なにかが変わりはじめている。

このところ、たしかになにかが変わりはじめている。いちばん最初に気づいたのは毛深くなってきたことだ。もともとぼくは毛深くないタイプだと思うのだが、東京にきて、みるみる毛深くなってきた。ごわごわなのだ。毛深くなるというのはおもしろいもので、短かった体毛がだんだん長くなってきて、あれ(・_・?)と思っていると、その長い体毛がみるみる黒くなってくる。なになに、おれってこんなに毛深かったの?あれあれ?ということになっている。あと一ヶ月もしたら野生動物になってしまうのではないかと心配している。

つぎにおかしいと気づいたのは、ホクロがいたるところにできてきたことだ。東京に来るまえにはぜったいなかったホクロが腕といわず顔といわず、いたるところにできはじめた。京都にいたときは額にはホクロなんかなかったはずなのに、いま見ると三つもできていて、二等辺三角形を形作っている。そしてなおかしいことに、前にあったはずのホクロが消えている。ホクロが移動しているのかどうかわからないが、こんなことなら京都で全身写真を撮っておいて京都に戻ったときの写真と比べて楽しめばよかった。

眉間にしわがよってきたことに気づいたのは、ほぼ一週間ほどまえだった。珍しく洗面台で鏡を見たら、眉間に二本しわを寄せて、恐ろしげな顔をしたおっさんが立っている。いまのところ、このしわはなぜか朝には目立つが夜には目立たないという半日ものに留まっているが、いつフルタイムになるとも限らん。毛深くてもよいし、ホクロなどいっこうに気にならないが、このしわはおもしろくない。〈深層において般若*である〉というのはよいが、〈表面的に般若である〉というのは、わかりやすすぎてイヤだ。ひねりなくして哲学なし。

昨日気づいて、じつはいまも落ち込んでいることがある。とあるところで話をしたのだが、質疑応答のときに質問を忘れてしまったのだ。20代のころの、バカなりに頭が回転したぼくであったら、一度に数個の質問をされても余裕で答えた。ひとつを強く考えて答えながら、あとの数個に柔らかな思考をかぶせながら保持しておくことができた。それができなくなった。質問を受けて、ぼくはそのひとつの質問に二つの側面から答えようとして、ひとつめを答えている最中にもうひとつの側面を消してしまった。のみならず、その質問自体を忘れてしまった。たったひとつの質問の保持ができなくなった。老いたのだ。

野生動物風であってもかまわない。あからさまな般若になってもごまかしごまかし仕事はできるが、こういう保持ができないのは困る。教壇での講義ごときであればノートを見ればすむことだが、ひとと対話することができなくなるではないか。

*般若の面をさす。念のため。

by enzian | 2011-09-09 21:10 | ※その他 | Comments(0)

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