思い切る

「思い切る」という言葉はずっと「決心する」の意味だけだと思っていたが、「断念する」「あきらめる」の意味を含んでいると知ったのはいつのことだったか。『星の王子さま』を読んだときだったかもしれない。「こころ切る」とか「精神切る」という表現はなくて、「思い切る」という表現があるのは、「思い」には、なんとなく粘着質で、枝垂れ柳のようにどこまでも長く伸びて、なかなか区切りがつかない働きのニュアンスがあるからなのだろう。

こちらに戻ってきて一ヶ月が経とうとしているが、研究どころか、昨年度の積み残しの仕事にさえ着手できていない。これでは総倒れの憂き目を見てしまうので、来週からは、自分の責任のなかにあってどうしても必要なこととそうでないこと、言いかえれば、〈内と外〉を区別して、外は思い切ることにする。〈外〉のものごとよ、非情と言うなかれ。

by enzian | 2011-10-27 23:18 | ※キャンパスで | Comments(2)

Commented by yuta at 2012-03-04 01:06 x
  enzianさん、こんばんは。
思い切れない、というのと噛み切れないというのは、区切りをつけられない点で、似通った人の感情表現なんでしょうかね。
もしかして、なんですけど、その区切りをつけられない感情は、シンドイものにもなりますが、ひょんなことから何かの行為への動機に変身すしそうな気がしてしてきました。だから、年を重ねて粘り気が強くなるのかもしれません。(-_-;)
  今日は恩師の最終講義で、ちょっと寂しい気がする一日でした。
Commented by enzian at 2012-03-04 10:27
yutaさん

おはようございます。

区切りをつけるのはなにかを捨てること、視点からはずすこと、考えないようにすることなのかなと思っています。でもそれは簡単だとは思えませんし、この記事でも、内と外を分けて、外を思い切るなんて言っていますが、けっきょく、思い切ったはずの外のことばかり考える羽目に陥っています。

哲学科の学生にはいろんなタイプがいますが、ぼくがいちばん哲学科らしいなと思うのは、ひとつのことにいっこう思い切りをつけられないでいつまでもじくじく考え続けているタイプの学生です。才気煥発型よりも、こういう一般的には「冴えない」と表現されてしまうようなタイプのひとが大学に残ったりします。ぼくの恩師は哲学の研究者になるようなのはほかには何にもできないひとだ、と言ってました。ぼくもそういう認定(?)をいただいて残してもらえたのでしょうが、よくいえば、粘り強いのだと考えることにします。^^

もうすぐ卒業式ですね。

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