ほめるのは、むずかしい

しみじみ思います。
ほめるのはむずかしい。
叱るばかりではいけませんし、ほめるばかりでもいけない。
ほめるばかりだと、ほめられることだけを目的にしてしまって、
ほめられた者が自律的になれないとも言われます。

でも、ほめないわけにもいきません。
ほめることが大切なことはまちがいないのです。

見当違いのほめ方もいけません。
期待に応えようとして、かえってしんどい思いをさせてしまうからです。
できないことをほめられて、それに応えようと努力する‥‥悲劇です。

でも、見当違いのほめ方が、意外な才能を伸ばしたりすることもあります。
歴史上の偉人のなかにも、こういう人は多いのではないでしょうか。
「豚もおだてりゃ木に登る」ってやつでしょうか。
そこそこ無理をすれば花開く才能もあるからでしょう。

ほめることには、わずかなピント外れや “あそび” が許されるのでしょうか。
その「わずか」とはどのくらいの範囲なのでしょうか。
木に登った豚は幸せだったのでしょうか?
むずかしい。

by enzian | 2005-07-03 17:45 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(48)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/3053798
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2005-07-03 19:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-07-03 20:04
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-07-03 20:41
鍵コメ1さま。

こんばんわ。

意図的なほめる、は、ほんとうのことを言うとあまり好ましくないと思います。
ただ、教育現場では、これもひとつの技術として使うのです。
答えを知っている問いを問いかけるのと同じで、
ウソというより、ひとつの教育的な手段として認められるものだと思います。

でもでも、鍵さまの言うように、
「ほんとにリッパだ、えらいえらい、よしよし、
ういやつじゃ」と感じたときの感動の表現としてほめたいものです。
お仕着せ的、意図的なものを少しずつ減らしていって、
どんなことにも素直にほめることができたら‥‥それはステキなことですね!

そうできるためには、こちらにそれなりの器が必要だと思います。
そうできるよう、努力したいと思います。
Commented by enzian at 2005-07-03 20:45
鍵コメ2さま。

そうなんで~す。
好奇心メチャメチャ旺盛でした!
度が過ぎて、やんちゃで、関西風に言うとイチビリでした。

小学校の先生ってすごいと思います。
しっかり当たってますもの。
(見たままだったかな?)
鍵さまの所見、おもしろいですね。
たしかにわがまま‥‥^^

見ました?
もう少し遊び心を入れようと思ってまっす。
Commented by rarihoumajin at 2005-07-03 20:56
木に登った豚が幸せどうかは分からないけれど、登った瞬間には嬉しさを感じたのではないだろうか、と私は思います。

初めまして、こんばんは。

できないことを褒められるってことがよく分かりません、できたからこそ褒められるのではないのでしょうか?なんとなく疑問に思ったので聞いておきます。
Commented by enzian at 2005-07-03 21:16
rarihoumajinさん、はじめまして。

ただならぬ鋭さを感じさせるコメント、ありがとうございます。

>木に登った豚が幸せどうかは分からないけれど、登った瞬間には嬉しさを感じたのではないだろうか、と私は思います。

そうですね、ぼくもそうだろうと思います。
問題は、たぶん、その瞬間以降だと思います。

>できないことを褒められるってことがよく分かりません、できたからこそ褒められるのではないのでしょうか?

これも非常に鋭いつっこみですので、
浅薄な返しだけをしておきます。

たとえば、ぼくのブログを見た、ブログという手軽なものを知らない人が、
ぼくにこういうことを言う場合です。

「すごいですね、enzianさんって、
コンピューターのプログラマーみたいなんですね。」
Commented by harry_hk at 2005-07-03 21:44
ママ:後1ヶ月の辛抱だから、enzianがんばりなさい!!
   それに、最後の週はテスト期間だから、学生が
   戯れてくるのは、後3週間よ。
   でも、忘れた頃に、テストの文句をつけてくる学生には
   困ったものね。。。
   それに、謎の夏期講習会やフォーラムを盛大にやる私大にも
   手を焼くわね。
   またね、夏は先生は暇にしていると思っている学生が
   案外多いのにも手を焼くわ。
   でも、安心して。
   とんずらを決め込む先生も多いのよ(笑)
Commented by rarihoumajin at 2005-07-03 22:08
素早い返答ありがとうございます、その例え話はとてもうまいと思います、それと同時に羨ましいとも思いました。

お恥ずかしい話ですが、私もよく例え話を使うんですがほとんどの場合少しずれていると言われるのでうまい例えが出来る人は羨ましいです。

とりあえず一方的にリンクさせて頂きます。
Commented by enzian at 2005-07-03 22:43
rarihoumajinさん、こちらこそよろしゅうに、です^^
Commented by enzian at 2005-07-03 22:46
harry_hkさん。

enzian :  うん、ママ、あと3週間だね。ぼくがんばる!!
        
        でも、ママ。今年も、9月に卒論の中間発表があるんだよ。
        それでね、去年もおととしも、その前も、
        卒論の中間発表原稿が書けないって、
        8月は次から次へと学生がぼくんちに押しかけてきて、
        原稿書きはそこそこにして、酒盛りして大騒ぎしてたじゃない?
        
        みんな「夏休み、センセ、ひまでしょ?」なんてこと言うんだよ、プンプン。
        たぶん今年も同じことになるんじゃないかって、
        ぼく、ちょっと心配してるんだ。
 
        今年の夏こそはとんずらを決め込んで、
        音信不通にした方がやっぱりいいのかなぁ(^^)
Commented by 座敷童 at 2005-07-03 23:30 x
おはようございます。(飲み薬には気をつけよう)

偽ママ: ダメね、カレンダー通りに総てがうまくいくと思っているの?
    だいたい去年も一昨年も、その前もって、前例つくり過ぎちゃったの。
    だからみーんな、今年も来年も、これからもやってくるの、夏休みに。
    学生をかわいがってばかりいてはダメよ。
    ああ、私の頃なんて、
    ハンコが必要なときに指導教官が天竺までいってしまったことがあったわ。
    enzianもそれくらいの度量で、八重山に行ってしまったら?
    でも結局、「じゃあ合宿だ」とかいって付いてくるかも知れないけど。
Commented by anitya_ocean at 2005-07-03 23:48
そっか、立ち位置によって、発言が、深く、難しくなるんですね。
うーむ、先生は、『先生』だったよ・・(私って大バカ

個人的には、単純に、お、いいね、思えば、褒めるし、何じゃそりゃ、と、思ったら、叱ります。と、言うか、怒ります。これは、ウチの猫に応用してますので、アカンですな・・。いや、待て、人様にも、使ってる!!覆水、盆にかえりませんが、直感で、モノを言ってしまう性格なので、もう治りません・・。(周りも投げる持ち匙がゼロなことでしょう)変な言い方ですが、展開や、裏を感じながら発する言葉は、何となく、発する本人も、気持ちよくないと思うんですね。でも、教育現場の厳しさを私は見ていないので、これは、無責任な発言になるかもしれませんが・・でも、思ってしまいます。成る様にしか成りませんから、分析的思考と流動的思考の使い分けを、さりげなく提示するのも大切かもしれません。あ、ちょっと、論点、ズレました。すみません。

登れた豚ちゃんは、案外、へえ、と、思ったのではないかなあ、と。
で、そこから先は、豚ちゃんが、決めるといいなあ、と、私見です。
Commented at 2005-07-04 15:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 毒きのこ at 2005-07-04 17:42 x
ママ:学生さんに、好かれているうちが花よ。
    求められてるんでしょ?
   相手にされなくなったら、寂しいものよ。
   学生だって、お客様よ。
   その親御さんがあなたのお給料出してるんですもの。
   プライベートな時間に押し寄せてきても、接待と思えば気が楽じゃないかしら?
   ただね、飴と鞭は使い分けよ。
   なめられちゃダメよ。
   ママだって、 enzian が おいた をしたらお尻をぶつでしょ?
   でも、頭から湯気が立った時は 好物の酢の物を出すでしょ?

   
Commented by かっちん at 2005-07-04 18:51 x
こんにちは。
連日雨が降っておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

叱ることとほめること、どちらもたいせつですよね。
場面に応じて適切に使い分けることができれば、相手がしっかりと受け止めることができればどちらも人を成長させますよね。
ただ叱ったり褒めたりすることって、むずかしい…。
相手のことを考える人であればあるほど、むずかしいと思います。

最近ニュースになっている悪質リフォーム会社の手法は、その使い方を誤ったものですね。
Commented by cubit-papa at 2005-07-04 20:57
enzianさま
ほんとーに、心からほめることができたら、どんなにすばらしいかと
思います。子どもにしろ、学生にしろできないことばかりが、目につきますよね。そういうところを無視するわけにはいかないけど、その子が、進んでやることは、できるだけ表現して伝えるようにしています。年下には「ほめる」で年上は「おだてる」なんでしょうかね?
Commented by enzian at 2005-07-04 23:51
座敷童さんへ。

enzian : うんわかった偽ママ。
        天竺までは行かないけど、
        波照間島ぐらいにとんずらすることにするね。
        でも、波照間島に行っちゃったら、
        チョウチョさんたちと遊んでしまって、
        ぼく、9月になっても学校に帰って来ないかもしれないよ。
        まっ、いいっか!

        それと偽ママ、飲み薬には気をつけようね!
Commented by enzian at 2005-07-04 23:57
毒キノコさま。

enzian : ママ、甘いね。
        好かれてるんじゃなくって、利用されてるだけなんだよ。
        そんなことがわからないほど、ボク、子どもじゃないやい、プンプン。
        ママ、酢の物、出してよ! ^^
Commented by 毒きのこ at 2005-07-05 00:07 x
ママ:ごめん。ごめん・・・ママもちょっと甘かったかも。
   もう、子供じゃないのよね。
   enzianも、立派な大人になったのよね。【うる。うる。】
   ママはお仕事のことはやっぱりよくわからないわ~ (/--)/ オテアゲ
   ハイ、酢の物よ。食べちゃって、早く寝なさい。
   オヤスミ。
   
   
   
Commented by enzian at 2005-07-05 00:11
anitya_oceanさん。

>個人的には、単純に、お、いいね、思えば、褒めるし、何じゃそりゃ、と、思ったら、叱ります。と、言うか、怒ります。

ええ、それが普通だと思います。

>変な言い方ですが、展開や、裏を感じながら発する言葉は、何となく、発する本人も、気持ちよくないと思うんですね。

まったくおっしゃる通りです。
鍵コメ1さんにも指摘されたのですが、
意図的な言葉っていうのは、やっぱりない方がいいのだと思います。
なんの策略もなしに、「お、いいね」と思ったときにだけほめればいいのです。

すぐれた教師というのは、どんな子どもの所作であろうと、
心の底から「お、いいね」と思えるのかもしれません。
だから、なんの意図もない‥‥

なるべく、なるべく、意図的な言葉を少なくしたいと思っています。
修行の道は長いのです‥‥

>登れた豚ちゃんは、案外、へえ、と、思ったのではないかなあ、と。
で、そこから先は、豚ちゃんが、決めるといいなあ、と、私見です。

「そこから先は、豚ちゃんが、決めるといいなあ」と思えるかどうか、
ぼくはいま、ぎりぎりの境界線上、どうしょうか(^^)
Commented by enzian at 2005-07-05 00:15
かっちんさん、こんばんは。

連日雨で、じけじけですね。

>叱ることとほめること、どちらもたいせつですよね。
場面に応じて適切に使い分けることができれば、相手がしっかりと受け止めることができればどちらも人を成長させますよね。

そうなんです。時と場所。それが大切で、うまくやれば薬になりますが、
間違えると毒薬になります。

>ただ叱ったり褒めたりすることって、むずかしい…。
相手のことを考える人であればあるほど、むずかしいと思います。
最近ニュースになっている悪質リフォーム会社の手法は、その使い方を誤ったものですね。

そうですね。飴と鞭の使い分けをうまくやっているようですね。
教師には、ある意味、詐欺師のような技術が必要なのでしょうか?(^^)
Commented by enzian at 2005-07-05 00:19
cubit-papaさん。

>ほんとーに、心からほめることができたら、どんなにすばらしいかと
思います。

ほんと、すばらしいと思います。

>子どもにしろ、学生にしろできないことばかりが、目につきますよね。

そうなんです。
できないところばかり気づいてしまうのです。
それで厳しく叱ってしまう。
もっとよいところを見なければならないのに‥‥

>年下には「ほめる」で年上は「おだてる」なんでしょうかね?

あっ、それはどうなんでしょうか?
考えて使い分けたことがありませんでした、う~ん。
Commented by enzian at 2005-07-05 00:20
鍵コメさ3さま。

そちらでお返事します。
Commented by enzian at 2005-07-05 00:27
毒キノコさま。

酢の物食べて、寝マ~ス ^^v
Commented by 毒きのこ at 2005-07-05 18:44 x
( ・(OO)・ )ぶひ

>「豚もおだてりゃ木に登る」
  木に登った豚は幸せだったのでしょうか?

飼いならされてるor野生の豚など種類によっていろいろなんでしょうかね。おだてたその後がびみょ~に違ってきそうなかんじ。

①登った豚は”やらされてる”感覚で・・
 『あー、登ったけど。しんどい。何やってんだろう?早く降りたい・・』

②登らせた方の、自己満足だけ・・
 『うちの豚も、おだてりゃ登るんだ。あ~こりゃ、こりゃ!』

③半信半疑で登らせられたけど、当豚も悪い気はせず・・
 『また、”おだて”をおねだりしてもらっちゃおー』

④きっかけは、”おだて”だったけど嬉しくて、こんな自分もOKなんだと発見・・
 『明日は、自分一人で登ってみよう!』

  ”おだて役の人”が、豚くんの行く末を左右するのかな?!
Commented by enzian at 2005-07-05 20:55
毒きのこさま。

anitya_oceanさんへのレスでぼくがストップしてしまった点を、
さらに分析してくれたのですね。
◎あげます(^^)

なるほど、分析によると、登ったあとの豚がその後、
どういう風に自分の行く末を感じたり、決定したりするか、
はおだて役次第だというわけですね。

おだて役次第によって、
木登りが豚の才能になるかどうかも決定する‥‥
思わず唸りました。

やっぱりおだて役は責任重大ということで。
ハハッ、心してまいりまっす。
Commented by ハリー at 2005-07-05 21:55 x
色々なことを思ってしまう今回のお話でした。
自分は褒めることだけを考えてきたというか考えさせられて来たので、今、ちゃんと叱ることが出来ない自分に悔いてたりします。
というか、この年代の特徴みたいです。
斜めからしか物をみないという・・・。
色々なことを含めて、考えて見たいテーマでした。
Commented by enzian at 2005-07-05 21:57
ハリーさん。

もうぼくは叱ることに関しては諦めてしまった感があります。
情けないなぁと思うのですが、ちょっと挫け気味。
叱れるところまでに築かないといけない人間関係構築の時点で挫折。
いけませんねぇ。

叱るでも褒めるでもない、第三の選択肢ってないですかね‥‥
Commented by manchester at 2005-07-05 22:16 x
最近新しいことを始めたので、人からいろいろと教えて頂いています。その際に「そうそう、いいよ、できてるよ」って言われると(それがほめられているのかどうか、という問題はさておき・・・というか、私としては一応ほめられていると思っているのですが)、不安になるのです。いろいろ指摘することを放棄されている、指摘されても無駄だと思われているような気がするのです。伸びしろがない、というか。

cubit-papaさんの『年下には「ほめる」で年上は「おだてる」』という言葉には考えさせられました。実のところ、私はほめられているのではなく、おだてられているような気がして不安なのです。本心でほめているのではなく、ヨイショされているのではないか、と。「ほめる」と「おだてる」の違いって、そういうことだと私は考えていました。
Commented at 2005-07-05 22:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-07-05 23:13
manchesterさん。

それはすなおにほめられてるんだから、心配する必要はないと思う。
「あたしってできてるみたい」と思っておけばいいのです。
自分より詳しい人が「できてる」って言ってるんだから。

「ほめる」と「おだてる」には、
そういうニュアンスの違いがある場合もあるようですね。

>私はほめられているのではなく、
おだてられているような気がして不安なのです。

新しいことを始める場合には不安がつきものなのです。
そういう不安があるのをわかっていて、
あえて新しいことをはじめた自分を、ほめてあげてください。
Commented by enzian at 2005-07-05 23:17
鍵コメ4さま。

そういう後ろめたさも、
受け入れないといけないのでしょうね。
Commented by cozysc at 2005-07-05 23:51
教える立場、しつける立場、指導する立場……
共通するのは、得てして自分が上に立っていると言うこと。

その中で、怒る、叱るは、気をつけなければいけませんね。
指導する立場であれば、きつく言うこともあるでしょうし。

ちょうど良い温度のお風呂って難しいですよね。
熱すぎず、冷たすぎず。でも、それだと、ぬるま湯で長い時間つかることができるけれど、刺激がなくて物足りなくなる。

冷たすぎて入れない温度、熱すぎて入れない温度。叱ること、ほめることも同じようなことなのかもしれませんね。
Commented by anitya_ocean at 2005-07-06 13:01
ハリーさんへの、レスの、

>叱るでも褒めるでもない、第三の選択肢ってないですかね‥‥

という、箇所で、読んで、あ、と、思い出し、何の番組だったかは忘れ、それは、ある職人さんのドキュメンタリーで、立派に成長した御弟子さんが、師匠から、フトしたことで、もらった言葉を、回想するシーンみたいなのがありまして、その言葉が、

「お前は、叱れば、いじけるし、誉めれば、つけあがる。だから、感動させるということを、考えさせられた」

ってのが、あったんです。
成る程、と、何故か、感動しました、素直に。

これは、師匠が、自分の職人としての本気な姿を、もう、意図的とかをヌキにして、只、淡々と、しかし、ひたすらに、彼等に見せることで、自ずの意欲に気付いていってくれることに、願いというか、賭をしたのかな、と。師匠も、弟子によって、触発されてるし。鏡みたいだな、人間関係って、と、思いました。

Commented by anitya_ocean at 2005-07-06 13:02
その姿にうたれる、と、いうことは、師匠自身も、初心忘れるべからず、なモードに、常になっていたんだろうな、と。

説得力って、人様々ですが、指導者が、その道へ入ろうとした動機の原点を、しっかり胸にとどめ、多くを語ることもなく、ひたすら無我を放ち、何故か自然と連鎖反応がおきてしまう、ということに、しみじみした記憶があります。うまく説明出来ない、しいて言えば、説明のあまり要らない、人徳をもった、師匠でした。でも、それでも、離れていく人もいるだろうし、残る人は残る。うーむ、縁だな、と、思いました。
何の、番組だったっけなあ、しかし。
Commented at 2005-07-06 23:04
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-07-06 23:12
cozyscさん。

>教える立場、しつける立場、指導する立場……
共通するのは、得てして自分が上に立っていると言うこと。

それが一番問題になりますね。
どうしても、自分が上の立場で、下を見下ろすという気持ちがついてまわります。
ある意味、仕方がないということはあるのですが、
だからこそ気をつけねばならないですね。

>その中で、怒る、叱るは、気をつけなければいけませんね。
指導する立場であれば、きつく言うこともあるでしょうし。

その通りだと思います。
加減がむずかしいです。
Commented by enzian at 2005-07-06 23:31
anitya_oceanさんへ。

>「お前は、叱れば、いじけるし、誉めれば、つけあがる。だから、感動させるということを、考えさせられた」

その話、よ~く知ってますよ。
なにを隠そう、その話を聞いて、ジーンとして、
その師匠の関係の本を買いまくりましたもの。

その師匠は、西岡常一という宮大工で、
法隆寺やら薬師寺の再建に尽力した人です。
番組はプロジェクトXでした。

ぼくは一つの道を究めようとする職人というのが、やたらめったら大好きなのですが、
この西岡さんが、これぞ職人って感じの人でした。

西岡さんの話をはじめたら、とまらないのですが、

>これは、師匠が、自分の職人としての本気な姿を、もう、意図的とかをヌキにして、只、淡々と、しかし、ひたすらに、彼等に見せることで、自ずの意欲に気付いていってくれることに、願いというか、賭をしたのかな、と。

西岡さんは、まさにそういう感じでしたね。
Commented by enzian at 2005-07-06 23:32
(続き)

>説得力って、人様々ですが、指導者が、その道へ入ろうとした動機の原点を、しっかり胸にとどめ、多くを語ることもなく、ひたすら無我を放ち、何故か自然と連鎖反応がおきてしまう、ということに、しみじみした記憶があります。うまく説明出来ない、しいて言えば、説明のあまり要らない、人徳をもった、師匠でした。

仕事をしている背中で語るんでしょうね。しびれます。
じょうだんを抜きにして、自分の生き方のようなものに共感するような学生はいます。
そういう人は、なにも言わなくても大丈夫ですね。

>でも、それでも、離れていく人もいるだろうし、

そうなんです、それでも離れてゆく人が後を立たなくて‥‥
どないしましょ(やっぱり、背中、きたえます(^^)
Commented by enzian at 2005-07-06 23:35
鍵コメさま。

あいあい。
Commented by harry_hk at 2005-07-06 23:46
ハリーです。
なんだか、色々考えて、リンクなしで送ってしまいました。
こんなに展開するとは思っていなくて。
自分は以前、鳶とかしていたので、自分にもそういう親方がいました。
でも、すごく怒られたり、色々されましたが、なんにもそれに文句はなかったですね。憧れてましたし、親方を抜きたいって思っていたりもしましたし。
やっぱり、そういう職業ってそういうのあると思います。
でも、enzianさんの言うとおり、なかなか・・・なんだと思います。
自分が褒めることに特化したことを教えられたのは、それぐらい、色々な社会からしわ寄せを受けた人と接することを仕事にしたからです。
Commented by harry_hk at 2005-07-06 23:55
でも、褒めるという言葉は使わずに「気づき」と言う言葉をつかうのですが、どうして、そこまで気付かせる必要があるのか分からないんですよね。
なんだか、オモチャ箱をただひっくり返しているだけのような気がして・・・。
それに、サービスで笑顔って作れてしまうんですよね。
本当に怖いことですが。
心から、笑顔である必要も分からなくなってしまいます。
訓練すればするほど・・・。

考えたかったのは、自分にそれだけの自信があるのかという不安ですね。
ないなら、やめちまえと言われるのかもしれないですけれど・・・。
ちゃんと、上から物を見たいですし、言える人物になりたいです。
立場も違うのに、同じ目線からものを見ようとする暴力をする人が自分の回りに多いのです。
それは、まったのくの責任放棄でした。
自分の今いるところは、褒めることや認めるに特化しすぎて、本来の意味とはなれてしまった所にいるみたいです。
だから、色々と考えてしまうということでした。

ちなみに、鳶や大工や宮大工の友達は色々苦労も悩みもありますが、みんな目は輝いてました。
Commented by enzian at 2005-07-08 08:25
ハリーさん。

返事が遅くなりました。

以前、鳶とかをしておられたというのは、初耳。
ぜんぜん知りませんでした。
そうだったんですか。
またそういうときの話を聞かせてください。

>褒めるという言葉は使わずに「気づき」と言う言葉をつかうのですが、どうして、そこまで気付かせる必要があるのか分からないんですよね。
なんだか、オモチャ箱をただひっくり返しているだけのような気がして・・・。

教育にたいするメタレベルの問いですね。
教育哲学的な問いですね。
オモチャ箱をただひっくり返しているだけのような気がするというのは、
すぐれた比喩だと思いました。

>それに、サービスで笑顔って作れてしまうんですよね。
本当に怖いことですが。
心から、笑顔である必要も分からなくなってしまいます。
訓練すればするほど・・・。

あるある。
スマイル0円って、看板ぶらさげているような気がするときがある。
Commented by enzian at 2005-07-08 08:26
(続き!)

>ちゃんと、上から物を見たいですし、言える人物になりたいです。立場も違うのに、同じ目線からものを見ようとする暴力をする人が自分の回りに多いのです。

まったく同意します。
これに関して言いたいことは山ほどあるのですが、
毒吐きそうなので、割愛します(T_T)

ただ、教える者と教えられる者が同じ視線上に立てるわけはないのですが、
(もちろん、この関係はときに逆転することがあるとしても)
上から物を見ることをあまりに強く意識しすぎると、
過度の責任意識で、自分自身がしんどくなることもあるのかもしません。
Commented at 2005-07-08 16:55
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-07-08 17:38
鍵コメさま。
衝撃の読物ですが、事実ですね。
いや、一部の文系の事実はもっとひどい。
ポストはないし、民間企業のつぶしもないし‥‥

結末は衝撃ですが、「そんなもんかもしれん」とうなずきました。

そして、もう一つ、ここに書かれていない事実に思いをいたしました。
博士課程を出て、ドクターをとれなかった者は数にも入っていない、ということです。
「博士課程を出て、ドクターを取れなかったひと100人の物語」はもっと衝撃でしょう。
この100人が、発○して、○人となる、
あるいは、○○する確率、宇宙一でしょう‥‥

地獄で息絶えようとした瞬間、ぼくの前には観音菩薩が現れましたが、
ぼくの周りでは、たくさんの先輩や後輩たちが力尽きてゆきました。
というか、ぼくの周りではぼくしか助からなかった‥‥
累々たる屍を乗り越えてきたようなもんです。
切なくて、何も言えなくなります。
Commented at 2005-07-08 18:03
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-07-08 18:30
鍵コメさま。

>みんなが思っている弱者の定義なんて、見た目の問題でしかないのかなって思ったりします。

そうですね。強者もまたそうでしょう。
それは痛いほど感じます。
どんな場面でもね。

先日、大学のときの同級生に会いました。
自分の立場を言ったら、「また堅い道を選んで‥‥」と言われました。
グーの音も出ずに、笑ってしまいましたね。

ぼくの周りにもいますよ。
完全に落伍者扱いですよね。
競争相手がいなくなったと、内心、ほくそえんでいる。

この話をするには、夜を徹する必要があるでしょうね。
(笑うに笑えない)

<< すっぴんは恥ずかしい? バトンリレー嫌い >>