「そんなの、みんな同じだよ」

ちょっと深刻な相談を受けたときの返答として、これは避けた方がいいと自重している言葉がある。「そんなの(不安や悩み)、みんな同じだよ」という言葉だ。これを警戒するには理由がある。以前、知人の相談を受けたときにうっかりこの言葉を口にして、異様なほどにキレられたからだ。自分としては知人の閉塞(へいそく)感をなんとかしようと善意で言ったこともあって、大げさに言えばちょっとしたトラウマになり、その後、その知人とはすっかり疎遠になってしまった。そんな経緯もあって、思い出すのもおぞましい言葉なのだが、そのわりには、相談されて返答に窮すると今でも相変わらず使ってしまいそうになって、あわてふためく。

だが今になってみれば、あのとき知人があれほど怒ったのもわかるような気もする。自分の不安がありふれた、誰でも抱きがちなものであったとしても、相談者からすれば、「ありふれた不安だからといって、それがいったいどうしたというのか?」となるだろうからだ。同じ不安を抱く人がいようといまいと、それが相談者にとって切実な問題であることに変わりはない。

もっと正確に言うなら、そもそも相談者の不安を相談された者が感じることなどできない。だとしたら、「みんな同じだよ」は、相談者の感じた内容を知りもしないのに、それと “同じもの” が他にもあると断言していることになる。これは、「自分は本当は相談者を知ろうとするつもりがないのだ」「自分は本当は相談者には興味がないのだ」と自分から暴露しているに等しい。

相談者には、自分の不安が相手に理解されないにしても、それが特別なものであることだけは認めて欲しいという気持ちもある。そういう意味では、相談者にとっては自分の不安が相手に簡単に理解されるようでは困る、とも言えるのだ。自分が抱える不安を一番知っているのは他ならぬ自分であり、この不安に関しては自分が最高の権威者であるという “エリート意識” は、相談者自身をさらなる閉塞感へと追い込んでゆく。こうした、自分の不安や、そうした不安をもっている自分を特別視する気持ちからすれば、「みんな同じだよ」という言葉が相談者の神経を逆なですることは明らかなのだ。

想えば、あのとき知人が激怒した理由もわからないでもない。だが、このようなことを今、自分のなかで納得したつもりになったからといって、悲しいかな、知人との関係を早速にも修復しようという気になるわけでもない。その辺りもむずかしい。

by enzian | 2006-04-26 23:05 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(39)

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Commented at 2006-04-26 23:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by かっちん at 2006-04-26 23:55 x
非常にうなづけるお話です。
自分も他人から悩みを打ち明けられるときにこのフレーズをつい使ってしまいます、「あなただけの悩みではないよ」と。
悩みを打ち明けられたときの聞き手側の事情も、返答する内容に少なからず影響を与えると思います。
これはわたしの場合なのですが、自分も「同じような」悩みを抱えていることがあると、相談内容が似通っているだけあって、つい相談者の悩みと自分の悩みの「程度」を自分なりに比較してしまって、つまりこのときに「エリート意識」が働いてしまうために、結局相談する側もされる側も「同じような」悩みを抱える者同士として互いに身動きがとれなくなってしまうのです。ムズカシイことです。。。
Commented by unnyo8739 at 2006-04-26 23:57
「皆同じ」
相談者自身も本当は分かっているからこそ、言われたくない言葉だったりします。
分かっているけどそれは解決策にならないと言うか。
腹痛で苦しんでいる人に、「もっと苦しんでる人はいるんだから」
と言ったところで、結局腹の痛みは分からないのです。

自分で言うのもあれですが、私の言ってる事も意味がよくわかりません。
Commented by chinchudo at 2006-04-27 00:21
新見南吉の「デンデンムシノ カナシミ」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card43403.html(青空文庫)
を私はいい話だと思うのですが、一方で納得のいかない話だとも思うのです。
enzianさんの文を読んで、この話に通じるものを感じました。
「みんな同じ」、もしそうに違いなくても、ほんとうに同じなのかどうかと
考えてしまうのです。
Commented by aroomwithaview at 2006-04-27 06:20
みんな違ったものを抱えていて、そのうえ、その表現の仕方もそれぞれですよね。確かに、“みな同じ”とか“その気持ちわかるよ”は危険な言葉ですね。(笑)

私は何故か昔から、はじめてあった人とか、そんなに親しくない人からも悩みを打ち明けられます。相手が具体的に解決策を求めているのか?ただ聞いてもらいたいだけなのか?私なら同意が得られると思われているのか?その反対に私なら反論してくれると期待されているのか?の区別が出来ずにenzianさんのように苦い思いをしたことあります。確かに、トラウマになりますね。(笑)私も、ひとつばかり、進行形のがありまして、連絡をとるにも勇気がなく、ひたすら、至らなかった自分を恥ずかしく思い、寝る前に、ごめんね・・・と、つぶやくだけです。うぅ~悲しい。

Commented by coeurdefleur at 2006-04-27 12:59
皆同じって言われると、自分の悩みが些細なことだと言われたように感じるのだと思います。
とっても悩んでいるのにその悩みは誰もが抱えている程度のものだと言われてしまったら、
そんな日常的な悩みでこんなに悩んでいる自分ってバカみたいじゃん!
私の悩みはそんじょそこらの悩みとは違うのよ。悩みのマックスなのよ~(笑

軽く流してあげるのも思いやりのうちに入ると思いますけど
いっぱいいっぱいで、そんな風に考える余裕もないのでしょうね。
Commented by Honig-Biene at 2006-04-27 19:16
こんばんは☆
相談って難しいですよね。

女性に相談すると「わかるわかる!」というノリに発展しがちですが、男性に相談すると大概「そんなことないよ」と否定されます。この場合、前者には「あんたに何がわかる!」と苛立ち、後者には「そんなことあるから相談してるんだ!」と怒ります。

悩んでる人は、「なんで私だけ・・・」という分厚い殻を背負ってますから、「そんなの、みんな同じだよ」と言われるとキレちゃうんですよね。はい!私もキレました(笑)二度と、その人には相談しません。むしろ、警戒します。

人生相談を生業としている人を尊敬します。
Commented by toko_chai88 at 2006-04-27 20:32
どこかで「(少し距離をおいて)客観的に相手を眺める」なんて態度の時は「みんな同じ」という感覚が生まれる傾向にあります。逆に感情移入し過ぎてしまうとドツボにはまる・・・。

相談相手に選んでくれたということは素直に嬉しくなります。でも、そこで背負う守秘義務がしんどかったりもします。逆に人に相談することは大きな勇気が必要です。あのためらいが何であるのか・・・。

「エリート意識」という言葉にドキリとしました。自分が閉塞感の中で苦しんでいる時には特別に優しくしてもらう権利があるんだ、なんて主張していたのかも知れません。「悩みを抱える特別存在」だとみなしてもらえないと恨んでしまいそうな・・・。逆に相談を受けた時には「迷える子羊を導いてやろう」なんておこがましい気持ちを抱いてしまっているのかも知れません。

どちらの側になるにせよ、相談を通して深まる絆もあれば疎遠になってしまうこともあります。それが一体なんに由来するのか。一度自分自身を見直してみる必要があるんやないかと思いました。

キュートなテントウムシさんやわ♪
Commented by kozou_17 at 2006-04-28 03:38
ボクも似たようなことを感じる事が多々あります。ある市民活動の中心的な位置にいるので、相談や文句などを受けるわけです。そしてそれは大概「みんな同じ」なことなんですよね(笑)。中には自分がいかに頑張ったか、大変だったかを、自分が納得するまで褒めて欲しいという人もいますが、これまた大変さは「みんな同じ」なんですよね(笑)。結局、自分にとって自分は特別だけど、他人にとっては特別ではない訳で。当たり前ですが。このあたりのズレを埋めることに疲れている近頃のワタクシです(笑)
Commented by meshi at 2006-04-29 00:50 x
そうそう、そうなんですよね。
他人がそうだと冷静に「みんな同じだよ」ってわかるけど、
自分がその立場になると、被害者意識爆裂。
そーいえば、私、基本的に人にはあまり相談はしないかも!
「愚痴を聞いて!」と宣言して、ガーっと話すか、
起承転結をまとめて、物語風にして語ってマス。(←すでにネタ?)
いっぱい聞かされて、面倒だった経験からかも?
Commented by enzian at 2006-04-29 12:18
鍵コメさま、レスが遅くなってしまって、もう。(^^ヾ

おーフォロー入れてもらえた、(^O^)v

うんにゃ、鍵コメさんの、言う通りです。
そういう風にあらかじめ思っていてくれると、
こんなことにはならないかもしれないですから。

キレることさえ受け入れて欲しいのかな‥‥
とさえ思ってしまいます。
Commented by enzian at 2006-04-29 12:36
かっちんさん、レスが遅くなってしまいました。

>自分も他人から悩みを打ち明けられるときにこのフレーズをつい使ってしまいます、「あなただけの悩みではないよ」と。

あーそうですね。
「あなただけの悩みではないよ」も、同じ意味のちょっと柔らかな言い方ですね。
よく使ってしまいます。

>これはわたしの場合なのですが、自分も「同じような」悩みを抱えていることがあると、相談内容が似通っているだけあって、つい相談者の悩みと自分の悩みの「程度」を自分なりに比較してしまって、つまりこのときに「エリート意識」が働いてしまうために、結局相談する側もされる側も「同じような」悩みを抱える者同士として互いに身動きがとれなくなってしまうのです。ムズカシイことです。。。

なるほど、相談する側だけの問題じゃないってことですね。
相談する側も相談される側もエリート意識を持っていて、
互いにそれをぶつけ合ってしまって、
袋小路に入ってしまうのですね、なるほど‥‥
ぼくが知人との関係と修復しようとしないことの理由のなかには、
この「エリート意識」がぼくのなかにもあるからなんでしょうね。
Commented by enzian at 2006-04-29 12:45
unnyo8739 at 2006-04-26 23:57 x

>「皆同じ」
相談者自身も本当は分かっているからこそ、言われたくない言葉だったりします。

そういう気持ちもあるでしょうね。
わかり切ったことを改めて言われるのは、
気分のよいことではありませんから、
それこそ、神経を逆なでします。

>分かっているけどそれは解決策にならないと言うか。
腹痛で苦しんでいる人に、「もっと苦しんでる人はいるんだから」
と言ったところで、結局腹の痛みは分からないのです。

わからないですね。
「腹痛」というのはいい例ですね。^^

>自分で言うのもあれですが、私の言ってる事も意味がよくわかりません。

ぼくが言うのはなんですけど、
ぼくはわかったつもりですよ。^^
Commented by enzian at 2006-04-29 13:03
chinchudoさん

>新見南吉の「デンデンムシノ カナシミ」
を私はいい話だと思うのですが、一方で納得のいかない話だとも思うのです。
enzianさんの文を読んで、この話に通じるものを感じました。
「みんな同じ」、もしそうに違いなくても、ほんとうに同じなのかどうかと
考えてしまうのです。

chinchudoさんには哲学的な才能がありますね。

まず、ぼくもこの話をいい話だと思います。
それはなぜでしょうか。
悲しむ人を独りぼっちにさせまいとする気持ちが読み取れるからでしょうか。

いい話だと思いつつも、
どこか腑に落ちないところもありますね。
やはり、そんな簡単に同じと言えて、
そんなに簡単にめでたし、めでたし、
とはならないからなのでしょうか。
Commented by enzian at 2006-04-29 13:27
aroomwithaviewさん

>みんな違ったものを抱えていて、そのうえ、その表現の仕方もそれぞれですよね。確かに、“みな同じ”とか“その気持ちわかるよ”は危険な言葉ですね。(笑)

まさにバラバラ‥‥ゆえに危険‥‥(笑)

>私は何故か昔から、はじめてあった人とか、そんなに親しくない人からも悩みを打ち明けられます。相手が具体的に解決策を求めているのか?ただ聞いてもらいたいだけなのか?私なら同意が得られると思われているのか?その反対に私なら反論してくれると期待されているのか?の区別が出来ずにenzianさんのように苦い思いをしたことあります。確かに、トラウマになりますね。(笑)

aroomwithaviewさん、相談されやすいタイプなのですか?
きっと、そういう(どういう?^^)オーラが出ているんでしょうね。

相談者が何を狙いとしてきているのか、
それはわかりにくいことですよね。
ぼくもこの区別に失敗することが多いです。
話を続けながら、あーいかん、などと思いつつ、
修正することもしばしばです。
Commented by enzian at 2006-04-29 13:28
aroomwithaviewさん、続き

>私も、ひとつばかり、進行形のがありまして、連絡をとるにも勇気がなく、ひたすら、至らなかった自分を恥ずかしく思い、寝る前に、ごめんね・・・と、つぶやくだけです。うぅ~悲しい。

やってしまいましたか‥‥
(・_・)/\(・_・)ナカマ!
(こういう風に簡単にナカマと言ってしまうのが
いけないのかもしれないけど‥‥(^^ヾ

Commented by enzian at 2006-04-29 13:38
柊さん

>皆同じって言われると、自分の悩みが些細なことだと言われたように感じるのだと思います。

そうですね。

>とっても悩んでいるのにその悩みは誰もが抱えている程度のものだと言われてしまったら、
そんな日常的な悩みでこんなに悩んでいる自分ってバカみたいじゃん!
私の悩みはそんじょそこらの悩みとは違うのよ。悩みのマックスなのよ~(笑

^▽^)ケラケラ
笑いごとじゃないけど、そうなんでしょうね。。

>軽く流してあげるのも思いやりのうちに入ると思いますけど
いっぱいいっぱいで、そんな風に考える余裕もないのでしょうね。

いっぱい、いっぱいなんでしょうね。
ぼくの方も、「そんなの、みんな同じだよ」というのは、ちょっと強すぎる表現で、
せめて、かっちんさんが言っているような、、「あなただけの悩みではないよ」
ぐらいの柔らかな表現なら、キレられることもなかったかな‥‥
と反省してはいます。
Commented by enzian at 2006-04-29 13:55
Honig-Bieneさん、こんにちは☆

>相談って難しいですよね。

大切だし、むずかしいことですね。

>女性に相談すると「わかるわかる!」というノリに発展しがちですが、男性に相談すると大概「そんなことないよ」と否定されます。この場合、前者には「あんたに何がわかる!」と苛立ち、後者には「そんなことあるから相談してるんだ!」と怒ります。

あ~そうなの?
そういう傾向があるの、そっか‥‥
でも、どっちにしても、怒るのね。
怒りたくて、発散したくて、相談するのかな。^^

>悩んでる人は、「なんで私だけ・・・」という分厚い殻を背負ってますから、「そんなの、みんな同じだよ」と言われるとキレちゃうんですよね。はい!私もキレました(笑)二度と、その人には相談しません。むしろ、警戒します。

自慢しないように。(-_-)
分厚い殻ってのがおもしろかった。

>人生相談を生業としている人を尊敬します。

そうですね。
Commented by enzian at 2006-04-29 14:34
とこちゃいさん

>どこかで「(少し距離をおいて)客観的に相手を眺める」なんて態度の時は「みんな同じ」という感覚が生まれる傾向にあります。逆に感情移入し過ぎてしまうとドツボにはまる・・・。

両極があるのでしょうね。
よくドツボにはまって、取り返しがつかなくなりますのだ。(^^ヾ

>相談相手に選んでくれたということは素直に嬉しくなります。でも、そこで背負う守秘義務がしんどかったりもします。逆に人に相談することは大きな勇気が必要です。あのためらいが何であるのか・・・。

嬉しいですね。
その嬉しさもあって、最初のうちはよいのですが、
相談が繰り返されるにつれ、抱えるものが増えてきて、
タスケテ‥となります。

人に相談する場合には勇気が必要ですね。
ためらいの理由は重層的かな。。。
Commented by enzian at 2006-04-29 14:39
とこちゃいさん、続き

>「エリート意識」という言葉にドキリとしました。自分が閉塞感の中で苦しんでいる時には特別に優しくしてもらう権利があるんだ、なんて主張していたのかも知れません。「悩みを抱える特別存在」だとみなしてもらえないと恨んでしまいそうな・・・。逆に相談を受けた時には「迷える子羊を導いてやろう」なんておこがましい気持ちを抱いてしまっているのかも知れません。

「エリート意識」という言葉は抵抗があるかなと思ったのですが、
みなさん、すんなり受け入れてくださったようで、ホッです。

相談を受ける側にも優越観が生じますね。
それが、やはり、知人との和解ができない理由になっているようです。
迷える羊を導く神のように思っていたのかもしれません。

>どちらの側になるにせよ、相談を通して深まる絆もあれば疎遠になってしまうこともあります。それが一体なんに由来するのか。一度自分自身を見直してみる必要があるんやないかと思いました。

どちらもありますね。

>キュートなテントウムシさんやわ♪

でしょ、でしょ!^^
Commented by enzian at 2006-04-29 14:42
kozou_17さん

>ボクも似たようなことを感じる事が多々あります。ある市民活動の中心的な位置にいるので、相談や文句などを受けるわけです。そしてそれは大概「みんな同じ」なことなんですよね(笑)。中には自分がいかに頑張ったか、大変だったかを、自分が納得するまで褒めて欲しいという人もいますが、これまた大変さは「みんな同じ」なんですよね(笑)。結局、自分にとって自分は特別だけど、他人にとっては特別ではない訳で。当たり前ですが。このあたりのズレを埋めることに疲れている近頃のワタクシです(笑)

コメントが自己完結していますね。
どれも「みんな同じ」に思える場合は、
黙って聞いておくことに徹するしかないのでしょうね。^^
Commented by enzian at 2006-04-29 14:46
meshiさん

>そうそう、そうなんですよね。
他人がそうだと冷静に「みんな同じだよ」ってわかるけど、
自分がその立場になると、被害者意識爆裂。

この立場の違いは、
どうしようもないのでしょうか。(^^ヾ

>そーいえば、私、基本的に人にはあまり相談はしないかも!
「愚痴を聞いて!」と宣言して、ガーっと話すか、
起承転結をまとめて、物語風にして語ってマス。(←すでにネタ?)
いっぱい聞かされて、面倒だった経験からかも?

う~ん、やっぱりそういうのは相談とは言わないのでしょうかね。
言わないのだろうな‥‥
突然に来て、なにやら話して去ってゆく‥‥嵐のような人なのか?^^
Commented by aroma-memory at 2006-04-29 22:15
隠し技の変化球としては有効!・・・「そんなの、みんな同じだよ」ということば。そんな気がします。知人の方には、ちょっとストレートに喰らっちゃた感があったようですが。(@@)

たとえばですけど、初潮を迎えた娘さんが「きゃぁ~、わたし病気???」と深刻に悩んでいても、保健のせんせいかなんかに”それは、みんな同じだよ。くるときはくるものなの”といわれれば「ほっ・・・地球上でわたしだけじゃないんだぁ~」とかなりそーですけどね。

相談につきものの不安って、悩んでるほうも聞いてもらいながら刻々と種類とか深刻度とかかわっていきそうですよね。ライブ!って感じで。

悩んでいる人にたいしていつでも真摯なenzianさんには、この出来事さえも糧にして次に待ってる子羊ちゃんたちを、恐れることなくヘルプヘルプしまくっていってほしいものですっ!!!ひゅ~ひゅ~(^^)(^^)(^^)
Commented by sofia_ss at 2006-04-30 00:19
同じじゃない人に「同じだよ」と言われたら、ムっとしちゃうかな^^
わかってないってことだもん。
私は相談されたときは、必ず何かしらのアドバイスをしているかな・・・
興味のある、答えを欲している人はそれを受け止め、ただ話しを聞いてほしい人は、それにうなずくだけで、また自分の話を始めます。後者の方の場合は、後はただこちらが聞き役になるだけ。相談じゃないですね(^^ゞ

相談される側は、道端の木陰で良いのだと思っています。
しばし休憩してまた、自分の足で、人は歩いていくものなのだと思いますので。
Commented by enzian at 2006-04-30 14:30
毒きのこさま

>隠し技の変化球としては有効!・・・「そんなの、みんな同じだよ」ということば。そんな気がします。知人の方には、ちょっとストレートに喰らっちゃた感があったようですが。(@@)

たとえばですけど、初潮を迎えた娘さんが「きゃぁ~、わたし病気???」と深刻に悩んでいても、保健のせんせいかなんかに”それは、みんな同じだよ。くるときはくるものなの”といわれれば「ほっ・・・地球上でわたしだけじゃないんだぁ~」とかなりそーですけどね。

なるほど、えらく具体的な例ですが、^^
この例のように、ものすごく有効な場合もありますね。
ぼくは使う場面を間違えたってことに問題があったわけですね。

>相談につきものの不安って、悩んでるほうも聞いてもらいながら刻々と種類とか深刻度とかかわっていきそうですよね。ライブ!って感じで。

変わるでしょうね。
不安って、はっきりした対象がないようなものですから、
相談することによって、はじめてはっきりするような場合もありますしね。
Commented by enzian at 2006-04-30 14:42
sofia_ss さん

( ̄(エ) ̄)ノ 今川焼きにも一票!(関西では、回転焼きと言います)

>同じじゃない人に「同じだよ」と言われたら、ムっとしちゃうかな^^
わかってないってことだもん。

ちっともわかってないことの証明になりますよね。

>私は相談されたときは、必ず何かしらのアドバイスをしているかな・・・
興味のある、答えを欲している人はそれを受け止め、ただ話しを聞いてほしい人は、それにうなずくだけで、また自分の話を始めます。後者の方の場合は、後はただこちらが聞き役になるだけ。相談じゃないですね(^^ゞ

もともと「相談」って言葉は互いに話すってことなんでしょうけど、
聞いて欲しいだけの人も「相談したいことがある」って言って来ますから、
どっちも相談なんでしょうね。
相槌をうったり、頷いたり、目を見たりするのも、
話していることになるのでしょう。

>相談される側は、道端の木陰で良いのだと思っています。
しばし休憩してまた、自分の足で、人は歩いていくものなのだと思いますので。

そうですね。
Commented by Ry at 2006-05-01 00:11 x
みんな同じだよ。と言われたら、確かに腹が立つかも…。
って最初は思ったんですが、
最近、同じような内容なのに、すごく前向きな気持ちにさせられることを言われました。
「みんな同じような内容で悩んでいるんだよ。だから大丈夫だよ。」です。

確かに特別視されることを望んでいることもありますが、
私の場合、結構同感を得る内容でない話もあったりするので、
同一化な慰めは時に嬉しいものです。。

相談者は軽くあしらわれることで気分を害するだけであって、
決して特別視を嫌うわけではないかと思いました。
「大丈夫」は言うのも言われるのも魔法の言葉ですから使ってみてください^^
Commented by makkow at 2006-05-01 06:13
こんにちは いつも楽しく 拝読させていただいております

さて 拙者は ,
3×2 と 2×3 は 「同じ」なのであらうか てんてんてん
たとへば ガラス球がそれぞれ3個づつ入った袋が2つ と
ガラス球がそれぞれ2個づつ入った袋が3つ あったとき
ガラス球の総数は「同じ」じゃが
パッケージされた状態は 「異なつている」やうに思える
問題として 書かれている 3×2 と 2×3 が 示しているのは
どのやうなモノ・コト ヌァニであるのだらう テンテンテン
などと 悩んでいるような ありさまなので
容易に 3×2=2×3 と イコールで結ばれてしまふと
その人(教諭)に ??? を 抱いてしまいまする

こちらの 記事に触れてからといふもの
《・・・一番目の患者、二番目の患者は病状は似ていますが、
 原因と処方が完全に異なる同病異治であり、一番目の患者と
 三番目の患者は病状が異なりますが原因と処方が同じ
 異病同治なのでございます。・・・》 といふ
TVドラマ「大長今」の 主人公の台詞が 木霊しています

長々と失礼をばいたしました それではこれにて 御免くださいませ
Commented by enzian at 2006-05-01 22:03
Ryさん

>みんな同じだよ。と言われたら、確かに腹が立つかも…。
って最初は思ったんですが、
最近、同じような内容なのに、すごく前向きな気持ちにさせられることを言われました。
「みんな同じような内容で悩んでいるんだよ。だから大丈夫だよ。」です。
確かに特別視されることを望んでいることもありますが、
私の場合、結構同感を得る内容でない話もあったりするので、
同一化な慰めは時に嬉しいものです。。

毒きのこさんも言ってるけど、
同じ言葉にしても、時と場合、そして相手、
要するに状況によるんですよね。
あんまり毛嫌いせず、必要だと思えば使うことにします。

>相談者は軽くあしらわれることで気分を害するだけであって、
決して特別視を嫌うわけではないかと思いました。
「大丈夫」は言うのも言われるのも魔法の言葉ですから使ってみてください^^

わかりまったけ。^^
「大丈夫」は好きな言葉です。
Commented by enzian at 2006-05-01 22:16
makkowさん、こんばんは。
はじめまして、コメントありがとうございます。

>さて 拙者は ,
3×2 と 2×3 は 「同じ」なのであらうか てんてんてん
たとへば ガラス球がそれぞれ3個づつ入った袋が2つ と
ガラス球がそれぞれ2個づつ入った袋が3つ あったとき
ガラス球の総数は「同じ」じゃが
パッケージされた状態は 「異なつている」やうに思える
問題として 書かれている 3×2 と 2×3 が 示しているのは
どのやうなモノ・コト ヌァニであるのだらう テンテンテン
などと 悩んでいるような ありさまなので
容易に 3×2=2×3 と イコールで結ばれてしまふと
その人(教諭)に ??? を 抱いてしまいまする

あーそれはムズカシイ問題です。
哲学の正統的な問題の一つだと思います。
なにがいったい「同じ」なのか?ということに関わるものですね。
ぼく自身はそれが大問題だということに薄々気づきこそすれ、
まだ正面から考えるだけの力がありません。(^^;
Commented by enzian at 2006-05-01 22:19
makkowさん、続き

>こちらの 記事に触れてからといふもの
《・・・一番目の患者、二番目の患者は病状は似ていますが、
 原因と処方が完全に異なる同病異治であり、一番目の患者と
 三番目の患者は病状が異なりますが原因と処方が同じ
 異病同治なのでございます。・・・》 といふ
TVドラマ「大長今」の 主人公の台詞が 木霊しています

あーそれは、ぼくがまだ見ていない「チャングムの誓い」
の場面のセリフですね。゛(/><)/ ヒィー
心して見ることにします。

それでは、今後とも、よろしくお願いします。
Commented by 座敷童 at 2006-05-01 22:23 x
私も「相談されやすい」人間ですが、これは禁句禁句。
一人:平均から導いた答えは禁句禁句。
うやむやな物を固定するための理由付けが欲しいから
他からの意見を求めてるわけでございませぬか。
まず相談する時点で動揺している人がほとんどだったもので、
いっつも冷静にさせるような返答ばかりしていましたなぁ・・・。
「それ(悩み)の最良の結論だと君が願うものは何か?」
答えたくないので逆に問で返す日々・・・。
Commented by enzian at 2006-05-01 23:14
座敷童さま

座敷童さんは相談されやすいの?
相談者は砂かけ婆とか‥‥\(-_- ビシッ

じょうだんはさておき。

>うやむやな物を固定するための理由付けが欲しいから
他からの意見を求めてるわけでございませぬか。

そうですね。

>まず相談する時点で動揺している人がほとんどだったもので、
いっつも冷静にさせるような返答ばかりしていましたなぁ・・・。
「それ(悩み)の最良の結論だと君が願うものは何か?」
答えたくないので逆に問で返す日々・・・。

ふむふむ‥‥
Commented by anitya at 2006-05-03 02:48 x
相談する・・
「うん それはいい大いにやりなさい」
とか
「そりゃ向こうが悪い」
とか
「その事なら私が引き受けましょう」
とか
「バカだなあそんな重たい事一人でずっと悩んでるなんて」
とか
「ああその程度の額なら明日にでも用立てましょう」
とか
つまり自分に言って欲しい事を言ってもらうのを期待して持ちかけるのが相談と言う行為なら聞き手も うーんと頭を抱えますね
えっ!?と思う覚悟が相談者にも必須かも
苦しんでる人は苦しくて大変だけど 聞く方も苦しいし まずお互い全く別の気持を各々持ってる同じ人間という事に着眼
Commented at 2006-05-03 16:35
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-05-03 16:36
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-05-03 22:08
anityaさん

>つまり自分に言って欲しい事を言ってもらうのを期待して持ちかけるのが相談と言う行為なら聞き手も うーんと頭を抱えますね
えっ!?と思う覚悟が相談者にも必須かも

そうですね。
そして、記事とは矛盾するように思われるかもしれませんが、
相談を受ける、ということにも、
それ相応の覚悟が必要で、
もし覚悟ができなければ相談など受けるべきではない、
ということも言えるのだと思います。

上にanityaさんが言ったことと、
それを受けてぼくが言ったことを総合すると、
次の二行に集約されるかもしれません。

>苦しんでる人は苦しくて大変だけど 聞く方も苦しいし まずお互い全く別の気持を各々持ってる同じ人間という事に着眼
Commented by enzian at 2006-05-03 22:29
鍵コメ2、3さま

一段落目^^

えぇ?どの記事のことですか?
あたふた (((^^;)(;^^) ))あたふた

期待なしには失望ないですよね。
この場合の「期待」は、自分の欲望に境を接したタイプの希望ですね。

おわかりかと思いますが、
この記事は、ぼくが崇拝される対象として記事を書いていますが、
崇拝をする学生はぼくの写しでもあるのです。
つまり、ぼくもまたこの種の崇拝をいたるところでやっていて、
身に覚えがあるから学生の気持ちがわかるのです。

あっちなみに、キノコへの崇拝は、純粋な崇拝ですのでお間違えなく。^^

三段落目

ぼくも、ここでいただいたコメントはとても参考になりました。
レスするのに、頭を抱えて考え込むようなものばかりでした。
Commented by enzian at 2006-05-03 22:41
鍵コメ2、3さま、続き

四段落目

この四段落目は、かなり痛いところをつかれたと思いました。

たぶんこれは教師の職業的傾向だと思うのですが、
多くの教師には、自分がやっていることがお金をもらっている業務だ
という気持ちがほとんどありません。
したがって、学生と距離を置くといことができない人が多いのです。

これでどのようなことが起こるかと言いますと、
どんな相談であっても、学生の相談であれば、
自分のキャパシティを増やすことさえ厭わずに、
すべて受けようとする傾向があるのです。

しかしこのようなことは教師自身にとっても無理な負担となりますし、
結果として相談者の学生にとっても、不幸な結果を招きかねないと思います。

その辺のところをよく心得た大学のカウンセラーたちは、
すべてを抱え込まずに自分たちに任せるようにと口を酸っぱくして言います。
(言うまでもなく、学校のカウンセラーは、
学生のためだけではなく、教職員のための存在でもあります。)

「互いを尊重‥‥」以下、肝に銘じますね。
自分と相談者のために。

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