「抗パニック教育」

買い物に行ったら、うわさ通り、電池とミネラルウォーターの棚がすっからかんだった。ここは京都なのに。東北の親戚に送っているひとたちがいるとでもいうのだろうか。こんなことをしたら、ほんとうに必要なひとが必要なときに使えなくなってしまう。ものを買い占めるパニックは日本だけのものかと思っていたが、日本以外でもあちこちで起こっているらしい。

パニックに陥らないようにするには、なにができるのだろうか。いざというときのパニックを避けるための「抗パニック教育」のようなものは可能だろうか。個人的には、そのようなものがあるとすれば、ひつこく人間を洞察し、人間を信じるに至るということ以外にはない気がする。震災地の出来事を民法各局がお涙ちょうだい的な人間ドラマに仕立てて被災者を見世物にしているという批判はしばしば聞くし、それはたしかにそのとおりなのだが、同時に、こういった民放の動きは、このようなときにこそ人間が信頼に値するものだと感じることで自分たちがパニックに陥らないようにするという、一種の防衛反応、バランスをとる働きの現れでもあると思う。

by enzian | 2011-03-24 23:33 | ※街を歩く | Comments(0)

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