「守ってあげられなくて、ごめん。」

不条理な事件で人の命が奪われるたびに、この言葉が繰り返される。だが、たとえ細心の注意を払おうと、か弱い命を守り切れるという保障など、どこにもないのだ。人との関係のなかでしか人が生きられず、しかも人を傷つける可能性が人のなかに秘められている限り。

それでも、言わずにおれない気持ちはわかる。自分だけが死なずに生き永らえていること、生きているのがあなたではなくこの私であること、そのこと自体が、死者にたいする圧倒的なアドバンテージだからだ。生きていればそれなりに辛いことがあり、あるいは一寸先は闇と言ってよいのかもしれない。だがそれにしても、生者には何事かが起こる可能性がある。一方、死者には一切の可能性がない。死者には一寸先さえないのだ。この、死者に対する “優越感” が、生き残った者を蝕む呵責の源になる。

未だ死なずにいる自らを際限なく責め立て、貶め続ける呵責の念は、他方で、記憶のなかの死者を美化し、崇拝の対象とする。膨れ上がった呵責の念が自分自身を破壊することのないよう、彼岸や盂蘭盆会はあるのだろう。そういえば、今年は誰も夢枕に出てこない。それでよいのかもしれない。

by enzian | 2006-08-13 20:50 | ※その他 | Trackback | Comments(28)

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Commented at 2006-08-14 10:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-08-14 10:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unnyo8739 at 2006-08-14 11:42
ということは、幽霊って死んだ人が出てくるんじゃなくて、
生きてる人が作り出すものなんでしょうか。
Commented by bucmacoto at 2006-08-14 15:06
暗い と 真摯 と 悲観 と 過去志向 って、お盆の必須アイテムですよね(ぉぃ
Commented by enzian at 2006-08-14 21:54
鍵コメ1さま

いえいえ暗い記事ばかり書くぼくが問題で‥‥
まぁたまにはいいですよね。

そのエピソードわかる気がします。
知らなければよかった‥‥と思えることまで聞いてしまったりする、といった。
覚えておいてあげるのがつとめ‥‥というのもわかる気がします。

劇、どうぞ続けていってください。
Commented by enzian at 2006-08-14 22:02
鍵コメ2さま

>同じルート

あぁそれもよくわかる気がします。
偶然そういうルートになったのかもしれませんが、
そういう風にさせる心理も、複雑ながらもわかる気がするのです。

この先がある、と安心していて、痛い目に合う場合は多いですよね。
でも、すべてのことを今日中にしてしまおうとしようものなら、過労死してしまいます。
やはりなにも自分を責めることなんてないんですよね。
Commented by enzian at 2006-08-14 22:16
unnyo8739さん

>ということは、幽霊って死んだ人が出てくるんじゃなくて、
生きてる人が作り出すものなんでしょうか。

そうですね。
ぼくは幽霊の分類を試みたことはありませんけど、^^
そういうのもあるのではないでしょうか。
Commented by enzian at 2006-08-14 22:19
bucmacotoさん

それに、スイカとカブトムシと稲川○二ぐらいを加えていただくと、
ほぼ完璧の品揃えかと‥‥^^
Commented by enzian at 2006-08-14 22:25
おばけ毒きのこ さん

さすが、お盆ともなると、
きのこもおばけになるのか??

周りの罪責を問うことに全力を尽くしていて、
自分の罪責を問うことにエネルギーがまわらない、ということですか?
まぁそういう人って無敵の感じはしますけど、
書かれたことを額面通り受け取ったりはしませんよ、
おあいにくさま!
:-P べぇー
Commented at 2006-08-15 00:20
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Commented by Honig-Biene at 2006-08-15 13:33
ルートの話に共感してくださって、ありがとうございます(^^
何故かホッとしました。

「ごんぎつね」がっかりしたとありますが、結末が違うとか?
見ていませんが、あれも無情な話です。
近所の老夫婦のお宅に、ある日小玉のスイカがどんっと置いてあったそうです。
一昔前なら誰かのお土産として戴いたのでしょうが、こんな物騒な世の中なので、
警察に相談をしたらしいのです。
警察は「心当たりがないなら食べない方がいいでしょうね」と普通の返答をしたとか。
結局、炎天下に穴掘り作業をして、埋めたらしいです。
なんだか、「ごんぎつね」を思い出しました。(少し筋は違いますが)
Commented by enzian at 2006-08-15 19:42
鍵コメ3さん

ちょっと聞かせてもらえたことがありましたが、
関係があるのでしょうか。
思う通りにはいきませんね‥‥

>ごんぎつね

言うに言えません。
ともかく、観てみてください

(_ _,)/~~ しろはた
Commented by enzian at 2006-08-15 19:51
Honig-Bieneさん

どういたしまして。

そのスイカの話は、悲しいですね。
たぶん、親切な方(古き良き時代を知っている方ですね)が置いていって
くださったのでしょうが、今なら、それを食べるのは勇気がいりますね。
ぼくの郷里なら今でもそれは可能だと思いますが、
今住んでいる家の玄関先にスイカが置いてあったら、
気持ち悪くて食べられないと思います。

庭には小玉スイカが植わっているのですがね。^^
(スキンの写真)

ごんぎつねは、原作は大好きですし、
また、『まんが日本昔ばなし』も好きなのですが、
今回の脚本は、そういうことのわかっていない人が手がけたらしく、
原作のよさも、『まんが日本昔ばなし』の良さも、
両方とも、完全に消してしまっていました。
Commented by tone-color at 2006-08-16 14:11
時間の中にあるこの人生。
最近は自分が死んだら気持ちや生きていた証など自分では感じることなく途切れる。そして無になると思います。
残された人の絶対的に時間が流れる感じ。
本当に、この記事のように、一寸闇かもしれないのに、
時間というものが何もかも連れてくる。それが贅沢なのか
それとも不幸なのかわかりませんね。
ながく生きた方が幸せ。
それは言い切れないけど、可能性や自由を奪われることは、
やはり幸せではないのかもしれない。
完全に幸せな時が無くても、小さな幸せを見つける時間は、
誰にでもあって欲しいと思います。
Commented by enzian at 2006-08-17 09:02
>tone-color

完全に幸せな時が無くても、小さな幸せを見つける時間は、
誰にでもあって欲しいと思います。

そうですね。
Commented at 2006-10-22 20:42
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-10-22 22:13
鍵コメ4さん

ほんとごぶさたしてしまって‥‥

メールもらってたりなんかしたら、
えらい喜んだと思います。^^

いつ消えるかわからないようなペースで細々とやってゆきます。
ありがとう。
Commented at 2006-10-23 10:34
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Commented by enzian at 2006-10-23 23:10
鍵コメ5さま

ぼくがブログを休んでからはじめていたのか‥‥
煮詰まる時期だから、気分転換にはいいかな。^^
Commented at 2006-10-28 17:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-10-29 12:48
鍵コメ6さま

(((((ノ><)ノ キャ~押された~
(押してよいから開けてありますので、ありがとうです。)

おっほん。
さて。湯気が出て突き抜けたということで、よろしおます。

もう紅葉の季節なのですか。
関西はまだまだですね。
今年は暖かい日々が続いているので、
紅葉は遅れると思います。色づきも悪くなるかな‥‥
そっかー蜂ががんばってるのか~思わず応援したくなりますね。

へいへい。
キノコ食べてるので、大丈夫です。v( ̄∀ ̄)v
松茸のフライ、ぜひ、食べてみてください。
美味しいよ。^^
Commented by 毒きのこ at 2006-11-22 19:06 x
いじめる・いじめられる・見ている・・・そんな環境に身をおいていたのは、遠い昔。
自分にもあったかもしれない。
そんなふうに思い返したりします。最近。

お年寄りどうしの、いじめに遭遇しました。
スタッフも最初は見てみぬふり→始まったら席替えや場所替えをする、など

”いじめ”と認識して、ちゃんとフォロー・ケアすることの難しさ。
仲間同士の、ちょっとしたオフザケよ・・・としかとらえない人も。

事実を知ったご家族の、やり切れない寂しさと悲しみ。

『○○さん、苛められたりはしていないですか?』
そんな当たり前の声かけを
随分あとになって慌ててした自分の情けなさ・・・

”いじめじゃない?大丈夫?”って、ちょっとしたことでも
気づいて・声をかけてあげる
そんな当たり前のことが出来ていませんでした。

○○さんは、その渦中に、病が悪化して天に召されました・・・

*「わたしのいもうと」の記事を読んで、ふと、コメントさせていただきました。
**それから、”おばけ毒きのこ”のコメント諸事情で勝手に削除してしまいました。
ごめんなさい。
Commented by mayuzumi_kaname at 2006-11-23 07:14
私も何パーセントのひとりで、ここで書かれていたことに
少し救われている気がします。
久しぶりにお邪魔してコラム一気に拝読しました。
きのこいっぱい食べて、元気ないのちを分けて貰えるといいですね(^_^)

心をふさいで何年も経つと、
実際私がいじめられていた年の子供同士がたむろしていていて
その中にいじめる子といじめられる子がいても
きっと全然区別がつかなくて戸惑う自分がいます。
元気にはなっているのですが、この数年で
なにかが欠落していったような気がします。
なんなんでしょうなぁ、と自問…
Commented at 2006-11-23 07:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-11-23 18:02
mayuzumi_kanameさん

ぼくの記事は読みにくいでしょう?
しんどい、と感じる方も多いでしょう。

昨日、阿部公房の本をなぜか読んでしまい、しんどくなりました。
人にしんどい思いをさせてはいけないですよね。苦笑
Commented by enzian at 2006-11-23 18:03
鍵コメさん

その返信、よく覚えています。
事情はよくわかりました。

丁寧ですか?

真剣は真剣ですよ。
「気楽に真剣に」書いているのです。
Commented by enzian at 2006-11-23 18:23
毒きのこさん

世代を問わずいじめはある、ということですよね。

>”いじめ”と認識して、ちゃんとフォロー・ケアすることの難しさ。
仲間同士の、ちょっとしたオフザケよ・・・としかとらえない人も。

プロであれば見抜かないといけない、
というのがまずあるのでしょうね。

でも、いじめられていることを教えたくない、
という心理もあるでしょ?

「相談してくださいよ」と言われても、
おいそれとは相談できない、
それが学校の場合は、いじめられている当人を追い込みますし、
いじめを発見できなかった教師を追い込むことになります。

いじめている者も、いじめられている者も隠蔽する、
それが、いじめの難しいところですよね。

わかっていて無視するのは、
関係者としては問題ですね。
Commented by enzian at 2006-11-24 22:39
阿部→安部 

しくしく

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