サワガニとモクズガニ

b0037269_1826940.jpg(1)                 
郷里には井手川(いでがわ)という川が流れていました。川幅せいぜい数メートルほどの小さな川でしたが、夏でも水が枯れることはなかった。農業用水としても重宝されていたようです。

水のなかにはさまざまな生きものがいて、それらと戯れるのは、地区の子どもたちの楽しみのひとつでした。魚の種類は多くなく、フナ、カワムツ、タナゴ、ヨシノボリ、ドンコの五種類だけでした。

一番たくさんいたのはカワムツでした。一般にカワムツはオイカワ(ハエ)釣りの外道として嫌われるようですが、子どもたちにはよい遊び相手でした。かなり大きいのがいたように思います。一番の大物は、バケツに入った魚体が折れ曲がっていたことを覚えていますから、優に20センチを超えていたのでしょう。繁殖期のオスは婚姻色に染まって、それはそれは美しかった。網に入った美しい婚姻色を見てそれで十分に満足した少年たちは、そっとカワムツをもとの流れに戻してやるのでした。 

(2)
繁殖期のカワムツをもしのぐ美しさを誇っていたのがタナゴ(バラタナゴ)でした。「バラ」は婚姻色の美しさをバラの花にたとえた呼び名ですが、じっさいには、バラ色というよりも、青紫や緑や桃色を絶妙にまぜた、小さな宝石箱のような魚でした。

美しい魚は、謎を秘めた魚でもありました。井手川のたった一箇所でしか姿を見ることがなかったのです。集落にほど近い、墓地へと続く道に架かった橋の下の小さな淀み、「はかんか」と呼ばれた池から出た水が流れ込む場所でした。

「はかんか」という呼び名は、「墓の角にある池」がなまったものでした。あるとき、はかんかの護岸工事がはじまりました。重機が持ち込まれ、たくさんの人たちが働き、夜には酒盛りの声が聞こえることもありました。半年も続いた工事が終わって行けば、はかんかの周りにはおびただしい数のドブガイの貝殻が捨てられ、積み重なっていました。その量たるや、はかんかのドブガイすべてを食べつくしたのではないか、と思えるほどでした。貝殻の焼け跡から、工事の人たちが夜な夜なそれを焼いて食べていたらしいことは、察しがつきました。

工事の後、井手川で小さな宝石箱を見ることはなくなりました。タナゴがドブガイに託卵をする珍しい習性をもった魚であることを知ったのは、ずっと後になってからでした。

(3)
フナは清流よりも泥深い湖沼を好みますので、タナゴと同じように、大半は、はかんかの池から流れてきているようでした。ふだんはそれほど数は多くなかったように思いますが、とつじょとして井手川がフナで溢れかえることがありました。一年に一度、池の水を抜く池さらい(池干し)がはじまったときです。

たくさんの人がこの時期を楽しみにしていました。池の水が徐々に少なくなってくると、魚の逃げ場がなくなって、ジャコトリ(雑魚取り)ができるからです。すっかり水がなくなった池には、それまで水底だった泥地がひろがっており、ところどころにホテイアオイや、鋭い棘がついた実を茹でると栗のような味がするというヒシ(菱)が乗っかっていました。

水草もそこそこに、大人も子どもも泥だらけになって、逃げる魚を追いかけまわしました。網もなく、なんの造作もなしに魚が手づかみにできるのです。楽しかった。全身泥だらけになって、フナで一杯になったバケツを提げて意気揚々と家に戻りました。フナは祖母の大きな鍋で甘露煮になりました。

はかんかには噂がありました、骸骨があるという。教えてくれたのは二人の幼なじみでしたが、にわかには信じがたいことでした。犬でもなければ猫でもない、人間の骨なのです。好奇心が恐怖心をわずかに寄り切り、二人の案内を受けることにしました。数日前まで水底であったところに、それはありました。頭骨の上部のお皿の部分だけが、緑色に変色して横たわっていました。

甘露煮への食欲はうせました。自分ひとりでは抱え切れなくて、祖母に告げました。「はかんかにな、骨あってん」。甘露煮を見ながら、祖母はさも当たり前のように答えました。「はかんかはな、上にある墓から骨やらリン(燐)やらが流れてくるさかい、(魚は)美味いねんで」。墓地は土葬でしたから、雨などでリンが流れることあるかもしれないとは思いましたが、骨が流れ出すというのはどういうことなのか、よくわからないままでした。

謎は謎のままで、次の日も楽しいジャコトリに集中することにしました。その日は泥の池には入らず、池の水が流れ出る排水口の周囲で魚を取ることにしました。はじめてすぐに素足に当たる鋭いものがありました。取り上げれば、それは背骨でした。驚いて水に戻して、周りを見れば、あたり一面、骨だらけでした。排水口から出る強い水流で泥が洗い流され、池の堆積物が姿を現していたのです。

はかんかと墓地のあいだには竹薮がありました。墓地は明治以降の比較的新しい墓地(はかち)で、竹薮は江戸時代以前の人たちの墓地(はかち)であったこと、池の水が少しずつ竹薮を浸食して、そこから昔の人たちの骨が池に流れ込んでいることを知ったのも、しばらく後のことでした。

今、はかんかを見下ろす墓地には、あの日、甘露煮を作ってくれた祖母が眠っています。何百年かして、やがて祖母が生きていたことを知る人が誰もいなくなったころ、現在の墓地もまた、はかんかに侵食されて、祖母の骨も池に流れ込むのかもしれません。

(4)
命を育み、夏も枯れることのない井手川の水はいったいどこから流れてくるのだろうか。いつしか、井手川を遡り源流を突き詰めたいという押さえがたい思いが芽生えていました。井手川は、「神が鎮座する山」の意味をもつ甘南備山(かんなびやま)から流れ出ていました。その山は子どもが行くことを禁じられていた “聖域” でした。

あるとき、禁を破り、井手川の源流を求める “小さな冒険” に出ることを決意しました。タナゴがいる淀みを過ぎ、はかんかを通り過ぎて、道は遥かに続きます。心細くも、とぼとぼと歩き続ければ、そこは山間(やまあい)の地区にしてなお「山田」と呼ばれた山深い場所でした。いつしか井手川は魚の影も見えない小川となり、甘南備山の手前で、山の麓を取り巻くように東西に分かれていました。

東の流れはやがて小さな沼に続いていました。うっそうとした木々が覆いかぶさっています。浅く、水は透明でした。水面は鏡面のようで、木々のあいだから射し込んだ光を反射していました。美しいながらも、長くいてはならないと本能的に感じるような幽鬼漂う場所でもありました。早々に立ち去り、二度と行くことはありませんでした。

見つけたいのは、水がこんこんと湧き出る場所、そここそが井手川の源だと言える場所でした。西の流れはさらに山間へと続いていました。小川を伝い、萱原を、木々をかき分け、山に分け入ります。ポインターを連れた二人のハンターと出会いました。「坊(ぼう)、こんなところに来たら危ないぞ」。そんなことは、はなからわかっているのです。二人をそこそこにやり過ごし、山をよじ登ります。やがて、わずかな流れが崖を伝っている、滝と言うには程遠い場所にたどり着きました。山はとつじょとして急峻となり、根っこで岩を抱え込んだ木々がせり出しています。源まであとわずかに思えましたが、これ以上子どもが登るのが無理なことは明らかでした。夕暮れも迫っていました。

この、岩伝う、いかにもたよりない流れが求めていたものだったのか――はっきりとしたなにかを見つけられるはずだという思いは肩透かしにあったような気がしました。下流で遊び相手になってくれたカワムツもタナゴもフナもそこにはいません。寂しい思いが全身を刺しはじめ、甘南備山に登ってはならぬという大人たちの言葉が脳裏をよぎったとき、足元の石と石の隙間に動くものがありました。サワガニでした。石を裏返せば、小指の爪ほどの小さなサワガニたちが這い出してきました。下流では見たことのない生き物でした。うれしかった。

(5)
少年時代も終わりを告げるころ、井手川で、それまで見たこともないカニを見つけたことがあります。二つのハサミに藻(ないし毛)のようなものを生やした20センチほどの大きなカニでした。それがモクズガニと呼ばれるカニであることは図鑑からの知識で知っていましたが、なぜ井手川にいるのかわかりませんでした。モクズガニは海で孵化して川を遡り、成長するとまた川を下る(降海、あるいは降河口する)カニです。そのようなカニが、海から遠く離れた山里の小さな川にいる理由がわからなかった。戯れに誰かが放したのかとも思いました。

戯れではありませんでした。橋から井手川を見下ろせば、数匹のモクズガニが淀みの底をうごめき、死んだフナに集(たか)っていました。ながく井手川とともに暮らしながら、そのようなカニがおそらく毎年のように遡上していたことに気がつかなかったのです。

モクズガニは少年を不安にしました。甘南備山のサワガニには感じなかった感情でした。井手川を遡ろうとした少年にも、川を下ろうという気持ちはついぞ起きなかったのに、モクズガニははるばる海から自分でやってきた。小さな井手川は大きな木津川に流れ込み、木津川はさらに大きな淀川となってやがて海に注ぎます。遥かに遠く、どこまでも茫洋たる突き詰めようのない巨大ななにか。それが海のイメージでした。モクズガニは海を知っていましたが、山里に “陸封” されていた少年は海を知らなかったのでした。 (了)

by enzian | 2005-12-29 15:24 | ※山河追想 | Trackback | Comments(40)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/3964604
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by bs2005 at 2005-12-29 15:42
大変楽しく全編読ませて頂きました。一篇の良質な短編小説を読んでいるような感じでした。子供の頃、私も弟と一緒に、聖域であるねず山に行こうとして、途中で、畏敬のようなものに打たれて、引き返してきた思い出があります。その時のことを思い出して、きゅんと懐かしい思いにもさせられました。年の終りにふさわしい読み物を有難うございました。
Commented by toko_chai88 at 2005-12-29 21:15
3回読んではぁ~~~とため息。
今のうちの澱んだ細胞には入ってきてくれない世界(T_T)ウルウル...

ニンゲンやって地球生命体なんよねぇ。。。
Commented by gauche3 at 2005-12-29 21:20
う~ん・・enzianさん。
詩のような短編小説のような・・情景が目の前に広がるような文章ですね・・素晴らしいです。
「はかんか」という言葉と共に、ずっと僕の記憶に残り続けそうです。
Commented by 毒きのこ at 2005-12-29 21:47 x
カニ ミ(゚゚)ミ カニ ミ(゚゚)ミ

おおっ、未知との遭遇・・・(手に汗っ)
少年くんと、どきどきわくわくな時間をすごせました。
・・・幼年期の終わりなのですね。ちょっぴりせつない。
Commented by kaori_yoshihara at 2005-12-29 22:45
こんばんは^^
enzianさんにも子どもの頃があったんですねぇ。。。
私の中の「enzianさん」の厚みが、どんどん増していくようです。

人骨って、もっと珍しいものかと思っていました。(土葬のところは場所によって出てきちゃうんだ・・・)おばあさんの時代には今よりもっと近いところがあったんですね。
今は、「死」があまり身近に感じられないような気がします。それと同時に、「生」も遠くなっているような気がします。(ちょっと、短絡的かしら・・・)

今年からブログを始めて、早いうちにここを見つけられたのは幸せです。
あぁ~ホメスギタカシラ・・・(笑)いやいや、まぁまぁ、、、
本年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願い致します。
よいお年をお迎えください^^  それでは~
Commented by enzian at 2005-12-29 23:31
bs2005さん

>大変楽しく全編読ませて頂きました。一篇の良質な短編小説を読んでいるような感じでした。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

>子供の頃、私も弟と一緒に、聖域であるねず山に行こうとして、途中で、畏敬のようなものに打たれて、引き返してきた思い出があります。その時のことを思い出して、きゅんと懐かしい思いにもさせられました。

少年のころのぼくにとっては、甘南備山は畏敬感に満ちたものでした。
じつはこの山でいろいろな失敗をしています。
それはそれは恐ろしい思いもしたのですが、今では懐かしい思い出です。

Commented by enzian at 2005-12-29 23:46
とこちゃいさん

>3回読んではぁ~~~とため息。
今のうちの澱んだ細胞には入ってきてくれない世界(T_T)ウルウル...

そうですか?
とこちゃいさんのいつもフレッシュな細胞なら、
きっと大丈夫だと思いますよ。

>ニンゲンやって地球生命体なんよねぇ。。。

そう思います。
田舎の人ならそういう意識が強いなんてことは冗談でも言うつもりはありませんが、
少なくとも祖母には(むずかしいことはわからなくても)、
そういう意識が自然と身についていたと思います。
Commented by enzian at 2005-12-29 23:50
猿夫さん

じつはこれを書いていたとき、ひそかに、
猿夫さんの詩に、いつもより近づけたかな、という思いがあったのです。
(どういう意味でか、は説明しにくいのですが‥‥)
だから、ご本人からそう言っていただけると、うれしいのです。
ありがとうございます。
Commented by enzian at 2005-12-29 23:54
毒きのこさん

>カニ ミ(゚゚)ミ カニ ミ(゚゚)ミ

あっカニなのね、これ。
かわいいな。ゲットなり。

>おおっ、未知との遭遇・・・(手に汗っ)
少年くんと、どきどきわくわくな時間をすごせました。
・・・幼年期の終わりなのですね。ちょっぴりせつない。

そうですね。
これで少年とはさよならです。
この後、モクズガニをどうさばくか、
がぼくの課題となってゆくのです。
(板前の修業を始めるって意味じゃなくてね^^)
Commented by enzian at 2005-12-30 00:00
かおりさん(強引にこう呼ばせていただきます!)、こんばんは。

>enzianさんにも子どもの頃があったんですねぇ。。。
私の中の「enzianさん」の厚みが、どんどん増していくようです。

ありますよ。
今も少年のようでもありますけどね‥‥
(殴ってやってください。)

>人骨って、もっと珍しいものかと思っていました。(土葬のところは場所によって出てきちゃうんだ・・・)おばあさんの時代には今よりもっと近いところがあったんですね。
今は、「死」があまり身近に感じられないような気がします。それと同時に、「生」も遠くなっているような気がします。(ちょっと、短絡的かしら・・・)

いえ、短絡的ではなく、まったくその通りだと思います。
ひとつにはそういうことが言いたかったのです
(ほかにも含みがあるけどね^^)
読み取ってくれて、ありがとう。
Commented by enzian at 2005-12-30 00:02
(かおりさん、続き)

>今年からブログを始めて、早いうちにここを見つけられたのは幸せです。
あぁ~ホメスギタカシラ・・・(笑)いやいや、まぁまぁ、、、

そうだと思いますよ。
じつにラッキーだったと思います。
(ケリ入れてやってください。)

>本年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願い致します。
よいお年をお迎えください^^  それでは~

こちらこそ、楽しいコメントありがとうでした。
来年もよろしゅうに。
Commented by 006 at 2005-12-30 01:05 x
こんばんは。
では早速・・・
o-_-)=O☆パンチ
(`O´┌θ☆ケリッ

>MIKAN=みかん=ミカン=蜜柑=未完 です。

(゚Д゚)!!不覚・・・(-"-)

イメージを実感に変えたい、手ごたえがほしい、っていう好奇心・探究心は、いつまでも持ち続けたいですね。
そういうことを意識しないでやっていた頃の、言葉では表現しにくい感情が伝わりましたヨ。
しかし、結構やんちゃだったんですね^^
おっとー、体なまってませんかー!
Commented at 2005-12-30 04:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-12-30 04:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-12-30 04:48
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-12-30 04:49
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kaori_yoshihara at 2005-12-30 09:13
>かおりさん(強引にこう呼ばせていただきます!)

どうぞどうぞ^^

>(殴ってやってください。)
(ケリ入れてやってください。)

はいっ!ではっ!(006さんにならって。というか、いただいて^^;)
(エエイッ} o-_-)=O☆パンチ
(トリャッ} (`O´┌θ☆ケリッ
                    プププッ(^ε^*)  では、今度こそ。よいお年を~
Commented by aroomwithaview at 2005-12-30 15:55
スタンドバイミーを思い出しました。
少年enzianの冒険。

子供の頃に聖域らしきものを感じる機会があったり、抱えきれないものを打ち明けるおばあさまがいたり、結局、探していたものが見つからなかったり、っていうのがいいなぁ~と思いながら読みました。小さなモクズガ二がenzianさんの知らないものを知っていると気がつくのは幸せだなぁとも思いました。

それにしても、enzianさん格好良すぎですよ、これ。
も~年末にこんな形で“了”なんて~
とても楽しませていただきました。ありがとうございます。
また、来年も楽しませてください。良いお年を♪
Commented by enzian at 2005-12-30 17:12
006さん、こんにちは。

>では早速・・・
o-_-)=O☆パンチ
(`O´┌θ☆ケリッ

ありがとう、ぼけはツッコまれてなんぼ、ですから^^

>(゚Д゚)!!不覚・・・(-"-)

まだまだツメが青いよ^^

>イメージを実感に変えたい、手ごたえがほしい、っていう好奇心・探究心は、いつまでも持ち続けたいですね。
そういうことを意識しないでやっていた頃の、言葉では表現しにくい感情が伝わりましたヨ。

幼い好奇心、探究心だったと思います。
気づいてはいなかったのですが、
哲学への目覚めだったのだと思います。

>しかし、結構やんちゃだったんですね^^
おっとー、体なまってませんかー!

やんちゃだったですね。
いまで言えば、問題児じゃないでしょうかね‥‥(苦笑)
体なまってま~す。
Commented by enzian at 2005-12-30 17:22
鍵コメ1、2、3さん

楽しく読ませていただきました。
そういうことなら、鍵コメさんは、
ぼくの文章のもっとも古い読者の一人、ということになりますね。

鍵コメさんのエピソードも、とてもおもしろかったです。
鍵コメさんの(1)(2)と(3)(4)(5)の解釈のなかには、
ぼく自身が気づいていないものがあって、ちょっと勉強になったり‥‥

ここまでコメントするには、
長い文章を、何度も読んで、考える時間も十分に必要だったと思います。
記事を書いた甲斐がありました。
文字通り、ありがとうです。
Commented by enzian at 2005-12-30 17:30
かおりさん

>はいっ!ではっ!(006さんにならって。というか、いただいて^^;)
(エエイッ} o-_-)=O☆パンチ
(トリャッ} (`O´┌θ☆ケリッ

はい、よく出来ました。
そうやっていつか立派な関西人になってくださいね(笑)
(006さんはよい手引きになると思いますよ)
Commented by enzian at 2005-12-30 17:48
aroomwithaviewさん

>スタンドバイミーを思い出しました。
少年enzianの冒険。

ありがとうございまふ(涙)。
しょぼーいスタンドバイミーのつもりだったのだと思います。

>子供の頃に聖域らしきものを感じる機会があったり、抱えきれないものを打ち明けるおばあさまがいたり、結局、探していたものが見つからなかったり、っていうのがいいなぁ~と思いながら読みました。小さなモクズガ二がenzianさんの知らないものを知っていると気がつくのは幸せだなぁとも思いました。

ありがとうございます。
とても幸せだったのだなぁと思います。
そして、それがそのまま今も財産になっているとつくづく思っています。

>それにしても、enzianさん格好良すぎですよ、これ。
も~年末にこんな形で“了”なんて~
とても楽しませていただきました。ありがとうございます。
また、来年も楽しませてください。良いお年を♪

こちらこそありがとうございました。
Commented by straight-tree at 2005-12-30 20:55
ご無沙汰してました。
自分が実際に訪れたこともない場所のことを、
懐かしさと共に読めるのはどうしてでしょう。
寺社仏閣などの建物を初めて目にした時に、
「良いなあ」と思うのはなぜなんでしょう。
古いモノが往々にして「新鮮さ」を感じさせてくれるのは
なんでだろうなといつも不思議に思います。

今年、じつに様々なことがあって、
実際にenzianさんにはだいぶ救われました。
経験を糧にできるよう、来年またぼちぼちいこうと思います。
ありがとうございました。
Commented at 2005-12-30 21:46
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-30 22:09
イトーさん

お元気ですか?
もう毎日のように記事を書くわけにもいかないでしょう?^^

ありがとう。
今後とも、よろしくです。

Commented by enzian at 2005-12-30 22:11
鍵コメ4さん

そちらに書きまする。
Commented by toko_chai88 at 2005-12-30 22:13
今やって腹の底あたりで感動しとんのやけど、
少年時代のこ~んな原体験を読ましてもろたら、なんか妬けますがなw
年明けて身も心もフレッシュな細胞に回復したらまた来ま~す☆

うちはエンツィアンさんのおばあさんに言いようのない懐かしさを感じてます。
どっかで会ったような。でも、どーしても思い出せません。

嗚呼、明日は大晦日ですね。よいお年を!
Commented by enzian at 2005-12-30 22:38
とこちゃいさん

ありがと。
とこちゃいさんはどんな方に出会ったのかなぁ~
とても興味深いですよ。

続きは、そちらに書きま~す。
Commented by harry_hk at 2005-12-31 00:29
>MIKAN=みかん=ミカン=蜜柑=未完

途中から気が付いたのですけど、関西人のボケ封じをしようと思って、ずっと黙っているつもりでした(悪)

「動物にえさをやらないで下さい」という動物園の忠告をしっかりと守りたくてねぇ。
けけけけけけ


ところで、いつも思うことなんですけど、enzianさんは、ご自身のことを第三者のように俯瞰されますよね。特に、少年期については。
それが、なんとも気になる所なんですけど、また、おいおいと。。。

(なんじゃそれ)
Commented at 2005-12-31 00:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-31 09:16
ハリーさん

>MIKAN=みかん=ミカン=蜜柑=未完
>途中から気が付いたのですけど、関西人のボケ封じをしようと思って、ずっと黙っているつもりでした(悪)
>「動物にえさをやらないで下さい」という動物園の忠告をしっかりと守りたくてねぇ。
けけけけけけ

いっいけません!
そげなことをすると、
ツッコミを栄養源としている関西人は死んでしまいます!

>ところで、いつも思うことなんですけど、enzianさんは、ご自身のことを第三者のように俯瞰されますよね。特に、少年期については。
それが、なんとも気になる所なんですけど、また、おいおいと。。。

そう言われればそうかな。
理由はいろいろあるのだと思いますが、
自分からはあまり言わないでおきませう‥‥
Commented by enzian at 2005-12-31 09:23
鍵コメ5さん

おはようございます。
お久しぶりです。
どうしてらっしゃるのかなぁと思っていました。

当然ながら、この記事を書いているときは、
鍵コメさんのことを思い浮かべながら書いたのです。
なぜか‥はわかりますよね。

ぼくは細々と続けます。
新年もよろしく。
コメントをお待ちしています。
Commented at 2005-12-31 16:14
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-31 19:47
鍵コメ6さん

そういう雰囲気があるとは思わないですよ。
いろいろ工夫していると言ったのは、
そういうのがないということでもありました。

コミューニケーションを狙いとしているということを聞いていましたので、
なにか気になって、えらそうなことを書きました。

もうすぐ新年ですね、よろしくです^^。
Commented at 2005-12-31 21:06
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-31 21:52
鍵コメ7さま

お読みいただいて、ありがとうです。
あぁそうかもしれないなぁと思いました。
物語を語るということは、閉じられたものを開いて、
なにかを整理して、もつれたものを解いているのかもしれません。

この続きは、そちらに書きます^^。

と行ってきたのですが、やっぱりちょっと書きにくくて‥‥
帰ってきてしまいました(^^;
ここに書きま~す。

昨年に引き続き、今年も楽しませてもらいました。
相変わらず鍵コメさんはぼくのはるか先を走っている
先輩ブロガーさんという気がしますね。
その差がちぢまらんのですわ。

今年はちょっと毒ひかえ目でしたねぇ。
それもいいー感じでした。
新年もよろしくです!
Commented at 2005-12-31 22:16
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2005-12-31 22:43
鍵コメ8さま

むむっないの?ヤッター(年末ギリギリまでアホです)
閉鎖的ってことはないですよ~

新しい記事を書いたら、行きますね~
RSSって登録できるのかな、やってみよっと。
Commented by kozou_17 at 2006-01-01 00:18
明けましておめでとうございます。
昨年は楽しい哲学をありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
Commented by enzian at 2006-01-01 11:10
kozou_17さん

今年もよろしくです!

<< 抱負 サンタクロース四方山話 >>