花に何を託すのか?

これは、ここ数年でぼくがもっともショックを受けた写真集『化外の花(けがいのはな)』にあった太田順一の言葉、「いったい人は花に何を求め、何を託しているのだろうか」に含まれていた問いだ。この写真集からぼくが受けたショックをいま説明することはできない。それには、別の機会が必要。しかも何度かの機会が。

今朝の新聞の第一面には、JR事故現場に設けられた献花台の写真が載っていた。おびただしい数の花束が白布のうえにあふれている。花束にはそれぞれ、死者を想う人たちの気持ちが込められている。だが、その想いとは何なのか?すでにネアンデルタール人は死者に手向けの花を贈っていたという。では、ネアンデルタール人とぼくらに共通するかもしれない花への想いとは何なのか?花=生殖。死者が生命力を取り戻すことなのだろうか?それとも、花=美。美しく死者を送るということなのだろうか?

死者の話はやめにしよう。生者に贈る花にはどのような想いが込められているのだろう。病人に贈る花には生命力の意味があるのかもしれない。もちろん、美の意味はあるのだろう。病室にはことさら花の鮮やかさが映える。死人でも病人でもなく、愛しい恋人に贈る花束の意味とは何だろう?美なのだろうか?美しい者に美しい物を贈る。「君はこれほど美しい」ということか?ならばよい。だが、「しおれるまで君を愛し続ける」であれば、いささか礼を失する。生殖だと言えば、身も蓋もなくなってしまう。

by enzian | 2005-05-01 18:40 | ※その他 | Trackback | Comments(36)

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Commented by jumpin000 at 2005-05-01 20:28
enzianさんこんばんわ。

もらうほうの立場で考えたところもらうと嬉しいからとだとは思うのですが、お菓子をもらっても嬉しいですからね。でもお菓子とかにないもの、が、花には含まれていると思います。
自分の気持ちとか。特にめったに花など買わない人の場合は気持ちがないとできないですし・・・。
>「しおれるまで君を愛し続ける」
森高千里をおもいだしました。
Commented by enzian at 2005-05-01 21:03
こんばんわ。じつは記事のあまりの暗さに、風呂からあがったら削除してやろうと、思ってました。jumpin000さんのおかげで、この記事は命びろいをしたのです。でも、こういう記事が好きな人もいるし、いいですよね。

もらえれば、うれしいものですよね。たしかにお菓子でもうれしいし。

>でもお菓子とかにないもの、が、花には含まれていると思います。

あぁそれがくせものなのです。なんなのでしょうか。森高千里‥‥わたしがおばさんになっても♪っていうフレーズは聞いたことあった気がします。
Commented by shoko_118 at 2005-05-01 21:26
こんばんは。

んーーーー、お風呂に入る前に記事を読んで、
お風呂から上がったらコメント書こう~と思ってましたが、わかりませぬ。。。。

生あるもの、生まれては消えてゆく宿命のもと
その真っ盛りの状態を手向けることで
輪廻転生の繰り返しを、あるいは永遠の命を暗示してでもいるのでしょうか?

…わかりませぬ。

Commented by jumpin000 at 2005-05-01 21:29
削除されないでよかったですヨ。
そうですね。なんなんでしょうか。
私は自分自身を花に託すというか
委ねて人にあげているのかなあとかも思いました。
それって生殖ってことになるのかな?
生殖とプラスαなようにも思います。心とか気持ちがαにふくまれているのでは?
そしたら見も心も捧げますになっちゃいますね。んが。
Commented by enzian at 2005-05-01 21:39
shoko_118さんへ。こんわんわ。
なるほど。英語じゃ花には「盛り」の意味がありますからねぇ。
サイクルのなかにある生命力なんでしょうね。
でも、それは生殖という意味ではなくて、ですね。
盛りか、盛りの意味がわからなくなってきた。
猫の盛りは繁殖期だし、生殖か。
noe.saekiさんのおかげで、下ネタに抵抗がなくなってきたかも(>_<)
Commented by enzian at 2005-05-01 21:43
jumpin000さんへ

>自分自身を花に託すというか
委ねて人にあげているのかなあとかも思いました。

自分をあげるってわけですね。
あからさまに自分にリボンをつけてお持ち帰りください、とは言えないんで‥‥
わ~おもしろい、どんどんパフパフ。

それだと生殖だけじゃないですよね。
心と体ぜんぶ持ってけ!ってわけですから、生殖ブラスα。
φ(._.)メモメモ
Commented by nyarinosuke at 2005-05-01 21:45
☆enzianさん、こんばんわ。
 
死者をおくるとき・お見舞い・お祝い・・・ネアンデルタール人のよから花をおくる慣わしがあったとはとてもびっくりしました。そのころの花ってどんなものなのかも気になりました。それほど古のこととなると、うまれながらのかんかくにちかい行為なのか。今日も、enzianさんの目の付け所は刺激的っ☆とおもうのでした。問いに戻ると”花に何を託すのか?”とおっしゃっていたので、"コトバにならないおもい”・”表現できにくい感情”を伝える方法のひとつなのでしょうか。花の色・形・匂いなど生物だからこそ代弁できる感覚・感情・直感てきなこととか。どこかに咲く花も、コトバで語らないからちっぽけなニンゲンよりほんとは雄弁なのかな。

PS ときたま花屋にいきますが、庭や森の花と比べると活き活き度ってちがうなって思います。贈る花にも、大量生産の花と野生の花とではパワー?生きてる度がちがうきもします。



 From あしたから金曜日までつうじょうきんむのひと。
Commented by enzian at 2005-05-01 22:03
nyarinosukeさん、こんばんわ。ネアンデルタール人は、近くに咲いている野の花を採って来て死者のそばに置いていたようです。アザミとかが花粉から確認されているらしいですよ。うまれながらの感覚なのか、文化が発生して宗教の形態になっていたのか、よくわからないのです。

>"コトバにならないおもい”・”表現できにくい感情”を伝える方法のひとつなのでしょうか。

そうですね。たとえば、ぼくは一言で「美」って言っちゃいましたけど、それって言葉ではなかなか表現できないものですよね。感覚とか感情とか直感的なもの。悲しさとか愛情とかも言葉では表現しきれないものですよね。表現しきれないものを委ねるものなのかもしれませんね。フムフム。

>どこかに咲く花も、コトバで語らないからちっぽけなニンゲンよりほんとは雄弁なのかな。

なるほど、そういう意味では、感情を言葉にできない人間よりも雄弁ですよね。「花の美しさを説明してください」なんて言われても、説明できませんもの。おみごとです。

あしたからの仕事、がんばってください^^
Commented by noe.saeki at 2005-05-01 22:21
>noe.saekiさんのおかげで、下ネタに抵抗がなくなってきたかも(>_<)
はいはい、せんせえ 人の所為にしないでくださいよ。ぷんぷん(笑)

花言葉を託して贈るってこともありますよね。
でもこれって意味知らないと、贈られた方が深読みしたり誤解も多々あるかと。
昔、結婚祝いに黄色いバラを贈るという大失敗を私はやらかしたことがあります。
Commented by enzian at 2005-05-01 22:42
オッス。いつも鍛えていただいてます、センパイ。

冗談はさておき。
花言葉を託して‥‥あるみたいですね。そのような巷での噂を聞きまする。でも、人に花束を贈ったことのないデリカシーのカケラもない当方といたしましては、何が何やら。当方に贈っていただいても、豚君に真珠さんなのであります。

黄色いバラの花言葉、もちろん知りませんで、あわてて検索かけました。「嫉妬」とかですか?でも、花言葉って一つの花に一つじゃないですよね。まったく逆の意味のようなものもあったりして、浮世では、それがためのカンチガイでカップルができちゃったり、おじゃんになったりしているのでげしょうな。アラアラ。
Commented by harry_hk at 2005-05-01 22:48
ちょっとそれるかもしれませんが、
勿忘草っていうのがあるじゃないですか。
英語でも、Forget me not ですよね。
いつまでも忘れないようにって・・・。

アフリカでは人の記憶にあるうちは、まだ人なので地上にいるそうです。天国に行くには早くみんなの記憶から忘れ去られないといけないんだそうです。
だから、残った人たちは早く忘れるようにするんだそうですよ。
Commented by enzian at 2005-05-01 23:14
harry_hkさんへ。
日本でも、あまり悲しがると故人が「浮かばれない」っていいますけど、そのアフリカの考え方ほどあからさまに忘れるようになんてしないですよね。自分のことをいつまでも覚えておいて欲しいというのが当たり前のように思えるのに、とても興味深い考え方のような気がします。そういう考え方にいたる文化的な背景があるんでしょうね。
Commented at 2005-05-01 23:29
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Commented by gauche3 at 2005-05-01 23:31
「花に何を託すのか?」って問われると・・
確かに即答出来ないモンですね・・ちょっと考えちゃいました。
恋人と病人へ贈る花は割とストレートで純粋な気がするのですが、死者に対しては、enzianさんがおっしゃるように美しく死者を送るという気持ちや、ただ純粋に哀悼の意味を込めた気持ち、それらとは別に、死への生者の畏怖のようなものも感じます。
僕の場合、お墓をタワシで洗って花を手向けるとき、強く自分の生も実感します(^^ゞ
とっても良い記事ですよ~。削除されなくて良かったです(^o^)
Commented by enzian at 2005-05-01 23:31
鍵さま。じゃ、そちらで書きますね。
Commented at 2005-05-01 23:55
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-05-02 00:01
鍵コメさま。こちらこそありがとうございます。
自分では考えたことがなかったので、考えるよい機会になりました!
Commented by enzian at 2005-05-02 00:06
gauche3さんへ。

>死への生者の畏怖のようなものも感じます

なるほど!死者に対するものだけなく、「死」の畏怖なわけですね。考えなかった視点です。当たっているような気がします。うまく説明するのがむずかしいのですが、宗教学の言葉のなかには、「聖なるもの」というのがあって、それは自分の知っているものの外にあるようなものなのですが、特別な能力をもっているもので、そういうものに触れるような場合には人間はあらかじめそういう能力から祟り(罰)を与えられないように、お祓いみたいなことをするんですね。

この場合の聖なるものは「死」になるわけですが、死が人間になにか特別な能力を振るわないように、あらかじめ花を献じて祟りを押さえておこうという意図があるのでしょう。そして、そういうものに屈服するというのが、どうも人間にとっては快感になる場合があるようです。すいません、わかりにくかったら、流してください。

>僕の場合、お墓をタワシで洗って花を手向けるとき、強く自分の生も実感します

そうですか!むずかしいことを抜きにして、ぼくはどんなときが癒されるかといって、墓のタワシゴシゴシのときが一番癒されます!!
Commented by gauche3 at 2005-05-02 00:32
enzianさん、ありがとうございます。

> すいません、わかりにくかったら、流してください。

いえいえ、とても良く解ります。
さっき、コメントに「生者は花で死との間に境界線を引こうとする」って書きかけて、ちょっと誤解されそうだったので止めました(って書いちゃってますけど・・)。
僕が感じたものを明確にして頂いたような気がします。
Commented by 匿名で・・・ at 2005-05-02 00:50 x
確かに墓地は静粛な感じがします。朝早い時間とか、最高です。墓地のある場所にもよるのかもしれませんが。なんか好きなんですから、墓地。何かしら歴史を感じたり。
花は部屋に一輪飾るだけでも、癒されると思いました。慰められる、というと変かな。優しい気持ちになれるような。何故かは判りませんが、お墓とか仏壇とか自然な気持ちで花を手向けたくなります。ただの習慣かなぁ。

意見を述べるのが苦手で、匿名にしてしまいました。これだったらこれからもコメント出来るかな。すみません、失礼しました。
Commented by enzian at 2005-05-02 08:06
gauche3さん、おはようございます。

「生者は花で死との間に境界線を引こうとする」

すごいですね。これはまさに聖なるものの考え方です。「聖なるもの」は「俗なるもの」の境界線の外にあるものなのです。聖なるものの考え方はとてもおもしろいものなので、また触れたいと思っています。
Commented by enzian at 2005-05-02 08:31
匿名さまへ。
朝早い墓地‥‥静粛な感じがします。すべての穢れを落としてくれるような気がします。「歴史」。なるほどそうかもしれません。過去かもしれません。

>花は部屋に一輪飾るだけでも、癒されると思いました。慰められる、というと変かな。優しい気持ちになれるような。何故かは判りませんが

たしかにそうだと思います。花自体が癒してくれるということと、一輪であることが重要である場合もあると思います(茶室の一輪とか‥‥わびさびですね)。でも、それがどうしてそうなるのか、はぼくにはわかりません。美には疎くて‥‥いま、勉強中なのです。

>何故かは判りませんが、お墓とか仏壇とか自然な気持ちで花を手向けたくなります。

ぼくにとってはとても興味深いのです。いずれ、葬儀とか墓参とかいったものについての心理をはっきりさせたいと思っているのです。一度、「墓参りの哲学」というのを書いたことがあります(http://enzian.exblog.jp/1386038)。よろしければごらんください。まったく足りない考えなのですが。

美しいコメント、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
Commented at 2005-05-02 20:35
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-05-02 20:49
鍵コメさま。あっ、それはひょっとして彼のでは。う~ん、おもしろく読めるでしょうか。実は、ほかにもう少ししたら紹介しようと思っていたのがあったのですが‥‥。いいですね。トライしてみてください。
Commented by whitefullmoon at 2005-05-02 21:07 x
花は「生者が死者に送る最後の贈り物。」とはハリールジブラーンの詩に書かれている言葉、生者が生者に花を送る映画の場面を二つ、マディソン郡の橋でロバートが橋の場所を教えてくれたフランチェスかに河原の花を摘んで渡します。お礼の仕方としてはやはり、その後の展開をにおわせると思いました。
 また、最近見たラバーズほとんど格闘の場面が多いのですが、逃避行する途中で一休みした野原で目の見えない女性に男性が花を摘んで花束にしてわたしてあげるところがあります。その中で一つの花を女性の髪にさしてあげるのですが、その時のヒロインのはにかみながらも嬉しそうな表情とそんな彼女をやさしく見守る男性(金城武)の表情がとてもよくその作品の中で唯一心やすらぐ場面でした。
Commented by enzian at 2005-05-02 21:21
whitefullmoonさんへ。コメントありがとうです。
ぼくはその二つのお話、二つとも知らないのです。まったくうといのです。

でも、「生者が死者に送る最後の贈り物。」というのは惹かれます。
葬式のときの話は直接的過ぎるので考えないことにしても、
花を渡すということは比ゆ的に引導を渡すということになるのでしょうか。
自分の想いにけじめをつけるときに渡す人もいるのかもしれませんね。
卒業式に卒業生に渡す花は、卒業生が学生を終わるということか‥‥
Commented by kourin-mama at 2005-05-03 00:25
ネアンデルタール人の話、興味深いです。彼らはすでに死を”発見”してた、そして死者を弔うことをしていたのですね。まさに文明の萌芽、という感じがします。
花を贈るのは、シンプルに花が美しいから、のような気がしますが、美しいものを自分のものにしたい、美しいもので飾りたい、と思うところが人間独特な気がします。
子どもは日端に花をみつけると、プレゼントしてくれます。どうして手に取ってみたくなっちゃうのか、咲いているのを見るだけで満足しないのかな、と不思議に思います。
今日お客さんが来て、庭に咲いていたという花をいただきました。
とても嬉しかったです。花を見ると心が和みます。こんなに手軽に手に入るもので美しいものもない、と思います。

日本の生け花は、花を生けることで生まれる空間の美、ですよね。
と、花を飾っていて思いました。
Commented by enzian at 2005-05-03 00:42
kourin-mamaさんへ。ネアンデルタール人は死者を弔うことをしていたようです。少なくとも、花を手向けていたようです。そしてもう一つおもしろいのは、生まれながらに体の不自由な仲間をかばいながら生活をしていた形跡があるそうです。そこでは福祉(?)に相当するものがあったのではないか、といわれています。

美しいもので飾りたい‥‥人間独特のものかもしれませんね。花をプレゼントしてくれる子どもの気持ちはうれしいですよね。子ども心にすでに美しいものが人を喜ばせるものであることを知っているのでしょう。それと、人を喜ばせたいという気持ちがあるのですね。かなり原初的なものとして人間がもっている感情と花は繋がっているのかもしれません。
Commented by manchester at 2005-05-03 14:32 x
私が以前通っていたところでは、お世話になっている人に節目でお花をお渡しする習慣がありました。理由は「感謝の気持ちを込めて」なのでしょうが、どうして花なのかは、改めて考えるとよく分かりません。「花で感謝の意を表す」という暗黙の了解があるのでしょうか。ところで、以前、一年間お世話になった先生にお花をお渡しした時のことですが、「まだ学校には居るから・・・」と言い出だされて焦りました(苦笑)。冗談だったようですが。
Commented by enzian at 2005-05-03 18:04
その先生は、お花=引導だと思っておられるのでしょう。花にはお別れの意味もあるから。死者に手向ける花が、いつの間にか、花=お別れとなったんでしょうね。
Commented by lotus at 2005-05-04 00:38 x
地球上の諸悪の根源は人間だと思うから、
花には何も求めず、ただ愛でたいと思う。
でも、花からは得るものが多い。
ちょっと重くなりました。とにかく花は好き!
特に木に咲く花が好きです!
Commented by enzian at 2005-05-04 09:29
人間にとってどういう意味で何のために役に立つかということではなく、ただ、花自体の存在の価値を認めたい、ということだと思いました。「人間の道具としての花」ではなくて、「花の存在そのもの」。利害得失なしに花は美しいですからね。

ひょっとすると、一人の人間だってそうかもしれない。「○○さんのために役立つかどうか」ではなくて「自分の存在そのもの」を認めて欲しいですからね。まちがえているかもしれませんけど。

諸悪の根源‥‥人間のいないところには悪はないのでしょうね。木に咲く花‥‥ですか。
Commented by lotus at 2005-05-05 07:03 x
enzianさん おはようございます。
 ことば足らずの行間を読んでいただきありがとうございます。
 まちがえていません。。。木に咲く花・・・お嫌いですか?

 昨年、食べたにがうりの種を植えたら、涼しげな花が咲きミニチュアのような
 かわいい実がつきました。。。鉢植えだったからかな?
Commented by enzian at 2005-05-05 09:19
lotusさん、おはようございます。
どういたしまして。木に咲く花、好きですよ。
木に咲く花、嫌いなのではなく、その意味を考えたのです。
(何を考えたかは、ヒ・ミ・ツ ^^)

ミニチュアのニガウリ、かわいいですね。鉢植えだったからでしょう。
畑に植えると、イヤというほどツルが延びて、イヤというほど実がなります。
ニガウリの実って、最初は緑で苦いですけど、
成長すると黄色くなって甘くなるんですよ(^^♪

Commented at 2005-12-13 22:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-13 23:40
鍵コメさん

日本人の美意識には、はかないものへの美という考え方がありますね。
命も花もときにはかないものですから、
武士が散り行く桜の花の下で切腹する場合のように、
花を命の象徴とする場合はあるのでしょう。

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