酒は涙か、ため息か

もらいものの奈良漬を食べる。老舗のものらしく、うまい。今まで奈良漬をあなどっていたと猛反省する。だが惜しいことに、二切れしか食べられない。酔っ払ってしまうからだ。これまで酒には泣かされてきた。飲んだうえでの失敗ではない。飲めないがゆえの涙なのだ。

毎年毎年、二十歳そこそこの人たちと知り合い、飲みにゆく。そして毎年、くやし涙を流す。宴は乾杯の発声からはじまる。一番嫌いなタイプのセレモニーだ。だが、これくらいは許してやろう。コップのビールを一口。2分後。浜辺でもないのに、ゆでだこが出現する。

ゆでだこになっていることは自分でもわかっている。「自分=ゆでだこ」という図式をしっかり理解しているのだ。ゆえに、そんな図式を他人(ひと)に教えてもらおうとは思わない。だが、無粋な青年たちはこの図式をいやがおうにも再確認させようとにじり寄ってくる。「どうしたんですか?」(どうもこうもしない)。「真っ赤ですよ」(わかってる)。「飲めないんですか?」(見ての通り)。「ペース速すぎますよ」(一口しか飲んでない)。「キャー、ピンク色でかわいい!」(うるさいからどっか行け!)。そして、一番こたえるのが、次の言葉だ。「飲めないんなら、無理しない方がいいですよ」。このやさしさ、このやさしさ攻撃で完全に撃沈とあいなる。しょんぼりして、グーの音も出ない。

一緒に飲んでいるのは、つい先日、酒を飲みはじめたような人ばかりなのだ。こちとら、それなりの飲酒歴。指導教授による監督の下、厳しい修行も積んできたのだが、いっこう成果があがらなかっただけなのだ。死ぬまで修行を続けたところで、ビギナーにさえ太刀打ちできないだろう。“成果主義” と“運命論” の過酷さに、しみじみため息をもらすのは、このときだ。

しかも、世の中には固定観念がある。「(オトナの)男とは酒が飲める存在であり、女とは酒が飲めない存在である。したがって、酒が飲める男はカッコよく、酒が飲めない女はカワイラシイ」。この固定観念で苦しむ女性は多いだろうが、涙する男性もいるのだ。

by enzian | 2005-01-14 15:56 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(4)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/1719773
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by 座敷童 at 2005-01-14 16:16 x
アセトアルデヒドが足りないんですね。
でも日本人は元々酒の分解酵素が少ない民族なんで、飲める人は「飲めると思っている」人間が殆ど、そして急性アルコール中毒になったりするのです。
私もザル指導教授の元、修練を重ねましたが、「君は酔うと逃げ場のないツッコミをする」と言われて恐れられ、放棄されました。
で、未だに飲めないので肴を食い荒らすのであります。
えー・・・ピンキッシュ・プロフェッサーと名乗られてみては。
Commented by enzian at 2005-01-14 16:27
“ざる”っていうのはここちよい響きですね。一度、「いくら飲んでもざるみたいなものでねぇ、酔わないんですよ。困った、困った」みたいなこと、言ってみたいものです。
Commented by jumpin_upanddown at 2005-01-14 19:14
>「いくら飲んでもざるみたいなものでねぇ、酔わないんですよ。困った、困った」といいながら水を飲むのはいかがですか。
Commented by enzian at 2005-01-14 20:37
その小ネタ、いただき。

<< 物乞い 運転手が車に酔わない理由 >>