「美しい」とはどういうことか?

「美しい」というのはどんな気持ちなのでしょうか?例えば、秋の紅葉を美しいと感じる場合、その “美しいという感じ” とはどのような感じなのでしょうか?それは焼き芋やおでんが “美味しい” とか、好みの彼氏や彼女を “いっただきま~すの感じ” とはどう違うのでしょうか?

紅葉だけが美しいわけではありません。小さな野の花も、バラも、青空も、山並みも、夕焼けも、人の容貌も美しい。人の体のラインを美しいと言う人もいるし、文章や音色を美しいと言う人もいる。これらの “美しいという感じ” はみな同じなのでしょうか。

この “美しいという感じ” がどのような心の状態なのか、逆に言えば、どのような心の感じのとき人は “美しい” と表現するのか、説明できる方がおられたら、教えてくらはい。これを “ずっぎゃーん” という効果音で表現した人もいますが‥‥。美(とか愛)については極力、敬して遠ざけることを心がけてきたのですが、もうすぐ高校生に説明しなけりゃならない、アワワ。

by enzian | 2005-10-21 23:11 | ※その他 | Trackback(2) | Comments(91)

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Tracked from とこちゃいの空 at 2005-10-22 20:38
タイトル : 地球は美しく醜い、されど宇宙は美しい。なぜなのか?
エンツィアンさんがおもろい企画してはるのでTB。「美しい」とはどういうことか エンツィアン:「美しい」というのはどんな気持ちなのでしょうか? とこちゃい:「美しい」は「きれい」とはどうちがうのでしょうか? 「美しい」と「うつくしい」と「ウツクシイ」 「綺麗」と「きれい」と「キレイ」 文字表記によって生じる感覚が異なるということは、 私は文字の世界に生きているということでしょうか? そして、その違いを言葉で説明できそうもないのは 言葉をちゃんと使いこなせていないか...... more
Tracked from 枕中洞 at 2005-10-23 07:32
タイトル : 秋の紅葉の「美しさ」
 「美しい」とはどういうことか? 「小さな哲学~雑想の世界」の記事へのTBです。 上の記事を読んで、この部分に私は捕まりました。    例えば、秋の紅葉を美しいと感じる場合、    その “美しいという感じ” とはどのような感じなのでしょうか? 秋の紅葉の美しさは、たまたま自分の思い入れのある経験だったからです。私にとって紅葉の美しさは、学んで知ったものという感覚がとても強いのです。 たとえば、こんなことを思い起こします。幼稚園の秋遠足の山里歩き、「葉っぱがあかやきいろできれ...... more
Commented at 2005-10-21 23:33
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 毒きのこ at 2005-10-21 23:38 x
 自分の中にある、【尊い・煌めき】を感じるセンサーのようなものを揺さぶられ震わせられた時に感じる、その感覚を美しいと呼んだら素敵なことでしょうね!

 自分の中に眠っている美しいと感じる感覚は、自分だけで目覚めさせることは叶わず、共鳴したり・他からのインスピレーションで呼び起こすことが出来るのかもしれません。

 他も美しいけど、それを美しいと思う、自分自身が美しさをもっているのかもしれません。

>もうすぐ高校生に説明しなけりゃならない、アワワ。

おおっ、その季節がきたのですね!ふあいと~
Commented by Ry at 2005-10-22 00:03 x
こんばんわ(´ω`)ノ
寝る前に寄ってみたらあらら、どうしておんなじ日におんなじようなことを??笑
ちょこっと運命(←こんな言葉使ったら怒られそう)を感じましたよ。。笑
美しいという感じを言葉にするのはとても難しいと思います。
なんだか言葉にしてしまったらそれが
美しくなくなってしまうんじゃないかとも思ってたんです。
だからあたしも美については遠ざけてました(´_`)
心の状態だと更に難しいですね。。
水色のシャボン玉みたいなものがパチンとはじけて、
あたしの心が求めていたのはこれだわ!と思うような時でしょうか。。
むずかしい。。
とりあえずまた明日考えてみることにします。
おやすみなさい~。
Commented by 座敷童 at 2005-10-22 00:29 x
今晩は。メエ。
自然の山野に生えている草花、その姿を美しいと思う人もいれば、それをもって帰って
部屋に飾ること(飾られた空間)が美しいと満足する人もいますね、
また、アレンジアレンジメントフラワーのほうが美しいと感じたり、
そんな草花よりも人工的な橋が美しいという人もいますね。
美しいって言う人、それぞれの感想はその人が持つ「美しい」理想像にどれだけ
近いかによると思います。
で、その理想像っていうのは本能的な欲望で作られた自分定規で作られていて、
「あの花は折れていないから美しい」というのとは別で、
考えた理由から生まれるのはなくて、
内臓が直接反応するしたことに驚いた気持ちだと思いますですよ。

追伸:大阪のおばちゃんの出来方(大阪で結婚後の生活を送った人が主らしい)
結婚と子育てで自分を抑圧→子供が手が掛からなくる→ハジケる
Commented by kaoruck at 2005-10-22 01:47
こんばんは^^
10月20日に「夕焼けが美しい理由」という記事を書きました。
(enzianさんが求めているような説明ではないかもしれないけど^^;)
(気が向いたらば、チラッと見てやってくださいまし)

なにを美しいと思うのかは、人によって違う・・・
それは、「美しい」と思う対象が抽象的なものだからではないでしょうか。
「体のラインが美しい」という時も、体を見て言っているのではなくて、
「見たものに反応している心」を見て言っているのではないでしょうか。

どんなときに美しいという言葉を使うか、私の個人的な場合を書きます。
・・・(--;) フムム~・・・
!すべては調和しているって感じるときかな!
ガ~ン・・・わかりづらい。スミマセン。。。説明、無理でした。。。

百科事典はもうご覧になりましたか?以前に「愛」という項目を調べた時、
「こりゃ納得」ということが1%くらい(きらりと光る一言が)書いてありました。

おやすみなさ~い、寝ます(=。= )zZZ
Commented by enzian at 2005-10-22 09:19
鍵コメさま、おはようございます。

鍵コメさまは、○○の領域でそれをやってるとか言ってらっしゃいましたね。
当たり前すぎて説明する習慣のないことですから、
いざ説明するとむずかしいと思います。
書かれたら、見に行きますね。

Commented by enzian at 2005-10-22 09:24
毒きのこさん

> 自分の中にある、【尊い・煌めき】を感じるセンサーのようなものを揺さぶられ震わせられた時に感じる、その感覚を美しいと呼んだら素敵なことでしょうね!

 自分の中に眠っている美しいと感じる感覚は、自分だけで目覚めさせることは叶わず、共鳴したり・他からのインスピレーションで呼び起こすことが出来るのかもしれません。

 他も美しいけど、それを美しいと思う、自分自身が美しさをもっているのかもしれません。

このコメントは、特定の美学理論に含まれている二つのポイントへの重要な示唆を
含んでいます。説明し始めると講義みたいになるのでやめますが、
ひとつは、「尊い・煌き」であり、もうひとつは、「自分自身の美しさ」ということです。
おかげで、その理論が間違いではないのだな、
と感じました(なんのことか、わからないですよね(^^)

>おおっ、その季節がきたのですね!ふあいと~

ありがとう。その季節が来たのだ!
Commented by enzian at 2005-10-22 09:29
Ryさん、おはよう_・)ソォ-ッ

>寝る前に寄ってみたらあらら、どうしておんなじ日におんなじようなことを??笑
ちょこっと運命(←こんな言葉使ったら怒られそう)を感じましたよ。。笑

うん?じゃ、運命を感じつつ見に行きまふ(^^)

>美しいという感じを言葉にするのはとても難しいと思います。
なんだか言葉にしてしまったらそれが
美しくなくなってしまうんじゃないかとも思ってたんです。

その言い方のなかに、すでに
Ryさんの美についての考え方が含まれてるかもしれないね。

>水色のシャボン玉みたいなものがパチンとはじけて、
あたしの心が求めていたのはこれだわ!と思うような時でしょうか。。

うんうん、いい感じ。
また、教えて。
Commented by enzian at 2005-10-22 09:37
座敷童さま

おはよう。モォ。

>自然の山野に生えている草花、その姿を美しいと思う人もいれば、それをもって帰って部屋に飾ること(飾られた空間)が美しいと満足する人もいますね、
また、アレンジアレンジメントフラワーのほうが美しいと感じたり、
そんな草花よりも人工的な橋が美しいという人もいますね。

ふむふむ、いろいろな人がいるね。

>美しいって言う人、それぞれの感想はその人が持つ「美しい」理想像にどれだけ
近いかによると思います。

でしょうね。そして、その先が問題。
Commented by enzian at 2005-10-22 09:37
(座敷童さま、続き)

>で、その理想像っていうのは本能的な欲望で作られた自分定規で作られていて、
「あの花は折れていないから美しい」というのとは別で、
考えた理由から生まれるのはなくて、
内臓が直接反応するしたことに驚いた気持ちだと思いますですよ。

本能と美が関係してるわけね。
知性と美とは関係していない。
そして、この場合の本能とは
内臓による直接反応に対する心の反応というわけね。
内臓の直接反応というのがとてもおもしろいのだけど、
「内臓の直接反応」と「驚いた気持ち」をもうちょっと説明してもらえると、
とても勉強になるのだけど‥‥内臓にもいろいろあるし‥‥無理?

>大阪のおばちゃんの出来方(大阪で結婚後の生活を送った人が主らしい)
結婚と子育てで自分を抑圧→子供が手が掛からなくる→ハジケる

ってことは、大阪には特別の抑圧があるってことなのね。
フムフム
Commented by supica-hosi at 2005-10-22 10:05
美しい。
音声にはあまりしないことばです。

わたしは山が好きで、籔を進むこともあります。
その先でであうこともあれば
ボランティアのかかわりのなかで、であうこともある。
ブラウン管を(古いかぁ?^^)通して、お目にかかることも。
それらは、わたしの五感を通して、出会うものです。

またその真髄は、それをも一部とした、大きなもの
うまく説明できませんが、自分を含む命の存在。
そういう神秘な営みに、組み込まれた命を美しいと
わたしは、受けとめます。

ですから、音声にあまりしないのです。
深遠、深閑とした深いもの。凛としたもの。
尊く、はかなく、確固たるもの。

おっ!ちょっと首と肩がこってきた。^^
Commented by enzian at 2005-10-22 10:18
kaoruckさん、おはよう。

>10月20日に「夕焼けが美しい理由」という記事を書きました。
(enzianさんが求めているような説明ではないかもしれないけど^^;)
(気が向いたらば、チラッと見てやってくださいまし)

もちろん、見てましたよ。
だから、夕焼けを入れたのです。

>「見たものに反応している心」を見て言っているのではないでしょうか。

そうですね。
その次の言葉は、その「心」の説明ですね。

>!すべては調和しているって感じるときかな!
ガ~ン・・・わかりづらい。スミマセン。。。説明、無理でした。。。

いえ、よくわかりました。
「調和」というのは、特定の美学理論と同じものです。
そしてこの場合、さらに調和ってなに?という問いが生じてきますね(^^)
Commented by enzian at 2005-10-22 10:32
supica-hosiさん

supica-hosiさんの考え方は、
これまた、特定の美学理論に一致するものです。
やはり、それを説明すると講義のようになりますので、避けますが‥‥

>またその真髄は、それをも一部とした、大きなもの
うまく説明できませんが、自分を含む命の存在。

キリスト教圏の古典的な美学理論では、
その「大きなもの」を簡単に「神」、ないし神の法則性(摂理)
と言ってしまう場合が多いです。
ただその簡単さにはついて行けない気もしますので、
「大きなもの」という表現の方がすんなり受け入れられる気がします。

>美しい。
音声にはあまりしないことばです。

supica-hosiさんの「美しい」は「崇高」に近い美だと思います。
一般に、「大きいもの」の意識が強いほど、
美は崇高の方に近づいてゆきます。
supica-hosiさん、ヒロ・ヤマガタの絵を美しいとお感じになられますか?
Commented at 2005-10-22 11:26
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-10-22 11:27
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Commented by enzian at 2005-10-22 12:03
鍵コメ2、3さん

( `´)===C<*_+ )捕まえたー!

なるほど。はかなさの美ですね。
それは古来、日本人が特に好んできた美のひとつだと思いまふよ。
そういう意味では、個人の命は美になるし、
逆に、永遠の神は美でない、ってことになりますね。

その考え方で行くと、
はかなくも一日で終わってしまう「夏祭り」は美になるの?

観念的な美
感情からあふれ出る美

を区別していますね。
観念的な美は知性に裏づけられた美ということでしょ?
ほな、感情からあふれ出る美を説明してくらはい(>_<)

普遍的な美があるかどうか‥‥
わからないですね、ぼくは。
ちなみに、わからないということと、悩みとは別ものですよ。
悦ばしいわからなさもあるものですし。
Commented at 2005-10-22 17:05
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kaoruck at 2005-10-22 17:13
>そしてこの場合、さらに調和ってなに?という問いが生じてきますね(^^)

「調和」って無駄がないってことかなぁ。必要とされないものはないって感じかなぁ。

先ほどふと「「美しい」って、「気づく」ものなんじゃないかなぁ」と思いました。
美しいと思う対象はその人が認識する前から美しくもあり、醜くもあった。・・・
その対象を見て、美しさに気づくことで、その人がその対象から美しさを引き出している。・・・
気づくかどうかは、個人の感性や気分、文化、土地柄、時代によって違ってくる。・・・
反対に醜さも、そう。その人が引き出す。

はー・・・(´-`)どうでしょう。
Commented by gauche3 at 2005-10-22 17:17
僕はあるモノ・コトに対して感じる「美しい」にも、段階があると思います。
例えば、“いっただきま~すの感じ”(爆)の前に、彼女に対して「美しい」と感じた、enzian少年の心の変遷で例えるとこんな感じです(勝手に少年にするなっ!というお怒り・・ご容赦くださいっ)。

レベル1:いっただきま~すの感じの前に感じた美しい
レベル2:もう何度もいただいたけど、ある日会話しているときに彼女が口にした言葉に驚き感動し、もう一度顔を見つめなおしたときに感じた美しい
レベル3:もういただき過ぎてあんまりいただかなくなったけど、二人で歩いているときに見た後姿に感じた美しい

「外見上の美しい」と「内面と結びついた美しい」の違いですかねぇ・・いつもながら例がちょっとR指定系でしたが(笑)、秋の紅葉の美しさも、紅葉を見ながら、そのとき心に描いている人が居たら美しさもひとしおなんだと思います。という訳で、僕の場合はレベル1~3で、自分が感じる心の状態が違っています(^^ゞ
Commented at 2005-10-22 19:50
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Commented at 2005-10-22 19:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by jumpin_upanddown at 2005-10-22 20:11
どういうことかって定義は、私にはすごく難しい感じがしますね。
自分が美しいと感じる時は心の中にワクワクというか喜びに似たもんがありますね。喜びのひとつってことかもしれないです。
美しさを感じるアンテナってのは日々育つものじゃないかなあなんて考えました。子供の時って親があの人はきれいだとこれはきれいだかいうけれども、自分自身はきれいだなんて思いませんでした。
でも今は10年前は美しいと感じなかったものも感じることは間違いないです。感じることが増えると喜びが増えますね。
なんて

ぎゃー!
Commented by enzian at 2005-10-22 21:07
鍵コメ4さま

>やだ。

どて。
Commented by enzian at 2005-10-22 21:13
kaoruckさん

>「調和」って無駄がないってことかなぁ。必要とされないものはないって感じかなぁ。

なるほど。

>先ほどふと「「美しい」って、「気づく」ものなんじゃないかなぁ」と思いました。

ふむふむ。
美しいというのは、気づくものなのでしょうね。
たぶん、kaoruckさん言う「気づく」には二つの意味が含まれていて、
ひとつは、美しいというのが感情とか感覚の一種であるということ。
そしてもうひとつは、美しいものというのは、個人が気づく前から在ったものなの
だけど、気づいたときに個人にとって問題になる、ということ。
ちがったら、ゴメリンコ(^^;

>気づくかどうかは、個人の感性や気分、文化、土地柄、時代によって違ってくる。・・・
反対に醜さも、そう。その人が引き出す。

経験によって何を美しいかは変わってくるということですね。
ふむふむ。ありがと(^^)
Commented by enzian at 2005-10-22 21:21
猿夫さん

他の方もそうですが、相当考え込んだコメントですね。
ありがとう、涙がちょちょぎれます(ちょっとウソ(^^)。

>例えば、“いっただきま~すの感じ”(爆)の前に、彼女に対して「美しい」と感じた、enzian少年の心の変遷で例えるとこんな感じです(勝手に少年にするなっ!というお怒り・・ご容赦くださいっ)。

やったー、いっただきま~すに触れてもらえた。さすが、猿夫さん。
がっ、なしてぼくがサンプルに!
しょこぞぅとかハリーさんの方が適役なのに‥‥(^^)

>レベル1:いっただきま~すの感じの前に感じた美しい
レベル2:もう何度もいただいたけど、ある日会話しているときに彼女が口にした言葉に驚き感動し、もう一度顔を見つめなおしたときに感じた美しい
レベル3:もういただき過ぎてあんまりいただかなくなったけど、二人で歩いているときに見た後姿に感じた美しい

いやはや、感服つかまつりました。
いっただきま~すにこんな三段階があったとは。
さすが猿夫さん!(どんなほめ方だ)
Commented by enzian at 2005-10-22 21:26
(猿夫さん、続き)

>「外見上の美しい」と「内面と結びついた美しい」の違いですかねぇ・・

そうですね、そうだと思います。
しか~し、高校生相手に説明するのは、いろんな意味で困難を極めるかと‥‥(^^;

>秋の紅葉の美しさも、紅葉を見ながら、そのとき心に描いている人が居たら美しさもひとしおなんだと思います。

猿夫さんらしい考えだと思います。
ぼくにはそういう発想はまったくなくて、
ひとりで見たほうが美に集中できる、と考えていました。

>という訳で、僕の場合はレベル1~3で、自分が感じる心の状態が違っています(^^ゞ

最後にひとつ聞きたいのですが、
レベル1~3はそれぞれ違うにもかかわらず、「美しい」ものなんですよね。
その共通点はなんなのでしょうか?(^^)
(なぜ三つとも「美しい」と言えるのでしょうか?)
Commented by enzian at 2005-10-22 21:48
鍵コメ5、6さん

ありがとうございます。
それ自体が美しい芸術作品のようなコメントなので、
このコメントには、ぐだぐたとしたレスを放棄します。

このコメントは、ぼくが個人的に鑑賞して楽しむことにします。
Commented by enzian at 2005-10-22 22:00
jumpin_upanddownさん

よくぞ、こげな記事にコメントしてくれましたね。
決心がいったでしょうて‥‥(^^)

>自分が美しいと感じる時は心の中にワクワクというか喜びに似たもんがありますね。喜びのひとつってことかもしれないです。

そうですね。
美は快感の一種だと思います。
(食欲の際の快感と性欲の際の快感に並べたのは、そういうことです。)

>美しさを感じるアンテナってのは日々育つものじゃないかなあなんて考えました。子供の時って親があの人はきれいだとこれはきれいだかいうけれども、自分自身はきれいだなんて思いませんでした。

実は授業の最初の部分に、「成長する美」(意味内容はjumpin_upanddownの言っていることと同じです)というのを入れるか入れないかで迷っていました。でもこのコメントを見て入れようと思いました。ありがとう。

>でも今は10年前は美しいと感じなかったものも感じることは間違いないです。感じることが増えると喜びが増えますね。
なんて

ぎゃー!

ふふっ、よく頑張って書けました!^^
成長しているのはjumpin_upanddownさん自身でもあるのですね(*^^)v
Commented at 2005-10-22 22:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-22 22:41
鍵コメ7さま

難しいでしょ。他の方も相当考え込んでコメントを書いてくださっているようですね。
とても参考になります。

あのね、ぼくの学生で、虹を見るとわけもなく涙が出てくる、
っていう人がいるの。その意味がずっとわからなかった。
それは、美しいものを見たときの反応なんですね、やっとわかった。
ありがとう。

>いっただきまぁ~す、と「美しい」は全然リンクしないと思う。
手を触れないから「美しい」のだから。

うん。それが聞きたくて並べたのです。
その答えが欲しかった。
美感も食欲も性欲も快感の一種という意味では同じなのだけど、
美感は距離感があった上で成り立つ快感だというのが、
美学の王道の考え方なのです。

もうすぐ復活できそうですね_(._.)_
Commented at 2005-10-22 23:23
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-22 23:35
鍵コメ8さま

学っ。
おやすみなさい、とほほ。
Commented by gauche3 at 2005-10-22 23:51
> しか~し、高校生相手に説明するのは、
> いろんな意味で困難を極めるかと‥‥(^^;
そうですよね~・・僕も自分で書きながら「高校生相手だから、こりゃ、enzianさんの参考にはならんな~・・・」と思ってたりして(^^ゞ

> 最後にひとつ聞きたいのですが、
> レベル1~3はそれぞれ違うにもかかわらず、
> 「美しい」ものなんですよね。
> その共通点はなんなのでしょうか?(^^)
> (なぜ三つとも「美しい」と言えるのでしょうか?)
共通点ですか・・・この例だと、僕の中の「美しい」の意味は微妙に異なっていて恐らくこんな感じです。

レベル1:世間一般で言うところの基準で測った美しい
レベル2:外見と内面が自分の中で結びついたときに感じる美しい
レベル3:相手と自分との境界線が曖昧になって来たときに感じる美しい
Commented by gauche3 at 2005-10-22 23:52
(enzianさん、続きです)

(書いててちょっと恥ずかしいんですが・・)愛を込めて対象物を観るという観点(これが2と3の共通点です)からすると、3は2が進んだ形だと思うんですが、1は2、3との共通点は殆どありません。
enzianさんが記事に書かれていた「どのような心の感じのとき人は“美しい”と表現するのか」はその人の持っている基準によって異なると思うんですが、同じ人でも「美しい」と感じる瞬間と意味が段階によって違うのかな、って思います。
ちなみに感覚的な話をすると、僕の場合は本当に心の底から「美しい」と感じたとき、みぞおちの辺りから熱が沸き起こって、それがゆっくりと上がって来る感じがします。喉の辺りに来たときに言葉が出そうになるけれど出なくて、そのまま頭全体から蒸発していくような感じです。この瞬間を無理に言語にしようとすると、その感覚が途中で終わってしまいます(^^ゞ
Commented by かっちん at 2005-10-23 01:19 x
サプライズ!

これだと思います。
美はサプライズ。。。

だから「気づく」ことでもあるし「感じる」ことでもあると思う。
「気づい」て「感じる」こともあるし、その逆もまたある。

高校生のみなさん!
これからの生活においてあなた自身のサプライズ! を
できるだけ多く楽しんでくださいな(^_-)-☆
Commented by 座敷童 at 2005-10-23 05:39 x
高校生・・・(ドキドキ)こっ、こうこうせい相手ですか。
内臓の衝撃という感覚は難しいのですけど、
一瞬自分がそこにいることを忘れて対象と同化してしまい、
何らかの環境の変化によって呼び戻されて、「おお美しい!」と思うことを始めること。
だから「美しい」は「美しかった」の方がしっくりくるような気がします。(私個人ですが)
で、なんでまず最初に内臓がびっくりするかというと、普段自分がイメージしている
理想のものが突然目の前に現れるからです。
だって人間の脳味噌の中は他の感覚ばかりを信じて、茫洋としておりますでしょう。
非日常的なものの方が、美しいと感じることの対象物が多いのではありませんか。

大阪のおばちゃんは周囲があれだから、生き抜くために進化したのだそうです。
ちなみに、大阪のおばちゃん→おっさん→天使になるそうですよ‥‥。
Commented at 2005-10-23 10:24
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-23 16:40
猿夫さん、ありがとうです。

>そうですよね~・・僕も自分で書きながら「高校生相手だから、こりゃ、enzianさんの参考にはならんな~・・・」と思ってたりして(^^ゞ

いえいえ、表現をマイルドにしますから(^^;

>レベル1:世間一般で言うところの基準で測った美しい
レベル2:外見と内面が自分の中で結びついたときに感じる美しい
レベル3:相手と自分との境界線が曖昧になって来たときに感じる美しい

(書いててちょっと恥ずかしいんですが・・)愛を込めて対象物を観るという観点(これが2と3の共通点です)からすると、3は2が進んだ形だと思うんですが、1は2、3との共通点は殆どありません。

2と3の美しいは、愛と密接な関係にある美しいなんですね、ふむふむ。
それに対し、1は必ずしもそうではない。
鍵はやっぱり愛なんですね。
あかん‥‥苦手種目‥‥(/><)/ ひぃ
Commented by enzian at 2005-10-23 16:44
(猿夫さん、続き)

>ちなみに感覚的な話をすると、僕の場合は本当に心の底から「美しい」と感じたとき、みぞおちの辺りから熱が沸き起こって、それがゆっくりと上がって来る感じがします。喉の辺りに来たときに言葉が出そうになるけれど出なくて、そのまま頭全体から蒸発していくような感じです。この瞬間を無理に言語にしようとすると、その感覚が途中で終わってしまいます(^^ゞ

やった!
ぼくにはそういう感じ(美感)がからっきしないので、
そういうのを聞きたかったのです。
参考にします。ありがと ^^v
Commented by enzian at 2005-10-23 16:47
かっちんさん

>サプライズ!
これだと思います。
美はサプライズ。。。

だから「気づく」ことでもあるし「感じる」ことでもあると思う。
「気づい」て「感じる」こともあるし、その逆もまたある。

美には感性の部分と知性の部分があるとされていますので、
これはそういう事情を言った言葉だと思います。

>高校生のみなさん!
これからの生活においてあなた自身のサプライズ! を
できるだけ多く楽しんでくださいな(^_-)-☆

まず感じたものを、知性のなかに取り込む‥‥
これは、しめくくりの言葉にしましょうか^^
Commented at 2005-10-23 16:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-23 16:58
座敷童さま

>高校生・・・(ドキドキ)こっ、こうこうせい相手ですか。

ドードー。まぁまぁ興奮を鎮めて^^

>内臓の衝撃という感覚は難しいのですけど、
一瞬自分がそこにいることを忘れて対象と同化してしまい、
何らかの環境の変化によって呼び戻されて、「おお美しい!」と思うことを始めること。

おー、そういう美感、そういうのが聞きたかった。
φ(._.)メモメモ
対象と同化するというのは知的直観の世界、
仏教で言えば、無分別知の世界ですな、フムフム。

>だから「美しい」は「美しかった」の方がしっくりくるような気がします。(私個人ですが)

この表現がおもしろいね。

>で、なんでまず最初に内臓がびっくりするかというと、普段自分がイメージしている
理想のものが突然目の前に現れるからです。

して、どのようなものを理想としてイメージしてるの?^^

>大阪のおばちゃんは周囲があれだから、生き抜くために進化したのだそうです。
ちなみに、大阪のおばちゃん→おっさん→天使になるそうですよ‥‥。

おもしろっ!
Commented by enzian at 2005-10-23 17:14
鍵コメ9さま

どういたしまして。
あーだいじょうぶ、ぜんぜん問題なしなので、
そのままにしておいてくだされ。
それよか、記事にしてくれて、ありがとう。

あの記事ね、
ほんとコメントのしどころ満載の記事なんだけど、
ぼくがしゃしゃり出ると、どくしゃのみなさんひいてしまうでしょ。
だから、休み休み登場するね、ワハハ。
Commented by enzian at 2005-10-23 17:16
鍵コメ10さん

それ、読んでました。大丈夫、誤解の可能性はないと思います。
そして、ぼくはその部分が好きだったですけど。
もっと早くコメントしておけばよかった。。。

ともあれ、ありがたく、ちょうだいしまふ。
Commented by anitya_ocean at 2005-10-23 18:12
美しいですかあ、何だろ。

『真似出来ないこと』と、『もう思い出せないこと』かなあ。
Commented by meshi at 2005-10-23 18:55 x
私の「美しい」は「一目で心を鷲掴みにされたもの」かな?
彼岸花で美しいと思う観点に、
世間との大きなズレを感じた私ですが
(前々からそんな気がしてたけど)
キレイやカワイイとは違って、
「美しい」には迫力や知性がないとダメみたいですね。
一目みて、呼吸を忘れてしまうくらい心を鷲掴みにされた時、
「美しい」と、うっとり浸ってしまいマス。
「美しい」=「見るだけで幸せ」かな。
Commented by enzian at 2005-10-23 21:31
anitya_oceanさん

>『真似出来ないこと』と、『もう思い出せないこと』かなあ。

聞いてもいいですか?
それは、少なくとも今のanitya_oceanさんのそばにはない
(かつてはあったかもしれない)価値感だということですか?

それとも、一般的に言って、美というのは、
「いま、ここ、自分のもの」というかたちでは把握できないもので、
そういう風に把握してしまったら、それがそれでなくなるようなものである、
ということでしょうか?
Commented by enzian at 2005-10-23 21:38
meshiさん

>彼岸花で美しいと思う観点に、
世間との大きなズレを感じた私ですが
(前々からそんな気がしてたけど)

そんなことないと思いますけど。

>私の「美しい」は「一目で心を鷲掴みにされたもの」かな?
キレイやカワイイとは違って、
「美しい」には迫力や知性がないとダメみたいですね。
一目みて、呼吸を忘れてしまうくらい心を鷲掴みにされた時、
「美しい」と、うっとり浸ってしまいマス。
「美しい」=「見るだけで幸せ」かな。

美しいとキレイ・カワイイを分けるのですね。
美しいには迫力とか知性があると‥‥
なるほど、わかります。
ぼくは記事で美しいとキレイを分けなかったのですが、
分けた方がよかったのかな、と思っています。
Commented by runa at 2005-10-23 22:56 x
しまった、はげしく出遅れてしまった(>_<)

「美しい」 ・・・彩りがある様に五感が反応したもの

彩りの好み、感度は人によって様々

同じ物に出会ってもその時の心のありようで薄くも濃くもなる・・・

感度が良ければ人生がカラフルに染まるのでは・・・
       
Commented by anitya_ocean at 2005-10-23 23:22
>先生

トホホ・・私の方こそ聞いて下さい・・というのは、置いといて、

>少なくとも今のanitya_oceanさんのそばにはない
(かつてはあったかもしれない)価値感だということですか?

あんまり詳しく難しいことは言えないんですが、私が、『それ』を、忘れている時でも、『それ』は、私を忘れてはいない現象が、あるのではないかと思うんですね。漠然だなあ。すいません・・。

>それとも、一般的に言って、美というのは、
「いま、ここ、自分のもの」というかたちでは把握できないもので
そういう風に把握してしまったら、それがそれでなくなるようなものである、ということでしょうか?

これは、少し、符号すると思います。
贅沢者の私見ですが(バニラ党)、留めておかないことで、美はより深く神秘になり得るのではないかと。故に、綿密に、辿れない苦しさを持つ欲求不満が発生します。しかし、好奇心は人の性ですから、探究へと、やはり向かいます。その行為もまた、美の一つであるのかもしれません。
Commented by anitya_ocean at 2005-10-23 23:23
ちょっと、ズレますが、音楽を聞いていて、あっ、今の所、イイ!と、思って、その箇所だけを聞くとします。すると、分離現象が当然おこり、アラ・・?になるワケです。映画も文章も食事も性交渉も同様に思います。捕まえずに、ひたすら進み、堪能するという、過酷で贅沢な選択も『美』には、ある、と、考えます。
で、話は、戻りますが、『もう思い出せないこと』は、触っても、触っても、遠い感じ、というヤツです。で、諦めて離れると、何となく、羽衣の様な感覚程度のものが打ち寄せる。でも、それが何だかよく分からない。深追いすると、『思い出せないこと』なのに、なくしたく無い危機感が発生する。なんじゃ、そりゃ、でしょ?私も、書いてて、こ、困った(笑)
Commented by anitya_ocean at 2005-10-23 23:24
『この時!』というものを、実際に味わっている時は、何だか、現実味が個人的に、わかないんです。自分が居なくなるカンジです。あまのじゃくですね・・。ある程度、時間が通り過ぎてから、ああ、なんか、綺麗だった・・と、感じます。そのくせ、『かけら』だけを、フト、垣間見て、落雷衝撃にあったりするんですから、世話ないです。性質というか体質というか、『美反応』を持つ人は、路傍の石にも、美の蕁麻疹がでます。いいのか、悪いのか、分かんないけど。

『真似出来ない』、というのは、例えば、世に言う所の、犯罪諸々に、すり替えられたら、一大事ですが、あくまでも『美』に対してのコメントです、コレ。でも、それ(犯罪等)が、美しいんだ・・という意見もあるかもしれませんから、怖いかな。あ、美って、怖いのかも。ある意味。
長文、すいません。
Commented by enzian at 2005-10-23 23:35
runaさん

>「美しい」 ・・・彩りがある様に五感が反応したもの

「彩り」っていうのがポイントなんですよね。
その「彩り」は、人によって、時によって異なってくる。。。

ところで、彩りってなに?(^^)
Commented by enzian at 2005-10-23 23:35
anitya_oceanさん、コメントありがとうです。
これはそう簡単には返せないコメントなので、
明日、ちゃんとおうちに帰れたら(しばしば帰れない(^^; )、
しっかり考えて、レスしますね。
おやすみなさい。
Commented by anitya_ocean at 2005-10-23 23:42
私も、寝ます。
おやすみなさいです(ホームカット党)
Commented by runa at 2005-10-24 00:43 x
「彩り」
うむむ、記憶や畏怖の混じった崇高な物達の発する記号かしら。

記憶は現世だけのものでない気がするし、畏怖もまた細胞にすりこまれたものまで含まれていると思います。

「美しい」と声をもらす時・・・感嘆と焦燥と諦めが入り乱れるのは「美」が崇高で瞬間的であり(普遍的なものであって、次にそれを見る時に同じ様に感じるとは限らないから)、摑んでおけず遠い物の総称だからだとおもいます。


Commented by aroomwithaview at 2005-10-24 09:46
心が開いているときは、すべてに美しさを感じるのでは?と思っています。

皆さんが、ほとんど答えてしまっているので、私が付け加えることはありません。

高校生の生徒さんのために、enzianさんが一生懸命“美しい”という感じを考えている姿とか、皆さんがいろいろコメントされている事実とかも美しいです。
Commented by toko_chai88 at 2005-10-24 21:14
エンツィアン「あの記事ね、ほんとコメントのしどころ満載の記事なんだけど」
とこちゃい「ぎっくう!きゃぁ☆こわぁ~い♪(ドキドキ)」
エンツィアン「ぼくがしゃしゃり出ると、どくしゃのみなさんひいてしまうでしょ。」
とこちゃい「大丈夫。読者のみなさん、そんなうちみたいにヤワじゃありません♪」
エンツィアン「だから、休み休み登場するね、ワハハ。」
とこちゃい「期待と不安と喜びに胸を高鳴らせつつ、ニマニマしながらお待ちしてます♪」

ほんと、aroomwithaviewさんがゆーてはるように、美しいなぁと思います。
いや、うちの言葉では「すてきやなぁ」でしょうか。ほんと、「いいなぁ」って思います。

高校生ですよね。若い感受性が感じることは、きっと日常生活の中にたっくさんあって、
それこそいろ~んな悩みをどっかぁ~んと抱えていたりもするでしょうが、
ふと「美しいってなんだろなぁ」とか、「美しいを感じる自分って何だろなぁ」とか
そんなことを考えるきっかけになるといいなぁと思います。うらやましかったりもします。
Commented by 006 at 2005-10-24 22:29 x
こんばんは。またきましたね、秋恒例の「美」についてコーナー。
これは身近であって、そうでない、スケールのでかいテーマですね。
enzianさんの考えとみなさんの考えとはどんな関係があるのでしょう?

普通使われる「美しい」は「5感が心地良い状態」として用いられてよいと思います。
見ばえがいい、聴こえがいい、香りがいい、etc
また、価値観においても同様だと思います。
行ないがいい、考え方がいい、ノリがいい、etc
また、「心地良さ」は価値観によって違うともいえそうです。(なんやややこしぃ)

この価値観による「心地良さ」の奥底に「美」の理由があるような気がしますが、
価値観は流動的で、その奥底にも普遍的なものがあるような気がします。(イデA!?)
Commented by 006 at 2005-10-24 22:29 x
そう、自ら、混沌の中に秩序(らしいもの)を無意識のうちに見出すことができた時、
「美しい」と感じるように思います。
また、意識したら、「美しい」を「知る」ことになるのかなぁ、と思います。
(この「知る」は、「経験として頭で知る」の「知る」です。(つっこまれないように))

僕は「やっぱ自然は美しい」って感じるし、知っているので。ってこれは僕の価値観か。
でもそれを普遍的だと思うのは、まだ僕が若いからか、人間一人一人にいつか気付く
一人一人の普遍的な価値観があるからか、分かりません。
Commented by manchester at 2005-10-24 23:18 x
我が家の芸術家(?)に聞いてみたところ、「遺伝子に心地よいこと」とだけ言われてしまいました。感覚に生きている人なので、ある意味これ以上言葉で表現できない世界をもっているのかもしれません。芸術的センスの無い私にはわからないのですが。
jumpinさんのコメントが私にとっては興味深かったです。親の美的感覚と自分の美的感覚は違う・・・。親に養われた感覚・・・ではないのかな、じゃあ誰が植えつけた感覚なんだろう、それこそ自分自身の遺伝子に組み込まれているのか?それともそれまで自分が経験してきたことが関係するのか?などといろいろ考えさせて頂きました(しかし何の結論にも至らず)。
enzianさん、何の参考にもならないコメントですみません(>_<)

Commented by runa at 2005-10-25 09:07 x
あたしのコメントに脱字発見(^^ゞ
(普遍的なものであって、・・・)→(普遍的なものであっても、・・・)です。


「足りない、欲している、枯渇している物」が具現化されている事柄を無意識に美しいと感じてしまうのだなぁ・・・と思います。
記憶や畏怖にさらに「羨望」も含まれますよね。

ほとんど独り言の域なのでレス無しでいーですよー(笑)

Commented by enzian at 2005-10-25 21:50
runaさん、レスが遅くなりました。

ぼんやりとわかったような気がします。
つまり、美は永遠のものであって、普遍的なものなのでしょう。
永遠ということは、過去にも未来にも連なるもの。
普遍的なものであるから、個人の所有物であることを拒否する。
つまり、神的なものなのでしょうね、たぶん(^^;
Commented by enzian at 2005-10-25 21:56
aroomwithaviewさん

>心が開いているときは、すべてに美しさを感じるのでは?と思っています。

あっそれは思いますね。
大げさに言えば、こちらの心の持ちようによっては、
すべてが輝いているようなときがあるような気がします。

>高校生の生徒さんのために、enzianさんが一生懸命“美しい”という感じを考えている姿とか、皆さんがいろいろコメントされている事実とかも美しいです。

みなさんのコメントには感謝しています。
相当に考え込んだ力作揃いのコメントなので、
ぼくからすれば崇高なコメントです。
Commented by enzian at 2005-10-25 22:01
とこちゃいさん

>エンツィアン「ぼくがしゃしゃり出ると、どくしゃのみなさんひいてしまうでしょ。」
とこちゃい「大丈夫。読者のみなさん、そんなうちみたいにヤワじゃありません♪」

ホッ、たすかった~

>エンツィアン「だから、休み休み登場するね、ワハハ。」
とこちゃい「期待と不安と喜びに胸を高鳴らせつつ、ニマニマしながらお待ちしてます♪」

また、週末にゆっくり遊びに行きますね。

>ほんと、aroomwithaviewさんがゆーてはるように、美しいなぁと思います。
いや、うちの言葉では「すてきやなぁ」でしょうか。ほんと、「いいなぁ」って思います。

 (///▽///)かぁぁ (←さっそくそこここで使いまくってる(^^)
Commented by enzian at 2005-10-25 22:02
(とこちゃいさん、続き)

>高校生ですよね。若い感受性が感じることは、きっと日常生活の中にたっくさんあって、それこそいろ~んな悩みをどっかぁ~んと抱えていたりもするでしょうが、
ふと「美しいってなんだろなぁ」とか、「美しいを感じる自分って何だろなぁ」とか
そんなことを考えるきっかけになるといいなぁと思います。うらやましかったりもします。

いろんなものを抱えて、いろんなことを考えていると思います。
ぼくみたいな変わったヤツが行って、刺激になればよい、と思っているのです。
がんばりま~す(^^)
Commented by enzian at 2005-10-25 22:19
006さん、こんばんは。

>またきましたね、秋恒例の「美」についてコーナー。

そうですね。
そう言えば、去年の秋、美について書いていましたね。
お読みいただいて、光栄。失敗作だったけど‥‥

美は快感、心地良いの一種だと思います。
どうしても視覚とか聴覚に偏って考える傾向があるのですが、
五感でないといけないのですね、なるほど。
(とこちゃいさんが、触覚について言っていた。)

その心地良さの根底に美の理由がある。
普遍的なものがあるということ。
イデアみたいなものでしょうか?
プラトンとかは、美は普遍的なイデアだと言ってますね。

>そう、自ら、混沌の中に秩序(らしいもの)を無意識のうちに見出すことができた時、
「美しい」と感じるように思います。

なるほど。
ちなみに、美が秩序だという考え方は古代ギリシャからありますね。

美には、感じるという側面と知るという側面があるのでしょうね。

>enzianさんの考えとみなさんの考えとはどんな関係があるのでしょう?

今回の記事では自分の考えを言ってませんね。
自分の考えを言う機会がないといけないかな(^^)
Commented by enzian at 2005-10-25 22:22
(006さん、続き)

>僕は「やっぱ自然は美しい」って感じるし、知っているので。ってこれは僕の価値観か。

自然に美しくないものなんてないのでしょうかね。

>でもそれを普遍的だと思うのは、まだ僕が若いからか、人間一人一人にいつか気付く
一人一人の普遍的な価値観があるからか、分かりません。

普遍的なもの、ぼくはあるという見込みでとりあえず探そうと思いますけどね。
Commented by enzian at 2005-10-25 22:27
manchesterさん

>「遺伝子に心地よいこと」とだけ言われてしまいました。

それはなんとも意味深な。
その心をうかがってみたいところだね(^^)

>jumpinさんのコメントが私にとっては興味深かったです。親の美的感覚と自分の美的感覚は違う・・・。親に養われた感覚・・・ではないのかな、じゃあ誰が植えつけた感覚なんだろう、それこそ自分自身の遺伝子に組み込まれているのか?それともそれまで自分が経験してきたことが関係するのか?などといろいろ考えさせて頂きました(しかし何の結論にも至らず)。

ひとつは三歳ぐらいまでにすりこまれる大脳生理学レベルね。
もうひとつは、もっと大きくなってからの社会からの影響。
そのなかには家族からの影響も、もちろん、入る。
遺伝子レベル‥‥生物として共通するものがあるのかもね。
ぼくもようわからん(^^)

あっ、それと、いろいろとありがとう!
Commented by enzian at 2005-10-25 22:40
anitya_oceanさん、レスが遅くなりました。

>私が、『それ』を、忘れている時でも、『それ』は、私を忘れてはいない現象が、あるのではないかと思うんですね。漠然だなあ。すいません・・。

興味深い表現です。
今はコメントできませんが、頭にとどめておきます^^

>留めておかないことで、美はより深く神秘になり得るのではないかと。故に、綿密に、辿れない苦しさを持つ欲求不満が発生します。しかし、好奇心は人の性ですから、探究へと、やはり向かいます。その行為もまた、美の一つであるのかもしれません。

美は神秘であらざるをえないようなものなのでしょうか。
神秘であらざるをえないようなものであるなら、
人がそれを辿ることを許さぬものですよね。
でも、神秘に惹かれるのは人間の性でしょうから、
美は探究の対象なんですね。
Commented by enzian at 2005-10-25 22:54
(anitya_oceanさん、続き)

>ちょっと、ズレますが、音楽を聞いていて、あっ、今の所、イイ!と、思って、その箇所だけを聞くとします。すると、分離現象が当然おこり、アラ・・?になるワケです。映画も文章も食事も性交渉も同様に思います。捕まえずに、ひたすら進み、堪能するという、過酷で贅沢な選択も『美』には、ある、と、考えます。

わかります。
ぼくらは今ここにしか生きていないけど、
美はそれを超えているものなのでしょうね。
つまり、人間のスタンスとしては、
半歩離れてひたすらおいかけるだけ。。。
過酷な‥‥
贅沢でもあるのか。。。

>で、話は、戻りますが、『もう思い出せないこと』は、触っても、触っても、遠い感じ、というヤツです。で、諦めて離れると、何となく、羽衣の様な感覚程度のものが打ち寄せる。でも、それが何だかよく分からない。深追いすると、『思い出せないこと』なのに、なくしたく無い危機感が発生する。なんじゃ、そりゃ、でしょ?私も、書いてて、こ、困った(笑)

美は実に困った、ちょっとにくたらしいヤツなんですね、そういう意味で^^
Commented by enzian at 2005-10-25 22:56
(anitya_oceanさん、さらに続き)

>『この時!』というものを、実際に味わっている時は、何だか、現実味が個人的に、わかないんです。自分が居なくなるカンジです。あまのじゃくですね・・。ある程度、時間が通り過ぎてから、ああ、なんか、綺麗だった・・と、感じます。そのくせ、『かけら』だけを、フト、垣間見て、落雷衝撃にあったりするんですから、世話ないです。性質というか体質というか、『美反応』を持つ人は、路傍の石にも、美の蕁麻疹がでます。いいのか、悪いのか、分かんないけど。

座敷童さんが言っていた、ことと符号するところがありますね。
美は過去形になる。。。
美しいというのは、その対象に一体化することだ、
ということを言っている哲学者がいます。
もしそうだとすると、その一体化しているときは、
自分が自分である、という意識はなくなってしまう(忘我)のでしょうね。
気づいたときは、離れた後。
美には、今、美しいと感じている、というのはそもそも、不可能。
そういう感じでしょうか?
「かけら」なら、一体化までは行かないのでしょうかね。
せいぜい皮膚感覚にとどまる‥‥
Commented by enzian at 2005-10-25 23:01
(anitya_oceanさん、さらに続いた)

>長文、すいません

コメントありがとうございました。
レスこそ、長文になりましたが、
要を得ませんでした。
申し訳なく候。

やっぱりバニラですよね!^^
また遊びに行きま~す。
Commented by anitya_ocean at 2005-10-25 23:23
>美は神秘であらざるをえないようなものなのでしょうか。

う〜〜ん、考えましたが、もう、好きずきだと思います。
ミもフタもないコメントで、すいません。

でも、辿ってくれる探究者が居てくれるからこそ、過去のものから未来への鍵発見の喜びや驚きが発生したりするんでしょうね。

美醜は、もう、各個人の嗜好かな・・

追伸・そー、まずは、バニラで、確かめましょう!
Commented by harry_hk at 2005-10-26 02:19
このテーマをやっと出してきたのですね。
ということは、今度の高校の授業で「美」についてと思っていらっしゃるのでしょうか?
切り口なんて膨大にあるでしょうしねぇ。
個人的に、導入としてオススメしたいのは、「美」という感じの持つ意味について説明するのですね。
「美しい」の持つイメージと少し違っていて、最初の「美」というのは体が「大きい」、とか「強い」「丈夫」という意味みたいですし。

それから、ちょっといい本をと探してみたのですけれど、いまいちいいのを見つけられませんでした。ごめんなさい。
個人的には「わび」「さび」についてなどはどうでしょう?

なにか、いいものを見つけたら報告します。
Commented by アラキ at 2005-10-26 05:21 x
今回のコメント数は相当な量ですね。私にとっては、とても勉強になりましたが^^;

美について皆さんのコメントを読ませてもらっている中で、ふと思ったのですが。
黄金比、人が美しいと思う比率はどうやって出したのかが気になりました。
調べりゃわかる??
皆さんの言うどの美の感覚に当てはまるのかがわからず、自分でも考え出せずにいます。美を数値化できている?不思議です。。
知識がなくてすみません。。

もう一つ。
美感は距離感があった上で成り立つ感覚だというのが、美学の王道だということを今回初めて学びました。
が、美を感じる物との一体化、同化は必ず美を感じるときにあると思います。少なくとも10回に1回はあります。
そして、一体化しているときにも、自分の存在はそのまた5回に1回は感じます。
美しいこの空間(世界に入り込んでる表現ですが・・・)にいたい。ここに入れて幸せだという感情はまさにそれだと思います。
つまり、美しいと感じるものを、距離のないものとして、一体化したものとして感じ、そのうえで自分の存在を強く感じながら美を感じることもあるということを書きたかったのでした。。 
Commented by えほんうるふ at 2005-10-27 15:01 x
私にとっては「憧れ」の具現化されたもの、かな。それが美しい顔だったり、美しい言葉だったり、美しい音楽だったり。それにできるだけ自分自身が近づきたいと思う、でも決して手が届かないもの。だって、手が届いたものはもう憧れではなくなってしまうから。それが愛着や自信となるか、失望となるかは手に入れてみないと分からないけど…。
逆に、もとからあったものなら、失って初めて「美しかった」と気づく。自然の美しさなんて、まさにそういうものかも。
Commented by enzian at 2005-10-28 18:48
anitya_oceanさん、またも、遅レスです。

>でも、辿ってくれる探究者が居てくれるからこそ、過去のものから未来への鍵発見の喜びや驚きが発生したりするんでしょうね。

フォローいただき、どうもです。

>美醜は、もう、各個人の嗜好かな・・

けっきょく、そういうことなんですけどね。

>追伸・そー、まずは、バニラで、確かめましょう!

やっぱり原点の確立が大切ということで‥‥^^
Commented by enzian at 2005-10-28 18:51
ハリーさん、レスが遅くなりました。

>このテーマをやっと出してきたのですね。
ということは、今度の高校の授業で「美」についてと思っていらっしゃるのでしょうか?

そうなんです。
今日、終わりました^^

>個人的に、導入としてオススメしたいのは、「美」という感じの持つ意味について説明するのですね。
「美しい」の持つイメージと少し違っていて、最初の「美」というのは体が「大きい」、とか「強い」「丈夫」という意味みたいですし。

大体そんな感じの導入でした。
ハリーさんにすすめられた本は、入手可能であったものは、
目を通して、参考にしました。ありがとうございまふ。

>個人的には「わび」「さび」についてなどはどうでしょう?

ぼくも個人的にわびさびが好きなので、
かなりの時間を割きました。
高校生にはどうか‥‥と思ったのですが、
意外にも、一番食いつきがよかったですね。
Commented by enzian at 2005-10-28 19:46
アラキさん、コメントが遅くなりました。

>今回のコメント数は相当な量ですね。私にとっては、とても勉強になりましたが^^;

いえ、ぼくも参考にしまくりました(^^)

>黄金比、人が美しいと思う比率はどうやって出したのかが気になりました。

黄金比は古代ギリシャからあったようです。
経験的に一番美しいと言えるものを比率を出したようですが、
ただ、ぼくも説明するほど詳しくないのですm(__)m
Commented by enzian at 2005-10-28 19:48
>もう一つ。
美感は距離感があった上で成り立つ感覚だというのが、美学の王道だということを今回初めて学びました。
が、美を感じる物との一体化、同化は必ず美を感じるときにあると思います。少なくとも10回に1回はあります。
そして、一体化しているときにも、自分の存在はそのまた5回に1回は感じます。
美しいこの空間(世界に入り込んでる表現ですが・・・)にいたい。ここに入れて幸せだという感情はまさにそれだと思います。
つまり、美しいと感じるものを、距離のないものとして、一体化したものとして感じ、そのうえで自分の存在を強く感じながら美を感じることもあるということを書きたかったのでした。。 

おっしゃる通り、みなさんのコメントを見る限り、
距離感のある美と、一体化する美がはっきり別れているようですね。
授業でも、この二つの区別ははっきり話しておきました。

ただ、アラキさんの場合は、一体化する美の場合でも、
自分の存在を感じているのですね。
この点はとても興味深いものです。
一体化したときに自己の存在の自覚がどのようになるのか、
というのは、ぼくも以前から興味をもっているところなのです。
Commented by enzian at 2005-10-28 19:58
えほんうるふさん

>私にとっては「憧れ」の具現化されたもの、かな。それが美しい顔だったり、美しい言葉だったり、美しい音楽だったり。それにできるだけ自分自身が近づきたいと思う、でも決して手が届かないもの。だって、手が届いたものはもう憧れではなくなってしまうから。

なるほど。
同じことを言っている哲学者がいますよ。

>それが愛着や自信となるか、失望となるかは手に入れてみないと分からないけど…。
逆に、もとからあったものなら、失って初めて「美しかった」と気づく。自然の美しさなんて、まさにそういうものかも。

日本人ははかないものに美しさを感じますけど、
それは、そういう考え方と通じるものがあるのでしょうね。
「朝顔や、はかなきものは、みなうつくし」
Commented at 2005-10-28 20:49
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-10-28 21:26
鍵コメ11さま

この週はとても忙しくて、鍵コメさんのところでコメントをしたいしたいと
思っていたのですが、ついぞできずじまいでした。

でも、残念です、とは言わないでおきます。

こちらこそ、これまで、
心のこもったコメントを、ほんとうにありがとう。
また、お会いしましょう。
Commented at 2005-10-28 21:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by serene at 2005-11-28 08:07 x
美しさとは、気持ちよいもの。
記憶のなかで 快感は
こっそりと美意識の引き出しを作る。
初めて体験したのに、美しいと思うのは
その引き出しから記憶のカケラが飛び出して
心に魔法をかけるから。
だから、媚びたものには 感じない。
不自然なチカラの圧力には
引き出しは開かない。

はじめまして。
エキブロ新聞を読んで 来ました。
こっそり、ここに足跡残します。
Commented by enzian at 2005-11-28 21:02
sereneさんはじめまして。
enzianです。

美しさとは快感なのですね。
そして引き出しをつくって、
そこに記憶される。

>利不自然なチカラの圧力には
引き出しは開かない。

ここが興味深いのです。

>エキブロ新聞を読んで 来ました。

エキブロ新聞に感謝です。
Commented by coeurdefleur at 2006-10-24 22:59
きれいはたくさんあるんですけどねぇ。
美しい・・・
特別に心の奥の方にあるものに触れたときは
ザワッと鳥肌が立っちゃいます。

なんか・・・オカルトチック^^;

で、なんと説明なさったのですか?
Commented by enzian at 2006-10-24 23:45
柊さん

>特別に心の奥の方にあるものに触れたときは
ザワッと鳥肌が立っちゃいます。

「特別に心の奥の方にあるもの」ってなんですか?^^

>で、なんと説明なさったのですか?

う~ん、なんかつまんない説明をしたような気がしますよ。
あまりにも情けないので、秘密でございます。゛(/><)/ ヒィー
Commented by coeurdefleur at 2006-10-25 01:31
ん~・・・・・・
まま、琴線に触れた としておきましょう^^
Commented by enzian at 2006-10-27 23:23
柊さん

あいあい。^^

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