自分の道づくり

b0037269_2153415.jpg行きたい方向のめぼしがあったのに、道なりに歩いているうちにもとの通りにもどってきて、びっくりしてしまった。びっくりしたといえば大げさに聞こえるかもしれないが、山道ならまだしも、街中では長くこんな体験がなかったのだ。

こういう体験がないことを持ち前の方向感覚の鋭さによるものだろうと自画自賛してきたが、今回のことでどうもちがうような気がしてきた。要は、しばらく街といえば碁盤の目のように通りが整理されたところばかり歩いていたので、もとにもどってくるはずがなかったのだが、ここのような下町の曲がりくねった道を歩いていると、よほど慣れていないと、おのずとそういうことになってしまうのだ。

同じ道を行くなら、学校の行き帰りであっても、できるだけ細くて曲がった、昔からの道を歩きたい。そんな道には意外な出会いがあるし、迷いながら苦労して歩いた道は自分の道になって体のどこかに残るからだ。曲がりくねった細い道には自分のものにできるというよころびがある。それは誰にも開かれたまっすぐの道(路)にはない密やかな愉しみ。あと三ヶ月、どれだけ自分の道ができるだろうか。

by enzian | 2011-06-30 22:04 | ※街を歩く | Comments(0)

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