「人体の不思議展」終わる

京都で開催されていた「人体の不思議展」が終わる。ヤレヤレ、ホッと一息なのだ。この展示は、数年前から関西でも行われてたもので、昨年までは大阪どまりだったと思うのだけど、今年はついに京都で開催されることになって、あせっていたのである。

なぜあせっていたのか?何年か前からやたらとこの展示にぼくを連れて行こうとする学生どもがいたからなのだ。「行こう」とか「連れてけ」とか言われるたびに(キャツらは入場料を支払ってくれるパトロンを探している)、曖昧な返事をしながらひたすら避けてきたのだ。

だが、この際、はっきり言おう。人間の輪切りとか、血管だけを取り出したものとか、骨だとか‥‥そんなグロテスクなもの、お金をもらっても見たくないのだ。おっかないのだ。そんなものを見るくらいなら、ものすごいウルトラオバケ屋敷に一日中監禁された方がましなのだ。

何を好き好んで見に行きたがるのか、ぼくにはわからない。でも、この展示、意外にも盛況だそうなのである。どこぞの記事には、ウソかマコトか観客の大半は女性だとあった。真偽の不確かな、女性に受けるという理由を考えようとは思わないけど(考えてもわからない)、自分がなにゆえこれほどまでに怖がるのか、不思議ではある。骨にしても内蔵にしても血管にしても、いつも自分が持ち歩いていて、お世話になっている方々なのに、それが他人のものとなるとどうしてそこまで怖くなってしまうのか‥‥また時間があったら考えてみよう。

by enzian | 2005-05-20 19:00 | ※その他 | Trackback | Comments(60)

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Commented at 2005-05-20 20:28
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-05-20 21:01
鍵コメさま、こんばんわ。
好きなジャンルじゃないのです。苦手‥‥。嫌がっていることに気づいているから無理矢理つれて行こうとしている節があります。極悪なのです。お詫び‥びっくりしました!でも、元気そうでなにより。
Commented by february_kei at 2005-05-20 22:38
こんばんは、お久しぶりです。(帰ってきたレインボーマンと呼んでください・・?)

>それが他人のものとなるとどうしてそこまで怖くなってしまうのか
自分のを見た日には、もっと怖くて卒倒してしまいますよー。
Commented by enzian at 2005-05-20 22:46
february_keiさん、こんばんは。
インドでの修行の成果は上がりましたか?

>自分のを見た日には、もっと怖くて卒倒してしまいますよー。

まっそらそうですな、ガハハって言うと思いました?
ぼくは自分のより他人の方がこわいと思う、たぶん。
Commented by mu.saihou at 2005-05-20 22:58
こんばんは
ほるまりん漬けとかはなくて
生々しさの残らない製法とでもいうのでしょうか、
あんまりグロくなかったですよ。
なんか変わったポーズとってたりとかして(踊りの最中みたいな・・・)
おもしろかったです。
女性、確かにほとんどといってもいいぐらい
皆様、嬉々とされてました
男は比較的くらい顔
なんでなんでしょうね?
Commented by shoko_118 at 2005-05-20 23:14
enzianさーん、一緒に行きましょ♪(笑)
Commented by enzian at 2005-05-20 23:16
mu.saihouさん、こんばんは。
mu.saihouさん行きましたか。

(【R】)
プラスチックっぽい樹脂をしみこませてあるようですね。
ぼくは展示の方には行ってないのですが、
標本を作る過程のビデオを見たことがあります。
薄切り‥‥うす~くスライスしてました。

やはり女性が多かったんですか‥‥
行った学生もそう言ってました。
なんででしょうね。
男は自分の体に鈍感なんでしょうかね。
Commented by enzian at 2005-05-20 23:20
わ~い、shoko_118おねえたまとなら、一緒に行きまふ、行きまふ。
(教育者としての威厳が‥‥そんなもの端っからない!?)

Commented by 座敷童 at 2005-05-20 23:38 x
女性が比較的そういったものに興味津々なのは、
またそういったものを見ても平気なのは、
実は生理的なものなんですね。
男性よりも女性の方が、生々しいものや、
血(これポイント)に耐性があるのです。
さあて、なんでかな?

あの展示の凄いところは、
血管だけとかお肉だけの写真がドドンと載った公式ポスターですね。
駅とか電車にばんばん貼ってあるので、
苦手な人は朝から阿鼻叫喚ですな。
ヒント:毎月
Commented by enzian at 2005-05-20 23:59
座敷童さんへ。

その理由、知ってますよ。ヤボなんで書かないですけどね。
でも、「見ても平気」ということと、「見たがる」ということは違うと思うんですが‥‥
やっぱ、けっきょくは、つながってるのかな。。。。つながってるような気がする。

そのポスター、見つける度に目を背けてました。
Commented by gauche3 at 2005-05-21 00:17
会場で、気を失ってしまった方もいらっしゃるそうですよん。
僕も見たいと思いつつ、ビビッて見れんのですよ~。
Commented at 2005-05-21 01:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by harry_hk at 2005-05-21 04:24
人体の不思議展とかを見ても大丈夫です。
というよりも、ワクワクします。
それよりも、心霊スポットの方がだめです。
お化け屋敷は大丈夫ですね。


【ここだけの話】
ところで、哲学者にモラルがあった事例を挙げてほしかったりするのですが。。。(笑)
あんな、やくざな分野。。。(ぼそっ)
Commented by enzian at 2005-05-21 10:11
よかった、gauche3さんはぼくと同じですね。
ぼくも見たいと思いつつ、ビビッてしまって見られなかった。
気絶する人がいるのもわかるような。

ここからR指定です。
スプラッターに耐性のある人以外は読まないようにしてください。
(【R】)

実はぼくには恐怖の夢があって。それが道路上の轢死体を見る夢なんです。
どうして見るのかわからないけど、この夢がも~怖くて仕方がない。
(harry_hkさん、分析して)
そんな事情があるので、この展示は見ないんですけど、
あえて見てみた方がいいかもしれない、とも思っているんです。
Commented by enzian at 2005-05-21 10:13
その下の鍵コメの方、gauche3さんとはまったく逆のこと言ってますけど。
でも、表に出すことはできません。
感性ゆたかな発言として‥‥(^_^;
Commented by enzian at 2005-05-21 10:20
harry_hkさんは大丈夫ですか‥‥大丈夫な人が多いんですね。
harry_hkさんが心霊スポットがダメなのはわかります。

>ところで、哲学者にモラルがあった事例を挙げてほしかったりするのですが

あのぼくがそのきわめて具体的な実例なんすけど(^^)
ダメでしょうか?
冗談はさておき、ぼくの同僚は人間的にすぐれた方ばかりで心から尊敬している人ばかりなのですが、身近すぎて、身内びいきになるので書きにくいですね。

>やくざな分野

哲学がキングオブやくざ分野であることは認めますけど、
けっこう善戦するような分野、たくさんありません?
Commented at 2005-05-21 13:00
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-05-21 13:27
鍵さま。
下の2行はそれ自体としては当たっていると思いますけど、
この事例の解釈としてはどうでしょうか?

下2行のような個人的な特殊性がなくても、
得体の知れないもの、
より外的なものほどほど怖い、っていう心理も一般にあると思いますよ。
(鍵に対するレスなので抽象的になっています。)
Commented by banri at 2005-05-21 14:05 x
こんにちは、enzianさん。
実は私も見に行きました。
でもすすんで行った訳ではありません。
スプラッターOKな私ですがenzianさん程ではないにしても見に行くの抵抗ありました。
行ったのはたまたま招待券があったのと友人達の誘いに負けて。

見に行く前に感じた抵抗は人間の内部を見る恐れよりも他人の体をあんな形に成形出来る人間がこの世の中にいる事に憤りを感じていたからです。
ポスターを見るだけであの形に成形したのは一体何の意味があって?と思えるような形がたくさんあるのです。(見てないから判らないでしょうか)うまく言えませんが人間に対する行為ではないと思うのです。

実際目にして感じたのはそこに展示されている「彼・彼女達」は一体何を思って
このような「物体」になる事を望んだのか(望んだ人達だけだそうです)
人間は食物連鎖の輪からは外れた存在ではありますがここまでかけ離れた所に
自ら進んで行くのはどんな思いがあったのか?・・私には判りませんでした。
そしてまた彼等にあのような加工を施した人間の気持ちも全く理解出来ませんでした。
死んで「物体」となったとしても私はあの場所へ行きたくありません。
Commented by gauche3 at 2005-05-21 14:58
「恐怖の夢」かぁ・・
僕は訳のワカラン夢はいっぱい見るけど、同じ夢は見ないですねぇ。
予知夢をたまに見るんですが、先に見たところで全く無意味なものばかり(笑)

> あえて見てみた方がいいかもしれない、とも思っているんです。
enzianさん、僕も実はこの気持ちあるんです!
でも、↑のbanriさんのコメント読んで、な~んか考えちゃいました。
enzianさんが見に行ったら、きっと記事が載るだろうから、
それ読んでから決めます(爆)
Commented by enzian at 2005-05-21 15:03
こんにちは、banriさん。この展示をリポートした番組を見たことがあります。笑いを求めたとしか思えないポーズをさせられた標本があるようですね。

>(望んだ人達だけだそうです)

興業者としてはそのように言わねばならないわけですけど、どうもぼくはそこに胡散臭さを感じているのです。医学のための献体する人はいるでしょうけど、好き好んで笑いものにされる人がいたとは思えないのです。そこには、いろいろな聞くのもおぞましい理由があったのではないかと思えるのです。仕方なしに‥‥という理由。

たとえ自分の体が笑いものにされてもかまわない、「自分の命や体ぐらい好きにさせてくれ」という自己決定権は当然に認められるわけですけども、どうもそういう自己決定の及ばないところで、あるいは、自己決定に反して、ああいうものが作られたように思えるんですよね。あの標本の制作過程については “噂” もありますし。
Commented by enzian at 2005-05-21 15:18
gauche3さん、今、コメント↑書きました。
ちょっとつっこんだ物言いをしました。
(もっと詳しい人がおられたら、コメントいただければ、幸いです。)

ぼくもbanriさんと同じ気持ちがあります。見世物。

gauche3さんが不思議な夢を見るのは、わかる気がします(^^)
Commented by banri at 2005-05-21 17:00 x
>笑いを求めたとしか思えないポーズ
私が感じた嫌悪はそこでは無く、人の体をいじくり回してる嫌悪です。
例えば内部の構造と外側の比較をするだけの事にそこまでの切開が必要なのか?
と思えるような切開方法。
どうしても制作した側の「自分の作品」という思いがありありと判ってしまうのです。
その思いがおぞましくて仕方ないのです。
「望んだ人だけ」というのは私の願いでもあるのかも知れません。
そうでなければあまりにも・・・・

昨年、祖父が亡くなりましたが遺体を見ても「物体」などとは思いませんでした。
亡くなって骨になっても私の祖父です。
Commented by enzian at 2005-05-21 18:28
banriさん、医学的見地からして、どこまでが必要でどこからが不必要かはぼくにはわかりません。また、現物を見ていないぼくにはそれはわからないのですが、そういう風に思わせるものがあるわけですね。

死者であってもかつては生きた人間であって、ただの物体ではない。だから、死体に対しても、それを扱う人には配慮が必要である、ということですね。生きた人間をいじくりまわすようなことが許されないのと同様、死者をいじくり回すようね、人間の尊厳を踏みにじるような扱いは許せないし、見るに耐えない、ということですね。banriさん自身の叫びとして受け取りました。

同意する人は多いと思います。
Commented by february_kei at 2005-05-21 18:31
すみませんが、banriさんの書かれた一連のコメントに共感しますので
banriさんに向けて書かせてください。(管理人様、ごめんなさい)

私は今年の2月に、長い間の迷いを振り切って行って見ました。
迷いというのは、見世物的だとか、遺体が中国人のものであって中国人の中には
日本人が見世物のようにしていることに怒りを感じている人もあるとか、自分の中に
ある、死への尊厳の思いが崩れないのかとか、そういうことでした。
(不気味さなどは全くなかったのです。むしろ、"遺体"というものならば、じかに
接して、その人の越し方の生涯を思ってみたかったのです)
Commented by february_kei at 2005-05-21 18:32
つづきです(管理人様、ホントにごめんなさい)

でも、そこにあったのは、完全な「モノ」でしかなかったのです。
人間の身体が、こんなにもモノにされてしまうことに、あまりにも呆気なさを感じました。
胎児の遺体についても、当人の意思の確認のしようもなく、どうしてこんな風にモノに
できてしまうのかという思いがありました。

>「望んだ人だけ」
そうではなく、対価があったのかと思ってしまうので、長い間、行けなかったのです。

>亡くなって骨になっても私の祖父です。
私も、同じ思いです。私の中にある「死への尊厳の思い」とは・・人の死とは、そういう
質のものであるべきだと考えています。

製作した側の意図・・私も、あのポーズの数々に、製作者の傲慢ともいうのか、
そういうものを感じて嫌悪しました。
Commented by february_kei at 2005-05-21 18:39
つづきです(管理人様、ご迷惑かけてすみません、後で削除されて結構です)

ミイラとは、あまりにも違いすぎる"遺体"。
ミイラは、死者への(来世や蘇りへの)思いや、なんらかの弔いの思いを込めて
製作されますが、あれは、ただの「標本」なのです。完璧な「モノ」でした。

そこには、なんの弔いの思いはないのです。あれば、あのように作れなかったはずです。
(すみませんでした。ここで終わりです)
Commented by enzian at 2005-05-21 19:44
february_keiさん、ありがとうございます。
february_keiさんにコメントいただけるのを待っておりました。
Commented by february_kei at 2005-05-21 20:22
enzianさん、もうここに来るのはよそうと決心した直後に、そんなこと言われると
また書いてしまうじゃないですか・・。

私の郷里では、私が二十歳頃までは土葬の風習でした。墓地を掘って新しい棺を
埋めるのですが、そうこうして掘っていると、古い古い時代の遺骸に出くわすことが
あるのです。墓堀りは近所の人たちが集まってやるのですが、そういうときは皆、
手を合わせて拝んだ後、ちょっと場所をずらそうか、と言ってまた掘るのです。

遺骸は、時代を経てもそこにあって、手を合わせて拝むべきものでした。
自分の父親もずいぶん墓堀りは近所へ手伝いに行ってましたが、「遺骸というのは
きれいなものだ」と言うのです。腐敗した遺骸が微生物に分解されていく過程を、
「きれい」と表現できる感覚を、自分の父親が持っていることに感動しました。

人間の死って、遺体って、そういうものだと思います。
ホルマリン漬けの方が、まだしも尊厳が保たれていると思います。
気持ち悪い姿でも、いいのです。不気味でもいいのです。そこには死者の尊厳があるのです。
Commented by enzian at 2005-05-21 21:14
february_keiさんが書かれている二段落目と三段落目はぼくが郷里(とっても今住んでいるところは隣の町)で体験したこととほぼ重なります。だからそれが「きれい」と表現できることがわからないのではないのです。今でも墓参りに行けば、けっこう、そこここに骨とかが露出しています。頭蓋骨も落ちてます。そういうものがこわいとか汚いとは思いません。ぼくはそういうところへの墓参りに癒されるのです。

そして同時に、事故であるとか人為がかかわった他者の死体にぼくが不気味さや恐怖をおぼえることも事実なのです。死者を責めることはできません。死者から尊厳を差し引くつもりはありません。

崇高なはずの死が死者以外の第三者によって人為的にさらされたということ。死体を通じて、そのようなことを行う人間の意志を見て、その意志に恐怖を感じているのでしょう。墓地の遺骨にはそれを手厚く葬ろうとする意志が見えますが、事件現場の遺骨には得体の知れない意志が見え隠れします。得体が知れない意志。でも、その辺の事情については、説明しようと思っても、考えがうまく整理できていないのでうまく説明できないのです。
Commented by february_kei at 2005-05-21 21:48
話が、最初の記事の主題や、banriさんのコメントから離れそうでごめんなさい・・

事故現場の遺体は見たことがないですが、犬や猫は見ます。
(また身内の話で失礼)自分の父親は、そういうのをみつけると家から新聞紙と
ダンボール箱を持って行って、再び現場へ行って片付けるのです。
火葬になって、墓場は「霊園」になってしまったが、昔は墓場の隅に埋めてやる
わけです。今は役所に連絡しているみたいですが。

動物といえど、そういう姿をさらしたままにしておくのは「むごいこと」だと。
無論、後続車両がそれを避けて人身事故に発展するのを心配して、そこまで
やるわけですけど。

ひきつぶされて、半分、からだがなくなった猫とかね。でも、「気持ち悪い」とか
「怖い」とは、全然違う気持ちで受け止めているようです。横でそれを見てきた
自分も、本当のところはわかりません。ただ、物体として扱っているとか動物
だから怖くないのとは、絶対に違います。

「むごいこと」・・何度か聞きましたが、その言葉の重み・思い、というものが、
「動物の死といえど軽んじてはならないもの」を自分の心に植えつけてきたのです。
Commented by february_kei at 2005-05-21 22:02
(つづき:失礼。ほんとに、後で削除なさって構いませんので)

やっぱりまた話がズレていた。enzianさんが、他人の遺体なんか、特に事故や事件
での遺体(夢の中であっても)に恐怖を感じるのは、人間として「自分の危険を避ける」
「自分が同じ目に遭う事から遠ざかる」ために必要な恐怖じゃないのですかね?

至極、当然な恐怖感覚だと思いますよ。
Commented by enzian at 2005-05-21 22:19
>やっぱりまた話がズレていた。enzianさんが、他人の遺体なんか、特に事故や事件
での遺体(夢の中であっても)に恐怖を感じるのは、人間として「自分の危険を避ける」
「自分が同じ目に遭う事から遠ざかる」ために必要な恐怖じゃないのですかね?

それはあると思います。ただ、それだけなら誰でもある恐怖であって、ずっと夢に出てきてぼくを苦しめるというところまではいかないでしょう。これは個人的な事情でお話できないのですが、思い当たる節があるのです。
Commented by gauche3 at 2005-05-21 22:21
僕が着いた時、母は既に棺桶の中でした。
葬儀屋から「見せられないからもう棺桶に入れました。絶対に見ない方が良いですよ」と言われた時、僕は死に顔を見ないと、死を実感出来ない気がして無理に見ようとしました。でも、本当は足がすくんで怖かった。
そこに父が割り込んで来て止めたとき、僕は見てはいけない事を理解して、それを見た父の苦しみと僕に対する深い愛情を感じました。
皆さんはとても不謹慎に思われるかも知れませんが、そのとき僕の脳裏に一瞬、「見たらもう二度と肉を食べられないかも知れない」という思いが過ぎりました。
見たら一生残る、見なくても一生残る。
そんな死を間近にしたときに、人は遺体をモノ化する事で自責の念から逃れようとするのかも知れません。僕はきっとそうしたんだと思います。
人体の不思議展から、随分と離れた話になってしまいましたが、人の死もそれを受け止める人の心も多種多様で、僕は今でもそこに答えは無いと思っています。
Commented by enzian at 2005-05-21 22:51
バカヤロウな管理人は、すでに自分が何を言おうとしているのかわからなくなっているのであります。

>人は遺体をモノ化する事で自責の念から逃れようとするのかも知れません。僕はきっとそうしたんだと思います

ありがとうございます。とてもよくわかりました。
話したくない話をさせてしまったやもしれません。

gauche3さんの意見を参考にして、こういうことも考えてみました。
「人は人の過失を赦したくないとき、(無意識的にであれ)遺体を決してモノ化しない」と。

>人の死もそれを受け止める人の心も多種多様

そうですね。
Commented at 2005-05-21 23:25
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by manchester at 2005-05-21 23:32 x
若干無神経っぽい記載があるかもしれません。お気に触ったら削除して下さい。私は親類縁者が死んだことはないし、増してや死者を見たことがないのです。いくら気を使ったつもりでも、私には想像できない部分がありますので。
実は先日、「人体の不思議展」へ行ってきました。昔から少なからず医学への興味があったからです。ただ、何度「この人は何年か前には動いていたんだ、生きていたんだ」と自分に言い聞かせても、実感できなかったのが事実です。それこそ「モノ」としてしか見られなかった。私が死んだ後、こんなふうに大勢の目に晒されるようなことも嫌だ。結局、自分の身体もこうなっているんだ、というところにどうしても結び付けられませんでした。標本がとても遠いところのものに思えて。
でも、人体は、えげつなく精巧に創られているように思えました。現在の技術をもってしても、細胞一つ創れないことを思い起こしました。父の知人は、「人体の不思議展」へ行った後、「なんで人を殺したらあかんのかが分かった」と言ったそうです。詳しい理由は分からないのですが。
Commented by enzian at 2005-05-21 23:46
鍵さま。
わかりまったけ。
Commented by enzian at 2005-05-21 23:51
manchesterさんへ。
そうですか、実際に見て、そういう感じでしたか。よそよそしいような感じですか。

>父の知人は、「人体の不思議展」へ行った後、「なんで人を殺したらあかんのかが分かった」と言ったそうです。詳しい理由は分からないのですが。

これはmanchesterさんが言うように、恐ろしく精巧につくられているからでしょうね。到底人間には作れないような。こういう感想をもってくれる人がたくさんいるなら、展示として成功していると言えるのでしょうね。


Commented at 2005-05-21 23:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by gauche3 at 2005-05-21 23:53
> 話したくない話をさせてしまったやもしれません。
enzianさん、僕は敢えて話す気持ちは無いんですが、それを隠す気持ちも無いんです。
だから、話したくない話って事も全然無いです。

> 「人は人の過失を赦したくないとき、(無意識的にであれ)遺体を決してモノ化しない」
これって凄く解ります。
ある意味でその通りなんです。
でも、残された人は、モノ化しない事で自己概念と故人との暖かい記憶を守ろうとしているのも事実なんです。
だから、僕はそこにしがみ付いて居る人にそれを手放して欲しいんです(誤解を招くような内容だったらゴメンなさい)。
それはずっと自分自身を苦しめる事だから。

february_keiさん、僕の書いたコメントでenzianさんのブログに来る資格があるとか無いとか、そんな気持ちにさせてしまったのならゴメンなさい。
ブログって色んな意見があるから、それで良いんだと思います。
僕もそう言った意味で、たくさんの刺激と自分の洗い替えが出来るからあっちこっち見ています。
Commented by enzian at 2005-05-21 23:59
御批判は、このブログの狙い自体を直撃する批判だと思います。ぼくはこのブログではできるだけすべてを語ってしまわないようにしています。あいまいなまま、余地のあるままの記事にしてあります。それがぼくのこのブログでのポリシーなのです。それはここにある記事が哲学エッセイ(答えを言わないのがエッセイってわけじゃありませんけど)であって、論文ではないと思っているからです。

>>ウソかマコトか観客の大半は
とあって、既にこの時点で「観客」という表現が使われている。既に「見世物」だと
自分で認識しているように思われます。

そういうつもりはありませんでした。この表現は苦労したのですが、「参加者」ともできず、仕方なく選んだものです。

>自分は、自分の考えをきちんと語らない。
でも、人に自分の言いたいことを語ってもらいたがるように見えるのです。

自分の意見をあいまいなままにしておくだけではなく、答えを誘導しているような雰囲気があるなら、それは本意ではありません。気をつけたいと思います。
Commented by enzian at 2005-05-22 00:05
gauche3さん、よくわかります。
そして、ありがとうです。
gauche3さんに落ち度は1ミリもありません。
感謝しております。
Commented by enzian at 2005-05-22 00:08
鍵コメ2さま。

ありがとうございます(^^)
今日は『グリーンマイル』って映画やってましたね。
好きな映画です。
Commented by banri at 2005-05-22 04:59 x
enzianさん、 gauche3様、 february_kei様
私の拙い文章にコメントいただきありがとうございます。
知らない間にとても多くのコメントが入っていてビックリしました。

february_kei様、私も土葬に対する感覚はとても共感出来ます。
亡くなって土に還るというのは人がいままで摂取してきた命をまた元の場所へ戻す事が出来ますから。
出来る事なら自分もそうありたいと思いますが現在ではかなり難しくなってしまいましたね。とても残念です。

そして主題とはかけ離れますがenzianさんとこのブログに関して。
私はenzianさんのようなボールの渡し方はとても好きです。
記事を読み、色んな方のコメントを読み、自分ならばどう思うか、どう感じるか、そしてその感じたものをきちんと表現できているか。
enzianさんにとって幸か不幸か、とても自分と近しい感覚を感じているからとても真剣に考えています。
多分ここに来られる多くの方々も同じように感じているのではないでしょうか?
ただ私の場合はいつも主題からズレていて自分の発想の貧困さと表現力の無さが辛い所ではあります。
Commented by lotus at 2005-05-22 09:21 x
enzianさん おはようございます!
またまた、濃い~話になってますね。
やっぱりすごい。enzianさんのなげかけにこれだけコメントが
あるのですから...それも真面目な。

おもいっきり話は変わりますが、
私は*筆者の近況*が好きなのです。
なにげない一言、チェックしてますよ~。
先日、東北に出かけたとき、それはそれは
新緑がきれいでした。田植え時で田んぼに水が
はってあったので、きらきらして...リフレッシュしてきました。
Commented by enzian at 2005-05-22 11:23
banriさん、おはようございます。

>亡くなって土に還るというのは人がいままで摂取してきた命をまた元の場所へ戻す事が出来ますから。

 ↑
banriさんのこの発想が好きなのです。banriさんの発想には、ご自身がおっしゃるように、食と生命が一体化しているところがありますね。この発想は、いずれぼくの勉強の参考にされてしまうのです。ご用心(^^)

ありがとうございます。
Commented by enzian at 2005-05-22 11:31
lotusさん、おはようございます。
そうですね。濃くなっています。
まじめにコメントしていただき、管理人としては光栄です。
ホストとしては修行が必要だと痛感しています。

東北はもう田植えをしているのですか。
もうそんな時期なのですね。
筆者の近況は、harry_hkさんのアイデアを盗んだものです。
(harry_hkさん、伝えるのを忘れていました、m(__)m)
いつもバカなことを書いてます‥‥恥ずかしい限りで。
Commented by 通行人 at 2005-05-22 12:32 x
死体をどう見るかは
宗教的要素が強いというように書いてあったのを
何かの書物で読んだ事がありますが
見当違いなコメントかもしれませんが
そういう事とも違うのでしょうか?
Commented by enzian at 2005-05-22 13:38
通行人さんへ。
宗教的な要素は強いと思います。たとえば仏教のもともとの考えなら、死体に特別な愛着をもってはならないことになると思います。仏陀なんかも、自分の体は焼いて、ガンジス川に流してくれと言っていたはずです(もちろん、弟子はそうはできなかったのですけど)。日本でも、今はそういうわけにはいきませんが、昔は仏教の宗派によっては、自分の死体はほっとけばいい、と言っていた人もいますし。

外国でも、文化や宗教によって死体についての考え方がいろいろで、それが葬り方の違いにもなっていると思います。死んだ身内の骨を食するような文化もありますしね。余談ですが、パプアニューギニアのある部族などは死者を食べるのですが、この部族にしばしば見られた病気が、後にクロイツフェルト・ヤコブ病の解明に役立つことになりました。
Commented by noe.saeki at 2005-05-22 19:29
私はある時期から毛皮が「死骸から剥いだ皮」にしか見えなくなりました。
完全に意識の変化が関与しています。
だから死体に対する意識も何らかの体験等で誰でも変化するんだと思ってます。
死体に対するあらゆる捉え方、扱い方は、それがたとえ自分にとって赦し難かった
としても、全てに意味があるんだろうと思います。(机上の空論です)
Commented by enzian at 2005-05-22 21:42
noe.saekiさんへ。

>だから死体に対する意識も何らかの体験等で誰でも変化するんだと思ってます。

そうですね、ぼくの死体についての考え方も、一瞬の意識の変化で変わるかもしれません。そうでしょうね。

ちなみに、ぼくのパソコンでは「のえ」と入力すると、以下のやつが出てきて困ります。
どうしたらよいのでしょうか? (^^)           ↓  

                              Ψ( ̄∇ ̄)Ψ

Commented by noe.saeki at 2005-05-22 21:56
> ぼくのパソコンでは「のえ」と入力すると、Ψ( ̄∇ ̄)Ψが出てきて困ります。
  どうしたらよいのでしょうか?

知らんがな(爆笑)
Commented by enzian at 2005-05-22 22:22
わかりました。
こういうヤツはみんな「しょうこ」で登録しておくことにします!
ごめん、ケンタ君(意味不明)^^
Commented by shoko_118 at 2005-05-22 22:25
↑先生って呼んぢゃいますよーーーーー。(>_<)
Commented by enzian at 2005-05-22 22:39
ガーン、そればかりはやめていただきたく候。
では、「はりー」で、ウソ、「こちょこちょ」にて登録しておきま~す。
Commented by noe.saeki at 2005-05-22 23:07
「わきわき」に1票(まいぶーむ?)
Commented by enzian at 2005-05-22 23:19
では、「わきわき」にて登録いたします。
ちなみに、「しょうこ」と入力すると、ガバッといっぱい顔が出てきます(^^)
Commented by 座敷童 at 2005-05-23 00:44 x
えー‥‥絵文字を個人名で登録しないように‥‥。
ろくな絵文字を収穫されていない身としては、
恐ろしさから押入に引きこもっております。

実をいいますと、私もこの展示には意図して参りませんでした。
一度、実際の人体解剖をしたことがあり、
その時思ったことからですけれど。
「不思議展」というネーミングが、どうも歯にものが挟まったような。手に脂がこびりついたような。
Commented by enzian at 2005-05-23 22:21
座敷童さんへ。
恐ろしいですよ~。「ざしき」で登録してあるものをここにぶっちゃけましょうか?
しばらく押入れから出られなくなりますよ~

「不思議展」‥‥~の秘宝展と近いものがあるのでしょうか?
興業的な成功を狙ったネーミングなんでしょうかね‥‥

>手に脂がこびりついたような。

なにやら怖いです。

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