お星さま

夜の街を歩く。お父さんに肩車をしてもらって子どもが星空を見上げている。澄み渡った空には星座を構成する星たちが瞬いている。想像力とはまことにたくましいものだ。わずかな点を線にし、線を絵にして、絵を人間的な物語にする。闇を闇のままに、混沌を混沌のままにしておけない何ものかが想像力を突き動かすのだろう。それは不安なのだろうか?それとも、もっと違うものなのだろうか?「お父さん、お星さま、よう見えへん」。得体の知れないものを “さまづけ” するのは趣味ではない。だが、何でもかんでも難癖をつけるほど堅物でもない。そこのところの事情を説明するのが、むずかしい。

by enzian | 2005-11-20 20:08 | ※街を歩く | Trackback | Comments(25)

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Commented by toko_chai88 at 2005-11-20 21:33
エンツィアン「得体の知れないものを “さまづけ” するのは趣味ではない。」
とこちゃい「うちはある種の"さまづけ”に得体の知れない抵抗感を感じます。」

抵抗感のない“さまづけ”は手紙や葉書の宛名書き。なぜ抵抗感がないんでしょうか。
習慣なんでしょう。宛名書きが“様”でないと却って抵抗感を感じます。
外国に手紙を出す時に日本式の“様”を不思議に思ったことはありますが、
この問題は結局よく考えないまま現在も放置してあります。

うちが好きな“さまづけ”は「お日さま」「お月さま」「お星さま」の三つです。
「お日さま」と「太陽」は同じもののはずだけど、なにか違うと思いませんか?
「お星さま」であるはずの「金星」や「火星」などにも"さま”をつけると違和感を感じます。
「お星さま」ってのは固有名詞じゃないんですよね。他に何が違うのでしょうか。

「習慣だから」が理由として成立して受け入れられたら楽なんでしょうが、
疑問を抱いてしまうと大変ですね。疲れます。まぁ、大抵の疑問は放置してますが。
Commented by 毒きのこ at 2005-11-20 22:02 x
ぴゅ~ん、やっほ~ ペガススに乗ってやって来ました!

>ままにしておけない何ものかが

これ、ものすっごく気になります。気になります。なんかわたしも漠然ともやもや~っとしていたのですが。そのことを的確に、採り上げてくれたような気がして。言葉にしてこうして発掘されると、眺めてかんがえたり出来るのでいいですねっ。

まんま まんま にしておけないのかもね、人間て。落ち着きないっていうか。好奇心旺盛っていうか。いろんなことに関する歴史を見てみても、何か気になることに出会って発見すると。これでもかってほど、手を加えたがることがやめられないとまらない~

 あー、やっぱわたしは人間だったんだ。毒きのこじゃなくて・・・ (><)



Commented by runa at 2005-11-20 22:53 x
人は想像力を駆使して自らを取り囲む様々な物事を人間の尺度で測り直し手中に収まる様に変換しないと気が済まないんでしょうね。
発達した想像力によって不安はかきたてられ、その発達した想像力を盾に不安と戦う。

今よりもっと空が近くて、今よりもっと闇が深かった頃・・・
星座や神話はそんな頃の人々のよりどころだったのかしら・・・
Commented by aroomwithaview at 2005-11-21 04:36
正直、こんな気持ちは自分の知っている言葉では言い表せない気がするのですが、星の瞬きは星のささやきのようです。全てをささやいてくれる(気がします) 懐かしくなり嬉しくなります。

お月様、お日様は、動いているから海、空、山とは別格なのかな?昔の人の自然に対する畏敬の表れなのかとも思ったり。そして、例えば川端康成の雪国の最後の一文が“踏みこたえて目をあげた途端、さあと音をたてて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった”のようなことなのかもしれないと思ったり。(断言できるものはひとつもありません)
Commented by enzian at 2005-11-21 17:30
とこちゃいさん

>抵抗感のない“さまづけ”は手紙や葉書の宛名書き。なぜ抵抗感がないんでしょうか。

習慣というのはあると思います。
加えて言えば、相手がどのような方であろうと同様の敬意を払うというのは、
ぼくにはあまり抵抗感がありません。

逆に、異様な熱狂を基礎にしたものとか、
当人の努力とは関係のないような、生まれながらの属性を
基礎としたタイプのそれは苦手ですね。

>うちが好きな“さまづけ”は「お日さま」「お月さま」「お星さま」の三つです。

ぼくも、それは好きですよ。
Commented by enzian at 2005-11-21 17:40
(とこちゃいさん、続き)

>「お日さま」と「太陽」は同じもののはずだけど、なにか違うと思いませんか?

ちがいますね。
「お日さま」は、地上にあるすべてのものに同様の恵みを与えてくれるものとして、
感謝がこもった言い方でしょうね。
そしていつも身近にいてくれる、いつも見守っていてくれる存在への感謝の
気持ちがこもっているのでしょうか。「太陽」は、無機質的な用語ですね。

>「お星さま」であるはずの「金星」や「火星」などにも"さま”をつけると違和感を感じます。「お星さま」ってのは固有名詞じゃないんですよね。他に何が違うのでしょうか。

夜空で人に語りかけるように瞬いているのはお星さまであって、
火星や金星ではないのでしょう。火星や金星は一定の周期で太陽を公転する物体です。「金星」や「火星」は無機質的な言い方ですから、
それに「さま」をつけると違和感がありますね。

>「習慣だから」が理由として成立して受け入れられたら楽なんでしょうが、
疑問を抱いてしまうと大変ですね。

とこちゃいさんの言いたいことは、たぶんわかっていると思います。
Commented by enzian at 2005-11-21 17:48
毒きのこさん

>ぴゅ~ん、やっほ~ ペガススに乗ってやって来ました!

わ~い。

>これ、ものすっごく気になります。気になります。なんかわたしも漠然ともやもや~っとしていたのですが。そのことを的確に、採り上げてくれたような気がして。言葉にしてこうして発掘されると、眺めてかんがえたり出来るのでいいですねっ。

最初ぼくは不安というネガティブな感情のことだけを書いたのですが、
お星さまに関して言えばそれだけではないはずなので、
ちょっと記事を修正しました。
その辺りの事情は、以下を参照してくださいな。
http://enzian.exblog.jp/1609343

>まんま まんま にしておけないのかもね、人間て。落ち着きないっていうか。好奇心旺盛っていうか。いろんなことに関する歴史を見てみても、何か気になることに出会って発見すると。これでもかってほど、手を加えたがることがやめられないとまらない~

そうですね。まんまにしておけないのでしょうね。
好奇心をうまく使う必要があるのでしょうね。
Commented by enzian at 2005-11-21 17:56
runaさん

>人は想像力を駆使して自らを取り囲む様々な物事を人間の尺度で測り直し手中に収まる様に変換しないと気が済まないんでしょうね。

考え抜いて出てきた言葉ですね。
そうだと思います。

>発達した想像力によって不安はかきたてられ、その発達した想像力を盾に不安と戦う。

まったく、その通りだと思います。

>今よりもっと空が近くて、今よりもっと闇が深かった頃・・・
星座や神話はそんな頃の人々のよりどころだったのかしら・・・

そうだったのだと思います。
つけくわえることはない‥‥(^^;
Commented by enzian at 2005-11-21 18:08
aroomwithaviewさん

>正直、こんな気持ちは自分の知っている言葉では言い表せない気がするのですが、星の瞬きは星のささやきのようです。全てをささやいてくれる(気がします) 懐かしくなり嬉しくなります。

ぼくもうまく答えることができないのですが(^^; 、
「懐かしくなり、嬉しくなります」というのがとても興味深いのです。
星を見ることは、ある意味、過去を見ることだからでしょうか‥‥

>お月様、お日様は、動いているから海、空、山とは別格なのかな?昔の人の自然に対する畏敬の表れなのかとも思ったり。

畏敬感ないし崇高感があるのだと思います。
動くことにもきっと意味があるはずです。
昔の人は、星の位置変化と地上の変化を重ね合わせました。
星が見慣れない動きを見せると、それが影響を及ぼし、
悪疫が流行るとか‥‥
Commented by enzian at 2005-11-21 18:08
(aroomwithaviewさん、続き)

>そして、例えば川端康成の雪国の最後の一文が“踏みこたえて目をあげた途端、さあと音をたてて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった”のようなことなのかもしれないと思ったり。(断言できるものはひとつもありません)

そうかもしれません。

以上のぼくのレスについては、
毒きのこさんに伝えた記事も参照いただければ、幸いです^^
Commented by 座敷童 at 2005-11-21 21:13 x
当家の変な先人がですね
「自分の目線より上にある物には『さま』をつけなさい」という(教育?)ことを
まだピュアだった頃の私に教えました。
だから「おてんとうさま」「おつきさま」に続いて
「黒線さま(電線)」「ふわふわさま(雲)」など謎の呼び方をした覚えがあります。
でも、木のように自力でそのてっぺんまで行ける物には「さま」はつけなかったです。
私の愛すべきカエルには「さま」がつきません。名号がついてます。
Commented by enzian at 2005-11-21 22:09
座敷童さん

おもしろい教育ですね。
「黒線さま」はともかく、「ふわふわさま」はいいね。
阿弥陀仏ガエル??
Commented by Ry at 2005-11-21 22:46 x
お星様よりお日様の方が自分的によく使うのは
光のまぶしさに関係してるのかしらー?とか全然関係ないこと考えちゃいました。
ぽかぽかしてお昼寝に誘ってくれるのは
太陽って言うよりお日様って言う方がしっくりくる気がします。

こんなこと言ったらいけないのかもしれないけど、
あたしは天皇一家の人に様づけをする方が抵抗があります。。。

闇の向こうに何か可能性を求めてたのかなぁ。
それとも闇の向こうの何かを知っていたのかなぁ。

ものすごく興味があることなんだけど、
色々言ったらつつかれそうなので終わりです。
Commented by enzian at 2005-11-21 23:08
Ryさん

>お星様よりお日様の方が自分的によく使うのは
光のまぶしさに関係してるのかしらー?とか全然関係ないこと考えちゃいました。
ぽかぽかしてお昼寝に誘ってくれるのは
太陽って言うよりお日様って言う方がしっくりくる気がします。

星よりも、太陽の方が、いまのぼくらにとっては
明らかに恩恵(ぽかぽかとか)を与えてくれるからね。

>闇の向こうに何か可能性を求めてたのかなぁ。
それとも闇の向こうの何かを知っていたのかなぁ。

インドもいいけど、ほどほどにね(^^)

>こんなこと言ったらいけないのかもしれないけど、
あたしは天皇一家の人に様づけをする方が抵抗があります。。。

ぼんやりと記事に込めておいた意図が伝わらなかったようですね‥‥
やはり、記事としては失敗だったようです。
とこちゃいさんへのレスをじっくり読んでみてください。
Commented by toko_chai88 at 2005-11-22 17:36
エンツィアン「同様の敬意を払うというのは、ぼくにはあまり抵抗感がありません。」
とこちゃい「うちも基本的には同じです。」

ただ、ひとつ寂しい“様”がありました。
結婚後に祖父母から受け取った手紙です。
本文では“ちゃん”づけで呼んでくれたんですけどね。
祖父母に「様」をつけられたのは初めての経験。
たぶん少しナーバスになっていたんでしょう。

それから「先生」に手紙を出す時は「様」はつけられません。
必ず「先生」と書きます。なぜなのか説明が難しいです。
「先生」の方が「様」より「上」だと感じているようです。
Commented by toko_chai88 at 2005-11-22 17:38
エンツィアン「「太陽」は、無機質的な用語ですね。」
とこちゃい「ええ。それって科学の対象としての存在なのかな、と。」
エンツィアン「とこちゃいさんの言いたいことは、たぶんわかっていると思います。」
とこちゃい「おおっ!なんて殺し文句をさらっと言ってのけてしまうお方なんだ!」

いや、ほんと冗談抜きで「そこのところの事情を説明」するのは難しいです。
「自信がない」といえば、確かにそうなんだけれども、それだけじゃなくて
二重の意味でのタブーが存在するので厄介というかなんというか・・・。

科学を批判するわけではないが、科学万能主義ではない。
「太陽」を知る前の「お日さま」の時代を懐古趣味的に賞賛するわけでもない。
「お日さまは昔からお日さまなのだから今でもお日さまなのだ」と言われると
「なるほど、そーかー」と思う一方で、「え?なんで?どういう意味?」と思う。

・・・すいません。よけと言いたいことが混乱してきたような?う~ん。
Commented by toko_chai88 at 2005-11-22 17:40
エンツィアン「闇を闇のままに、混沌を混沌のままにしておけない何ものか」
とこちゃい「それは一体なんなんでしょうなぁ。」
エンツィアン「それは不安なのだろうか?それとも、もっと違うものなのだろうか?」
とこちゃい「不安もあれば、知的好奇心や探究心もあるような気がします。」

不安によって掻き立てられた想像力が古代の神話を生み出し
不安の根本を克服しようと近代科学が発展してきた・・・短絡的すぎますかな(^_^;)
Commented by enzian at 2005-11-22 18:21
とこちゃいさん、力作ありがとうございます。

>ただ、ひとつ寂しい“様”がありました。
結婚後に祖父母から受け取った手紙です。
本文では“ちゃん”づけで呼んでくれたんですけどね。
祖父母に「様」をつけられたのは初めての経験。

それは寂しいですね。
いきなり突き放された感じがしてしまうでしょうね。

>それから「先生」に手紙を出す時は「様」はつけられません。
必ず「先生」と書きます。なぜなのか説明が難しいです。
「先生」の方が「様」より「上」だと感じているようです。

ぼくは基本的には「先生」を連発する人種が苦手ですが、
恩師には「先生」で出します。
ぼくの場合、「様」より上だとは感じませんが、
学恩のある方には、「先生」で出します。
なぜかなぁ。。。
Commented by enzian at 2005-11-22 18:30
(とこちゃいさん、続き)

>いや、ほんと冗談抜きで「そこのところの事情を説明」するのは難しいです。
「自信がない」といえば、確かにそうなんだけれども、それだけじゃなくて
二重の意味でのタブーが存在するので厄介というかなんというか・・・。

やっかいなタブーですよね。

>エンツィアン「それは不安なのだろうか?それとも、もっと違うものなのだろうか?」
とこちゃい「不安もあれば、知的好奇心や探究心もあるような気がします。」

同感です。
最初ぼくは不安だけだというような書き方をしたので、ちょっと修正しました。
知的好奇心や探究心があるのだと思います。
天文学にしても、その他の科学にしてもそうですし、
哲学なんて、まさにそれだと思います(^^;
Commented by enzian at 2005-11-22 18:36
(とこちゃいさん、さらに続き)

>不安によって掻き立てられた想像力が古代の神話を生み出し
不安の根本を克服しようと近代科学が発展してきた・・・短絡的すぎますかな(^_^;)

いえ、基本的にそういうことだと思います。

それと、ちょっとエラソウにマメ知識として、
近代科学というのは、最初、ほとんど錬金術とか魔術といった
ものと変わらない、自分の個人的な欲望を叶えるようなものとして生じてきたというのを、
頭の片隅に置いておくのもいいと思います。
Commented by Ry at 2005-11-23 01:12 x
あ~ごめんなさい。
あんまり深くは考えずにコメントしてしまいました。
言わない方がいいかなと思いつつ言ってしまったので申し訳ないです。
レスも見てませんでした(´Д`;)

今度からはもっとよく考えてから来ますね(´・ω・`)
Commented at 2005-11-25 09:14
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-11-25 09:46
鍵コメさま

??見てません。
Commented by enzian at 2005-11-25 11:20
Ryさん、レスが遅くなってごめんなさい。
(誤字脱字がはなはだしく、
あまりに恥ずかしいので、修正版(^^; )

いえ、Ryさんが謝る必要はまったくありません。

ぼくはRyさんの考え方がとても健康的だと考えていて、
そういう健康的な考え方をしている人を擁護するつもりもあって
この記事を書いたはずなのに
それがうまく書けていないがために、Ryさんに
「こんなこと言ったらいけないのかもしれないけど」
と書かせてしまったのだなぁと思った、
ということなのです。

>今度からはもっとよく考えてから来ますね(´・ω・`)

そういうことを言わないでください。
でないと、ぼくの記事は辛くなるほどじっくり考えないとコメントできないような
堅苦しい記事になってしまいます。
それはとても困ることなのです。
Commented at 2005-11-25 16:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。

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