才人と出会う方法

すぐには意味がわからないが、あとあと響いてくる言葉を発するひとがいる。ぼくの恩師なんか(ぼくにとっては)この手のひとで、すぐにはおっしゃることがわからなくて、2年後とか数年後にわかることが多かった。あっそうか、あのときおっしゃったのはこういうことだったのか、といった具合。ぼくは鈍だから、頭の良いひとの言うことはほとんど、すぐにはわからない。

いまぼくは明治時代に生まれたひとたちの勉強をしていて、そのひとたちはけっこう長命で、ぼくが生まれたときも存命だったひとが多いのだが、できればひと目でも会って、あれこれと質問したかった、などと思っている。が、たぶん、ぼくがこういうひとたちが考えたことに興味をもてるのは、その言葉を彼らが何十年も前に言ったからなのだ。このひとたちのなかには発言が周囲に受け入れられず、コミュニティから追放された経験をもつひとも多く、それをぼくはいかがなものかなどとえらそうに考えているが、じつのところ、彼らと同じ時代に生きて生で彼らの声を聞いていたなら、その当時の周囲と同じように、彼らを追放しようとしたにちがいない。そして、何十年かしてしまった!と後悔したにちがいない。

同じように、もう人類の歴史上に残るようなとてつもなく頭の良いひと、たとえばソクラテスなんてひとがいたのだが、ぼくが彼の考えにわずかでも興味をもてるためには、何千年かの時間的隔たりが必要だったのだろうと思う。同時代に生きていれば、短絡的なぼくは必ずソクラテスを処刑せよ!と叫んでいただろう。才人と凡人とのあいだには時間的な隔たりが必要なのだ。でもこれは、時代を隔たることによって凡人も才人と出会える、ということでもある。

by enzian | 2010-08-26 23:29 | ※その他 | Comments(0)

<< 努力家との同居を考えはじめる。 原稿用紙8枚の音 >>