『雨ふり小僧』(手塚治虫)

b0037269_21264264.jpgいつからか、個研に一本の傘が置かれたままになっている。心当たりのある人たちに問い合わせてみても返事はない。青い女性物で、全体に色が褪せ、先の部分が欠けている。愛着をもって使われていたのだろう、無碍に捨てることもできない。あれから何度か雨の日を過ごし、思い出してもらえるチャンスを逸した傘は、もう忘れられてしまったのかもしれないが、じっと持ち主を待っている。『雨ふり小僧』(手塚治虫)のセリフを思い出した。

よく 物置なんかに ふるいカサが すてられてあるどに ああいうのから おいらたち 生まれるどに

山奥の分校に通うモウ太は、本校の子どもたちから田舎者とバカにされる日々。そんなある日、モウ太は橋の下で古傘の妖怪、雨ふり小僧と出会う。モウ太の長靴を欲しがる小僧に、モウ太は三つの願いを叶えてくれたら長靴をやると約束する。三つ目の願いは分校の火事を消して欲しいというもの。火に近づいたら(自分が)消えてしまうと尻込む雨ふり小僧に、モウ太は言う。「火を消してくれたらきっと長靴をやる。あの橋の下で待ってるから」。その言葉を信じて小僧は必死で火を消す。だがその直後、モウ太は都会へ引越すことになった。長靴をわたすこともないままに。約束はすっかり忘れ去られ、40年の歳月が流れて、モウ太は幸せな父親になった。ある日、娘にせがまれ長靴を買おうとしたとき、モウ太は雨ふり小僧との約束を思い出す‥‥

雨はまた降る。傘といっしょに、個研の住人も、もう少し持ち主を待つことにしよう。

by enzian | 2006-02-07 11:33 | ※好きな絵本(コミック) | Trackback | Comments(42)

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Commented by aroomwithaview at 2006-02-07 12:48
忘れ物のすべてに声をあたえてあげられたら、いいですね。
雨降り小僧は、完璧に忘れられてしまったわけでないのがいいです。
たとえ40年たっても思い出してもらえるのは嬉しい!?

うちの夫が、何かウイルスが侵入すると、まず最初にわきの下のリンパ腺が腫れることが多いです。うちは、そんなとき精油を混ぜたオイルで体中マッサージすると、ほぼ悪化することなくすみます。(使わないかもしれませんが、いちおう、精油名をリストアップしておきます。ティートリー、ラベンサラ、ラベンダー、ユーカリ マッサージオイルに最大5滴までを混ぜます。風邪かな?のときに効きます) お大事に。
Commented by enzian at 2006-02-07 15:09
aroomwithaviewさん

>忘れ物のすべてに声をあたえてあげられたら、いいですね。

そうですね。そう思います。
そうすれば、もう少し物を大切に扱えるかもしれないですし。

>雨降り小僧は、完璧に忘れられてしまったわけでないのがいいです。
たとえ40年たっても思い出してもらえるのは嬉しい!?

完璧に忘れ去られたわけではなく、
やはりモウ太の心のどこかに残っていたのですね。

それと、最後の場面を言ってしまうと、
モウ太はあの橋に急いで駆けつけて、
待ち続けていた雨ふり小僧と再会します。
雨ふり小僧はモウ太を少しも責めることなく、
約束の品をもらって消えてゆくのです。ほんとうに嬉しそうに‥‥
その感動の場面は、ぼくの筆力では伝えることができません。
興味のある方は、ぜひお読みいただければ、と思います。
30頁ほどの短編です。
Commented by enzian at 2006-02-07 15:13
aroomwithaviewさん、続き

>うちの夫が、何かウイルスが侵入すると、まず最初にわきの下のリンパ腺が腫れることが多いです。うちは、そんなとき精油を混ぜたオイルで体中マッサージすると、ほぼ悪化することなくすみます。(使わないかもしれませんが、いちおう、精油名をリストアップしておきます。ティートリー、ラベンサラ、ラベンダー、ユーカリ マッサージオイルに最大5滴までを混ぜます。風邪かな?のときに効きます) お大事に。

たぶん、なにかのウィルスが入ったのだと思います。
じつはなにを隠そう、ぼくはオイルフェチ(油フェチとは言いたくない^^)でもあるのです。
オイル売り場?の前でうろうろすることが多かったのですが、
今年こそは風邪をあまりひきたくないので、
こんど、購入してみますね。ありがとうです。
Commented by enzian at 2006-02-07 15:22
anitya_oceanさんからもらったコメントのペーストです。

雨降り小僧、私は店頭で立ち読みし、人目もはばからず号泣した記憶があります。今でも泣きます。やりばの無い切なさにどうしていいのか何故泣くのかも忘れて泣いてしまうのです。責めない小僧が優しい眼差しで嬉しそうに約束の物をもらって消えていき、残された彼が呟く最後のカットに手塚は、つくづく凄いなあと回想します。
Commented by enzian at 2006-02-07 15:27
anitya_oceanさん

そこ、そのまったく責めずに消えてゆくところ、です。
ぼくは手塚のファンという感じでもないのですが、
この短編のその部分には、もうまいりました、と頭を下げました。
Commented by trashheaper at 2006-02-07 17:37
モノを大切にするというようなお話や、モノに対する思い入れ、思い出の話。付喪神(つくもがみ)のお話は、いいものですね。最近の製品や商品の開発、販売、廃品のサイクルが異常なまで早いのが犯罪のように感じられて少しだけ悲しくなります。

(また、私のブログよりリンクを張らせていただきましたことをお知らせいたします。)
Commented by 毒きのこ at 2006-02-07 19:05 x
 読んでみよっかなぁ~。ちょうど、今年はまる読み物やら映像などを探していたので。
手塚治虫の作品のブッダとアドルフに告ぐを読んだことを思い出しました。学級文庫に先生が寄付したのを、クラスのみんなでまわし読みした思い出があります。

Commented by enzian at 2006-02-07 20:17
trashheaperさん、はじめまして。
リンクもありがとうございます。
enzianです。

>モノを大切にするというようなお話や、モノに対する思い入れ、思い出の話。
付喪神(つくもがみ)のお話は、いいものですね。最近の製品や商品の開発、販売、廃品のサイクルが異常なまで早いのが犯罪のように感じられて少しだけ悲しくなります。

サイクルの速さのなかでは、
一つ一つのモノの大切さが薄れ行くのでしょうね。
Commented by enzian at 2006-02-07 20:20
毒きのこさん

読んでみてください。
はまるかどうかはわからないけど、
名作だと思いますよ。
Commented by neekanamin at 2006-02-07 21:51
雨降り小僧の「自分が消えてしまう恐れ」は、なんだか、人間臭さがあってスキですね。物の価値。あの時の約束。ちょっとジンと来てしまいました・・・。

私も年をとった時にふと思い出す何かがあるのでしょうか・・・、それが後悔でないことを願いながら、このときを過ごさなくてはいけませんね。

手塚治虫の作品はブラックジャックくらいしか読んだことなかったんですけど、これは一読の価値ありですね。店頭で探してみます(涙)。
Commented by meshi at 2006-02-07 21:51 x
この話、大好きでした。
新しいモノ好きの私には、耳が痛い話でしたが。ハハハ
ずっと待っててもらったモウ太が羨ましく、
40年待ってても年をとらない雨ふり小僧にも、
羨ましい気持ちでいっぱいでした。
(彼はこれから何百年も生きて
 いろんなモノの移り変わりが見れるなぁ〜と)
日本には、妖怪も神様もいっぱいいるんですよね。
やおよろずの神に、守られてる国なんだーと思うと、
ちょっとシアワセです。
Commented by enzian at 2006-02-07 22:29
neekanaminさん

>雨降り小僧の「自分が消えてしまう恐れ」は、なんだか、人間臭さがあってスキですね。物の価値。あの時の約束。ちょっとジンと来てしまいました・・・。

雨ふり小僧は人間的だと思います。
ただし、ずるさ、計算高さのない人間らしさですね。

>私も年をとった時にふと思い出す何かがあるのでしょうか・・・、それが後悔でないことを願いながら、このときを過ごさなくてはいけませんね。

なるほど。その通りですね。
モウ太は思い出しても間に合ったのですね。
それはある意味ラッキーだったわけで、
思い出してももうどうにもならない、というのは困りますね。

>手塚治虫の作品はブラックジャックくらいしか読んだことなかったんですけど、
これは一読の価値ありですね。店頭で探してみます(涙)。

手塚の作品では、ぼくもブラックジャックが好きです。
そしてこの短編が。
Commented by enzian at 2006-02-07 22:33
meshiさん

>ずっと待っててもらったモウ太が羨ましく、
40年待ってても年をとらない雨ふり小僧にも、
羨ましい気持ちでいっぱいでした。
(彼はこれから何百年も生きて
 いろんなモノの移り変わりが見れるなぁ〜と)

いやぁ驚きました。
雨ふり小僧にそういう読み方があったとは‥‥
meshiさんに脱帽です!

>日本には、妖怪も神様もいっぱいいるんですよね。
やおよろずの神に、守られてる国なんだーと思うと、
ちょっとシアワセです。

う~ん、これもすごい解釈ですね。
meshiさんすごい!(^^;
Commented by kaori_yoshihara at 2006-02-07 23:47
meshiさんとのやりとりを読ませていただいて、何か思い出せそうで思い出せません。ばあちゃんのまだら認知症がうつったみたい・・・(^д^;)

私は「雨降り小僧」を読んでいないのでモウ太がどんな大人になったのか分かりませんが、妖怪がいたことも忘れていたのかなーと思いました。私も何か忘れているような気がします・・・・・・・・・・・・・・・・((((((>_<))))))・・・・・・・う゛~ん

enzianさん・・・ここはひとつ、個研の傘に話しかけてみるというのは、どうでしょう。
何か話してくれるかもしれません。(● ̄∀ ̄●)

「雨降り小僧」今度探して読んでみょ。(歩いて15分のところに立ち読みできる大型書店があるのだ!手塚全集があったような気がするのだ!\(`∀´)/)

※ところで、enzianさんって、いろんなもののフェチなんですね。
  きのこ、酸っぱいもの、砂みたいにサラサラなもの、オイル?
Commented by coeurdefleur at 2006-02-08 06:50
雨が降って雷が鳴るとキノコが生長するのですか?
雨が降るとは分かりますが、雷と成長の因果関係はどこいらへん???

長く大事に使われてきた水色の傘、忘れた方が
どこに忘れたかを早く思い出してくださるとよいですね~
Commented by yachiem at 2006-02-08 16:12
置き忘れられた古い傘から、雨降り小僧が生まれているとしたら、
雨降り小僧は、見えないだけであちこちに居そうですね^^
「雨降り小僧」 今度読んでみます。

某所での選択問題
「哲学 哲学者」 が 「哲学 enzianさん」 だったら、
きっと迷わずenzianさんを選んでると思いました。
理由は、内緒。
Commented by enzian at 2006-02-08 22:00
かおりさん

>meshiさんとのやりとりを読ませていただいて、何か思い出せそうで思い出せません。ばあちゃんのまだら認知症がうつったみたい・・・(^д^;)

思い出せたら、こそっと鍵コメで教えてね。^^

>私は「雨降り小僧」を読んでいないのでモウ太がどんな大人になったのか分かりませんが、妖怪がいたことも忘れていたのかなーと思いました。私も何か忘れているような気がします・・・・・・・・・・・・・・・・((((((>_<))))))・・・・・・・う゛~ん

少なくとも、40年間一度も思い出さなかったようですよ。
約束、忘れてない??^^

>enzianさん・・・ここはひとつ、個研の傘に話しかけてみるというのは、どうでしょう。
何か話してくれるかもしれません。(● ̄∀ ̄●)

最後はその手でゆきましょうか。
Commented by enzian at 2006-02-08 22:03
かおりさん、続き

>「雨降り小僧」今度探して読んでみょ。(歩いて15分のところに立ち読みできる大型書店があるのだ!手塚全集があったような気がするのだ!\(`∀´)/)

手塚全集に収録されていると思うので、イソゲ~

>ところで、enzianさんって、いろんなもののフェチなんですね。
  きのこ、酸っぱいもの、砂みたいにサラサラなもの、オイル?

ふふふ‥‥いろんなフェチなのだ‥‥
明日、新たな記事(携帯に途中まで書いてあるのだ、ワハハ)で、
ぼくの新しい一面をご覧にいれてしんぜよう(バカ^^)。
Commented by enzian at 2006-02-08 22:16
柊さん

せんせー、柊さんがむずかしいことを聞くんです‥‥
小さい頃からの経験的な知識によるものでございます。
よって、ぼくは雷さんではないので理由は知りませんが、
聞かれたら、受け売りでこう答えるようにしています。

ごぞんじのように、稲妻は「稲の妻」ということで、
一般的に雷雨の季節が稲の生長に適した時期であることから
その名前があるとされていますが、
以下のような説明もされます。

雷の放電で空気中の窒素が酸化物となり、
窒素酸化物がほかのもろもろと反応して硝酸カリウムや硝酸アンモニウム
(肥料の成分)となって地上に降り注ぐ。

>長く大事に使われてきた水色の傘、忘れた方が
どこに忘れたかを早く思い出してくださるとよいですね~

そですね。わたくしは、その日を待っておるのであります。
Commented by enzian at 2006-02-08 22:23
やちさん

>置き忘れられた古い傘から、雨降り小僧が生まれているとしたら、
雨降り小僧は、見えないだけであちこちに居そうですね^^

いるでしょうね。
いっぱいいるでしょうね。
傘というのは今では消耗品のような扱いですからね。

>「雨降り小僧」 今度読んでみます。

よろしければ、読んでみてください。^^

>某所での選択問題
「哲学 哲学者」 が 「哲学 enzianさん」 だったら、
きっと迷わずenzianさんを選んでると思いました。
理由は、内緒。

ぼくもenzianさんを選んでます、
選んでます!(バカだね^^)
Commented by supica-hosi at 2006-02-09 00:02
忘れ物」という物語にたどりつくには、私の場合、ふたつのトンネルをくぐります。記憶と確認。忘れるという行為は、こころをそこに置けないこと、あるいは、意思をもってそこから去ることでしょうか・・・。永遠に忘れ去るには、意外と努力をしなければ、全うできないような気がします。ほとんどは、必ずなにかの折にそのことを、ふと思い出す気がしす。実家の母が、私や弟の子ども時代のがらくた(例のバレリーナも)を捨てずに保管する何気ない行為に、幾つかの忘れてはいけないことを知らされます。

>よく物置なんかに ふるいカサが すてられてあるどに
ああいうのから おいらたち うまれるどに

このくだりは、胸に残りますね。
物には、こころが宿るといいます。持ち主不明たちには、持ち主の記憶があるのでしょうね。記憶の網をかいくぐり、であいなおして欲しいという祈りを感じました。それから、許し許されることはすぐには難しくても、時をへて、再びそこへ立ち寄れるなら可能になるとも感じました。あわただしくも寒いこの時期です。それを補うような素敵なお話、ありがとうございました。
Commented by hiruu at 2006-02-09 01:13
『雨ふり小僧』、手塚作品にこんなのがあったなんて知りませんでした。上に毒きのこさんが書いておられる『アドルフに告ぐ』と『ブッダ』は最近になって読んだのですが、環境によって善にも悪にも偏ってしまう人間、ブッダでさえ最期まで迷いを捨てきれない人間、として描いているところに手塚治虫の視点の凄さを感じました。
さて『雨ふり小僧』にはこの人間臭さがどんなふうに描かれているのか、是非読んでみたいと思います。

個研に残された傘、そのまま大事に残しておいてくださいね。十数年後、気品あふれる女性に成長した当時の学生が取りに訪れるかもしれません。素敵な出会いがあったりしてo( ̄▽ ̄o) ウホ
でも女物だからといって女性のものだとは限りませんね。
Commented by butamimi at 2006-02-09 01:19 x
おひさしぶりです~。

子供が不登校になって落ち込んで一時休んでいたのですが
落ち込んでるのが馬鹿馬鹿しくなって、戻ってきました。


まだ学校行かないんですけど・・・ (長期戦になりそうです)
なんとかなるよ! ね。  きっと♪



また遊びに来させてください~。

もう一件の所に報告してから
enzianさんの過去記事読んできます~。 ダッシュ!-=≡ヘ(* - -)ノ
Commented by 毒きのこ at 2006-02-09 15:48 x
・・・主がいないのを見計らって、個研に忍び込んだ。頭をかぽっ、と外し立て掛けてあった青色のカサをかぶってみた・・・なかなかピッタリだ!

かわりに、オレンジ色に白の斑点のカサを掘りゴタツの上においておいた・・・(-.-;)
Commented at 2006-02-10 16:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-02-10 16:40
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-02-11 12:00
毒きのこさん

>・・・主がいないのを見計らって、個研に忍び込んだ。頭をかぽっ、と外し立て掛けてあった青色のカサをかぶってみた・・・なかなかピッタリだ!

かわりに、オレンジ色に白の斑点のカサを掘りゴタツの上においておいた・・・(-.-;)

ほのぼのしていい話をありがと。^^
Commented by enzian at 2006-02-11 12:07
supica-hosiさん

忘れる、とはどういうことなのか――今さらながらに、この記事にいただいたコメントへのレスを書きながら考えさせられました。経験したものはきっとどこかに保管されているのでしょうから、それを完全に想起できるなくするためには、意志の力が必要なのでしょうね。そんなことが本当にできるのかどうかわかりませんが、ともかくも、それはエネルギーのいる作業なのでしょう。

>物には、こころが宿るといいます。持ち主不明たちには、持ち主の記憶があるのでしょうね。記憶の網をかいくぐり、であいなおして欲しいという祈りを感じました。

持ち主に自分のことを思い出して欲しい、もう一度会いたい、という思い‥‥それが雨ふり小僧なのでしょう。切ないことではありますが、彼らは待つことに長けているのでしょう。
Commented by enzian at 2006-02-11 12:09
supica-hosiさん、続き

>それから、許し許されることはすぐには難しくても、時をへて、再びそこへ立ち寄れるなら可能になるとも感じました。

憎しみにまつわる許し許されるには時間が必要ですね。時間は憎しみの特効薬なのでしょう。ただ、雨ふり小僧にはそもそも憎しみはなかった、とも言えると思います。ただただ、彼は純粋にもう一度会いたくて待っていた、それ以外のよけいな気持ちは混じり込んでいなかったような気がするのです。南極に放置されたイヌ(シロとクマだったかな?)のエピソードを思い出しました。
Commented by enzian at 2006-02-11 12:10
ひるさん

>『雨ふり小僧』、手塚作品にこんなのがあったなんて知りませんでした。上に毒きのこさんが書いておられる『アドルフに告ぐ』と『ブッダ』は最近になって読んだのですが、環境によって善にも悪にも偏ってしまう人間、ブッダでさえ最期まで迷いを捨てきれない人間、として描いているところに手塚治虫の視点の凄さを感じました。
さて『雨ふり小僧』にはこの人間臭さがどんなふうに描かれているのか、是非読んでみたいと思います。

このコメントにはショックを受けました。
じつはぼくは手塚作品のなかでも『ブッダ』が好きではなかったのです。
それは、けっきょく手塚があまりにもブッダを神格化してしまっている、
あまりにブッダの生涯を御伽噺化(神話化)してしまっているからでした。

ぼくは仏教が好きなのですが、
その理由は、ブッダが人間として苦しみ、
人間として一つの道を求め、そして人間として死んだ、
ということに共感をもつからです。
彼は、絶対的な神でも神の使いでもなく、
われわれと同じ一人の人間です。
後の信者がブッダに箔をつけようとして
創り出した神通力や奇跡物語にはまったく興味がないのでした。
Commented by enzian at 2006-02-11 12:12
ひるさん、続き

でも、今回、ブッダを読み直したり、いろいろな批評を見たりして、
たくさんの人たちが、手塚がブッダを人間として扱ったことを評価して
おられることに気づきました。
日本人が知っている仏典は、ブッダが死んで何百年も経った後の、
神話化がほどこされた、まるでよく効く薬の効能書きのようなものがほとんどです。
こういう事情があって、ブッダとは超人であって特別な存在であるのだ、
と感じておられるからだと思います。
ブッダが自分たちと同じ人間であって欲しい、
という思いは強いのですね。
これには、いろいろなことを考えさせられました。

雨ふり小僧は純真で、打算的でないタイプの人間性をもっていると思います。

>でも女物だからといって女性のものだとは限りませんね。

そのことを忘れてました。(^^;

>個研に残された傘、そのまま大事に残しておいてくださいね。十数年後、気品あふれる女性に成長した当時の学生が取りに訪れるかもしれません。素敵な出会いがあったりしてo( ̄▽ ̄o) ウホ

なるほど、そういう楽しみがあるのですね。
ずっと残しておくことにします。^^
Commented by enzian at 2006-02-11 12:19
鍵コメ1さま

フェチが遅れております。^^
帰宅が深夜になってましたので、レスできませんでした。
これから書いてアップしますので。

読みましたか?
モウ太はギリギリ間に会いましたね。
小僧のもつ純真さは子ども(の理想化された?)純真さですから、
モウ太がもっと計算高い大人になっていたら、
会えなかったのでしょうね。
逆に言えば、モウ太が純真さを持ち続けているなら、
50年60年と待ち続けていてくれたでしょう。
でも、純真さを持ち続けるのはむずかしいのかもしれませんね。

(*◎*) ←もらった!
Commented by enzian at 2006-02-11 12:22
鍵コメ2さま

それは見ていないのですが、おもしろそうですね。
たぶん、雨ふり小僧と共通するものをもっているのだと思います。
Commented by enzian at 2006-02-11 12:30
ぶたみみさん(とりあえず、この呼び方に変更^^)

おひさしぶりです~。
残念に思いながら、リンクをはがしたところでした‥‥
が、さっそく戻しますね。^^

長くなるかもしれませんね。
でも、なんとかなると思います。
それまで、話を聞いてあげてくださいませ。

>ダッシュ!-=≡ヘ(* - -)ノ
  ↑
 これ、もらった!
では、また、よろしくです。
Commented by meshi at 2006-02-11 16:38 x
う〜〜ん、やはり私はズレているようですね。ハハハ

性格がラテン系で単純なせいもありますが、
古いものは1メートルくらい離れてみてる分には
「趣があるなぁ〜」と感動できますが、
それを自分で使うとなると話は別で、大の苦手。
このため、過去の記憶は速攻に片付けらてしまいます。
幼稚園の記憶は、ムービーで10秒くらいのものが数点のみ。
小学・中学・高校も60秒くらいのムービーの映像で、
十数個はあるけど・・・まっ、大差ないくらいです。
このため、覚えててもらえるなんてスゴイなぁと・・・。
やおろずの神が好きなのは、そっちの方が自然だから!
(神が一つだと・・・戦いが起こりやすいと思ってマスの)
Commented by enzian at 2006-02-11 17:25
meshiさん

>う〜〜ん、やはり私はズレているようですね。ハハハ

う~ん、ズレているというより、
“珍しい”と表現したい。^^
(褒め言葉にございます。)

>性格がラテン系で単純なせいもありますが、
古いものは1メートルくらい離れてみてる分には
「趣があるなぁ〜」と感動できますが、
それを自分で使うとなると話は別で、大の苦手。

う~ん、ものにもよりますね。

>このため、過去の記憶は速攻に片付けらてしまいます。
幼稚園の記憶は、ムービーで10秒くらいのものが数点のみ。
小学・中学・高校も60秒くらいのムービーの映像で、
十数個はあるけど・・・まっ、大差ないくらいです。
このため、覚えててもらえるなんてスゴイなぁと・・・。

6歳以下の記憶は、ぼくもほとんどありません。
それ以上の年齢の記憶は、たくさんありますよ。
うれしいのも、悲しいのも、

>やおろずの神が好きなのは、そっちの方が自然だから!
(神が一つだと・・・戦いが起こりやすいと思ってマスの)

同意します。
Commented at 2006-02-16 16:11
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-02-16 20:25
鍵コメ3さま、こんばんは。

そうですか、グッドタイミングでしたね。^^
それと、鍵コメさんが紹介していた映画、
おもしろそうですね‥‥
Commented at 2006-02-17 01:07
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-02-17 09:30
鍵コメ4さま

そうです。それです。
ホームページを見て、おもしろそうだと思いました。
見てみたいと思います。
Commented by aroomwithaview at 2006-04-23 09:18
読みました。最後、良かったですね。ほんとに。ありがとうございます!
私も、大切な約束わすれていないかなぁ?って過去をふり返ってしまいました。
それから、“約束だよ”って言って別れて、約束どおりに再会できた甘酸っぱい思い出もよみがえりました。約束って守るためにあるのですね。
Commented by enzian at 2006-04-23 10:07
aroomwithaviewさん

>読みました。最後、良かったですね。ほんとに。ありがとうございます!

いえいえ、それは手塚治虫に言ってください。^^

>私も、大切な約束わすれていないかなぁ?って過去をふり返ってしまいました。
それから、“約束だよ”って言って別れて、約束どおりに再会できた甘酸っぱい思い出もよみがえりました。約束って守るためにあるのですね。

この物語を読むと、自分も忘れていないかな‥‥って考えさせられます。
守らない、守るつもりのない約束は矛盾ですね。
でも、それをすぐに忘れて、守るつもりのない約束をしたり、
守るつもりでもすっかり忘れてしまったりします。
それはいけないぞーって雨ふり小僧が教えてくれるんですよね、叱ることなく。

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