下品なインタビュー

電車事故があった。マスコミは遺族の玄関先までなだれ込み、インターホン越しにインタビューを試みる。「心痛お察し致します。ところで‥‥」。遺族の玄関先へ、悲しみに暮れる心の奥底へ‥‥“足を運ぶ取材” の意味を履きちがえているのではないか?

by enzian | 2005-04-27 22:30 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(23)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/2607240
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by noe.saeki at 2005-04-27 22:42
いまさら言わなくても、下品でないレポート,インタビューを見聞することの方が稀です。
だからなるべく観ないようにしています。

NHKの方が一人、車中で事故に遭遇しておられて、その方が(軽症もしくは無傷?だったらしく)現場から事故直後の状況をレポートしておられましたが、その姿は当事者のものとは到底思えず、昔ながらの誠実な記者の実況中継だったのを見て、「NHKのベテランは凄い!」と、あさってな方向に感心しておりました。本物のプロ根性を見た思いでした。あいかわらずズレたコメントでごめんなさい。
Commented at 2005-04-27 22:48
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-27 22:50
スッパリ切りましたね。見るんならNHKのニュースにするんだった、と激しく後悔しています。あのNHKのレポーターは肋骨を折っていたとかいうことではなかったでしょうか?間違えているかもしれませんけど。ズレてませんよ~
Commented by jumpin_upanddown at 2005-04-27 22:54
心痛お察しなんてできるはずないし、できたらその行為そのものも辛くてできないでしょう。そうまでして伝えようとするものは何なのでしょう。

話は違いますが(すみません)
昨日とんかつやで新聞を広げそこにあるこの事故で亡くなった遺族の写真、子供のたまらない泣き顔に胸をつかれ、わしづかみにされました。
でもその直後にカメラマンは冷静だったに違いないと気が付きました。現場であの顔を見てあれほどまっすぐに伝わってくる写真を撮れるってきっと何か自分とかけ離れた部分で撮影しているんだろうと思いました。
Commented by enzian at 2005-04-27 22:54
マスコミのくせ、それはありますね。はっきり出ると思います。あのピンポ~ンってのは、芸能人の突撃取材とかの悪い影響じゃないか、とさえ思います。取材する方が動揺しているのなら、プロとしては失格なんでしょうね。‥‥ちゃんへ^^
Commented by enzian at 2005-04-27 23:07
jumpin_upanddownさんへ。

>心痛お察しなんてできるはずないし、できたらその行為そのものも辛くてできないでしょう。そうまでして伝えようとするものは何なのでしょう。

激しく同意ですね。要するに、取材対象ではなく、取材している自分が目立ちたいのでしょうね。

子どもの泣き顔ですか‥‥やり切れませんね。ぼくが見たのは、女子高生が友だちらしい女子高生がタンカに横たわっているのを前にして、泣きながら携帯で電話をしているところ。あと二人ほど友だちの女子高生が横たわっている女子高生の体が冷えないように何かをかけたりしているようでした。そういう写真が撮れるというのは、やはり、カメラマンは冷静だったのだと思います。瞬間瞬間で主観的なもの(個人の感情)を排する。それがプロなんでしょうね。それに比べて、自分が画面に映ってしまうタイプのマスコミの人間って、主観性(自分が目立ちたい、といった)が強くなるのかな、と思います。
Commented at 2005-04-27 23:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-27 23:29
鍵さま。なるほどねぇ。ボランティアとかを否定するつもりはさらさらないのですが、そういう人のなかには、自分の行動に酔ってしまっていて、自己批判できない人もいるのかもしれないって思います。どうなんでしょうか。「そういう人格によくある適性」、また教えてください。
Commented at 2005-04-27 23:44
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-27 23:48
鍵さま。ありがとうです。でも、もうオネムで考えることができないので(ちょっと、疲れてます)、しっかり考えて、明日、コメントしますね。
Commented at 2005-04-28 18:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-28 19:07
鍵さま。コメントありがとうございます。鍵さまの考え方はとてもよくわかりました。勉強になります。最後の行→がってんだ!
Commented at 2005-04-28 19:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-04-28 19:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-04-28 20:13
鍵コメのお二人さま。やっと約束を果たせたと思ってホッとしています。
苦手なテーマでした‥‥
Commented by Kailani073 at 2005-04-28 20:35
台風シーズン以外は、ほとんどテレビをみない我が家に、悲惨なニュースが入ってきたのは、事故から一日経った後でした。
言葉にならない衝撃と悲しみが走りましたが、テレビを付けて、
遺族の方達への、プライバシーもデリカシーもない
マスコミが騒ぎ立ててる報道をみて、
怒りが悲しみを超えました。。
これは、日本特有なのでしょうか、それとも世界共通なのでしょうかねぇ。。。
CNNニュースを観ていても、あまりいやらしさを感じないような。。あ、言葉がわからない
だけでした!
Commented by enzian at 2005-04-28 20:53
Kailani073さん、こんばんわ。Kailani073さんのところからすれば、こういう騒ぎは考えられないでしょうね。こういうのが日本だけなのか、世界共通なのか、はわかりません。ただ、よく思うのは、亡くなった方がどんな方だったかというストーリーを再構成してVTRを作るのが日本人は好きですよね。そんな短期間のうちにどうやって作るのだろうか‥‥
Commented by nyarinosuke at 2005-04-28 22:47
☆ enzian さん、こんばんわ。

 こちらの記事をぼんやりと夕食後に思い出して、こんなことも感じました。
   確かに”嫌がる取材対象者”に対して、無礼なインタビューは論外だと思います。
 ご家族の中には、”はっきりと主張したい、誰かに何かを伝えたい。ぶつけたい。吐き出したい。意識はしていないけどそれほどの、パワーを持ったコトバ”をあらわされる方もいるようでした。”インタビュアーの取材意図”をはるかに越える何か。そのご家族の表情・言葉・息づかいひとつひとつを一瞬も逃さないようにひたすらカメラに収めるというシーンもありました。ともすれば、大企業・国などにまたはマスコミの作り上げた世論に流されそうになっていきますが。メデイアがこれだけ氾濫している時代、ご家族がその力を最大限活用して新たに世論に訴えている瞬間を垣間見たような気がしました。これはヤラセでもなく、とてつもない悲しみ・怒りは”へんてこなインタビュー”など足元にも及ばないということなのかとも思ったりしました。
Commented by enzian at 2005-04-29 10:59
鍵さま。あれっ?コメントを見逃していました。なぜだろう。

家族のなかには、何かを言いたいという人がいると思います。何か言わなければ気がすまないという人。このようなときには、インタビューはプラスの方向に働くのだと思います。人の話を聴(聞)くという。これはとても大切なことだと思っています。ぼくの「自殺を認めたくない理由」の記事も、今回の事件のインタビューに刺激を受けて日頃考えていることを書いたのです。

一部の家族は事故の責任を自分に求めていました。このときインタビュアーの仕事はカウンセラーの仕事にもなりうるのでしょう。また一部の家族はJRに憤りを感じていました。こういう家族の声を聞くインタビュアーの仕事は、nyarinosukeさんが言うように、“家族が世論に訴えかけるための手段(材料)” ともなるのでしょうね。なるほど、です。
Commented by manchester at 2005-04-30 20:03 x
>亡くなった方がどんな方だったかというストーリーを再構成してVTRを作るのが日本人は好き
激しく同意します!
 不慮の事故で死んだ人はみんないい人になってしまうのが不思議でなりません。「こんないい人が死んでしまって・・・」という図式。いい人じゃなくても、無意味に命を奪われてよい筈がないではないか、と思うのです。
 と同時に、私が事故に巻き込まれたりしたら、一体どんなコメントが寄せられるのか・・・などと考えてしまったりもします。
Commented by enzian at 2005-04-30 20:39
manchesterさんへ

>不慮の事故で死んだ人はみんないい人になってしまうのが不思議でなりません。「こんないい人が死んでしまって・・・」という図式。いい人じゃなくても、無意味に命を奪われてよい筈がないではないか、と思うのです。

鋭い!エライ!!(まったくその通りです。)×3 そう、ほんとに。いいひとだから命が失われてはいけなくて、悪い人だったら失われていいなんてことはまったくないのです。でも、日本人は、失われた人=いい人、になるようですね。死んだらみんな仏さん、の考えなんでしょうね。

>と同時に、私が事故に巻き込まれたりしたら、一体どんなコメントが寄せられるのか・・・などと考えてしまったりもします。

同意!まったくその通りです。VTRを見ている人のなかにはそんなことを考える人も多いのだと思います。プロジェクトXの影響もあるのかな?
Commented by noe.saeki at 2005-05-01 23:22
事故直後の記者会見での社長のコメントは、どう贔屓目にみても事の重大さを感じていないし、気持ちもこもってなかったですけど、被害者の家を廻られたあとの、社員に向けてのコメントは180度変わっていました。やっと事実を正確に把握したようです。問題はこの後です。
Commented by enzian at 2005-05-01 23:29
事件の直後に置石説を出してみたり、誠意が感じられない気がしましたけど、社員向けのコメントは明らかに変わってましたよね。遺族の悲しみにじかに触れたのでしょうね。どうやっても戻らない命の代償を何で支払うか、真価が試されますよね。

<< 自殺を認めたくない理由 雷雨のあとに >>