「お疲れさまです」の意味

授業での授業(教室での多数を相手にする指導、の意味で使ってみる)や学生指導(研究室等での個別の指導、の意味で使ってみる)が終わると、学生から「お疲れさまです」と言われることが多くなった。「あざーっす」と発音する学生もいる。ほとんど、クラブやアルバイトさきでの乗りなのだろう。昔はなかった用語法だし、少し引っかかりがあるので自分ではなるべく使わないようにしているが、やはり使わざるをえない。これ以外にひとをねぎらう言葉が思いつかないのだ。なにに引っかかっているのか、以下に箇条書きにしてみる。

(1)授業にしても学生指導にしても、ぼくはボランティアでやってるわけではなく、実質的には、学生たちが払う学費から給料をもらってやっていることなのだから、学生がぼくの行為をねぎらう必要はない。(もちろん、学校は利潤追求を至上命題とする企業ではないから、そんなこと承知したうえでなおねぎらってくれる気持ちこそ、大学らしい心のやりとりだと思っている。)

(2)授業にしても学生指導にしても、ぼくは給料が欲しいからやっているのではなく、個人的動機としては、趣味の一環としてやっている(こういうことをいうと、職業意識がないとか難癖をつけるひとがいるだろうが)のだから、ねぎらう必要はない。これはとくに学生指導に当てはまる。

(3)教室での授業ごとき、大した仕事量でもなく、また特別にむずかしいことではない(ちなみに授業をバカにしているわけではない。学生指導とは困難さのレベルが違うと言っている)ので、ねぎらう必要はない。(学生指導には高度の能力が必要だと思うが、(1)(2)の理由からねぎらう必要はない。)

というわけだが、ひょっとすると「ねぎらう」には「労(ねぎら)う」だけでなく「祈(ね)ぐ」の意味も含まれているのかもしれない。だとしたら、学生たちは「お疲れさまです」というねぎらいの言葉で、「もっとしっかり授業や指導をして欲しい」と言っていることになり、やや(゚◇゚)~ガーンとなり、にわかに問題は緊迫の度を増してくる。

by enzian | 2012-03-05 23:13 | ※キャンパスで | Comments(0)

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