己が首を絞める

サッカーのアジアカップで中国人観衆の行動が物議をかもしている。過激な行動の理由については、領地問題によるもの、某国政治家の軽率な行為への反感によるもの、経済格差のフラストレーション解消によるもの、近年中国の反日教育によるもの‥‥いろいろな推測がされている。最後の理由はあながち外れてはいないようで、30代以上の中国人の冷静な意見に対し、10代20代の若者の過度にナショナリスティックな言動には、末恐ろしい気がした。

ただ、こういう国外での動きを見ていつも危惧するのは、これに対する国内の過敏な反応だ。テロが起これば決まってテロをテロ防止のための過剰なシステムが組織され、ミサイル実験が起これば決まって財政を無視したミサイル防御システムが導入される。同じように、ナショナル・アイデンティティの象徴的行為を愚弄する動きには、決まってナショナル・アイデンティティの象徴を過剰に保護するシステムが反動する。特定の国家を愚弄する人間を取り締まるシステムが作動し、そうした人間と同国籍人へのいやがらせも頻発する。

スタジアムを埋め尽くす中国人がすべてナショナリズム的傾向をもっているとは思えない。多くは、どの社会でもありがちなフラストレーション解消の道具としてナショナリズムを利用しているにすぎない。要は、欲求さえ解消できれば相手は何でもよいのだ。人間はいつも自らのアンフェアな欲望を正当化する口実を探し求めている。これに、共通の敵(的)を叩いてアイデンティティの保存をはかる傾向が加われば、次にくるのは決まって集団による暴力。国家を超えた人間共通の傾向に気づき、自らの軽率な行為が結局のところ己が首を絞めることに気づく賢明さをわれわれはもつべきなのだろう。

by enzian | 2004-08-03 23:59 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(0)

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