画家の愛

フランス在住のとある日本人画家を追った番組を見る。はっと思ったのは次のような言葉。「モデルを愛さないかぎり描けない。アトリエに入ったら、たとえ瞬間的であっても、モデルさんを愛してしまう」。

画家の心理とはそういうものなのかと思ったし(この人だけかもしれないけど)、その “愛” の意味するものを知りたいと思った。いとおしく思わないと、キレイに描けないということ? それとも一体感か?「松を描きたかったら松になれ!」って言った人がいたような、いなかったような。モデルが人間でなくても愛するのだろうか?

by enzian | 2005-03-09 20:24 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(16)

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Commented by shoko_118 at 2005-03-09 21:58
愛とはいとおしく想うことなのでしょうか?
愛って、よくわからない。
enzianさんにとって、愛って何ですか?
知りたーーーい!
Commented by 座敷童 at 2005-03-09 22:10 x
ここでいう「愛」というのはこの作家さんにとって、絵画は作家の様々な思いを対象(この場合はモデル)に託しますから、愛という形のないものを二次元で表す上で、こういわれたと思います。
モデルが人間でなかった場合、そのものの本質を知ろうとしたり、想像したりします。それをほぼ本能的に行っているのは、人間の恋愛にも似ているのかも知れません。
「松になれ」とはいいませんが「対象を知れ」というのは絵を描く上では基本、というか根本。
では、夜行バスで参ります。∠(`・ω・´)
Commented by nyarinosuke at 2005-03-09 22:28
☆ enzian さん、こんばんは。
 
  花粉症、お見舞い申し上げます。

 画家がモデル(対象物・人)に、おもうもの・かんじることってどんなものなんでしょうね。何だか気になります。造形だけでなくて、情熱とか・インスピレーションとかいったいどんなものなんでしょうか。 enzian さんのご覧になられた番組の画家さんは、”愛”が原動力のようなもののようですね。芸術家・アーテイスト、人それぞれのおもいかた・かんじかたになるのでしょうか。・・・わたしは絵をえがくことがからっきし駄目なので想像するだけですが。

  enzian さんが哲学する時(こーいう言い回しでいいのかな?)、対象【もの・こと・ひと・etc・・・】におもったりかんじたりする瞬間もアーテイステイックな雰囲気をかもしだしていそうな気がします。あくまでも勝手なイメージですけど。

                          また、遊びにきます。ばいばい。



 PS、知り合いに花粉症のレーザー治療をススメられたことがありました。
   『自分の鼻から煙が立ちのぼるよ。レーザーで焼くときに。』の一言を聞いて、こわ    いのでやめました。
Commented by enzian at 2005-03-09 22:44
shoko_118さんへ。アカンベー→ :-P (アメリカ製の顔文字、顔が横になっている)。言わないよ~だ。ぼくは金八先生と違うも~ん(笑)。
Commented by enzian at 2005-03-09 22:46
座敷童さんへ。ところどころわかりますが、全体的に意味がわかりませ~ん。もうちょっと説明してくだ~い。夜行バスでどこへ行ったの~。
Commented by banri at 2005-03-09 22:56 x
"愛"って態度にも言葉にも出来ませんね。
「見返りを求めない想い」だと勝手に思っておりますが、それもまた「自分」が「愛したい」のか「自分」を「愛して欲しい」のかによっても変化していきます。
Commented by 座敷童 at 2005-03-09 22:59 x
(ホルスタインを眺めながら)ハイハイ、それはですね、例えば私が超美男のモデルを描くことになった場合、私はそのモデルさんに恋をします。でもそれは「チッスしたーいV」とかじゃなくて酷い話「この人なんてステキな体なんだろう、わーお」「じゃあ私の過去に愛した男たちへの思いをこの人に重ねて行くさ!」というわけでですね。いわゆる、いい意味での妄想ですね。
で、その妄想を美化して、悶々と描くのでありますよ。
あの、あくまで酷い例ですからね、作家さんはもっと崇高でハイソな感情を持って‥‥ゴニョゴニョ。

>夜行バスでどこへ行ったの〜
りんどうを狩りに行くんですよ。うふふふふ。さあもう出なきゃ。
Commented by enzian at 2005-03-09 23:08
nyarinosukeさんへ。ありがとうございます。画家がモデルに感じるもの‥‥わからないのです。ぼくも、美の世界には疎いので。当てにしてた人は、すでに謎の言葉だけを残して夜行バスでどっかへ行ってしまったようです(笑)。ぼくが見た画家は、確かに愛が原動力のようなものであるように言ってました。それと、nyarinosukeさんが後の方で言っていることについては(禁を破って哲学者とその言葉を使えば)、プラトンは、エロース(肉欲とかそういうものではなく、むしろ、プラトニックラブに相当する)ということを言っています。これは、真理そのものとか善そのものとか美そのものを求める心の働きです。真理そのものとかは、その辺に転がっているものではないので、彼方にあるようなものなのですが、そういう目に見えない純粋なものには同じ心の働きが生じると言うのですね。その意味で、真理を求める人も、美を求める人も、善を求める人も同じ心の働きに携わっていて、真理を求める哲学者は芸術家でもあって、善良な人でもあることになりますが、ぼくはとても、とても。もっと泥臭く生きています。



Commented by enzian at 2005-03-09 23:17
座敷童さん。いたのですか。刈られるのかしら、お~こわ。そのモデルさんにチッスしたいということでなくても、過去に愛した男と重ねるということは、要するに、やっぱり、過去にチッスしたいと思った人になるわけでしょ。そのモデルが。一体感を求める合体欲ですな。ちなみに上のエロースも一体感を求める合体欲ですが、目に見えない、地上にはありえないものを憧れ、求める合体欲なのでございます。
Commented by enzian at 2005-03-09 23:33
banriさんへ。コメントありがと!です。愛にはいろんなタイプがあると言われますね。見返りを求めない想い」というのもその一つだと思います。あ~でも、もう説明しきれない気がしますので、ギブアップです。明日、愛についての記事を書くので、お許しください。誰も見たくないかもしれないけど、自己満足のために‥‥
Commented by noe.saeki at 2005-03-09 23:38
>アカンベー→ :-P 
これ、かわいっすねー。
Commented by harry_hk at 2005-03-10 06:43
愛欲な画家といえば、フェルナン・クノップフ(Fernand Khnopff)の絵とその絵の背景をみると想像しやすいと思いますがいかがでしょうか?
http://isabeau.fc2web.com/art/khnoph.htm
妹への愛はエディプスそのものですから(笑)やっぱり、芸術家とか哲学者の考えはすごいなと思ってもまねはできませんね。サルトルだって、あの恋愛をみると実存が言い訳のように聞こえ。。。はっ!!敵を多くしてしまう!!!
Commented by shoko_118 at 2005-03-10 09:33
おはようございます。
愛についての記事、楽しみにしております!!

σ(゜┰~ ) ←ニッポンのアッカンベー
Commented by enzian at 2005-03-10 10:00
harry_hkさんへ。絵、見てきましたけど。よかったです。薄気味悪いものなんですが、自分のなかの暗~い闇とその気味悪さが共鳴・同調するような感じがします(良い子は見ない方がいいかもしれません)。サルトルは理論と現実が乖離しとりますなぁ。ぼくは敵にならないですよ。サルトルファンじゃないから(笑)。
Commented by enzian at 2005-03-10 10:04
shoko_118さんへ。おはようございます。柄にもないので、やっぱりやめる、ゴメンネ、にしようと思っていた矢先に、釘が‥‥。深夜に文章を書くのはイケマセン(笑)。
Commented by enzian at 2005-03-10 10:07
noe.saekiさんへ。noe.saekiさんに言われて、アメリカの顔文字をいくつか見てたのですが、やっぱり横向きが多いようですね。フムフム。

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