“小さな孤独” のススメ

ひとりでいることにもそれなりの意味があると思っています。
引きこもりやニートが社会問題になっていることは痛いほど知っていますが、
だからといって、ひとりになってはいけない、ということにはなりません。

生涯を通じてひとりというのはさすがに極端かと思いますが、ときにひとりになること、
“小さな孤独(プチ孤独?)” は必要だと思っているのです。

どんどん複雑になる社会で生きてゆくのはくたびれる作業です。
さまざまな情報を受け取り、それを処理しながら取捨選択を行ってゆかねばなりません。

情報を受け取るアンテナには、個人差があります。
テレビやラジオのアンテナはたくさんの情報を受信できるものがよいに決まっています。
でも人間のアンテナの場合、あまり性能がよすぎるのも考えものです。
情報が多すぎると、処理できずにCPUがパンクしてしまうからです。
そういう意味では、ちょっと鈍なアンテナをもっている方が生きるには楽なのでしょう。

運悪く(?)性能のよいアンテナをもってしまった人はどうしたらいいのでしょうか?
処理能力を高めようとするのもひとつの手ですが、容易なことではありません。
手っ取り早い方法は、新しい情報を受け取ることをときにしばらく休んで、
処理作業に没頭できるひとりの時間を作ることでしょう。

ひとりでいることを蛇蝎(だかつ)のように嫌う人がいます。
グループ活動や団体行動が人間への至上命令であるかのように迫ってくる人がいます。
いつも誰かといることを強迫観念のように感じている人さえいます。
寂しさを恐れているからでしょうか?
それとも、非生産的であることを恐れているからでしょうか?

もしそうだとしたら、そういう恐れは、“小さな孤独” には必ずしもあてはまらないでしょう。
自分自身との対話にこのうえない豊かさを感じる人がいて、
新しい情報をいったん遮断することが、
社会で生活してゆくためにどうしても必要であると感じている人がいるからです。

「ときどき、人間が誰もいないような場所に行きたいという衝動に駆られる」
「誰も自分を知らない土地に行きたくなる」と言う人は、ひとりやふたりではありません。
いずれも、すぐれたアンテナをもった人たちです。
小さな孤独を利用してうまく乗り切ってくれれば、といつも思います。

by enzian | 2005-10-07 21:02 | ※キャンパスで | Trackback(2) | Comments(37)

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Commented by かっちん at 2005-10-07 22:12 x
>ひとりでいることを蛇蝎のように嫌う人がいます。
グループ活動が団体行動が人間の至上命題であるかのように迫ってくる人がいます。
いつも誰かといることを強迫観念のように感じている人さえいます。

こういう人、いますね。
いてもいいと思います。
でも、はっきり言ってじぶんには関わってきてほしくないです。
どうぞ同じ考えを持つ人と群れてくださいとお願いします。

ひとりの時間を豊かに過ごすことのできない人は、
少しいやだいぶ人生をソンすると思います。
Commented by かっちん at 2005-10-07 22:25 x
たびたびすみません。
たびたびで思い出したのですが、わたしがときどきイジョーニ東北方面にふらっと一人旅に出たくなるのもセンチメンタルジャーニーの時を過ごし、変わり映えのない日々の生活をリセットしたいという心の乾きの現われなのでしょうか?(笑)
酔っ払いの独り言です。。。
失礼しましたm(__)m
Commented at 2005-10-07 22:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 座敷童 at 2005-10-07 23:10 x
何か、勧められた感があります⋯。
私の場合ものすごい勢いで集めた情報をリセットするとき
外に出るのではなく、ヒキコモーリになって作業し始めたりしますが。
先日忍者の里に行ってケムマキのような気分を味わってきましたが、
これはプチ孤独とは違いますね。
やっぱ内側に向かって情報を断つことが私流のようですね。
Commented by 006 at 2005-10-07 23:35 x
おぉ、僕のコメントに影響されて書いたかのような記事ではないですか!うれしいなぁ~(←大きな勘違いT_T)
孤独と哲学とは、相関関係にあると言えそうです。
自分の求めるもの。誰かといることで見つかるのはそのヒントまで。
詰めは自分でしかできない。という感じでしょか。
Commented by 毒きのこ at 2005-10-07 23:56 x
 自分ちゃんを心地よくさせてあげる、空間・距離感って大切だよね。それを、自ら選択して適切な時に適量用意してあげられたら安心だし、イイ感じかも。孤独を強いられているってな環境の人にはそういうことは、あんまり当てはまらないかもしれないけどね。

>小さな孤独(プチ孤独?)

あ、そうそう。考える少年enzianくんには、とっておきの真っ暗で狭くて怖~い、押入れ1つ用意しておいたから!!どうぞお楽になさってね!!!
Commented by enzian at 2005-10-08 08:51
かっちんさん

>こういう人、いますね。
いてもいいと思います。
でも、はっきり言ってじぶんには関わってきてほしくないです。
どうぞ同じ考えを持つ人と群れてくださいとお願いします。

同感です。

>ひとりの時間を豊かに過ごすことのできない人は、
少しいやだいぶ人生をソンすると思います。

そうですね。
前に書いておられた永瀬清子さんの詩もこういうことを書いていましたね。
詩集を買って、いま、読んでます。

>たびたびすみません。
たびたびで思い出したのですが、わたしがときどきイジョーニ東北方面にふらっと一人旅に出たくなるのもセンチメンタルジャーニーの時を過ごし、変わり映えのない日々の生活をリセットしたいという心の乾きの現われなのでしょうか?(笑)

そうなんでしょうね。
(ちょっとオヤジ入ってますよヽ(;´Д`)ノ 
Commented by enzian at 2005-10-08 08:56
鍵コメさま

>一行目

孤独であることこそが生産的であるような種類のこと、
とても多いかもしれませんね。
学問(少なくとも文系)はほぼこれだと思います。

ちゃぶ台をひっくり返したりするのでしょうか!?
暴れているところを柱の影から見たいです。

>非常に孤独‥‥快感

快感以外のナニモノでもない?ホントかな?
額面通りに受け取っていいのかな‥‥
じゃ、焼酎やめましょうね(^^)
Commented by enzian at 2005-10-08 09:00
座敷童さま

>何か、勧められた感があります⋯。

すすめてませんよ。
すすめたら、無理やりやめてしまうでしょ?

>私の場合ものすごい勢いで集めた情報をリセットするとき
外に出るのではなく、ヒキコモーリになって作業し始めたりしますが。

それでよいのだと思いまする。

>先日忍者の里に行ってケムマキのような気分を味わってきましたが、
これはプチ孤独とは違いますね。
やっぱ内側に向かって情報を断つことが私流のようですね。

いえ、それはリッパなプチ孤独の一種だと思いますよ。
シュシュ(手裏剣投げた)。
Commented by enzian at 2005-10-08 09:05
006さん

>おぉ、僕のコメントに影響されて書いたかのような記事ではないですか!うれしいなぁ~(←大きな勘違いT_T)

影響されてるかもしんない^^

>孤独と哲学とは、相関関係にあると言えそうです。
自分の求めるもの。誰かといることで見つかるのはそのヒントまで。
詰めは自分でしかできない。という感じでしょか。

そうですね。
情報を得るのは社会生活のなかでですが、
最終的な詰めは自分でしかできないと思います。
哲学する人は、その詰めの部分の孤独を愛する必要があると思います。
Commented at 2005-10-08 09:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-08 09:08
毒きのこさん

>自分ちゃんを心地よくさせてあげる、空間・距離感って大切だよね。

それはいい表現だね。

>それを、自ら選択して適切な時に適量用意してあげられたら安心だし、イイ感じかも。

そう。
でも、働き出すとそれがむずかしいこともあるよね。

>孤独を強いられているってな環境の人にはそういうことは、あんまり当てはまらないかもしれないけどね。

まったくあてはまらない。

>あ、そうそう。考える少年enzianくんには、とっておきの真っ暗で狭くて怖~い、押入れ1つ用意しておいたから!!どうぞお楽になさってね!!!

押入れ、入りまふ、入りまふ!(変態か、ぼくは!?)
Commented by enzian at 2005-10-08 09:14
鍵コメ2さま

おはよ~
冗談ですってば。
鍵コメさんが、
純粋な“うわばみ”だってことは知ってますって(やべっ、逃げろ!)

ぼくんとこも、ほどんどの祭日、授業あるよ。
授業時間の確保がむずかしいからなんどすどす。
(ToT)/~~~
Commented by kozou_17 at 2005-10-08 11:54
優れたアンテナかどうか解りませんが、ボクが24の時に仙台に来たのは、自分のことを誰も知らない土地に移り住んでみたい、というのがいくつかある理由のひとつでした。渓流釣りに行くのも、独りになって、人間が一番弱くなる場所にいくためというのがあります。
現代社会に生きていると、自分で取り捨てしないといけない情報が多いですよね。メディアのある一点からだけの情報を鵜呑みにすると危険ですしね。
Commented by かっちん at 2005-10-08 15:36 x
kozou_17さんへ。

はじめまして。
>ボクが24の時に仙台に来たのは、自分のことを誰も知らない土地に移り住んでみたい、というのがいくつかある理由のひとつでした。

なんかすごく気持ちわかりますよ。わたしは知らない土地に移り住んだことはないけど、ひとり知らない街をぶらつくのが好きで、それは自分のことを誰も知らない街で生活する擬似体験をしているのだと思う。。。
Commented by kozou_17 at 2005-10-08 17:39
>かっちんさん
ハジメマシテ。ボクも知らない街をぶらつくのが好きです。ナルホド、疑似体験なんですね。そういう孤独を求めるということは、普段の生活で、人の間で気を遣っているってことなのかもしれませんね。もちろん悪いことではなく。
あれから11年経って、やっぱり仙台でも友達や知り合いが出来、やっぱり人は人の中で生きるもんなんだなと実感してます。
Commented by enzian at 2005-10-08 18:19
kozou_17さん

>優れたアンテナかどうか解りませんが、ボクが24の時に仙台に来たのは、自分のことを誰も知らない土地に移り住んでみたい、というのがいくつかある理由のひとつでした。

そうなんですか。

>渓流釣りに行くのも、独りになって、人間が一番弱くなる場所にいくためというのがあります。

釣りをする人のなかにはひとりの時間をとりたくてする人もいるでしょうが、
渓流釣りは特にその要素が強いかもしれませんね。
ぼくは、「渓流釣り」と聞いただけで、ゾクゾクするタイプです。

>現代社会に生きていると、自分で取り捨てしないといけない情報が多いですよね。メディアのある一点からだけの情報を鵜呑みにすると危険ですしね。

そうですね。
Commented by toko_chai88 at 2005-10-08 19:08
はじめまして。以前から時折のぞかせて頂いとりました。
先日の「共感覚」を拝見した時にはそのまま勢いで記事を書いてしまいました。
そしてトラックバックしたい!と。

でも、先生は「にっこり笑って、すっぱり切る冷血人間」とな?
学生時代の指導教官にそっくりなお方らしい・・・。
それで小心者のワタクシはひっこんでしまいました。
でも往生際が悪いので、遅ればせながらノコノコ出てきてしまいます。

>人間のアンテナの場合、あまり性能がよすぎるのも考えものです。

なんだか心が痛くなりました。ただ、自分のアンテナはかなり偏っていて
鈍すぎるくらい鈍くて困ることも多いです。でも、「純」ではありません。

>「誰も自分を知らないような土地に行きたくなる」

自分にとって、それはブログの世界なのかも知れないと思いました。
それでも誰かに知られてしまうことを恐れて思いっきり書けない自分がいます。
いや、これ以上暴れても・・・なんて気がしないでもないですが。

またお邪魔します。
それからトラックバックもさせていただいちゃいます。
Commented at 2005-10-08 19:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-08 21:08
toko_chai88さま

はじめまして、コメントとTBありがとうございます。

>でも、先生は「にっこり笑って、すっぱり切る冷血人間」とな?
学生時代の指導教官にそっくりなお方らしい・・・。
それで小心者のワタクシはひっこんでしまいました。
でも往生際が悪いので、遅ればせながらノコノコ出てきてしまいます。

ほんとのほんとはとてもヤサシイ人なのです(ウソクサ!)
記事といい、なんともコメントの書きにくいブログだと思うのですが、
よく書いてくださいましたね。

>なんだか心が痛くなりました。ただ、自分のアンテナはかなり偏っていて
鈍すぎるくらい鈍くて困ることも多いです。でも、「純」ではありません。

そういうことを言う方は、鈍ではないのだと思いますよ。
そんなことさえ気づかない人が鈍なのです、たぶん。

>自分にとって、それはブログの世界なのかも知れないと思いました。
それでも誰かに知られてしまうことを恐れて思いっきり書けない自分がいます。

ブログというのは、そういう意味で役立つものなのだと思います。
そして、ジレンマを呼ぶものでもある‥‥
今後とも、よろしゅうにです。
Commented by enzian at 2005-10-08 21:14
鍵コメ3さま

そうですね。そういうかたちで人といる時間と孤独の時間とのバランスをとっている方は多いのではないでしょうか?

>知らない人ばかりの人混みが好きだったり、都市でしか暮せない感じもあります

「四条河原町(京都一の繁華街です)に雑踏のなかにいるとき、ホッとする」
と言った人がいます。
知らない人ばかりだというのがいいのでしょうね。

上では極端だと言ったのですが、
そうでしかいられない人もいることは知っています。
それも生き方のひとつだと思っています。
Commented by gauche3 at 2005-10-08 22:38
「小さな孤独」かぁ・・・いいですねぇ。
人と一緒に居るのはもちろん楽しいけれど、僕も昔から「小さな孤独」を楽しみながら生きてきた一人です。
以前知人が、独りで小屋のような建物に入って会社の問題点を100個書き出す、という管理職研修を受けたそうです。
携帯電話なども全部没収されて、確か3日間くらい独りでいるとか・・そんな感じでした。
研修が終わっても「ずっとここにいたいなぁ」なんて言う人も居たそうです。「小さな孤独」の楽しみを知ってしまったのかも・・あっ!女房の顔を思い出したのかも(笑)
Commented at 2005-10-08 23:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-08 23:24
猿夫さん

>人と一緒に居るのはもちろん楽しいけれど、僕も昔から「小さな孤独」を楽しみながら生きてきた一人です。

いいですよね。
どちらも大切、そういうスタンスに共感します。

>以前知人が、独りで小屋のような建物に入って会社の問題点を100個書き出す、という管理職研修を受けたそうです。

そういうの、聞いたことがありますが、
びっくりの研修ですね。

>携帯電話なども全部没収されて、確か3日間くらい独りでいるとか・・そんな感じでした。研修が終わっても「ずっとここにいたいなぁ」なんて言う人も居たそうです。「小さな孤独」の楽しみを知ってしまったのかも・・あっ!女房の顔を思い出したのかも(笑)

見事なオチで‥‥(^^)
Commented by enzian at 2005-10-09 00:45
鍵コメ4さま

誤解なのですが‥‥どうしましょ。
あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

これは意識して書いたものではありません。
それとはまったく関係のないものです。

ぼくのなかでは記事の順番があって、
それについては明日書こうと思っていたのですが‥‥
もっと早急に書くべきであったのやもしれません。

そういうものについての考えは過去の記事に書いていますので、
よろしければごらんください。
そういう含みもあって、今回はそういうものとしてはお受けせず、
それに類する記事を書くというかたちでお受けしたのです。
(わかりにくい表現ですいません(^^;
Commented at 2005-10-09 11:28 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-09 21:03
鍵コメ5さま

いえいえ、なにも心配なさることはありません。
鍵コメさまにはなんの非もありません。
鍵コメさんのお考えはよくわかりましたよ。
Commented by ka-3 at 2005-10-10 08:14 x
はじめてお邪魔します。孤独と群れを愛するka-3です。

孤独の大切さは、大人だけではない、子どもにこそ、とても大切だと思っています。
ひとりで遊んでる我が子を見て、友達の輪に入って行けないと悩んだり、
その子を無理やり仲間の中に入れようとする先生がいたり・・・。
子どもだってひとりになりたいことだってあるし、
ひとりの時間にこそ、豊かな心が育っているように思います。
それなのに、大人たちはそういう時間を与えてくれない・・・。
そっと見守って上げることも大切なのに・・・。

子どもは群れて育つことももちろん大切ですが、
子どもの頃、ひとりの時間をいかに豊かに過ごすかは、
その後の生き方を決定するとても貴重な時間であるように思います。

そんな記事を書いております。初対面で厚かましいですが、TBさせていただきます。
哲学の時間・・・大切だと思います。またお邪魔させていただきます。



Commented by enzian at 2005-10-10 23:47
ka-3さん、はじめまして、enzianです(訂正しました、スイマセン)。

同感です。
ぼくがこの記事を書いたのには、この記事を子どものみならず、学校関係者に見せたいという狙いもありました。今、学校教育では、大学教育においてさえ、グループ活動を異様なほど授業に取り入れようとする方向性があるのです。また、新入生のオリエンテーションなどにも一拍研修会であるとか団体でなにごとかをする行事を取り入れるという方向性があるのです。どの大学も、新入生にこうした研修会を行う、ということを手厚い授業であるとして誇っています。

こうした方向性にピッタリ合う人ももちろんいますが、まったく合わず、それっきり大学を辞めてしまう学生もいるのです。一つの部屋にグループで閉じ込めればなんとかなる、みたいな体育会出身の教職員の思考回路を学生にも当てはめて、そこからはみ出た、あるいはそこに入れないような学生を切り捨ててゆく‥‥そんなものは教育でもなんでもない、ぼくのなかにはそのような思いがありました。

孤独の豊かを知っている子どもは被害者です。教育者を含めた大人が、偏狭な考え方を改めるべきであると考えています。

Commented by manchester at 2005-10-12 14:16 x
自分と他人との距離の取り方が、どうも周りとは違うような気がする人間の一人です。でも、幸か不幸かその性質(特定の人間や集団内の小さなグループと緊密には結び付かない)が集団全体の調整をする上で役に立っているようなのです。裏を返せば、誰とでもほぼ同じ距離を取ることになるからなのでしょうか。
現在、大学でも(特に部活に入ったりなどすると)いろいろな行事があり、その度ごとに集団行動が求められます。が、幼い頃から周りの人間のように友達の輪を形成することができず、どこかはみ出してしまっていた私は、はみ出したなりに何とか集団行動をこなしていく力を身につけたように思います。世慣れてきた、のかもしれません。
話は変わるのですが、友達と話した後、その整理をひとり頭の中でしている時にいいことを思いついたりします。話の「詰め」をひとりでやっているのでしょうか。
Commented by enzian at 2005-10-14 08:05
manchesterさん

>自分と他人との距離の取り方が、どうも周りとは違うような気がする人間の一人です。でも、幸か不幸かその性質(特定の人間や集団内の小さなグループと緊密には結び付かない)が集団全体の調整をする上で役に立っているようなのです。裏を返せば、誰とでもほぼ同じ距離を取ることになるからなのでしょうか。

距離のとりかたは人によって違うと思うし、
その距離感の違いによってそれぞれの人の役割も違うことになると思う。
だから、自分の距離感のその分析はとてもいいと思う。

>幼い頃から周りの人間のように友達の輪を形成することができず、どこかはみ出してしまっていた私は、はみ出したなりに何とか集団行動をこなしていく力を身につけたように思います。

それでいい。
それが“生きる力を培う”ということなのだと思う。

>友達と話した後、その整理をひとり頭の中でしている時にいいことを思いついたりします。話の「詰め」をひとりでやっているのでしょうか。

「いいこと」の意味にもよるんだけど‥‥・^^
Commented by watasi05 at 2005-10-14 20:18
ひとは いのちは 孤独なものだと思います。 それは人間だけに限らず。

それは別として オシャベリ好きな熟年女子が声高に話している場に居合わせることがありましたが その時 両者が別々の話題を対面で 笑顔で興奮して喋りあっているのに気づいた時 鳥肌がたちました。 究極の一人芝居×2 でした。 会話ではありませんでした。

耳より口が 大事   なのでしょうか?   発信するだけが 大事なのでしょうか?


ほんの時折 お暇をいただいてひとり旅を体験しました。 そのサミシサたるや皮膚感が変わるほどでした。 24時間が42時間くらいに感じますし 夜が心底 孤独の王 だと憎みたくなりました。

でも。    文句を  言わなくなりました。     収穫でした。

孤独感は 大事 です。


Commented by enzian at 2005-10-15 09:32
watasi05さん

>究極の一人芝居×2 でした。 会話ではありませんでした。

なるほど、それは会話ではなくて、ひとり芝居ですね。
発信することも大切なのでしょうが、それだけではね。
その高校生たちに、聞くという場面もあればいいのですけど‥‥

>ほんの時折 お暇をいただいてひとり旅を体験しました。 そのサミシサたるや皮膚感が変わるほどでした。

寂しさというのは全身で感じる気がしますね。
全身の皮膚に沁みこんで来るような気がします。
夜の静寂はまさに。
光も音もない田舎の夜は強力です。
でも、その感覚好きですね。

>ひとは いのちは 孤独なものだと思います。 それは人間だけに限らず。

そうですね。
誰も自分に代わって生まれてくれることはできません。
誰も自分に代わって死んでくれることはできません。
誰も代わることができない――それが自分の生であり、自分なのでしょう。
ただし、同じ孤独な生を、肩を並べながら生きてゆくことはできるでしょう。
Commented by m_i_a at 2005-12-01 02:17
初めまして。レンガの小径さんから寄せていただきました。

私も、いま、そうなのです
すぐれたアンテナ、をもっていると、
自信を持っていいのかな、、なんていいように解釈してしまいましたが

しかし、なんて居心地のいい空間だろうか。。。と
本当に、トトロの森に迷い込んでしまったような、
ちょっと不思議な感覚を感じています。

また、伺ってもいいでしょうか・・・
Commented by enzian at 2005-12-02 16:34
m_i_aさん

はじめまして、enziandです。
レスが遅くなってすいません。

>すぐれたアンテナ、をもっていると、
自信を持っていいのかな、、なんていいように解釈してしまいましたが

ときにはいいのだと思います。

>しかし、なんて居心地のいい空間だろうか。。。と
本当に、トトロの森に迷い込んでしまったような、
ちょっと不思議な感覚を感じています。

また、伺ってもいいでしょうか・・・


ありがとうございます。
また、来てください。
Commented by coeurdefleur at 2008-10-15 22:43
独りになるって、自分と一緒にいるということですよね。
Commented by enzian at 2008-10-18 16:19
柊さん

そうですね。
そういう言い方はできるかもしれません。

いつも一緒にいるのだけど、ふだんは忘れていて、
なにかのきっかけがあってあらためてそのことに気づくとき
独りだと思うのかもしれません。

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