失念

卒業生と話していると、在学時にはわかっていなかったことに気づかされることがよくある。今年も2回、決定的に気づかされて、自分の愚かさに打ちひしがれた。

1回は、以前ドイツ語の文献を読んでいたときに学生がつくっていた授業用の予習ノートを見せてもらったときのこと。そのとてつもない労に驚き、それだけの重労働を毎週負わせていたことにようやく気づいたのだった。思えば、大学の2年生のとき、一通りの文法を終えただけの自分もまた同様の苦労をしていたはずなのに、すっかり忘れていた。もう1回は、詳しくは言えない。その人に限ってそんなことは決してないだろう‥‥自分にはよくわかっている‥‥と確信していたことが実際には起こっていたことに、ようやく気づいたのだった。

もちろん、人をわかることができればいい。わかり合えるに越したことはない。当たり前のことだ。だからそれをめざして尽くすが、それは至難なのだ。その難しさ、いや、ほぼ不可能にも思える至難さを、なにかと思い上がって、時に忘れてしまう。

by enzian | 2015-12-28 22:32

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