三味線

二階より高いところに住んだことがなかった。でも縁あって、いまは少し高いところに住んでいる。きっと心のどこかで、いちどぐらいは少し高いところに住みたいと願っていたのだろう。心の端っこの方で願っているようなことは、たいてい現実になる。心のまんなかでぎんぎんに願っているようなことは不相応に膨らみすぎて、そして功を急ぎすぎて、どちらかと言えば失望とか焦りとかに彩られることが多くなるだろうし、一方、端っこにさえない有象無象(うぞうむぞう)は、そもそも「実現した」と意識することができない。さして期待していないがあわよくば‥‥ぐらいがちょうどよい具合だということなのだろう。

高いところに住んでいると、音が上がってくるという経験ができる。どういう拍子でか、地階で聞いていればそれほど大きくはなかっただろうような音が、とつぜん、はっきり聞こえたりする。どこからともなく、風呂の床に水桶を落としたような音、二人の子どものひそひそささやき合うような声が聞こえたこともあった。今日は三味線の音が聞こえた。

by enzian | 2011-06-10 21:23 | ※街を歩く | Comments(0)

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