昔話

いま学校で起こっていることを話すのはむずかしい。書くにしても、よほどの慎重さが必要である。そんな理由もあって、けっきょく書くのは昔の追想ばかりになる。ただそれにしたって、小学生のころの話だけでなく、いろいろあった大学のころのことも書いてもよいものなのだが、ここにはほとんど書かない。

大学3年生のいまごろ、ぼくはときどき図書館で本を借りたりなんかして、大学の昔のことを調べようとしていた。カウンターには、いつも同じ職員さんが座っていて、ときどき書類を書きまちがえるアホ学生にも、やさしい物腰で接してくれた。そうやって、大学の昔のことを書いた本、昔の教員の論文や写真なんかを一日中見ていた。飽き足らずに、教員のところに行って、大学の昔の様子を聞くこともあった。それはちょうど、小さな子どもが大人に昔話をせがむようなものであったのかもしれない。

ぼくのなかに、その必要があるなら、昔の大学のことも書いてみようとする気持ちはあったと思うが、いまその必要を感じることはない。ほとんどの学生はめくるめく変化のなかでいまをやりすごす対処策を探し求めるのに忙しくて、昔の大学のことを考えているひまなどないのだろう。それどころか、彼らはたいてい、自分たちがそうした対処策の示唆を求めるために近づいている眼前の物体がどのような歴史をもった人間なのかも知らない。
(写真は求道会館、クリックすると大きくなります)

by enzian | 2011-05-30 23:45 | ※キャンパスで | Comments(0)

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