大学の責任

先日、定時制高校の教員の話をNHKでやっていたので観た。すごく単純化して言ってみれば、学生との対話を重視している先生の話しで、おもしろくなくはなかったのだが、特別に感心したこともなかった。学生との対話を重視しているというのなら、研究を抱えた大学の教員でも普通にしていることだからだ。むしろ学生との対話という意味なら、個人研究室をもった大学の教員の方が環境としては整っているだろう。もちろん、なかにはいまだに自分を「教壇に立つ者」などと定義する時代錯誤な方もおられるのだが‥‥。

その定時制高校の先生は言っていた。自分がこのように学生との対話を重視するようになったのは、一人の学生の退学を止められなかった苦い経験からなのだ、と。その話を聞く限り、その先生に落ち度はないと思えた(もちろん、話せないような事情もあるのだろうが)。そして、それ以降、一人の退学者も出していないのだという。毎年何人かの学生を退学させてしまっているぼくは、心底、驚いてしまった。

何人かのなかには明らかに自分の失敗だと思える例がある。これには、歯ぎしりしながら、二度と同じミスは繰り返すまいと誓うしかない。だが、できる限りの時間を費やし、考えうる限りの手段を尽くしても退学を止めることは不可能であったと思える場合は、はるかに多い。退学に賛成して、そこから教師と学生ではない、人間と人間の長いつきあいがはじまった例も少なくない。そのいくつかは墓場まで続くのだろう。4年の教育に責任をもつべきことは当然であるにしても、4年の教育だけが大学の責任なのではない。

by enzian | 2010-01-25 22:48 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(4)

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Commented by 毒きのこ at 2010-04-15 23:30 x
退学を慰留?させる云々の結果は
色々事情があるのでしょう、ね・・
部外者なので勝手な意見ですが
だからと言って先生方が責任を負っていないとは
誰も思わないでしょう
多くの先生は精一杯やってくださっているのだと思います
むしろ責任を感じるがゆえに
人一倍に胸を痛めておられるかもしれません

ただ
3年だとか、4年だとか有限の期間があるがゆえの
スピードの中において
人間対人間のことは
多くははみ出してしまうでしょうし
収まることの方が難しいと思われます

それを緩和したり繋ぎとめる手段の一つが
対話であるのかもしれません、ね・・
それに懸けるしかないというべきか

Commented by 毒きのこ at 2010-04-15 23:31 x
(つづきます)

高校生の頃、私も何人かの先生を悩ませ
退学したいだの、どうするのだの散々
迷惑をかけました
結局、やめはしませんでしたが
根本的な問題は
ある意味、永遠のテーマに近いような形で
進行形のまま
私の中に、未解決なものとして
持ち続けることにはなったわけです

それを知ってか知らずしてか
そのうちの2人の先生が
もう20年近く経つのに
毎年、年賀状をくださいます
こちらの近況を尋ねることなど一切なく
ただ静かに・・・
私は、無礼であることを承知の上で
一度も返事を書いたことがありません
一度も卒業してから会ったこともありません
先生方は、無言の便りをただ出してくださるのです
Commented by 毒きのこ at 2010-04-15 23:32 x
(さらにつづきます)

あの頃に、稚拙なわたしが語ったこと
悩んだこと、向き合ったこと、逃げてきたこと
それをすべて承知で
何も言わずに便りをくださるのだと思います

つきあいとは言えないようなつきあいですが
先生は親身になって
一緒に考え、学び、教え、悩み
見守りつづけてくださっているのだと思います


わたくし事ですが、昨年病にたおれ
道を究めるべく進んでいた仕事を先日に引退し
また違った人生の流れにのっています

そして、ある分野では生徒として
新たな教えを先生に受けながら
学んでいます

春ははじまりの季節ですね・・・
enzianさんも、お忙しいと思いますが
どうぞお体に気をつけてご活躍くださいませ
Commented by enzian at 2010-04-18 00:08
毒きのこさん

(訂正しました)
コメント、ありがとうです。

いろいろなことがあったのですね。
ぼくもまた毒きのこさんの新しい道はわかりませんが、
新しい試みが実り多いものとなりますように。

>3年だとか、4年だとか有限の期間があるがゆえの
スピードの中において
人間対人間のことは
多くははみ出してしまうでしょうし
収まることの方が難しいと思われます

ぼくもそう思います。
ぼくの大学は人間関係(それは自分との関係であり、
他人との関係です)を重視しています。
でも人間関係はやはり究極の問題であって、
あらかじめ決められた枠に入り切らないことの
ほうが多いようです。

>そのうちの2人の先生が
もう20年近く経つのに
毎年、年賀状をくださいます

すばらしい先生たちですね。
ぼくにはまねできません。
お返事してもいいと思いますよ。^^v

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