『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』(井村和清)

b0037269_1641271.jpg祥伝社のノン・ブックシリーズの一冊として1980年に発売され、三年前に文庫化されたものです。100万部以上を売り上げたかつてのベストセラーであり、ご存知の方も多いでしょう。

天邪鬼のぼくとしては、ベストセラーを紹介するのは本意ではありません。それでも紹介するのは、文庫版が出て増補がなされたこと、すでに過去の書となり、若い世代にはこの書を知らない人も多いだろうこと、を考慮してです。

著者は井村和清。医師であり、「飛鳥」と「まだ見ぬ子」の父親でもあります。病に犯され、死を覚悟し、亡くなるまでに井村が書き続けた文章がこの書の主な内容です。徐々に進行する自らの病を医師として冷静に見つめ、その一方で、自らが愛する人たち――両親、妻、子ども、患者たち、病院の同僚たち‥‥――への思いを切々と綴っています。その思いは、やがて遺されてしまう者への深い慈愛に満ちたものです。なかでも、飛鳥への思いを綴った部分は、父親の子どもへの思いを素直に語ったものとして、白眉の文章だと思います。

ひねりはありません。特別に名文というわけでもありません。それでも、読む者の胸を打つ逸品です。この書をもとにして制作された番組(「NHK特集」)のビデオ(「妻へ飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」)も、かつて発売されていました。美しい映像と宇野重吉による朗読が溶け合った見事な作品でした。もし幸いにして入手可能なら、是非、ご覧いただければと思います。

(追記)
ビデオ「妻へ飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」が「NHK特集名作100選」として発売されました。次はDVDで、そして、もう少し安価で発売してもらいたいものです(VHSビデオは7800円)。(2007.10.27)

by enzian | 2005-06-05 17:16 | ※好きな本 | Trackback | Comments(28)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/2877885
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2005-06-05 18:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-06-05 20:29
鍵コメさん、こんばんわ。

表紙の意味、わかってませんでした。
なるほど、そういう意味が込められているですね。

そうですね。その当時は、やはり今よりもタブーだったのだと思います。
それをはっきりさせているので、当時は珍しかったのです。

その番組、話題になってたのに、見ませんでした。
しまった、見ておけばよかった‥‥ジタバタ。

納涼特集って‥‥まだもうちょっと早いような気が‥‥ひゅるる~

Commented by harry_hk at 2005-06-05 21:21
これって、最近ドラマにもなったやつですよね?
違いましたっけ!?
ドラマ観ようと思っていたのですが、結局忘れていて観れなくて。
本も読んでみたいのですが、まだ、村上御大と格闘中ですので(笑)

>天邪鬼のぼくとしては・・・
(笑)
いいものはいいものですからね。
Commented by enzian at 2005-06-05 21:49
harry_hkさん、ドラマになってると思います。
ぼくはドラマを見ない人なのでわからないのですが(^^;

ニートの記事、リキ入ってましたね。
恐れをなして、コメントできませんでした(^^)

Commented at 2005-06-06 22:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-06-06 22:48
鍵さま、こんばんわ。

なるほどね!このコメントにはレスは必要ないようです。ひたすら納得しました。
わ〜い、謎がとけたのら〜。

ちなみに、ソレガシは、フットボールアワーが好きでございます(関西びいきなのかな)。くりーむしちゅーはおもしろくなりましたねっ!
Commented by shoko_118 at 2005-06-06 23:15
今日は記事ないのか…。
Commented by harry_hk at 2005-06-07 00:01
↑忙しいみたい。
お気楽な自分とは大違いですよ、ホント。
Commented by enzian at 2005-06-07 21:46
shoko_118さん、今日も記事はありません m(__)m

harry_hkさん。harry_hkさんのように鼻血出すほど忙しくはありませんよ(^^)
Commented by straight-tree at 2005-06-08 07:31
enzianさん、ヒトがあらためて「ゼロ」に立ちたい心境って何でしょうね。
想うことはそもそも奢りなんですかね。
最近、謙虚にありたいと思ってなおも自分の不足ばかり目について、
結局すべてが自分のゴウマンのように思ってしまいます。
自信とは何を指すのでしょう。
Commented at 2005-06-08 09:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Kailani073 at 2005-06-08 11:06
本の紹介を読んだだけで、なんだか、涙がでそうになっちゃいました。
時間があるときに読んでみよっかな♪
さ、amazonでお買い物だぁ!
Commented by harry_hk at 2005-06-08 13:14
>滝に打たれて修行したい‥‥
ぜひとも熊野へ!!!(笑)
Commented by enzian at 2005-06-08 23:12
straight-treeさんへ。

そんなむずかしい問い、ぼくに答えを求めても無理です^^
でも、いっしょに考えることならできますので、考えてみます。

ゼロに立ちたいって気持ちわかりますよ。
だって、生きてたら、いろんなものがまとわりついてくるじゃないですか。
そういうのにいつの間にかがんじがらめにされて、
自分の力で立っているという感覚さえなくなる。
そして自分の存在さえさえわからなくなる。

そんな気持ちになってしまったら、
まとわりついたものをすべていったん断ち切って、
なにもないような地点に自分の力で立ちたいって気になるのではないでしょうか?
偏見やら傲慢やら欲望やらなんやら断ち切って、
素朴に謙虚に、最低限で生きて行こうとする。

でも、straight-treeさんは、たぶん、
ニンゲンがニンゲンとして生きてきたからには、
まとわりついたものを全部取り払って謙虚に行きようとしてもできるわけがない、
取り払ったって思っていても、それはたんなる思い違いなだけ、
そべて断ち切れたっていう驕りなだけ、って言いたいんじゃないですか?
Commented by enzian at 2005-06-08 23:26
straight-treeさん、(続きです)

それはそうかもしれないと思いますね。
だって、やっぱり、これまで何十年か生きてきて蓄積してきたものを、
きれいさっぱりすることなんて本当にできるのかなって思いますもの。

でもでも、それでも、
余計なものを極力取り去って「謙虚でありたい」って思うこと自体は、
上の方で言った理由からしてごくごく自然な考え方であって、
そういう考えをもとうとすること自体を責めてしまうのは、
ちょっと自分に厳しすぎるのではないかと思います。

白かそれとも黒か、中間がない。
そのこと自体はよいのですが、自分にそれを当てはめると、
しんどくなるような気がしますが‥‥
ぼくはstraight-treeさんより若干グレーゾーンに寛容な気がする。

以上のような意味をふまえると、
「自信とはカンチガイであり、傲慢なり」となるでしょうか。
でも次のような言葉を付け足さないといけないでしょう。
「しかし、そのようなカンチガイにしばしば陥るのも、人間らしくて、またよい」と。

いちおう考えてみましたが、いかがでしょうか。
straight-treeさんのブログ、見に行きマ~ス。
Commented by enzian at 2005-06-08 23:35
Kailani073さんへ。

読めば、涙ポロポロです。
でもでも、今はお読みにならない方が‥‥
別にお読みになってもいいかな‥‥う~ん。
Commented by straight-tree at 2005-06-09 10:32
ありがとうございました。
言葉をふむふむと読みながらもドキドキしました。
「ゼロ」はたとえば、
具体的には居候という身分から自立へのスタート地点に立ちたいなっていう想いがまず一つあって、
そこにたどりつくまでにかかる時間を思って途方に暮れて、
これまで自分は何を身につけてどう経験を重ねてきたのか、
ともかく少し悲観的になってました。
自信というカンチガイがいまの自分には不足しているなあ。
Commented at 2005-06-09 17:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-06-09 18:33
イトーさん(どう呼ぼうか迷ってる)、
ぼくのゼロの受け取り方はズレてたみたいですね。
また独りよがりをやってしまいました。
ごめんなさい。

>居候という身分から自立へのスタート地点に立ちたいなっていう想いがまず一つあって、そこにたどりつくまでにかかる時間を思って途方に暮れて

そういうこと、記事に書いてましたね。
自立への道ですね。
悲観的にもなるでしょう。
さんざんいろいろなことを考えてください。

>自信というカンチガイがいまの自分には不足しているなあ。

カンチガイしてもいいんだ、という自覚をもっともってもいいように思いますが、
自己反省の強いところがイトーさんの優れた個性なんでしょうね。
Commented by enzian at 2005-06-09 18:46
鍵コメさま。

滝コメ、だいじょうぶです。ありがとうございます。
すぐ自信過剰になって失敗するので、
傲慢と失敗を洗い流そうとしているのです。

最後の二行。

ガーン(ショックを受けて、108回鐘を打ちました!←意味不明)
見つけてしまいましたか‥‥あれは‥‥
ぼくがもっとも恐れていたことなのですが‥‥
だからやめてくれって言ったのに‥‥担当者のバカ〜!
(泣きながら川に向って石を投げてる^^)
Commented by straight-tree at 2005-06-09 20:05
どうも、「粟島百姓記」のイトーです。
いや、ワタシの言葉足らずでした、反省。
さいきん自分でもよくまとまってないくせに、
時間がないもんだから結局書いてしまったりしてます。
なんか、納得いかないなあって・・・。

だから、誤解を招くことに不安になったりしますね。
ワタシは一生詩人にはなれないかもしれません。
読者に表現の解釈を潔くゆだねられる日が来るのでしょうかね。

先日読んだあるインタビューで、
「誤解を招くということは、
 そういう魅力があることだ」みたいなことが書いてあってなるほどと思いました。
選択肢を並べる幅の広さってことかもしれませんね。
すごい前向き思考だけど、見習いたいものです。
そして、どーんと構えてゆっくりじっくり歩きたいモノです。
また思いつくままに書きます。
ブログ読んで頂いてとっても恐縮です。
Commented by enzian at 2005-06-09 20:45
イトーさんへ。

>「誤解を招くということは、
そういう魅力があることだ」みたいなことが書いてあってなるほどと思いました。

なるほどね。
無限の解釈を容れる余地のある書が名著と呼ばれますからね。
(あえて、それを“誤解”とは呼ばないのだ!)
だから、イトーさん、歩く名著、というか、畑耕す名著(^^)
そして、ぼくは立派な解釈者。
これでゆきましょう^^

>ワタシは一生詩人にはなれないかもしれません。

詩人って、誤解してもらったナンボじゃないんですか。
(ゴメンナサイ、詩を勉強してる方。)

イトーさん、対話というのは続けることができますので、
そのあいだに、少しずつズレを修正していけばいいのですよね。
最後まで楽観的なのだ。
Commented by enzian at 2005-06-09 22:51
harry_hkさん、まじ、熊野へ行きたいのです!(観光に(^^)
Commented by アラキ at 2005-10-10 16:07 x
こんにちは。 毎回飛びとびでブログに書き込みをしてしまい申し訳ありません。
今日(10月10日)の9時からフジテレビ系で「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」があることに今気が付きました。先生はご存知だったでしょうか?
この題を見て、先生のブログを思い出し、是非見てみようと思いました。
報告までに。。。
Commented by enzian at 2005-10-10 20:15
アラキさん

ありがとうです。ドラマがあることは気づいていました。
ぼくはちょっとドラマが苦手なので見ないでおきますが、ごらんください。
ドラマの出来がいいかどうかはわからないのですが‥‥
もしおもしろかったら、教えてくださいな。

このドラマをきっかけにして、
昔のNHKの番組を再放送してくれれば泣いて喜ぶのですが‥‥
Commented at 2005-10-11 18:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-10-11 18:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-11 21:32
鍵コメさま

知らせていただき、ありがとうです。
ぼくはドラマを見ていません。
ドラマを見る習慣がないからです(見たら、きっと大好きになるだろうなぁ)。

何十年も前のものがこうしてドラマになるわけですから、
すごいですね。

ドラマを見たわけではないのですが、
お書きになっていることを読む限り、
原作とは少し異なったテイストのものになっているようですね。
いえ、それは悪いことだと思っているわけでなく、
原作がテレビや映画用に脚本されれば、それは別のものになるわけですから、
一つの独立した作品として楽しめばよいのだと思います。
ドラマにはドラマのよさがある。

映画にもなっています。
いつも言うのですが、ぼくは、
あの宇野重吉の見事な朗読をまた聞きたいと思っているのです。

<< 柿ピーに人生の縮図を見る 怒髪天を突く >>