“伸びしろ” の教育

どうもぼくは期待しすぎるのかもしれない。人の長所を頭にインプットして、相手が学生の場合などはそれが年々確実に伸びてゆくものだと思い込んでいる。それだけならまだいいが、その “伸びしろ” を大きくとり過ぎていて、期待される学生に荷が重いと感じさせてしまう。期待するこちらとしても、期待するほど伸びないのを見て、青息吐息の日々を過ごすことになる。

植物園へ学生を引率して行って、かなりの高齢の方々とそのつきそいの人たちのグループに出くわしたことがある。杖をついたおじいさんが学生になにやら話しかけている。気のよい学生が「ふんふん」と聞いているが、ほとんどなにを言ってるのかわからない。付き添いの人が車椅子のおばあさんに話しかけている。「○○さん、お花がきれいでしょ?」うつろな表情のおばあさんはピクリとも動かない。

おじいさんやおばあさんに “伸びしろ” はあったのだろうか?鍛えられたプロにしかわからない微妙な変化や成長があったのかもしれない。そうではなく、衰える速度が落ちることこそが変化なのかもしれない。いや、なにか違うものに「なる」ことがなければ尊重できないという態度こそ傲慢で、変化や成長がなくても、その人がそのままその人で「ある」ということだけで十分に尊重すべきなのかもしれない。この辺りの事情を学生との関係のなかで整理するのは、むずかしい。

by enzian | 2006-01-08 19:04 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(41)

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Commented by 毒きのこ at 2006-01-08 22:11 x
むか〜しむかしあるところに、ちょっとイケてるenzianという男がおった・・・村の青年を一人前にすることが彼の仕事じゃった。
 ある時、青年らを修業の裏山に連れていった。男は一人一人にあった、ちょっと重たい荷物を青年に背負わせた。さらに、手本になるようにと男も、人数分の荷物と同じ重さの大きな荷物を一人で背負った。・・・
 一行は裏山をえんやこらぁ〜と登りはじめた。・・・すると一人の青年が「おらぁ〜重くてもうこれ以上先に行けね〜だぁ・・・」と。すると、頂上から竜巻がやってきて・・・びゅ〜〜っと。あっけなく男も青年たちもコロコロ〜っと吹き飛ばされたそうな・・・
【つづく?】

次週は、飛ばされたところに(ウィンターマッシュルーム)が・・・まさかの危機を救う!?  です☆
Commented by かっちん at 2006-01-08 22:21 x
「変化」として考えるならば、学生さんや高齢の方を問わず誰にも必ずあるはずだと思います。それを「成長」ととらえるためには各々に期待されるものが違うだけに若者と高齢者では比較はできないですよね。万人に共通の同じものさしではなく、人それぞれのものさしで測れば必ず変化はあるはずだし、その変化を「成長」と捉えるためには「成長」っていったいどういうことなの? ということにも考えを及ぼさなければならないし…。

なにも変わらなくてもただ存在してくれているだけでいい、生きてそばにいてくれるだけでそれ以上多くを望まないでいられるの唯一の存在が「生命」なのだと思います。
Commented by hitorishizuka-f at 2006-01-08 22:43
いまだもって、自分の伸びしろは果てなくあると思っているような私が・・・。いいのでしょうか・・・。ま、いいか。(自己完結型)

Commented by toko_chai88 at 2006-01-09 02:01
期待されることが自信につながることもあれば、大きなプレッシャーになることも。
期待の受け止め方&かけ方。これって実はむつかしもんなんでっしゃろなぁ。。。

「大きく前進しましたね。」
「え?前ってどっち?こっちが前なの?って、こっちってどっち?」
Commented by manchester at 2006-01-09 12:11 x
変わる自分も変わらない自分も認めてもらえたら最高ですよね。
現実ではメチャ難しいですが。
私の場合、自分自身の考え方ですら、変える時には変える前の自分も
何とかして肯定する、という作業を経なければなりません。
それが他人であればなおさら難しいと思います。

只今、戦場?修羅場?に居ります。
どうかご無事で立春の日を迎えられんことを。
同時に学生の無事も祈る今日この頃です。
あ、明日は我が身か・・・(>_<)
Commented by enzian at 2006-01-09 13:11
毒きのこさん

イケテル、イケテル!
マッシュルーム、マッシュルーム!

次回作をお待ち申し上げておりますっ。
Commented by enzian at 2006-01-09 13:21
かっちんさん

>「変化」として考えるならば、
学生さんや高齢の方を問わず誰にも必ずあるはずだと思います。

ぼくも基本的にはそう思っています。
というか、そう思いたい、と思っている、
と言う方が正確かもしれません。

>それを「成長」ととらえるためには各々に期待されるものが違うだけに若者と高齢者では比較はできないですよね。万人に共通の同じものさしではなく、人それぞれのものさしで測れば必ず変化はあるはずだし、その変化を「成長」と捉えるためには「成長」っていったいどういうことなの? ということにも考えを及ぼさなければならないし…。

おっしゃる通りですね。
ものさしは年齢によっても違うし、
そもそも一人一人で違うのだと思います。
まず一つはいろいろなものさしを準備するということですね。
それは教師として当然ながら必要だと思っています。
そして、ちょっと迷っているのが、
それにプラスアルファするもの、
そもそも目盛りのないなにものかです。
それはスケールと言うより、器なのでしょうか?
Commented by enzian at 2006-01-09 13:29
かっちんさん、続き

>なにも変わらなくてもただ存在してくれているだけでいい、生きてそばにいてくれるだけでそれ以上多くを望まないでいられるの唯一の存在が「生命」なのだと思います。

やはり、ぼくも基本的にはそう思っています。
そして、そうは思えない場合のことも、
(生命に憎悪をもっているような考え方も身近で聞きますので。
もちろんそれは愛情の裏返しなのですが‥‥)
たぶん耳障りはよくないでしょうが、
あえて、時には考えたいと思っています。
Commented by enzian at 2006-01-09 13:30
hitorishizuka-fさん

>いまだもって、自分の伸びしろは果てなくあると思っているような私が・・・。
いいのでしょうか・・・。ま、いいか。(自己完結型)

OKにございます。
なんせ、ぼく自身が自分についてそう思っていますから。^^
Commented by kaori_yoshihara at 2006-01-09 13:38
人に求められること、期待することはその立場や時、状態によって違うと思います。
故に、学生さんに期待することと、老人に期待することは違ってくるのではないでせうか。

大切なことって、「何かができる」ということではない気がします。
もし、学生さんがenzianさんの思っていたような速度や方向に伸びていかなかったとしても、学生さん本人が輝いていればenzianさんが心配になることはないと思います。(なにをもって輝いているかというのは置いといて)
輝くにはきっと『先生(指導者)』の助けが必要ではあるけれど、本人が動かなければどうにもならないでせう。
人に教える時のたとえ話で、こんな話を聞いたことがあります。

導くものは、水辺に連れて行くことは出来る。
しかし、水を飲ませることは出来ない。

水は、本人が体を使って飲むしかないんです。
・・・こんなに心を砕いてくれる先生がいて、学生さんは幸せですヨ。
Commented by enzian at 2006-01-09 14:11
とこちゃいさん

>期待されることが自信につながることもあれば、大きなプレッシャーになることも。
期待の受け止め方&かけ方。これって実はむつかしもんなんでっしゃろなぁ。。。

期待ということについては前に記事にしたことがあるのですが、
期待はした方がいいことは間違いないのですが、
期待をかける方から言えば、かけ方がむずかしいということになります。
受け止め方を予測してかけないといけないのですから。
もちろん、それが仕事なんですけど。(^^;

>「大きく前進しましたね。」
「え?前ってどっち?こっちが前なの?って、こっちってどっち?」

??引用文じゃないですよね?
ぼく、どこかでそんあこと言ったのけ?
そうじゃないということで。

「前進しましたね」という言葉はある意味、傲慢なんでしょうね。
自分の方に近寄ってきたから(少なくとも自分が見渡すことのできる方向へ進むから)、
それでよい‥‥というニュアンスを含んでいる。
教師と生徒とは立場が違いますので、
避けられない問題だと思いますが、
むずかしい問題です。
Commented by enzian at 2006-01-09 14:16
manchesterさん

>変わる自分も変わらない自分も認めてもらえたら最高ですよね。

そうですね。
そこが悩みどころなんです。

>私の場合、自分自身の考え方ですら、変える時には変える前の自分も
何とかして肯定する、という作業を経なければなりません。

なるほど、そういう問題もあったか‥‥

>只今、戦場?修羅場?に居ります。
どうかご無事で立春の日を迎えられんことを。
同時に学生の無事も祈る今日この頃です。
あ、明日は我が身か・・・(>_<)

で、なぜそなたが修羅場におるわけ?
わからんでもないけど‥‥
今、4年生はまさに修羅場だろうね。
こちらも、この一ヶ月が一年の山場どす。
Commented by enzian at 2006-01-09 14:26
かおりさん

>人に求められること、期待することはその立場や時、状態によって違うと思います。
故に、学生さんに期待することと、老人に期待することは違ってくるのではないでせうか。

その通りだと思いまふ。

>大切なことって、「何かができる」ということではない気がします。
もし、学生さんがenzianさんの思っていたような速度や方向に伸びていかなかったとしても、学生さん本人が輝いていればenzianさんが心配になることはないと思います。(なにをもって輝いているかというのは置いといて)
輝くにはきっと『先生(指導者)』の助けが必要ではあるけれど、本人が動かなければどうにもならないでせう。
人に教える時のたとえ話で、こんな話を聞いたことがあります。

導くものは、水辺に連れて行くことは出来る。
しかし、水を飲ませることは出来ない。

ポリポリ (・・*)ゞ
Commented by unnyo8739 at 2006-01-10 18:16
私は超自己完結な性格のせいか、人に期待するのも期待されるのも苦手です。
一言で言うと「超マイペース」、悪く言うと「自己中心的」。
最近「根性なし」が追加されそうな今日この頃です。
Commented by inedited at 2006-01-11 00:05
“伸びしろ”をたっぷり取って下さる先生は、学生や院生から見ると、とても有難い存在です。
ただ、学生自身の伸びる/伸ばしたい部分が、必ずしも先生の予期したものと一致しない場合があるのが、難しいところです。
素直な知的好奇心と、“伸びしろ”からはみ出すことへの躊躇い、多くの学生が抱えている葛藤ではないかと思います。
その意味で、その人らしく「ある」ことを尊重して下さる先生は、本当に貴重だと思います。
(ごめんなさい、ものすごく現実的な話になってしまいました。)
Commented by えほんうるふ at 2006-01-11 16:02 x
「期待はした方がいい」と言い切れるenzianさんが私は羨ましい。そう言える根拠となる経験をされてきたのだろうと思えるので…。
期待に応えられなかった者の痛々しさや、期待を裏切られた者の無念さを散々見て育った私は、自分自身の変化や成長を願うことはあっても他人にそれを期待するという発想がありません。
人の親として失格かもしれませんね(笑)

ところで、期待をしないメリットは大きく分けるとみっつあります。
1.未来ではなく現在の自分(あるいは彼や彼女)を愛しむことが出来る
2.想定外の結果に失望することがない。
3.想定以上の結果を人生のボーナスとして享受できる。

一寸先は闇の現代社会で明るく楽しく生きるための知恵です。なんてね。
Commented by enzian at 2006-01-11 22:55
unnyo8739さん

>私は超自己完結な性格のせいか、人に期待するのも期待されるのも苦手です。
一言で言うと「超マイペース」、悪く言うと「自己中心的」。
最近「根性なし」が追加されそうな今日この頃です。

たぶん自己完結している人は、
自分で自己完結してるなんて、言わないと思いますよ。
根性なしとも‥‥^^
Commented by enzian at 2006-01-11 23:04
ineditedさん

>“伸びしろ”をたっぷり取って下さる先生は、学生や院生から見ると、とても有難い存在です。ただ、学生自身の伸びる/伸ばしたい部分が、必ずしも先生の予期したものと一致しない場合があるのが、難しいところです。

学生(大学生)や院生ぐらいでしたら、自分の伸ばしたいところはそれなりに自分でわかっているでしょうから、教師としては、自分の期待する部分と学生の希望する部分とのすりあわせが特に重要になってくるでしょうね。相手が生徒ぐらいであるなら、摺り合わせることはできない可能性も多々あると思いますが。

>素直な知的好奇心と、“伸びしろ”からはみ出すことへの躊躇い、多くの学生が抱えている葛藤ではないかと思います。その意味で、その人らしく「ある」ことを尊重して下さる先生は、本当に貴重だと思います。

「その人らしく」は曲者なのですが、
「ある」ことをなんとかできればと、と思っています。
Commented by enzian at 2006-01-11 23:30
えほんうるふさん

さすが、切れ味鋭く、切り込んできましたね^^

>「期待はした方がいい」と言い切れるenzianさんが私は羨ましい。そう言える根拠となる経験をされてきたのだろうと思えるので…。期待に応えられなかった者の痛々しさや、期待を裏切られた者の無念さを散々見て育った私は、自分自身の変化や成長を願うことはあっても他人にそれを期待するという発想がありません。

えほんうるふさんは、ここで二つの問題提起をしておられるので、
ぼくの考えをば。

一つは、「期待を裏切られた者の無念さ」、これはあります。
記事でも愚痴ってますからね^^。
でも、これは、一言で言えば、「呑みます」。
自分さえ呑んでしまえば、それはOKですから。
ぼくの場合は、まず、一応、
ボランティアーじゃなくて、仕事でやっていることですから。
そして、これは大切なことですが、
期待することで、この程度の落ち込みなんぞ、
すっかり帳消しにするほどの喜びが得られることを知っているからです。
Commented by enzian at 2006-01-11 23:35
二つ目は、期待に応えられなかった者の痛々しさということです。
これは期待に応えられなかった者自身が感じる呵責ということですね。
これは、ゆゆしき問題だと思います。
非常に立ち入ったことを説明しますと、
期待に応えられなかったことの呵責を感じることで、
それを糧にしてまた違った面で学生が伸びると判断するならば、
意図的に(力加減しつつ)、
それを感じさせるようにしむけることはあります。
ただ、それはそれほど多くないケースで、
変に重い呵責を感じさせることは避けた方がよい。
そういう意味で、期待のかけ方は慎重であらねばならないと思います。
他の方のレスで次のように言ったのは同様のことです。

>期待をかける方から言えば、かけ方がむずかしいということになります。
>受け止め方を予測してかけないといけないのですから。

なぜこのようなことが可能になるのか?
と問われると困るのですが、
そういうことができるという契約で仕事をしていますので、
できなければ、困ります^^
(だから困って記事にしたのだけど‥‥)
Commented by enzian at 2006-01-11 23:54
>ところで、期待をしないメリットは大きく分けるとみっつあります。
 1.未来ではなく現在の自分(あるいは彼や彼女)を愛しむことが出来る
 2.想定外の結果に失望することがない。
 3.想定以上の結果を人生のボーナスとして享受できる。

 一寸先は闇の現代社会で明るく楽しく生きるための知恵です。なんてね。

説得力があると思います。

2は納得。3も納得。1も納得だけど、未来の彼とか彼女を期待するということは、
彼や彼女を愛でることと二者択一的ではないと思っています。
むしろ、現在の彼や彼女を愛しているから、未来を期待するという
言い方も真だと思います。失望は愛情の裏返しですし。

では続いて、期待することのメリット。

 1.自分が期待した通りに伸びた計画通り、というムフフ、
   しめしめの陰湿な喜びを味わえる。

 2.期待されているという意識があればこそ、伸びる人も出てくる。
 
 3.2の結果として、人のためになれた、というリッパな喜びを味わえる。

なんかうまく意を尽くせていないような気がしますが、このぐらいで‥‥
Commented by aroomwithaview at 2006-01-12 09:59
enzianさんの記事に対する直接的なコメントにはならないのですが、かつて生徒だった私の思い出話です。

留学中に、ふたりの素晴らしい教授との出会いがありました。経済学の教授とフランス文学の教授でした。フランス文学の教授のほうは、突然の病でたおれ学期の途中で帰らぬ人となりました。ふたりに共通していたのは“生徒と共にそこにいた”という印象が強かったことです。(研究に忙しい教授もたくさんいましたから)学ぶことの楽しさを肌で感じたのは、それが初めてでした。(そして、自分でも驚くほどに成績が伸びました)

たとえenzianさんの期待通りに伸びなくても、その期待がenzianさんの自己満足の裏返しでないと知るときには、生徒は知識以外のものも得ると思いますが・・・恩師との思い出が、現在の子育てにも役に立っているように思います。

小さな声で(enzianさんのような先生と出会えて生徒さんもラッキーなのでは?)
Commented by unnyo8739 at 2006-01-12 15:48
何処かの誰かが言っていたのですが、
「期待は何かに一方的に求める事、だから期待という言葉は使わない」
という言葉を受けた事があります。
曰く、「期待するんじゃなくて、信じる」んだそうです。
でもひねくれな私は、それってただの放置突き放しの無責任なんじゃ?
などと思っていたことを思い出しました。
なかなか難しいようです。
Commented by enzian at 2006-01-13 21:44
aroomwithaviewさん

エピソードありがとうです。
“生徒と友にそこにいる”‥‥大切なことですね。
ぼくも、そのために時間を割けるよう努力したいと思います。
(学長、ぼくの雑用を減らしてください^^)
Commented at 2006-01-13 21:45
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-13 21:51
unnyo8739さん

>何処かの誰かが言っていたのですが、
「期待は何かに一方的に求める事、だから期待という言葉は使わない」
という言葉を受けた事があります。
曰く、「期待するんじゃなくて、信じる」んだそうです。
でもひねくれな私は、それってただの放置突き放しの無責任なんじゃ?
などと思っていたことを思い出しました。
なかなか難しいようです。

期待ではなく、信じるを使ってみたいという気がするときはあります。
でも、「信じる」という言葉は使えないですね。
unnyo8739さんのおっしゃることは、
その理由の一つになっているような気がします。
Commented by enzian at 2006-01-13 21:54
鍵コメ2さん

そうなんです、4年生です。
もらって1秒で、これまでの苦労がぶっ飛びました。^^
Commented at 2006-01-14 13:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-14 16:31
鍵コメ3さん

あーそういうことだったんですか。
いろいろありますね、人間模様が展開されます。
ぎりぎりのところで、人間の性質が現われるんですよね。

これはただの花ではなく、
人の想いが込められた花なのです。
Commented at 2006-01-14 17:07
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-14 18:01
鍵コメ4さま

こちらこそ。
ぼくがコメントで「ありがとう」と書いたのは、
ぼくの記事を受けて記事を書いてくれたのだな、と思ったからです。
(念のために書いておきますのだ^^)

ピンポン!にございます。
むしゃむしゃ食べちゃダメなの‥‥
これは、帰りの電車のなかで、揺られながら、
携帯で撮ったものにございます。
Commented at 2006-01-14 21:29
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-14 22:02
鍵コメ5さま

その記事です。
念のためというのがカワイイでしょ?^^

サイト、ありがとうです。見てきました。
こんないろいろなテクニックがあるとは驚きました。
参考にして、大切にしますね。
もちろん、ちゃんと話し掛けますから‥(^^)
Commented at 2006-01-15 00:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-15 08:59
鍵コメ6さん

鍵コメ6さん、おはようございます。
独走してますよ、もぉー(><)

それは鍵コメ2さんへの返事です。
上に貼ってある花がゼミ生からのプレゼントですか?という質問があって、
それに答えたのです。

そんなまわりくどいこと、あたし、したことあるでせうか?(苦笑)
とりわけ、あなたのコメントには、意見を直球として返すことを心がけています。

あっ、それと、独身じゃありませんよ。
考えるところあって、家庭のことは書かないというのを自分への決まりにしています。
だから気づかなくて当然ですので、気になさらないでください。^^
Commented at 2006-01-15 09:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-15 10:25
鍵コメ7さん

ゲッ!そのツッコミはカンニンして‥‥^^

それと、鍵コメ7さんのエピソードは、
よいデータになりそうです。
もー聞いちゃったもんね~ふふっ ^^v
Commented at 2006-01-15 22:33 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-01-15 23:02
鍵コメ8さん

それは只では言えないよ~^^

それは良かったね。
それが一番大切なことなんだと思うけど、
ぼくには、むずかしくてね。
Commented by mayuzumi_kaname at 2006-01-21 23:54
そこそこでもなんとかやっていけてしまうから
本気を出していない

という若い人は多いからじゃないかな
と思ったのです

(なんとなく…な感想ですみません)
Commented by enzian at 2006-01-22 00:01
mayuzumi_kanameさん

>そこそこでもなんとかやっていけてしまうから
本気を出していない
という若い人は多いからじゃないかな
と思ったのです

そうかもしれない、と思いますよ。
本気を出さないと生きてゆけない、
なんて切羽詰った状態に追い込まれているという人は少ないでしょうから。

そうでなくても、がむしゃらとかしゃかりき、とかいうことが
流行らない時代でもありますね。

ちなみに、なんとなく、な感想でけっこうですよ(^^)

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