中学生の哲学

「小さな哲学」というブログで記事を書きはじめてから、「お前の言う哲学とはそもそも何なのだ? どこにも説明してないじゃないか?」という内容のメールをよくいただくようになりました。ご指摘の通り、どこにもはっきりとは説明しておりません。「大きな哲学」じゃなくて「小さな哲学」にするよ、としか言っていないわけです。ここで再確認しておきたいと思います。保存版ですよ。

まず、ぼくの考える「哲学」は、「当たり前のことに立ち止まり、しつこく、できるだけ正確に考えなおすこと」です。では、「小さい」というのはどういうことでしょうか?それは、できれば中学生にも理解できるぐらいの、ということなのですが、具体的には、

1.できるだけ身近な話題で(本当のことを言えば、身近でなければ、哲学のテーマになりません。たとえ高遠なことでも、その人にとっては身近だから、テーマになるのです)、

2.できるだけ、おおげさな言葉づかい(いわゆるビッグタームと言われるもの。外国語もできるだけ避けたい)はせず、

3.できるだけ、たいそうな哲学者の名前はあげない、

4.できるだけ、お説教くさくない(自分が「先生」で、自分の記事を読む方々が「生徒」というかたちをとらない)、

哲学ということにつきます。もちろん、このような「小さな哲学」ではなく、「大きな哲学」を望む方がおられることも知っています。それについては、ぼくはここでは「小さな哲学」を選んだ、としかお答えのしようがありません。小さな哲学にすると、哲学のレベルが下がると思う方がおられるかもしれませんが、まったくそんなことはありません。

by enzian | 2004-12-30 12:09 | ※まずお読み下さい | Trackback | Comments(18)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/1570673
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by akasakatei at 2004-12-30 12:12
はじめまして、どこかからかやってきました。
Commented by enzian at 2004-12-30 12:18
はじめまして。enzianと言います。よろしくです。
Commented by finger_5 at 2004-12-31 01:01
日常の小さいことでも、ちょっと考えてみれば面白いことなのかもしれない・・・と、enzianさんのブログを見て思うようになりました。哲学かどうかは分かりませんが、楽しいです。
私の大学には「哲学コース」のようなものがあるのですが、独りよがりでとっつきにくいという印象を良い意味で変えて頂けたような気がしています。すみません、酔っ払いのひとりごとです。
Commented by nattu at 2004-12-31 07:55 x
おはようございます。もう年の瀬ですねw
元気してますか?
哲学を身近にあることを考えてみると知ったのは、先生に会ってから、かなり経ってたときだと最近思います。
じわじわと感じた時にはもう、、卒論真っ只中。。。
えぇ、あの感覚は本当に後悔。。
やっとけば、、、、、、、、、、と思いました。
哲学もっと知りたかったと今では思ったり。。(←多分先生には怒られるな。。)
ま近いうちに顔をだしにいきます!勿論、明るい顔で^^
Commented by enzian at 2004-12-31 10:32
finger_5さんへ。
それが哲学だとぼくは思ってますし、そう言ってもらえると、とてもうれしいです。それと、関係ないけど、finger_5さんのブログのスキンはかわいいと思ってます。なにか、ほのぼのしてて。卒論出せてよかったですね(笑)。


Commented by enzian at 2004-12-31 10:46
nattu殿。
弱ってないか、大丈夫か?
今頃になって、ようやく大学の良さがわかってきたようだね。
後悔しろ、後悔しろ。ケケケ。
でも、哲学は大学にいなくたってできるので、ご安心。

昨日、おとといと、ほとんど寝ずに、二人の卒論を仕上げました。
今年のはじめのそなたのような状態だったのね。
くたびれたけど、変な達成感があるもんだ。
いつでも京都へ逃げ帰っておいで。


Commented by watasi05 at 2005-04-18 14:40
こんにちは  watashiといいます。
カテゴリに「まずお読みください」とあったので 「まず読みました」

同感です。   笑

これからタノシミに訪れます。  よろしく。

Commented by enzian at 2005-04-18 20:23
こんにちは、watashiさん。
enzianといいます。

指示にしたがっていただき、ありがとうございます(笑)。

ちょっと理屈っぽいので、ぼくのサイトを気に入ってもらえるかはわからないのですが、
ぼくはwatashiさんのサイト、センスのよさに感心しました。

こちらこそ、よろしゅうに。
Commented at 2005-04-30 18:24
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-30 19:56
こんばんわ、鍵コメさま。
ありがとうです。では、一杯。ごくごく。一息つきました。

今、哲学では「臨床の哲学」というのが流行りになっています。そこで、盛んに言われているのは、二つの問いです。「人に話を聞(聴)いてもらうとなぜ気分が晴れるのか?」と「何をできるわけでもない、ただそこに居るというだけの老人に価値があるのか?」です。もちろん、後者の答えは「ある」なのですが、何の役にも立たないように見えてどのような意味があるのか、それを真剣に説明しようとしている人がいるのです。

鍵サマのお仕事は、この二つの重要な問いに直接かかわっていると思います。また、記事にできればよいなぁ、と思っています。でも、人の話を聴くのは疲れるでしょ?お疲れにならないように‥‥
Commented by 3sws at 2005-05-28 19:00
こんにちわ。3swsといいます。
まず、お読みください。を読んで分かり易い感じを受けたので
リンクを貼らさせていただきます。
また読みに来ます。
ではまた。
Commented by enzian at 2005-05-28 20:03
はじめまして、3swsさん、enzianと言います。よろしくです。
Commented by butamimi at 2005-09-03 13:13 x
こんにちは~。
先日カギコメで嬉し恥ずかしファンレターを書き込みしましたブタミミです。
嬉しいレスをくださいまして有難うございました。
これで堂々とコメント入れることが出来、ホッとしています、笑。

enzianさんの中学生にも理解できるくらいの哲学というのが私は大好きです。
難しい言葉や仰々しい言い回しがないのでわかり易く
哲学って割と身近なところから入れるんだ~ と安心できます。


どうぞこれからよろしくお願いいたします。
リンクいただきます~ では^^
Commented by enzian at 2005-09-03 16:13
こんにちは~。
レスが伝わりましたか?よかったよかった、こちらもホッ。

これからは、のけぞってコメントを入れるようにしてください(^^)

>enzianさんの中学生にも理解できるくらいの哲学というのが私は大好きです。
難しい言葉や仰々しい言い回しがないのでわかり易く
哲学って割と身近なところから入れるんだ~ と安心できます。

ありがとうです。
すぐに初心を忘れるバカなので、初心にもどろ~っと。

こちらもリンクもらったなりっ!
Commented by rakubin at 2005-12-02 14:31
はじめまして
NYからです。

私にとって哲学とは、近いけれど遠い存在でした。ブログとホームページの「中学生の哲学」をさらっと読ませていただいて、その距離を少し縮められたように思います。もっとじっくり読ませていただきたいと思います。
Commented by enzian at 2005-12-02 17:32
rakubinさん

はじめまして、enzianです。
楽しく読んでいただければいいなぁ‥‥と思っています。
よろしくお願いします。
Commented by coeurdefleur at 2006-11-17 21:19
哲学に大きい小さいがあるのですか。

【哲学】知恵への愛・希求の意。
(1)世界や人間についての知恵・原理を探究する学問。
(2)自分自身の経験などから得られた基本的な考え。人生観。

(1)の辺りが大きいのかな?
検索するとおもしろいです。
「哲学する犬」だの、「哲学を着てまちを歩こう」だの、「哲学~自分勝手ないとおかし~」
哲学って楽しい^^
Commented by enzian at 2006-11-19 00:04
柊さん

>哲学に大きい小さいがあるのですか。

そうですねぇ‥‥大きいといっても、せいぜい、8メートルぐらいでしょ\(-_- ビシッ

>(1)の辺りが大きいのかな?

学問としての哲学は(1)の意味で、ぼくが学校でかかわっているのも(1)ですが、
(1)であれば大きいということではありません。

哲学には長い歴史があって、その歴史のなかでは、
人間や世界を説明するためのさまざまな専門用語が開発されて
きたのです。このような用語は、最初は不器用な哲学者たちが
なんとかして人間や世界を正確に説明しようとして
やむにやまれぬ経緯で生まれてくる言葉なのですが、
時代を経るにしたがって職業哲学者(ぼくを含む)のジャーゴンになり、
さらには、さまざまな人が、身の丈を超えて背伸びをして、
のけぞるために使うビッグタームになってゆく場合があります。
そういう大げさな言葉はここでは使いたくない、いやなこった、ということです。

<< みんな、叱られたいの? 静かなキャンパス >>