アンダーライン喪失

個研には本を置いているわけだが、どう気をつけていても、年に数冊は紛失する。たいていは誰かに貸してそのまま行方知れずになるのだが、たしか誰かに貸したという記憶はあっても、それが誰だったか、思い出すことができない。もちろん、何パーセントかの紛失が生じることは織り込み済みだし、買い換えればよいことで、そのためのお金など惜しくないのだが、打ち明ければ、ひとつがっかりすることがある。

ぼくは自分が読んでおもしろい、勉強になると思った本しか貸さない。つまらないと思った本は、「読んでも時間のムダだからやめておいた方がいい」とはっきり言う。あまりに主観的な‥‥と思うひともいるかもしれないが、自分が貸す本ぐらい勝手にさせてもらう。おもしろいと思った本には必ず鉛筆でアンダーラインが引いてある。さらにおもしろいと思った箇所には余白部分に◎が書き込んである。それは自分が最初に読んだときにおもしろいと思った箇所、そのとき抱いた自分の気持ちを示すものなのだ。

ときどきぼくはどんなところにアンダーラインを引いているのかと、好きな本を開けることがある。かつての自分に会おうとするのだ。未熟だと思うときもあるし、何年も前にこんなことに気づいていたのかと自画自賛することもある。そうして、しみじみ自分を懐(なつ)かしむ。アンダーラインを引くことによって、ぼくは著者のみならず、自分自身とも対話することができる。当たり前のことだが、買い換えた真新しい本にアンダーラインは引かれていない。

by enzian | 2010-01-08 22:11 | ※キャンパスで | Comments(0)

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