by enzian at 2010-02-19 23:19
揚羽さん

ひっかかったね。
(本当の話だけど。^^)

>バレンタインエピソード部門第一位ランクイン

ヤッター ヽ(゜∀゜)人( ゜∀)人(  ゜)人(  )人(゜  )人(∀゜ )人(゜∀゜)ノ

>チョコレート

あれっ?そんなこと言ったっけ?
かんなり好きですよ。
明治のミルクチョコレートが好きなのです。^^v
Commented by yuta at 2010-02-20 00:43 x
enzianさん,こんばんは。
「巨岩と花びら」という船越保武さんのエッセイを父から手渡されたことがありました。なぜその本なのか,などと思ったこともありませんでしたが,多分,その本とつながっている自分,というのがあるような気がします。その本を通して受け継がれてきた何かが。それは必ずしも本の内容だけではないのかも知れないと,最近,思います。彫刻の女性の横顔とそのまなざしが指すものを印象深くこころに刻んでいますから。
 亡き人の思いをそのまま大切に包み込んでくれていた本と再び出合うのは,やはり必然だったのだろうと思います。お互いに探し求めていた相手なのでしょう。必要でも時間を経なければ,そうとは判らない,そんな出会いもあるのだろうななんて思いました。
 
Commented by yuta at 2010-02-20 00:44 x
続きです。
 実は今日,学生に1冊の本をこれあげるよと・・・,私にしたら今だかつてない自分の行動に,自分でちょっとおどろいていたところでした。本を貸すとそのまま返してもらえないことも多いので貸すことさえ嫌な人でしたから。しかし,その本をその子になぜあげたのか,明確に説明のつく理由はなく,なんとなく衝動的といった感じは否めません。ある世界を共有できるあるいは共感できる人を求めているだけかもしれません。この子なら判るかもな・・・って。教師らしくないかも・・・です(苦笑)
Commented by frutty at 2010-02-20 01:22 x
enzianさま、はじめてコメントさせていただきます。

感慨深いお話ですね。とっても印象に残りました。
何てタイトルの本なんだろうとか、色々詮索したくなりますが、、、人生っていろんな巡り合わせがあるのだなぁと思いました!
Commented by enzian at 2010-02-20 10:22
fruttyさん

はじめまして。^^
よろしくです。

>人生っていろんな巡り合わせがあるのだなぁと

そうですね、そう思います。
そして、そうした巡り合わせの大部分は自分が
引き寄せているのだと思います。
Commented by enzian at 2010-02-20 10:55
yutaさん

本は文字が指し示す内容だけではないようですね。
もちろん文字が指し示す内容が大切なことは言うまでもない
のですが、そこにある挿絵、写真、装丁、
そしてそれを読んでもらおうとしたひとたちの気持ち‥‥
そのようなものをすべて包んだ総合的な表現なのだと思います。

>亡き人の思いをそのまま大切に包み込んでくれていた本と再び出合うのは,やはり必然だったのだろうと思います。お互いに探し求めていた相手なのでしょう。必要でも時間を経なければ,そうとは判らない,そんな出会いもあるのだろうななんて思いました。

おっしゃる通りだと思います。
ぼくも、「再び会ったこと」、それが「2月14日」であったこと、
それは必然だったのだと思います。

そして、それが「今年」であったのも必然だったと思います。
去年や一昨年ではまだ早すぎて、
再会するための時間には熟していなかったのだと思います。
準備が整って、ようやく会うに至ったのでしょう。
Commented by enzian at 2010-02-20 10:56
yutaさん、続き

>教師らしくないかも・・・です(苦笑)

お会いしたことはありませんが、
そうおっしゃるところがyutaさんの
教師たるゆえんではないでしょうか?

ぼく自身はコメントを拝見して、
その衝動的なところにけっこう共感したりしています。
世界を共有したいという思いはあります。
それは危険でもあるのでしょうが、
なかなか抑えきれない願望かと。
抑えてときどき漏れるぐらいについては、
許していただきましょう。
教師であるまえにひとりの人間なんだ、
ということでまとめておきましょうか?^^

「読み取る」という記事には続編があります。
よろしければ、お読みください。
Commented by gauche3 at 2010-02-20 21:03
> その瞬間、天から雷が落ちてきて、体を貫いた。

生きていると、こういう感覚を味わう瞬間があります
よね・・カテゴライズ化された法則や原理を、きっと
知り尽くしているenzianさんに、こういったことが起
こるということに・・何か意味があるのだろうか?
と、ふと考えてしまいます。

素晴らしい記事、ありがとうございます^^
Commented by enzian at 2010-02-20 22:33
猿夫さん

>カテゴライズ化された法則や原理を、きっと
知り尽くしている

知りませんってば、もう。(>_<。)

ぼくの場合は基本的に鈍感街道を歩く人間ですから、
あんまり雷どっか~んなんてことはないのです。
(要は、落ちていても気づかない。)
ただ、今回はどっか~んときましたのです。
ずっと気に留めていたせいでしょうか。。
Commented at 2010-02-24 23:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2010-02-24 23:13
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2010-02-24 23:16
鍵コメさん

こんばんは。

ぼくの想像を超えているのだと思います。
参りました、とどこかに向かってつぶやきます。

導こうとする力が働いて、
導こうとする人がいたのだ、
と思うことにします。

ありがとうございます。
Commented by minori5b at 2010-02-26 14:32
enzianさん 心の旅をしていたんですね~ もしかしたら修行僧のように^^

そしてその本も 旅をしていたんですね~ お互いもう一度めぐり逢うために^^

ねぇ~enzianさん 人はいろいろなものと 通い合うことが出来るンですね~^^

とっても心地良い ありがたい雷さんでしたね~^^
Commented by enzian at 2010-02-26 23:36
minoriさん

ぼくのこころも本も旅をしていたのかもしれませんね。
また会うまでの旅を。

>ねぇ~enzianさん 人はいろいろなものと 通い合うことが出来るンですね~^^

できると信じてますよ。^^
Commented at 2010-03-07 00:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2010-03-07 18:18
鍵コメさん

こんばんは。
読み取ることは難しいと思います。
ぼくも学生に読み取って欲しい、
なんて言っていますが、
それは無理難題なのだと思います。
でも、読み取ることのおもしろさもありますね。

行きつ戻りつ、でがんばりましょう。^^
Commented by 座敷童 at 2010-03-25 00:44 x
昔からずうっと苦手だった教科の難しい問題が、数年後のある日に解けると同時に、過去の自分が出現したみたいな。
変な言い方ですけど、自分の化石を発掘したような印象でしょうか。
早すぎたら化石になっていないし。遅すぎたら誰かが持っていってしまっていたのかも。

そういえばこの間見た映画でこんなこと言っていました。
人間がここに在ることは、「あまたの事柄のひとつ」ととるか
「唯一の奇跡的事件だった」ととるか。
Commented by enzian at 2010-03-25 22:48
わらし

>変な言い方ですけど、自分の化石を発掘したような印象でしょうか。早すぎたら化石になっていないし。遅すぎたら誰かが持っていってしまっていたのかも。

なるほどの表現ですね。
えぇ具合に化石になっておりました。

>人間がここに在ることは、「あまたの事柄のひとつ」ととるか
「唯一の奇跡的事件だった」ととるか。

で、わらしはどうとるの?^^
ぼくはできれば後者ととりたいな。

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