化粧の底力

こういうことをいうときっとまたイヤミなことをいっているのだろうと思われるだろうが、ぼくは真剣に化粧が偉大だと思っている。あのアイテムの多様さ、謎の深さということもあるのだが、きれいになったのかどうかは美的センスのないぼくにはわからないにせよ、少なくとも使用前使用後で別人になっている、ということはいえるからだ。

あるとき、もうずっと前の話で時効だろうから書くけど、コンパの日に誰かが個研のドアをノックした。ぼくは入ってきたそのひとが誰かしばらくわからなかったのだけど、声を聞いたらゼミの4年生でびっくり仰天したことがある。どこぞの百貨店の化粧品コーナー(こういう呼び方でいいの?)に行って、ぱたぱたとやってもらったらしい。見慣れた顔を識別不能にしてしまうとは‥‥このときぼくは化粧の底力に度肝を抜かれたのだ。

河原の石とか、畑のじゃがいもとかに化粧をして競うような番組やコンテストはできないだろうか。じゃがいもなんか、かなりの美貌になる気がする。「つぎのエントリーは、北海道○○町のメークインさんです」とか。河原の石なら、「さて、続いて長良川の石灰岩さんです」とか「関東からは利根川左岸のチャートさんです」とか、おもしろいと思うけどな。じゃがいもの場合、化粧品が可食のものなら、最後の評価を「美味」にして、参加者たちを肉じゃがにして賞味したら、食べ物を粗末にすることもない。そのうち、生身の人間を超える美貌をもったミス野菜とか、岩石クイーンたちが出てくるかもしれない。

by enzian | 2012-02-11 23:06 | ※その他 | Comments(0)

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