オンリーワンであるべく呪われている

「私が図書館にいたとき、当たり前なんやけど、先生は個研にいて別のことをしているんやなぁと思った。みんな不安やないのかなぁ、と思った」。学生がポツリと言った言葉が頭から離れない。

あのとき生まれたのは私であり、いま生きているのは私であり、いつか死ぬのは私であって、ほかの誰でもない。私が跡形もなく消え失せたあとも、地球は相変わらず同じ速度で回転し続け、世の中はなにごともなかったかのように在り続ける。「私」であるとは、誰も代わりがないことであり、誰の代わりにもなれないこと、つまり、決定的に孤立無援であって、逃れようもなく孤独であることでもある。

オンリーワンが、ナンバーワンに代わる人生の目標のひとつとしてもてはやされたことがあった。だが本当のことを言えば、私はいつもオンリーワンであって、常にオンリーワンであるべく呪われている。得体の知れない私という生き物たちが、それぞれに交じり合うことなく、もちろん、助け合うこともできずに生きていること(たとえそのまったく逆のこともまた真であるとしても)の不安定さ――それが、学生が「不安」ということで言わんとしたことなのだろうか。

by enzian | 2005-12-15 22:22 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(33)

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Commented by かっちん at 2005-12-16 00:23 x
この不安はたまに考えることがありますね。
でも考え始めると怖くなるので、あんまり考えたくない事柄でもあります。
この世界ではオンリーワンなのかもしれないけど、いまここに自分がオンリーワンでいるためには、実はそれぞれオンリーワンであった父と母がいて、オンリーワンであり続けるために互いを必要とした結果オンリーワンである自分がいるわけです。その父と母もそれぞれわたしと同じようにオンリーワンであり続けるために互いを必要としたわたしの祖父と祖母によってオンリーワンの存在を与えられたわけです。オンリーワンは実は孤立しているわけではなく、綿々と繫がっているのではないでしょうか。
そう考えるとちょっとは、オンリーワンであることに怖くなくなる気がしてきます。不安が少しは安らぐような気がするのです。
Commented by unnyo8739 at 2005-12-16 01:08
一つであれば認識する事すらできません。
例えば、この世に夜しかなければ、それが夜である事すら気がつかないように。
自己というものに限れば人間は孤独なのかもしれませんが、故にそれぞれを支えあう物であるとすれば、それはそれで面白い事ですね。
それぞれに個であり弧であるからこそ、必然的に助け合う事も触れ合う事もできるわけで。
そういえば他人の頭の中にも自分が存在しているし、よくよく考えれば、私達は唯の一つでもないんじゃないでしょうか。

などと色々と考えてしまいますが、私の場合論理的思考が出来ないため、実に支離滅裂かつ自己完結的な思考で終わってしまいます。
Commented by アラキ at 2005-12-16 01:57 x
本当に私が無くなっても地球は回り続けているんでしょうか。
私には「私」が無くなると、全てはそのまま流れ続けるということはない
という感覚があります。
それまでの全てはプツンと終わる。
輪廻転生があるのなら、また1つの新しい世界が生まれ、始まる。
「私が」ではなく、「全てが」。
エゴ的な考え方で、人には言えない感覚ですけど、あると思ってます。
極端な言い方をしたら、人の魂があるのなら、それらは私の中に生きている、
そういう感覚です。
Commented by rei_ayakawa at 2005-12-16 08:06
死=意識の消滅と仮定すると、他人が死んでも「私」から見た世界は回り続けますが、「私」の死は「私」にとっての世界の消滅を意味します。
よって、「私」は他人の死は経験できても、「私」の死だけは経験できません。
そこに、他者とは決して共有できない、どうしようもない孤独があるのかもしれませんね。
Commented by enzian at 2005-12-16 10:21
かっちんさん

>この世界ではオンリーワンなのかもしれないけど、いまここに自分がオンリーワンでいるためには、実はそれぞれオンリーワンであった父と母がいて、オンリーワンであり続けるために互いを必要とした結果オンリーワンである自分がいるわけです。その父と母もそれぞれわたしと同じようにオンリーワンであり続けるために互いを必要としたわたしの祖父と祖母によってオンリーワンの存在を与えられたわけです。オンリーワンは実は孤立しているわけではなく、綿々と繫がっているのではないでしょうか。

ぼく自身は、かっちんさんのような「私」の見方の方に傾いています。あまりよい言葉でないかもしれませんが、「私」はワン・オブ・オールであるべく呪われてもいるのでしょう。学生はたぶん、かっちんさんのおっしゃるようなことをわかっていると思います。ただ、わかっていても、孤独の側面を強く考えてしまうのだと思います。今回は、そういう考え方の方に寄り添ってみました、その考え方自体は間違いではないのですから。「私」のふたつの側面のどちらにウェイトを置くか、それを分けるものはなんなんでしょうね。
Commented by enzian at 2005-12-16 10:27
unnyo8739さん

>一つであれば認識する事すらできません。
例えば、この世に夜しかなければ、それが夜である事すら気がつかないように。
自己というものに限れば人間は孤独なのかもしれませんが、故にそれぞれを支えあう物であるとすれば、それはそれで面白い事ですね。
それぞれに個であり弧であるからこそ、必然的に助け合う事も触れ合う事もできるわけで。そういえば他人の頭の中にも自分が存在しているし、よくよく考えれば、私達は唯の一つでもないんじゃないでしょうか。

おっしゃる通りだと思います。unnyo8739さんの考え方はそれ自体として完成されたものだと思います。それを認めたうえで、今生きている自分を、ほかの誰かが代わってくれるかというと、そうでもない、それも事実なのだと思います。どちらにウェイトを置くのかの違いだけなのでしょう。
Commented by enzian at 2005-12-16 10:37
rei_ayakawaさん

>死=意識の消滅と仮定すると、他人が死んでも「私」から見た世界は回り続けますが、「私」の死は「私」にとっての世界の消滅を意味します。
よって、「私」は他人の死は経験できても、「私」の死だけは経験できません。
そこに、他者とは決して共有できない、どうしようもない孤独があるのかもしれませんね。

哲学書を読んでらっしゃるようですね。
そうですね。ひとつの考え方なのだと思います。
Commented by enzian at 2005-12-16 10:45
アラキさん

>本当に私が無くなっても地球は回り続けているんでしょうか。
私には「私」が無くなると、全てはそのまま流れ続けるということはない
という感覚があります。
それまでの全てはプツンと終わる。

自分の世界は終わるけど、実在の世界はそのままだ、という言われ方をします。
記事は大体、そのような見方で書いてあります。

しかし、違う言い方もできます。とても抽象的で難解かもしれませんが・・
私たちは自分の視点から見た「世界」しか知りません。
その世界が、私たちが「世界」と言うものの全てです。
そういう考え方からすると、アラキさんがおっしゃるように、
私がなくなって、私の視点がなくなったときには、
「世界」は無くなるのでしょう、プツンと終わる。

>輪廻転生があるのなら、また1つの新しい世界が生まれ、始まる。
「私が」ではなく、「全てが」。
エゴ的な考え方で、人には言えない感覚ですけど、あると思ってます。
極端な言い方をしたら、人の魂があるのなら、それらは私の中に生きている、
そういう感覚です。

輪廻転生は、ぼくにはよくわかりません。
Commented by rakubin at 2005-12-16 13:44
抽象的な書き方になってしまいますが、、、。
自分は孤独なのだと心に留めておかなければ、足元がぐらついてしまうような気がします。「大丈夫か?大丈夫だね」、とたまに問いかけてみます。孤独に浸ることでズレをリセットできるので、私は孤独を感じることを利用できる人間なのだと思います。
うちの夫は、彼のweb日記の中で、「ときどき襲ってくる鬱の波も、また、ぼくにとってはカタルシスであって、生きてゆくために必要な不適応状態なのである。」と書いていました。言葉は違うけれど、彼もまたリセットしているのだと思います。
何が言いたいのかわからない文章になってしまいました。ごめんなさい。
Commented by palehues at 2005-12-16 15:57
産み落とされた瞬間から、死へと向かって生きている私たちにとって、
孤独であるということは、それもまた生まれた瞬間からどこかに埋め込まれている
事なのかもしれませんね。
そのことを本能的に悟っているために、不安を覚えるのではないでしょか?
私が感じることですが、孤独を知っている人って、本当の優しさを持ち合わせてる人が
多い気がするんです。もともと一人で生きなくてはならないのだからと、孤独を好む
人こそ、なぜか優しいのは不安で臆病な心とその人が上手くつきあっているからじゃないかと。。。
ちょっとずれちゃったかな。
孤独や不安があるからこそ、助け合い、愛することができるんだと、
私は思っています。
Commented by enzian at 2005-12-16 17:57
rakubinさん

>自分は孤独なのだと心に留めておかなければ、足元がぐらついてしまうような気がします。「大丈夫か?大丈夫だね」、とたまに問いかけてみます。孤独に浸ることでズレをリセットできるので、私は孤独を感じることを利用できる人間なのだと思います。

うまくレスできる自信がないのですが‥‥^^

rakubinさんがおっしゃるのは、もともと人は孤独で、でもふだんはそれを忘れて生活している(社会性なしには生きてゆけないわけですから)、それはある種、無理のあることでもある。裸の存在が厚着をしているようなもので、ときに重く感じるようなこともある。例えば、人間関係というのは複雑で、そのなかではトラブルも多い。そういう意味でも、時に「人はそもそも孤独で、そういう孤独な存在があえて人との関係を求めようとするわけだから、トラブルがあってしかるべきで、悲観するには及ばない」という確認ができれば、社会のなかで健全に生活できるということなのでしょうか。
Commented by enzian at 2005-12-16 17:58
rakubinさん、続きです。

なんか違うような気が‥‥
人のコアの部分、あるいはルーツの部分が孤独であって、
そういう部分にたまに帰還することなしには生はない、ってことでしょうか。

下の記事もよければごらんください。
「“小さな孤独”のススメ」
http://enzian.exblog.jp/3587068/

わかりませんでした‥‥スマヌ(@@)
Commented by かっちん at 2005-12-16 18:09 x
>「私が図書館にいたとき、当たり前なんやけど、先生は個研にいて別のことをしているんやなぁと思った。みんな不安やないのかなぁ、と思った」。

今あらためて読み直してみると、とても強烈なつぶやきですね。
このつぶやきは面白い。

昨晩は酔っ払っていました。
今晩、今一度お風呂で考えてみたいと思います。。。
Commented by enzian at 2005-12-16 18:11
palehuesさん

>産み落とされた瞬間から、死へと向かって生きている私たちにとって、
孤独であるということは、それもまた生まれた瞬間からどこかに埋め込まれている
事なのかもしれませんね。
そのことを本能的に悟っているために、不安を覚えるのではないでしょか?

そうですね。
プリミティブ(根源的かな?)なセンスのある学生なので、
そういうことを本能的に知っているのかもしれません。

>私が感じることですが、孤独を知っている人って、本当の優しさを持ち合わせてる人が
多い気がするんです。もともと一人で生きなくてはならないのだからと、孤独を好む
人こそ、なぜか優しいのは不安で臆病な心とその人が上手くつきあっているからじゃないかと。。。
ちょっとずれちゃったかな。
孤独や不安があるからこそ、助け合い、愛することができるんだと、
私は思っています。

孤独な人へのやさしい眼差しですね。
ぼくもそう思います。
Commented by enzian at 2005-12-16 18:21
かっちんさん

>「私が図書館にいたとき、当たり前なんやけど、先生は個研にいて別のことをしているんやなぁと思った。みんな不安やないのかなぁ、と思った」。

今あらためて読み直してみると、とても強烈なつぶやきですね。
このつぶやきは面白い。


そうでしょ、強烈なつぶやきでしょ。
このつぶやきで、ぼくを何回も困らせてきたんですよ、こやつは‥‥

>昨晩は酔っ払っていました。
今晩、今一度お風呂で考えてみたいと思います。。。

あの~だったら、酔っ払いの見方に同意したぼくの立場は
どうしたらよいのでしょうか(--;)
Commented by かっちん at 2005-12-16 18:37 x
「個と社会との関わり」という観点から考えてみると、みえてくるものがあるような気がする。「個」とその所属する「社会」を精神的に行き来できる環境にある人ほど、この学生さんのようなつぶやきを漏らしやすいような気がします。
お風呂のなかであひるちゃんと戯れながら、もうすこし考えてみたいと思います。。。
Commented by 毒きのこ at 2005-12-16 18:59 x
>呪われている

きゃぁ~~、空の上からenzianさんに3オクターブぐらい低い声で言われてるような気がするよ~バッサ~~\(--)/~~ バッサ  お祓い お祓い・・・(**)

 
  呪われているからこそ   ひとりぼっちに身震いして   群れたくなるのかな
Commented by enzian at 2005-12-16 20:43
かっちんさん

ぼくもお風呂であひる君と考えようっと‥‥(バカだね)
Commented by enzian at 2005-12-16 20:45
毒きのこさん

>呪われているからこそ   ひとりぼっちに身震いして   群れたくなるのかな

それはあるのでしょうね。

>ぎゃぁ~~、空の上からenzianさんに3オクターブぐらい低い声で言われてるような気がするよ~バッサ~~\(--)/~~ バッサ  お祓い お祓い・・・(**)

爆笑。
でも、そんな怖いことを言ってるんじゃないですよ。
ちょっと強調するための言葉なのれす。
(サルトルって人の言葉をもじってあります。)
Commented by f-as-hearts at 2005-12-16 21:56
とても興味深いお話ですね。

ある映画で聞いた台詞で、父親に息子が問いかけるシーンを思い出しました。
「僕にはお父さんが3人に見える・・・1人は、周りの人に見せるお父さん、1人は僕が知っているお父さん、そしてもう1人はだれも知らないお父さんだ。」

本当の自我というのは、もしかしたら死ぬ寸前に分かるのかもしれない、これで終わりというときになって初めて、忘れたくない記憶とともに誰かに覚えていて欲しい、そんなものかもしれませんね。孤独を怖いと感じるのは、原始的な本能、明日は飢えて死ぬか、獣に襲われて死ぬか、そんな夜の恐怖が未だに人間の脳には生物の根源としてあるから・・・そんなことも聴いた覚えがあります。
Commented by rakubin at 2005-12-17 04:14
レスをありがとうございました。
>裸の存在が厚着をしているようなもので、ときに重く感じるようなこともある
そう感じるときがあります。厚着をしている自分に気が着いたとき、無意識のうちにバランス感覚を保とうとして、自分を取り巻く社会と距離を置こうとするのかも、、、。

そして「“小さな孤独”のススメ」も読ませていただきました。
>自分自身との対話にこのうえない豊かさを感じる人がいて、
このうえない、とまでは言いませんが、"ひとり"を楽しむことができます。

>新しい情報をいったん遮断することが、社会で生活してゆくために
>どうしても必要であると感じている人がいるからです。
ひとりのときも新しい情報は次々と入ってきます。遮断というより、「いったん巣に戻る」と言ったほうが私にとって適切な表現かもしれません。
Commented by enzian at 2005-12-17 07:53
f-as-heartsさん

学生は、自我の恐ろしさの一つの側面に気づいているのかもしれません。
Commented by enzian at 2005-12-17 07:55
rakubinさん

どういたしまして。
なんとなく明るくなったのですが、もうレスは控えます^^
Commented by tone-color at 2005-12-17 09:28
例えばすごく自分のことをわかってくれていると思ってる人が自分とはまったく別の世界を生きている。と、するとその瞬間を考えるだけで、「私は誰の世界にも属されていないのだ」と感じる。決してその大切な人は自分を置いてきぼりにしたわけでもなく、そこに何の意識もなくても、自分は先生とは別の世界を生きているんだと感じる。何かに繋がりを求める時には、同じ時同じ場所ににいないとそれに繋がりを持てないこともあるのだと思います。不安は不満が心の底にあることがある。この学生さんの気持ちはわかりませんが、オンリーワンであるがゆえの、自由(基本的に何にも制限されない)をもしかしたら不安に思っているのかもしれません。それはまだ確かでない自分の生き方を先生の生き方と区別する所から始まり、自由を持ち合わせているオンリーワンへの移行ではないでしょうか。
きっとこの先も「不安」については波の様に押し寄せたり引いたりするでしょう。そんな時、つぶやきを聞いてもらうだけでも十分安心したりすると思います。
Commented by enzian at 2005-12-17 13:08
tone-colorさん

tone-colorさんのおっしゃりたいことはよくわかりました。
学生は、オンリーワンへとしての生き方を確立する途上にあって、
その移行期の不安定さがその言葉になったのだ、そして、
そのような不安定さはいかんともしがたいものであったとしても、
それを聞いてくれる人がいれば、わずかなりと安心感を与えることができる、と。
了解です。
Commented by aroomwithaview at 2005-12-17 14:02
おもしろいですね。

小学生の低学年の頃かな?この考えで子供ながらに混乱したのを覚えています。そして、さらにティーンエイジの終わりから大学時代とかにも似たような時期を迎えた覚えがあります。

娘が6歳頃から、自分と他の人との境界線を感じているのだなと思ったことがあります。それまで、全く興味がなかった赤ちゃんの存在が見えてきた様子に驚きました。それまでは、自分も周りも一緒。羞恥心も少なく。自分も赤ちゃんのようだったのに。

ティーンエイジの頃は(私事ですが)妙に恋をしたかったり。今、振り返ってみれば、孤独を強く感じたときだったのかとも思います。

成長の段階で、自分と向かいあって孤独を感じたり、それにあわせて必要なものもそこにあって、そして年老いると、も一度、復習するかのように自分の子供をみながら学んでいる気がします。年とともに、孤独感はうすれていく気がします。
Commented by enzian at 2005-12-17 14:42
aroomwithaviewさん

なるほど、こういう孤独感はそれが強まる時期があるのかもしれませんね。
それは、娘さんのように自己と他者との区別の時期だったり、
aroomwithaviewさんのように、異性を意識する時期だったり‥‥
どちらも、自分を意識する時期なんでしょうね。

誰しもそういう成長段階を踏んでゆくのでしょう。
娘さんを成長の見れば、そのことが改めてわかるのでしょうね。
子育てとは、自分の成長の跡を見つめ直すことでもあるのでしょうか。
Commented by 座敷童 at 2005-12-19 01:19 x
私はもうそんな真っ直ぐな考え方が出来ないようになっているのですが、(ある瞬間を除いて)
では、その学生が抱えているのが「孤独に支配された不安」であれば、
図書館で他の学生や、本に囲まれている自分は不安ではないんですよね。
オンリーワンであることさえ自覚しなければ。
その呪いは自分でかける呪いでしょうか・・・
私の思い付く限りは自分でしかかけられないんですけど。
自分という枠組みが決壊しないための、防御魔法ですかね。

孤独に対する恐怖をもって、それから一目散に逃げ続ける生き方をする人を知っています。
彼は孤独から身をかわすことによって、
「創作物語」(芸術・音楽に含まれるもの)を解することが苦手になっていきました。
自分が共感するものを失っていくようです。
Commented by enzian at 2005-12-19 22:58
座敷童さん

>私はもうそんな真っ直ぐな考え方が出来ないようになっているのですが、(ある瞬間を除いて)

まっすぐ、とはどういうことですか?

>では、その学生が抱えているのが「孤独に支配された不安」であれば、
図書館で他の学生や、本に囲まれている自分は不安ではないんですよね。
オンリーワンであることさえ自覚しなければ。

うまく理解できている自信がないけど、学生が言っている不安は、
自分の周りに自分と同じ人がたくさん人がいると思っていたのに、
ある日突然、その人たちが人の形をしたただの枯れ木だとわかった、
というときに感じるような不安です。

>その呪いは自分でかける呪いでしょうか・・・
私の思い付く限りは自分でしかかけられないんですけど。
自分という枠組みが決壊しないための、防御魔法ですかね。

誰でも生まれながらにしてかけられている呪いです。
そういう意味で、クリスチャンの方にお叱りを受けるかもしれないけど、
人間である限り例外なく背負っているような原罪のようなものです。
ただ、それに気づく人と、気づかない人がいます。
学生は気づくタイプですね。
Commented by enzian at 2005-12-19 22:58
(座敷童さん、続き)

>孤独に対する恐怖をもって、それから一目散に逃げ続ける生き方をする人を知っています。彼は孤独から身をかわすことによって、
「創作物語」(芸術・音楽に含まれるもの)を解することが苦手になっていきました。
自分が共感するものを失っていくようです

孤独な自分を見つめることが創作のために必要だということなんですね。
Commented by enzian at 2005-12-20 19:46
>うまく理解できている自信がないけど、学生が言っている不安は、
自分の周りに自分と同じ人がたくさん人がいると思っていたのに、
ある日突然、その人たちが人の形をしたただの枯れ木だとわかった、
というときに感じるような不安です。

この表現は、ちょっと違う気がするので訂正しておきます。
自分として納得できないので‥‥
Commented by 忘却者 at 2007-05-08 14:58 x
死すべき者として生を歩む・・人間の宿命ですね
Commented by enzian at 2007-05-12 08:45
忘却者さん

そうですね。

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