美味しいということ

日本酒を飲むようになってきた。昔からさして飲めもしないのに地方へ行くと酒を買ってきて、飲みもしないのに家に置いていたが、ついに飲むようになってきたのだ。土地にはその土地によって育まれてきたものがあって、日本酒も土地ごとに違う。ぼくは親父が飲んだくれだったということがあって、また自身も体質的にアルコールに強くないということがあって、さらには職業柄あんまり方々をちどって歩くわけにもいかないだろうと思っていて、日本酒を飲むのをずっと避けてきたが、日本酒を飲むことで、それをかもし出してきたなにかを感じることができると思うと、美味しく感じてくる。

幼いころ、豆腐は好きで高野豆腐は好きではなかった。でも、それが土地で育まれた豆腐を凝縮したもので、土地での豆腐の食べ方だと思ったとき、とたんにその晩に食べた高野豆腐が美味しく感じられて好きになった。

趣味判断(美しいと判断する)では、美しいと感じるために知識が必要かどうかがときどき問題になる。例えば、キリスト教美術とか仏教美術とか。もちろん、ここではそんなややこしいことはどうでもいいけど、少なくともぼくが酒を好きになることにはなにがしかの知識が影響している。生まれた風土の違い、長い時間のなかで積み重ったなにか、それを凝縮した精華。いまは地の日本酒やビールぐらいの話だけど、いずれ焼酎や泡盛も、さらには難度の高そうな花酒も、いやもっとべつのものさえも好きになることだろう。

by enzian | 2016-06-19 12:34 | ※その他

<< 「ここにしかない徳島」 謎がいっぱい >>