「頭がいい」

それほど多くはありませんが、「頭がいい」という表現を他人に使うときがあります。どんな場合に使うかを想像しながら、自分がこの言葉をどういう意味で使っているのかを考えることにしましょう。たとえば、暗算がよくできるひとや、外国語の単語の物覚えがよいひとがいたりしたら、「彼は頭がいいね」なんて言ったりするかもしれません。また、会議での議事進行に淀みないひとや、すれちがったときのひとことがお洒落なひとがいたら、「彼女は頭がいいね」なんて言ったりするかもしれません。同じ表現を、誰からも好かれていて、いつもたくさん友だちに囲まれているひとに使うこともあるかもしれません。

ここでまず言えることは、こうしたそれぞれの場合が、とても限定した判断だということです。それぞれ、「暗算力」や「記憶力」、「議事進行能力」や「人付き合い能力」がすぐれていると言っているだけで、ほかのことは判断していないわけです。記憶力のあるひとに「頭がいい」と言う場合、そこに人付き合い能力への賞賛は含まれていません。つぎに、こうした限定した判断であることを悪用 できることにもなります。上では「○さんはAにすぐれている」という、まっすぐな判断だったのですが、同じ言い方でその限定を強調して「○さんはAにすぐれている(けど、Bはダメだよね。あるいは、A以外はからっきしだねダメだね)」といった判断をすることができるでしょう。( )の前しか発言していませんが、じつは( )の中が言いたいことの核心なのです。イヤミですね。

こうして、「頭がいい」という判断は、enzianの場合、「Aがすぐれている」というまっすぐな意味か、「Aはすぐれているけど、Bはダメ(A以外はからっきし)」といった曲がった意味の発言になることがわかりましたが、後者の曲がった意味の場合、BがA(=「頭」)に反発しようとする言葉であることから、Bに相当する部分には偏りが出てきます。それは「心(こころ、ハート)」になる場合が多いということです。心は頭と対になるからです(ややこしいことを言うと、BもAを限定します)。ここから悪しきenzian^▽^)ウケケ が使いうる「頭がいい」の恐るべき用法が明らかになります。「彼は暗記力はあるけど性格が悪いんだよね」とか、「友だちがたくさんいるったって、彼は政治家で、それを今後の権力闘争の道具として使うつもりなんだよね。そこにはハートフルなものはなんにもないよ」という意味なのです。

こういう思考実験を書くと、それは自分のことか?などと思う自意識過剰なひとがいて勘弁して欲しいと思うのですが、そういう風に思われるのも理由があって、enzianが腹の底ではなにを考えているかわからない人物として定評を得ているからなのですね。そういう事情を自分も知っているわけだから、冒頭に書いたように、この表現はあまり使えないということにもなるのでしょう。ぼくはこういう記事を書いているひとがいたら、「彼は頭が悪いね」とか「彼女はバカだね」(関西風には「あいつはアホや」かな)と言うかもしれないけど、この意味については考えてみてくださいね。ごめん、楽しくない記事になった。

by enzian | 2010-07-21 23:08 | ※その他 | Comments(0)

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