「強い人」とはどんな人か?

人間には神並の知者はいなくて、いるとすれば、「自分がな~んにも知らないことを知っている」といった程度の知者だけだと考えた哲学者がいましたね。強引にいろんなことを端折って、人間がすべて弱いとする。そうすると、人間には三種類あることになるだろうか。

  1.自分が弱いことにそもそも気づかない弱い人
  2.自分が弱いことに気づいても、認められない弱い人
  3.自分が弱いことに気づいて、認められる弱い人

1と3は一般に「強い」と言われる人だけど、1には病的なナルシストも含まれる。3は人として理想的なんだろうけど、一週間ほどでいいから、1の人になりたいという気もする。こう考えること自体がヒュブリス(傲慢)で、じつは1なのかもしれないけど。

*これは、とあるブログに書いた記事を転載したものです。手抜きですな。

by enzian | 2006-12-15 23:32 | ※その他 | Trackback | Comments(20)

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Commented by coeurdefleur at 2006-12-16 03:29
「弱い」の定義はどんなんでしょう?
Commented by enzian at 2006-12-16 08:27
柊さん

「独りじゃ生きてゆけないこと」にしましょうか。^^
Commented by ecarlate at 2006-12-16 12:09
始めまして。ecarlateと申します~♪
「哲学好き!!」なんでこちら、勝手にリンクしちゃってました。

「強い人」とはそもそも他人が居なければ思考し得ないですよね。「弱い人」も同じく。
だから結局、他人と自分が勝手に決めている事、なんじゃないですかねぇ?
自分と比べてどうか、他人と比べてどうか。でもって自他をもう一度見直す。
そこで、他人か自分が、「強い」「弱い」を決める事になるんじゃないでしょうか。
要は「強い人」とは「強い人と決められた人」に過ぎないんじゃないかな?と想います。

あ~、長々と失礼いたしましたっ|:3ミ
Commented by enzian at 2006-12-16 12:19
ecarlateさん

はじめまして。

>他人と自分が勝手に決めている事、なんじゃないですかねぇ?

そうですね。
Commented by kaori_yoshihara at 2006-12-16 17:07
人はみな弱いと定義した上での「強い人ってどんな人?」という意味なのでしょうか。
(ひとつひとつ確認しないと物わかりが悪くて(T-T)ヨボヨボ)

強い人・・・(・。・
どんな状況にいても自分がやるべきことを見失わずに実行できる人。
・・・かなぁと思いましたけれど。
そう考えると自分は当てはまらないなぁ。見失いっぱなし(笑

逆に、弱い人ってどんな人なのでしょう・・・。(あ、柊さんが問うていたっ(゜∀゜;))
「独りじゃ生きてゆけない人」を見る前は、逃げちゃう人かなぁと思っていました。
途中どんなに強そうでも、最後の最後に逃げちゃう人。
最後に逃げちゃうなら、自分の弱さを認めて途中でチョコチョコ逃げてくれた方がいい、
と思うのです。って、3のことかな。(^^; (↑その人なりに生きられるように
調整しているんだって思えるし。弱さを認められないままなのに逃げない人は
ある意味恐い(心配)、と思います。)

う~ん、広い意味での「自立・自律」と繋がっているのかなぁ。*・。( ̄。 ̄ )

Commented by coeurdefleur at 2006-12-16 17:09
>独りじゃ生きてゆけないこと

なるほど。
私は独りで生きていける人になりたいと思っていますが、
日常の瑣末な例をあげれば、

蛍光灯を交換したい。
天上が高いので、テーブルの上に乗っかって精一杯手を伸ばしてやっとカバーに手が届く。
なので、すんなりいかないと中々辛い。
こういう時、頼めれば楽ですよね。
頼めるんだけども自分で交換するのと、自分以外にする人が居ないので自分で交換するのとではかなり違う。
物事は何だって受け取り方次第ですが、ひっくり返せば表裏一体ということで、
頼める状況にありながら自分でする方に「ゆとり」を感じてしまいます。

なんだか論点がズレてしまったでしょうか^^;
長い付き合いの友人は言います。
「あんたは一人じゃ生きていけないんだから、どうしたって不向きなことがあるんだと認めるべきだ。」
昔つきあった男性はこう言いました。
「きみはしっかりしているから大丈夫だけど、彼女は誰かがそばについててあげないとダメなんだ。」
どういうワケか、寄ってくるのは世話焼きタイプの男性ばかりなのですが、
干渉されるのを極端に嫌う私に気づくと、たいていこう↑なります(笑)
Commented by bucmacoto at 2006-12-16 18:50
壊れないひと = 強いひと

こう定義する。

弱い人とは、壊れるかもしれないひとや壊れた経験のあるひと,壊れそうなひとを指す。
 絶対に壊れないひと = 仏とか神とか呼ばれるようなひと
神でも仏でもない人は、その全てが弱い人と言える。

DQN < Q.E.D.にはほど遠いらしい。。。壊れかけてるひとだから(笑)
Commented at 2006-12-17 12:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-12-18 23:18
かおりさん

>人はみな弱いと定義した上での「強い人ってどんな人?」という意味なのでしょうか。

人間は独りでは生きてゆけませんし、
また、神様のように何でも知っているわけではないとすれば、
神様に比較して、人間はすべて残らず弱い人、ということになりますね。

でもそのなかでも、
自分の弱さを正面から見据えることができる(認められる)なら、
その人は人間である限り弱い人でありながらも、
同時に(神並みではないけど、人間並みの)強さをもった人だ
と言えるのではないでしょうか、ってな感じです。
    
>最後に逃げちゃうなら、自分の弱さを認めて途中でチョコチョコ逃げてくれた方がいい、と思うのです

 ↑
それも、とてもいい例だと思います。

>う~ん、広い意味での「自立・自律」と繋がっているのかなぁ。*・。( ̄。 ̄ )

なるほど、自立とか自律というのは、
上手に逃げることができる、という意味だと言ってもいいかもしれませんね。^^

これで、答えられたかな?(^^ヾ
Commented by enzian at 2006-12-18 23:27
柊さん

>頼める状況にありながら自分でする方に「ゆとり」を感じてしまいます。

最初、子どもは親に依存していますよね。
それが、ある程度成長してくると、普通、やがて自立して、親から離れます。

で、そのときどうして自立できるかというと、
自分にとっての親はいつでも自分が頼れる存在なはずだ、
という安心感が保障になって自立できるわけです。
ある意味、子どもの自立には親への健全な依存が前提されているわけです。
しかし、このような安心感が得られない場合、
子どもは自立することができず、
自立したように見えても、
親以外のものを代償として病的な依存をすることになります。

うん?
なにを言ってるんだろう。
負けずに論点がずれたかな。

柊さんが出している例というのは、
本当に必要なことではないですよね。
(瑣末なこと、と釘を刺してはいるけどね。^^)
Commented by enzian at 2006-12-18 23:31
bucmacotoさん

>壊れないひと = 強いひと
こう定義する。
弱い人とは、壊れるかもしれないひとや壊れた経験のあるひと,壊れそうなひとを指す。
 絶対に壊れないひと = 仏とか神とか呼ばれるようなひと
神でも仏でもない人は、その全てが弱い人と言える。

一つの考え方として納得できるように思います。

しかし、自分を見つめる能力のない人と、
自分を見つめる能力が強くて壊れてしまった人を比較するなら、
ぼくは後者の方が強い人だと思っています、というか、そう思いたい、かな。(^^ヾ
これは、ぼくの考えです。
Commented by enzian at 2006-12-18 23:34
鍵コメさん

下の三行は、ぼくも同意します。
「分を弁える」=「自分を認める」ということだと思います。

ちなみに、その哲学者さん、
その言葉を軽~く言ったわけでもないようですよ。
かなり苦しんで、そう答えを出さざるをえなくなった、
ということのようです。
Commented by 畠中です at 2006-12-19 14:45 x
先生のブログはいつも大人気ですね!

ここに至るまでの強い弱い定義をなんとなく流し読みしました。

ところで最近漫画「ブラックジャック」にはまって読んでるのですが、医者の友達が言ってたことが思い出されました。彼女は、「人間の体の内部は顔と同じように全く同じ人なんて居ないし、美人な人だって体の中はキレイかどうかわからない」というようなことを言ってました。

それは心も同じで、心はどこにあるのか未だに私には分かりませんが人はこの世にあるたった一つの体を持って生まれてきて、心もたった一つです。だから生まれながらにして体が強い、弱いもしくは先天的な障害があったり無かったりするのと同じように、心にも強い、弱いはあると思いますし、先天的な障害がある場合もあると思います。でも、それを簡単に受け入れられない人がいるのはやはり目に見えないことだからなのでしょうか。

内容と少しずれてしまい申し訳ないです。
Commented by enzian at 2006-12-19 23:41
畠中さん

>先生のブログはいつも大人気ですね!

このごろは来られる方も少なくなりましたよ。
ぼくが、ずっとお休みしてたんでね。(^^ヾ

>心はどこにあるのか未だに私には分かりませんが人はこの世にあるたった一つの体を持って生まれてきて、心もたった一つです。だから生まれながらにして体が強い、弱いもしくは先天的な障害があったり無かったりするのと同じように、心にも強い、弱いはあると思いますし

そうですね。
いろいろあると思います、というか同じのはないでしょうね。
こんな複雑なもの、とうてい同じものなんてないでしょう。
身体の器質からくる精神の生まれながらの傾向があるかもしれませんし、
生まれながらの弱い強いがあるかもしれませんね。
ただ問題は、なにを弱い、強い、と言うか、ですけど。

ブラックジャックはおもしろいね。
ぼくも好きです。
Commented at 2006-12-20 23:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-12-23 10:43
鍵コメ2さん

いえ、ちゃんと書けていましたよ。
ただ、問いの質が高度だと思ったので、
しっかり答えられるかどうか、ぼくに自信がなかったのです。

疲れているんでしょうね。
また、元気が出てくると思いますよ。
そういうときは、餅を食べなさい、餅を‥‥(意味不明^^)
Commented at 2006-12-24 10:28
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2006-12-24 23:30
鍵コメ3さん

ケラケラ。
たしかに、「しっかり休みます!」なんて言ってる限り、
休めそうにないですね。^^
Commented by 歩く葦 at 2007-01-19 20:36 x
「強い」と言っても何と比較するかで異なりますが、自分は強いと思っている人にとって、自分は強いのだと思います。

強いと思える自分であれること、それはすばらしいことだと思います。
がんばります・・・。
Commented by enzian at 2007-01-21 12:30
歩く葦さん

>強いと思える自分であれること、それはすばらしいことだと思います。

同意。

思えないで困っている人も、好きだけどね。^^

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