三文の徳

歳のせいか、早く目が覚めるようになってきた。布団のなかでごろごろしていても時間のムダだというので、ちょっと早めに学校に行くようにしている。ラッシュ時の電車の押し合いへし合いはつまらないが、通学の中高生の話が聞けて楽しかったりする。昨日は押し合いへし合いのなか、ぼくの隣にいたどこぞの女子高生か女子中学生が大きな声で友人に話しかけていた。「ちょっと、なぁ、今朝の夢、聞いて」。それを聞いてぼくは「現実の問題ならまだしも、なんであんたの夢の話なぞ聞かないかんのだ」と頭のなかでツッコミを入れるが、友人はふんふんと聞いている。荒唐無稽の夢内容のようなのだが、それを言うことでなにを得られるのだろうか、とぼくは考えている。

話すことである程度の整理がつくのだ、ということはよく言われる。だが、ぼくがむしろ知りたいのは、話すことで、聞いてもらうことでなぜ整理がつくのかということであり、この場合の「整理がつく」ということがなにを意味しているのかなのだ。そしてもうひとつ。この場合の「聞き手」は、(自分で自分の声を聞いている)女子高生自身と、その友人にくわえて、ひょっとすると、女子高生のまわりで好むと好まざるとにかかわらず彼女の話を聞かされているだろう不特定多数の乗客も含まれているのか、も気になる。わかったからといって、どうなるわけでもないんだけどね。

by enzian | 2012-04-21 21:38 | Comments(0)

<< すでに勝負は決している。 からめとる言葉 >>