まさかの笠地蔵

少し長い休みをはさんで学校がはじまると、帰省していた学生たちが郷里のおみやげをもってくる。次々と学生たちがおみやげをもってenzian個研前に列をなす風景は、「enzian詣で」と言われ、冬休み明けの大学の風物詩となっている。そんな物をもらってしまって、あとあとアンフェアなことが生じはしないのか?enzianの正義とはどこにあるのか?などといった白熱した議論がなされているとも漏れ聞くが、勝手に白熱しておればよいのだ。恥じらいなしで大仰に哲学する者ほどやっかいなものはない。話がずれた。

注意しておきたい。enzian詣では特権階級のゆえではない。これは常日頃、enzianにひとかたならぬお世話になっている学生たちの、わずかでも恩返ししたいという切ない願いの現れなのだ。ひとえにenzian個人の人徳ゆえなのである。その切ない気持ちは痛いほどわかる。わたしとて与えすぎを望まぬ。与えることではなく、ときには受け取りつつほどよい程度に与えることがまことの愛であり、慈悲なのである。今日、会議から帰ってきたら、ドアの前に米が置いてあった。

by enzian | 2011-01-12 23:38 | ※キャンパスで | Comments(0)

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