『とんぼとりの日々』(長谷川集平)

b0037269_18303723.jpg久しぶりに絵本の紹介(?)です。長谷川集平の『とんぼとりの日々』です。以前、「絵本の哲学」という記事を書いて、授業に使えそうな哲学的な絵本を教えてくださいとお願いしたときに、ブロガーの方から教えていただいたものです。長谷川集平の絵本としては、森永砒素ミルク事件*の被害者である著者の少年時代の苦い体験を描いた『はせがわくんきらいや』が有名かもしれませんが、ぼくは『とんぼとりの日々』を紹介します。

このあらすじを書くことは避けたいと思います。単純なストーリーなので、書いてしまうと、未読の方は読む気が失せてしまうだろうからです(単純なストーリーであることは、この本の味わい深さを少しも差し引くものではありません)。代わりに、ぼくがこの本を好きな理由をぼんやりと表現している過去の文章(「どうしようもないことも、ある」)を再録しておきます。特にその第3段落を読んでいただければと思います。バッタをトンボに読み替えて。

運動会の競争で順位をつけない小学校があると聞いたことがある。詳しい事情は忘れたが、順位はつけず、走った全員に参加賞を渡すということであった。足の遅い子が傷つかないように、という配慮なのだろう。

学校がなにを学ぶ場であるのか、間違いなく言えるほどの自信はないが、そのなかには、努力して達成することの喜びだけでなく、努力してもいかんともしようのないことの確認も含まれているのではないか。どんなに勉強をしてもかなわない頭のいいヤツがいて、どんなに練習をしてもかなわない足の速いヤツがいて、どうしても負かされてしまう喧嘩の強いヤツがいること‥‥。自分の力で、自分の努力でなんとかできることは思いのほか多く、努力してもぎ取った果実の味は格別に甘いにしても、自分の力ではどうしようもないこともまたある。ときには負けることも甘受しなければならず、そのこと自体は決して恥ずべきことではない。生きるための工夫はそこからはじまるのだ。

町内の草刈に行った。ピチピチバッタ(ショウリョウバッタ)がピチピチと逃げ回っている。少年たちに手荒にいじりまわされ、バッタは死んだ。「動きよらへんようになったで」。少年たちは取り返しのつかないことをしたのだ、もう誰もバッタを再び動かすことはできない――そのようなことも、ある一定の時期に知っておかねばならないのだろう、過度に傷つかない程度に。


*森永砒素ミルク事件とは
1955年に森永乳業徳島工場で製造された乳児用のドライミルクに含まれていた砒素によって少なくとも1万人以上の乳児が身体に異常を来たし、多数が亡くなった事件。中坊公平弁護士が被害者側に立って支援活動を行ったことでも有名。

by enzian | 2006-02-19 19:08 | ※好きな絵本(コミック) | Trackback | Comments(38)

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Commented by b.lab_BTR at 2006-02-19 21:50
enzianさん 初めまして!
『小さな哲学』に反応して読ませていただいております。
我が家にもしっぽのある哲学がいるので・・・
(哲学は黒ラブの男の子でパパの文学・甥っ子の力学と仲良く暮らしています。)
ひとり娘に小学6年生まで読み聞かせを続けました。小さい時に読んでやった本は忘れずに覚えているそうです。たばたせいいちの『さっちゃんのまほうのて』はご存知でしょうか?いろんなことを考えさせられました。

『とんぼとりの日々』読んでみたいと思います。
Commented by hitorishizuka-f at 2006-02-19 22:00
そうそう、今の運動会は順位をつけなかったり、あらかじめタイムを計っておいて、同じようなタイムの子を同じ組にして、レースが大差がつかないようにしているところがほとんどのはずです。保育園では、みんなで手をつないで走ってみんなでゴールするという話も聞きました。
自分が泳げなくて苦労して、その苦労をわが子に味あわせたくないからスイミングに通わせたり、英語で苦労したから幼少の頃から英語を習わせたり。
わが子から傷つくことをなくすることが、親の役目なの?
わが子に教えることは、他にあるはずです。

と思っている私は古い人間なのだそーです。「建前はそうでも、現実は違うのよ」だって・・・。がーん・・・。

Commented at 2006-02-19 22:28
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Commented by enzian at 2006-02-19 22:43
カギコメ花子さま

もう消せないもんねぇ~コピペしたもんねぇー :-P べぇー

三段落目、読んでいただき、かたじけない。

過ちを繰り返すのも人間で、
そこから学ぶのも人間ということですね。
どちらをもとれる可能性があるのでしょうね、人間には。
後者であって欲しいと切に願いたくなりますね。
ふむふむ、同感にございます。

学びの犠牲になった生き物への思いというのは、
ぼくの記事には欠けている視点だと思います。
花子さんの言う通りですね。

生きている限りはなにかを殺さないと生きてゆけないにしても、
遊びで殺生することは許されないだろうし、
殺さざるをえなかったものへの思いをなくしてはいけないのでしょうね。
Commented by enzian at 2006-02-19 22:49
b.lab_BTRさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
enzianです。

しっぽのある哲学君、拝見しましたよ。
ひときわ、かわいかったように思います。(^^)

>ひとり娘に小学6年生まで読み聞かせを続けました。小さい時に読んでやった本は忘れずに覚えているそうです。たばたせいいちの『さっちゃんのまほうのて』はご存知でしょうか?いろんなことを考えさせられました。

娘さんよかったですね。
たくさん絵本を読んでもらえて。
『さっちゃんのまほうのて』、知らないのです。
読んでみることにします。

>『とんぼとりの日々』読んでみたいと思います。

この本はちょっとシュールなんですけど、
よろしければ、読んでみてください。

よろしくですー。
Commented by enzian at 2006-02-19 22:53
hitorishizuka-fさん

>そうそう、今の運動会は順位をつけなかったり、あらかじめタイムを計っておいて、同じようなタイムの子を同じ組にして、レースが大差がつかないようにしているところがほとんどのはずです。保育園では、みんなで手をつないで走ってみんなでゴールするという話も聞きました。

゛(/><)/ ヒィー

>自分が泳げなくて苦労して、その苦労をわが子に味あわせたくないからスイミングに通わせたり、英語で苦労したから幼少の頃から英語を習わせたり。
わが子から傷つくことをなくすることが、親の役目なの?
わが子に教えることは、他にあるはずです。

気持ちはわからないではないのですが、
自分のコンプレックスの解消の手段なんでしょうかね。子どもは。
子どもは一つの独立した人格でもあるのにね。

>と思っている私は古い人間なのだそーです。「建前はそうでも、現実は違うのよ」だって・・・。がーん・・・。

じゃ、ぼくらは、「建前も大切なんだよ同盟」をつくりましょうか?^^
(・_・)/\(・_・)建前ナカマ!
Commented at 2006-02-19 23:03
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Commented by enzian at 2006-02-19 23:24
カギコメ花子さん

カギコメなのに、具体的に返せないじゃありませんか。
ぶーぶー、(●`ε´●)

だって、歩いてたってプチプチなにかをふんづけてるし、
車に乗っても、その排ガスは野鳥を殺しているし、
本のパルプを作り出すときには森の動物が死んだだろうし、
そんなのきりがないでしょう。
「生存の罪」ってやつは生きてる限り、ついてまわるんじゃないでしょうか、
というのがぼくの考え。

「動物権利主義者」と呼ばれる人たちがいます。その人たちは、
かなり前までは高等な脊椎動物にだけ感情があると言っていたのですが、
ちょっと前には魚類にもあると決めて、
今では、魚介類(魚はもちろん、はまぐりにもあるかもしれないから、喰うな、と言ってる)にもあるかもしれない、と言っていますよ。
次は、たぶん植物にもある、と言い出すでしょう(それは言わないかな)。

本日は返しました。(*◎*)
Commented at 2006-02-20 08:57
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Commented by B@........ at 2006-02-20 09:05 x
enzian さん、おはようございます~。

今日から長女、定期テストです。
せめて、テストだけでも受けてほしいなぁって前々から私が言っていたので
しぶしぶ(殆ど切れながら)学校に行きました。
登校時間を避けて私が送っていったんですけどねぇ。

全く授業も出ていないし、全く勉強もしていないので結果は見えています。
それでも今回はいいかなという思いです。
(本音は全然よくないんですけどね。)

何で学校なんか行かなくちゃいけないんだよ。
テストなんか家で受けられるじゃん。
と散々文句を言っていました。

ばかやろ~そんな甘ったれた事言ってるんじゃない。
ってぶん殴りたくなります。


記事と関係ないんだけど、enzian さんに報告したくて。


>学校がなにを学ぶ場であるのか 以下云々
彼女がいつかわかってくれるといいんですけど。

いつも私の頭の上に重たい雲がかかっているようです。
早く晴れないかなぁ~~ ではまたね~。
Commented by unnyo8739 at 2006-02-20 16:15
平均的で差のない人間が増殖したら、
ユニークであるべき人々は、駆逐されてしまうのでしょうか。
だとしたら、先への発展を自ら拒否しているように見えてしまいます。
Commented by hitorishizuka-f at 2006-02-20 18:36
そういえば・・・私は小学生低学年の頃、近所の文房具店で売っていた昆虫採集セットをお小遣いで買うのが大好きでした。今も売ってるんですかねえ?ホンモノっぽい注射とか薬物とかちゃんとはいっていましたが・・・今なら「小さい子供には危険すぎますっ。きーっ」とか父兄の一言でお店から撤去されそうな気もしますが・・・。
昆虫を採っては、注射に薬物(多分保存のための薬)を入れて、注射針を刺して、空の菓子箱に虫ピンでとめて・・・。昆虫よりも、そのへんにいる蛾が多かったような・・・。

でも、いっときなんですよね、この昆虫(?)採集に熱中していた時期は。カナブンの足に糸を結んで飛ばしていたのも同じ時期です。
でも、そのあとパタッと虫を採取しなくなりました。見つけたら逃がしてあげるのが基本。自分のやっている行為の残酷さにある日気づいたのかもしれないです。

昔はそんな残酷な時期があったことを時々思い出します。いまもって、なんでその頃はそんなことに熱中したのかわかりません。今は虫も殺さないような顔(どんな顔?)をして生きていますが・・・。でも、イナゴは食べるな(笑)
Commented by hanakannzasi-716 at 2006-02-20 22:53
鍵コメさんになろうかどうしようか迷っている響でございます。
息子が幼稚園時代の思い出。
クリスマス会の聖劇。マリア様の役が決まり、その子は有頂天でした。
ところが他の女の子たちからブーイングが・・・
そこで園長先生、マリア様を4人に増やしてしまいました。最初にマリア様になった子はショックのあまり登園拒否になり、親は抗議しましたが園と和解するに至らず、結局その子は卒園を前にして園をやめてしまいました。園長先生には先生の考え方もあったようですが・・・
息子はヨゼフ役だったのでマリア様をとっかえとっかえ、何ともヨゼフ冥利でしたが、見ている人々は何とも複雑な気持ちで・・・
いくら幼稚園児といえども、配役は自分の思う通りにならない事、世の中は平等ではないと言う事。実力差があったり、向き・不向きがある事・・・などなど学ぶほうがいいと思いました。でも、自分の子がヨゼフだったのでいまいち説得力がありませんでした・・・
Commented at 2006-02-21 11:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 毒きのこ at 2006-02-21 18:15 x
教える人がいて教わる人がいて。けなされたり励ましあったり時には無関心にもなる仲間がいる。そこがどこであろうと、生活している場から多くの学びが生まれる時・・・そこは学び舎と呼べるのかもしれない。

バッタもトンボも少年達に何かを教える役割を果たしたようだ。(@@)
Commented by enzian at 2006-02-21 21:49
カギコメ花子さま
レスが遅くなりもうした。

どういたしまして~カーリング♪

オリャ(/o・・)/  ゴロゴロゴロ(((●((((/゚0゚)/キャー  
Commented by enzian at 2006-02-21 22:19
ブさん(これに決定!)、こんばんは。
レスが遅くなって申し訳なく候。

定期テストはいかがでしょうか。
結果が見えていても、キレながらでも、
お母さんの言うことを聞いてくれたわけですね。
一つ山を越えても、
山はいくつもいくつも続くのだと思います。

大変だとは思いますが、くじけずにいてあげてください。
子どもにとっては自分の世界の半分と言ってもよいような
学校との絆を理不尽にも切り裂かれてしまっているのですから。
娘さんはもっと大変なのだと思います。
残りの半分との絆が切れないことを。
そして、雲がいつか晴れますことを。
Commented by harry_hk at 2006-02-21 22:21
>昨日は寝られませんでした。今日はふらふらでした(書くことが誰かに似てきたぞ^^)。

な~んだ、一緒じゃん(笑)
Commented by enzian at 2006-02-21 22:22
unnyo8739さん

>平均的で差のない人間が増殖したら、
ユニークであるべき人々は、駆逐されてしまうのでしょうか。
だとしたら、先への発展を自ら拒否しているように見えてしまいます。

そうですね。
ユニークであることによって
人間は(いちおう)発展してきたのにね。
Commented by enzian at 2006-02-21 22:32
hitorishizuka-fさん

昆虫採集セット、今も売っていると思いますよ。
ぼくも、そのセットが大好きでした。
注射とか薬物とかが入っていましたね。
今だと、危険だと使わせない親も多いかもしれませんね。

hitorishizuka-fさんはちゃんとあれで昆虫採集をしたのですね。
ぼくの場合は、実際には使ったことがないですね。
買ってもらっただけでもう満足という感じで。
ひがな一日、喜んでながめてました。

でも、残酷ではなかった、というわけではないのです。
いろんな生き物を殺していたと思います。
ぼくだけでなく、少年達はみなそんな感じだったと思います。
残虐の限りを尽くしたような気がします。
そういう時期があるんですね。いっときにしても‥‥
Commented by enzian at 2006-02-21 22:35
hitorishizuka-fさん、続き

残酷な時期がどうやって終わったのかはわかりません。
ぼくの場合は、そういうことがいけないことだと
反省してやめたわけではないように思います。
反省したのはずっと後になってからのでことであって、
そのときは、たんに“飽きて”やめたのだと思います。

なぜそんな時期があるのか‥‥
これは記事にしてもよかったかもしれないなぁ。
今は、ちょっと虫が怖くなってしまった。
情けない‥‥
イナゴも食べない‥‥^^
Commented by enzian at 2006-02-21 22:46
響さん、鍵コメでなくても大丈夫ですよ。^^

>息子が幼稚園時代の思い出。
クリスマス会の聖劇。マリア様の役が決まり、その子は有頂天でした。
ところが他の女の子たちからブーイングが・・・
そこで園長先生、マリア様を4人に増やしてしまいました。

これとまったく同じ話を聞いたことがあります。
もちろん違う幼稚園でしょうが、
キリスト教系の幼稚園での話です。
聞いたときは、正気か!!と驚きましたが、
あるんですね、こういうことをするところが。

>最初にマリア様になった子はショックのあまり登園拒否になり、親は抗議しましたが園と和解するに至らず、結局その子は卒園を前にして園をやめてしまいました。園長先生には先生の考え方もあったようですが・・・

それはひどい話だと思います。
そういう考えの園長なら、
和解は難しいのかもしれません。


Commented by enzian at 2006-02-21 22:49
響さん、続き

>いくら幼稚園児といえども、配役は自分の思う通りにならない事、世の中は平等ではないと言う事。実力差があったり、向き・不向きがある事・・・などなど学ぶほうがいいと思いました。

同感です。

>でも、自分の子がヨゼフだったのでいまいち説得力がありませんでした・・・

オチまでついているのですね。
お見事です。^^
Commented by enzian at 2006-02-21 22:53
鍵コメさま

そうですね。
人の欠点を言うのは、
ときに、自分を優位を知らしめたいからですね。
それは、ありがちな心理なのだと思います。
そういうのがたくさんあることは知っておかねばならないですね。
でなければ、傷ついてしまいます。

Commented by enzian at 2006-02-21 22:54
毒きのこさん

>教える人がいて教わる人がいて。けなされたり励ましあったり時には無関心にもなる仲間がいる。そこがどこであろうと、生活している場から多くの学びが生まれる時・・・そこは学び舎と呼べるのかもしれない。

バッタもトンボも少年達に何かを教える役割を果たしたようだ。(@@)


そういう風にも言えるでしょうね。
ただ、バッタ君にとっては迷惑千万な話なのですが。(^^;
Commented by enzian at 2006-02-21 22:57
ハリーさん

>な~んだ、一緒じゃん(笑)

ちがーふっ!!
だんじてちがいまふ。

ぼくはまだ鼻血も出してないし、
倒れたりしておりません!!(^^)

あかん、もう寝まふ‥‥
Commented by hitorishizuka-f at 2006-02-22 08:12
おっはようございま~す♪
うーむ・・・私のは夏休みの自由研究のような《正しい昆虫採集》ではなく、昆虫採集セットが使いたかったから昆虫を(蛾も含む)捕まえて虫ピンではりつけにしていたかもしれないです。(←いまだその気持ちがわからず)
昔って(もちろん戦後です)小学校5,6年の時にフナの解剖、中1の時にカエルの解剖をしましたよね。
私以外の女の子は「きゃー、かわいそー」とかいって全く手をつけず、私のグループにおいては男子も「俺もイヤだなー」と言ってひいていたので、私が全部、執刀(?)しました。心の中でキャーキャー言っているクラスメイトを横目に『あんたらアホカ』と思いながら冷淡に解剖をしていたような記憶があります・・・。ガラス板の上でぴくぴく動くピンク色の心臓を見て何だか『すごいな・・・心臓って』と思いながら見つめた記憶もあります。
解剖実習って、今の時代、やっていないところがほとんどなのでしょうね。私は実習をしてよかったなあ、と思ってますけど。

そろそろ春の風物詩、いさざ(白魚の一種)の踊り食いの季節です・・・。口の中に入れる前に目が合うとたべづらいのですよねー・・・。
Commented by Kozou_17 at 2006-02-22 16:16
どうしようもないことを知って大人になるけど、どうしようもないことだと逃げたり諦めたりはしたくないなと思う今日この頃です。

ボクは今、ポグリを1才半のムスメに読んで聞かせてますが、なぜか大喜びです。不思議です(笑)
Commented by enzian at 2006-02-22 23:18
hitorishizuka-fさん、こんばんわんわん。

>うーむ・・・私のは夏休みの自由研究のような《正しい昆虫採集》ではなく、昆虫採集セットが使いたかったから昆虫を(蛾も含む)捕まえて虫ピンではりつけにしていたかもしれないです。(←いまだその気持ちがわからず)

う~ん、その真相は闇に葬った方がよいかも‥‥(^^;

>昔って(もちろん戦後です)小学校5,6年の時にフナの解剖、中1の時にカエルの解剖をしましたよね。‥‥解剖実習って、今の時代、やっていないところがほとんどなのでしょうね。私は実習をしてよかったなあ、と思ってますけど。

ギャー、ママ、hitorishizuka-fさんがコワイヨー
じょうだんはさておき。
ぼくも、解剖は気がむかなかったですね。
食べるためには平気で裁くのだから、
身勝手なものですね。

今は解剖、やってないのでしょうか?どうでしょう?
クレームがついて、やりにくそうですね‥‥
Commented by enzian at 2006-02-22 23:27
hitorishizuka-fさん、続き

>そろそろ春の風物詩、いさざ(白魚の一種)の踊り食いの季節です・・・。口の中に入れる前に目が合うとたべづらいのですよねー・・・。

いさざって、シロウオでしょ?
ちょっと飴色がかった透明の魚ですよね。
それはハゼ科の魚なんですよ(シラウオはシラウオ科の魚)。
同じ、いさざという名前のハゼ科の魚が琵琶湖にいるのですが‥‥
(そんなこと、聞いてないか^^)。

ぼくはそれ、食べたことがないんだけど、
食べてみたいな‥‥たぶん、喜んで、いっただきま~す、すると思います。
やっぱり身勝手なやつです。^^
Commented by enzian at 2006-02-22 23:31
Kozou_17さん

>どうしようもないことを知って大人になるけど、どうしようもないことだと逃げたり諦めたりはしたくないなと思う今日この頃です。

どうしようもないとわかっても、
なんとか工夫はできますからね。^^

>ボクは今、ポグリを1才半のムスメに読んで聞かせてますが、
なぜか大喜びです。不思議です(笑)

おもしろいですね。
なんの根拠もなく思ったのですが、
ポグリというのは、
経験の量の少ない幼児にも
受け入れられるような、そういうキャラなのかもしれませんね。
根源的なキャラ、とでも言いましょうか。^^
Commented by 座敷童 at 2006-02-23 01:23 x
この記事を読むと改めて、私の父がすごい教育をしたなと思うのですが。
小学一年生で飼っていた金魚が死んだとき、
死骸をどうすればいいのか解らなかったので、父に聞いたら、
「死んだお魚はみんな生ゴミだよ」
と、金魚を摘んでゴミ箱へぽいと入れました。
まだキラキラしている金魚の下には、昨日食べた鯵の開きの残骸。

とある小学校でみんなでブタを育てて食べようと言う道徳教育が実践されたのですが、
(数年経ち育ちすぎたブタがどうなったのか・・・その結論は)
その時の様子を綴ったビデオはぜひ、トンボもバッタも捕ったこと無い子供に
見せてあげたいものです。

あ、ステキな絵本見つけましたが、北欧の言語でタイトルが打てません・・・。
Commented by bucmacoto at 2006-02-23 20:16
トンボに糸を結んで飛ばしている姿に憧れました。 私が結ぶとぶちっと切れました。 きっとその夜は夜鳴をしたと思います。
風呂掃除をしていたら、ミミズがいました。 わらじ(虫)もいました。 仕事なので流しましたが、排水溝にぐるぐる吸い込まれていく姿が印象に残りました。 自分が真っ暗な穴に螺旋軌道で堕ちてゆく夢は、怖いものでした。

両親が仲人をした酪農家の方から、豚を半頭贈られたことがありました。
両親は二人がかりで、半日かけて出刃包丁片手に、こうばで解体しました。

いのちのリレー(食餌)が許された(権利としての)殺傷ならば、こころを育てるためのいのちの殺傷は、どう位置付けるかは自然な合意に至るまで過度に規制しないほうが望ましいと、私はそう考えています。
学べないものに過剰な権利(娯楽としての殺傷権)を与えることにも、学べるものから一切の権利(死と生に触れる機会)を奪うことにも、私は反対します。
Commented by enzian at 2006-02-23 22:59
座敷童さま

>この記事を読むと改めて、私の父がすごい教育をしたなと思うのですが。
小学一年生で飼っていた金魚が死んだとき、
死骸をどうすればいいのか解らなかったので、父に聞いたら、
「死んだお魚はみんな生ゴミだよ」
と、金魚を摘んでゴミ箱へぽいと入れました。
まだキラキラしている金魚の下には、昨日食べた鯵の開きの残骸。

しんどい“教育”だね。
これをネタにしたら、一時間半のディスカッションができそうだ。
座敷童さんは、それを見て、変だな、と感じたんだよね。

>とある小学校でみんなでブタを育てて食べようと言う道徳教育が実践されたのですが、(数年経ち育ちすぎたブタがどうなったのか・・・その結論は)
その時の様子を綴ったビデオはぜひ、トンボもバッタも捕ったこと無い子供に
見せてあげたいものです。

その話は聞いたことがあるのだけど、
ビデオがあるの?あったら、ぜひ見てみたいなぁ。
(授業の教材にしようと狙っている ^▽^)

>あ、ステキな絵本見つけましたが、北欧の言語でタイトルが打てません・・・。

(`_´)ゞ了解!
Commented by enzian at 2006-02-23 23:10
bucmacotoさん

>トンボに糸を結んで飛ばしている姿に憧れました。 私が結ぶとぶちっと切れました。 きっとその夜は夜鳴をしたと思います。
風呂掃除をしていたら、ミミズがいました。 わらじ(虫)もいました。 仕事なので流しましたが、排水溝にぐるぐる吸い込まれていく姿が印象に残りました。 自分が真っ暗な穴に螺旋軌道で堕ちてゆく夢は、怖いものでした。

そうですか。
ぼくは同じことをしても、
夜泣いたり、夢でうなされたりすることはなかったと思います。
後悔したのは、ずっと後のことです。
そういう意味で、ぼくの方がずっと鈍な子どもだったのでしょう。

>両親が仲人をした酪農家の方から、豚を半頭贈られたことがありました。
両親は二人がかりで、半日かけて出刃包丁片手に、こうばで解体しました。

ぼくの家では、豚ではないですが、
鶏をしめたことがあったと思います。
昔は、そういうことが日常の一コマだったのでしょう。
Commented by enzian at 2006-02-23 23:11
bucmacotoさん、続き

>いのちのリレー(食餌)が許された(権利としての)殺傷ならば、こころを育てるためのいのちの殺傷は、どう位置付けるかは自然な合意に至るまで過度に規制しないほうが望ましいと、私はそう考えています。
学べないものに過剰な権利(娯楽としての殺傷権)を与えることにも、学べるものから一切の権利(死と生に触れる機会)を奪うことにも、私は反対します。

同感です。
Commented by e.wash-r at 2006-03-27 00:19
「とんぼとりの日々」を検索していて、たどり着きました。

同感です。

当blogの記事からリンクしました。ご了承下さい。
Commented by enzian at 2006-03-27 23:01
e.wash-rさん

はじめまして、enzianです。
TBをわざわざお知らせいただきまして、
ありがとうございます。

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