怒り続ける力

テレビを見ていたら、今日も老人が烈火のごとく怒っている。怒りは収まるどころか、炎は勢いを増しているようだ。番組のゲストは、もうよいお歳なのだから、それぐらいで許してあげたらいいのに‥‥などと言っているが、もともと老人の肩をもっていたぼくは、そのコメントを聞いてますます、それいけ、やれいけ、と無責任に老人を応援する。

だいたい、これほど怒り続けられる、というのがすばらしい。そもそも怒るというのはエネルギーのいる作業なのだけど、“怒り続ける”というのは莫大な燃料のいる仕事なのだ。エネルギッシュでよいではないか。

それに、ゲストのような考えの人は多いのだろうけど、どうして、よい歳なら怒ってはいけないのか、わからない。燃料が尽きた後の反動が困るから‥‥という配慮からならわかるけど、どうもゲストの言い方は、いつまでも怒り続けるのはすでに一家をなしたこの国の老人としては大人げない、とでも言いたげな風だった。ゲストもぼくも本当の事情は知らないわけだけど、老人も好き好んで怒っているわけでもないだろう。あれほど怒らざるをえないのだから、きっと自分が自分であるために必要な部分を傷つけられた、と思っているに違いない。

そんなとてつもない怒りを、どうして大人しく我慢したり、冷やして固めたり、取り除いたり、さっさと水に流してきれいさっぱり忘れ去ったりしなければならないのだ。わかったような顔をした他人にそんな風にせよ、と説得される筋合いもない。自己の存亡を賭けた闘いの真っ最中に、他人がみっともないと思うかどうかを気にする余裕などない。怒り続けることもときに大切だとぼくは思っている。自分自身を傷つけない限りで。



b0037269_194624.jpgもしこのキノコの名前がわかれば、“キノコ道” の中級はクリアです^^。誰でも知っている名前なのですが。

by enzian | 2007-03-05 19:26 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(45)

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Commented at 2007-03-05 19:56
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Commented by enzian at 2007-03-05 20:22
鍵コメさん

ブー
Commented at 2007-03-05 20:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-03-05 21:29
鍵コメ2さん

ぼくも根気がない。
しかも、自分の根気のなさを、あたかも自分がいい人だから許すかのように
見せかけてしまうものだから、始末が悪いのです。(^^ヾ

だめ! ブッブー! (>▽<)/彡ギャハハ
Commented at 2007-03-05 21:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-03-05 21:45
鍵コメ3さん

(´ー`)y━~~ふぅーまだまだ青いねぇ ぶー

Commented at 2007-03-05 22:26 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-03-05 22:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 毒きのこ at 2007-03-05 22:44 x
きくらげ♪


>怒りが燃料

怒ることが生きること
それもありかもしれませんね(+_+)

ちなみにわたしは
憧れることが生きること
ピンク色のハートが原型なの
きゃっ☆
Commented by enzian at 2007-03-05 22:47
鍵コメ4さん

いいところをついていますが、ぶー(残念)
Commented by enzian at 2007-03-05 22:49
鍵コメ5さん

Σ( ̄□ ̄;) ハッ!!アテラレタ‥‥
Commented by enzian at 2007-03-05 22:58
毒きのこさん

>きくらげ♪

\(-_- コレッ! ニテモニツカン!

>憧れること

大切なことですね。

Commented by bucmacoto at 2007-03-06 01:45
全くわからないから,鍵コメの必要ない。。

イチゴジャムの香りがするエノキダケ ♪ < 某ブログまるうつし w
Commented by coeurdefleur at 2007-03-06 06:33
シイタケの蒲焼!ε-( ̄(エ) ̄*)/ 遅ればせながらっ、


燃料は記憶かもしれない。
よかったことも、よくなかったことも、ぜぇ~んぶひっくるめて
そういうのがあるからやってけるのかなって思います。

Commented by 006 at 2007-03-06 19:38 x
毒きのこさん

>ピンク色のハー \(-_- すかさずビシッ!

ハッ(゚Д゚;) ・・・コソコソ|_-;))))

このキノコは~・・・
Commented at 2007-03-06 19:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-03-06 21:13
柊さん

>シイタケの蒲焼!ε-( ̄(エ) ̄*)/ 遅ればせながらっ、

そうそう、蒲焼きに山椒をかけたら美味しいんだ‥‥ってちがうっ!ヽ(`д´)ノ
(ちなみに、蒲焼きという発想は、◎)

>燃料は記憶かもしれない。
よかったことも、よくなかったことも、ぜぇ~んぶひっくるめて
そういうのがあるからやってけるのかなって思います。

記憶をありありと想起することが、
怒り続けるためには必要なのでしょうね。
Commented by enzian at 2007-03-06 21:16
006さん

そっか~そこもつっこまないといけなかったか‥‥
関西人として恥ずかしい。(/▽\)
Commented by enzian at 2007-03-06 21:17
鍵コメ5さん

ナメコというのは、当たらずとはいえ、かなりいい線なのです。^^
Commented by enzian at 2007-03-06 21:25
bucmacotoさん

>エノキダケ ♪

正解!無欲の勝利か‥‥う~ん。

野生のエノキダケは、栽培ものとは似ても似つかないのです。
Commented by kaori_yoshihara at 2007-03-06 22:51
なぬ~~エノキダケ~!? (◎д◎)
売ってるのと全然違う~~~
Commented by rakubin at 2007-03-06 23:09
こんにちは
久しぶりにコメントさせていただきます。

自分に照らし合わせて思うのですが、年を重ねるごとに怒りっぽくなっていっているような気がします。以前なら頭にきてもやり過ごすことが出来たのに、今では「私怒ってます」を相手に伝えないと気が済まない。これはいったいどういうことなのでしょう。私だけ、かな?
Commented by enzian at 2007-03-06 23:20
かおりさん

店で売っているのはエノキダケのもやしなんですよ~
見かけだけじゃなくて、香りもちがうのです。
Commented by enzian at 2007-03-06 23:30
rakubinさん

こんばんは。お久しぶりです。

ぼく自身は、記事のゲストではありませんが、歳をとればとるほど人間は人格円満になってゆくものだという変な思いこみがどこかにあります。そういう意味で、理想と現実との距離が年々広がってゆくような気がして、まいってしまいます。怒っているのを伝えることは必ずしも悪いことではないわけですから、しょんぼりする必要もないのですが‥‥
Commented by yuta at 2007-03-07 23:06 x
enzianさん,こんばんわ。よくわからないのですけれど,身体で区切られた世界を自分として守るために,他の身体で区切られた対象に怒りをあらわにするのはなにか,自分のことではなくてもみていて哀しい気がするのです。それは結局は自分を傷つけるやり方だからではないのでしょうか(もちろん相手も傷つくでしょうが)。本当の怒りは,そんなところで表現したらもったいない。と思ってしまいました。年とともに自己制御するのに難儀するのは,ある面しかたないのでしょう。それを補う智恵もまた,年の功のなせるわざ、と自分を鍛えるのが一番かもしれません。脳トレとかで・・ハハ。
Commented by hiruu at 2007-03-08 13:33
エノキ茸って、おおきくなったらシイタケになるんだ。
と思うことにしておきます(^^;)
Commented by fake-mods at 2007-03-08 14:14
怒ってる人をみると、微笑ましくなる時と、不安になる時があります。
Commented by えほんうるふ at 2007-03-09 09:26 x
こんにちは。ご無沙汰してます。

私の場合、怒りっぽい上に意地っ張りなので、一度怒ってしまうとどこで態度を軟化して良いか分からなくなってしまい、結局傍目にはいつまでも怒っているようなそぶりをしてしまいます。ただしこれは身内限定で、他人様に対しては相当はらわたが煮えくりかえっても笑顔で応対できます。そういうややこしい自分が時々嫌になります。
Commented by enzian at 2007-03-10 17:40
yutaさん、こんにちは。

>よくわからないのですけれど,身体で区切られた世界を自分として守るために,他の身体で区切られた対象に怒りをあらわにするのはなにか,自分のことではなくてもみていて哀しい気がするのです。

ぼくも自分の記事の意図がよくわからなくなってきているのですが(^^ヾ、
アイデンティティの確保のために自分とよく似たものを認めたり、
怒ったりしなければならないというのは、なんとも哀しいような気がします。
自分に似たものに怒りをぶつけることは、自分を傷つけることですしね。

でも同時に、それが人間の性なら、それも致し方ないのかなぁという気もします。
とりわけ、怒りをあらわにすることがタブーとされる状況のなかでは、
無理に怒りを封じ込めることによって自分を壊してしまうことがよくあるのではないか、
と常日頃思っているものですから。無闇に怒ればいい、とは思わないのですが、
怒ってもいい場合もあるのではないか‥‥などど。(^^ヾ
Commented by enzian at 2007-03-10 17:42
yutaさん、続き

>本当の怒りは,そんなところで表現したらもったいない。と思ってしまいました。

本当の怒りとはどういうものでしょうか?興味があります。

>それを補う智恵もまた,年の功のなせるわざ、と自分を鍛えるのが一番かもしれません。脳トレとかで・・ハハ。

脳トレ、買おうかな‥‥^^
Commented by enzian at 2007-03-10 17:43
ひるさん

>エノキ茸って、おおきくなったらシイタケになるんだ。
と思うことにしておきます(^^;)

そーそー、中級問題によく出るから、
しっかり覚えておきましょうね。(^^♪
Commented by enzian at 2007-03-10 17:57
えほんうるふ さん

こんにちは、こちらこそ、ごぶさたです。

>私の場合、怒りっぽい上に意地っ張りなので、一度怒ってしまうとどこで態度を軟化して良いか分からなくなってしまい、結局傍目にはいつまでも怒っているようなそぶりをしてしまいます。ただしこれは身内限定で、他人様に対しては相当はらわたが煮えくりかえっても笑顔で応対できます。そういうややこしい自分が時々嫌になります。

同じです。そういう意地っぱりで、昔、家族に迷惑をかけました。今もかな‥‥
外ではそうするしかなくて、ある程度わがままを通せるのは内向きだけですので、
それも仕方ないか、とも思うのですが、おもえば、
意地っぱりを通してよかったことなんて、一度もありません。(^^ヾ
Commented by enzian at 2007-03-10 18:00
fake-modsさん

お疲れだったね。

>怒ってる人をみると、微笑ましくなる時と、不安になる時があります。

自分に身を置き換えて考えてみたときに利害関係が生じてくる場合には
不安になるのかな?
どんな場合に微笑ましくなって、どんな場合に不安になるの?
おじさんに教えてください。^^
Commented by yuta at 2007-03-10 22:46 x
enzianさん,『本当の怒りってどんなものか?』そう聞かれたらこまるなぁ~と,思いながら書いてましたョ。
 絵でいったら,いわさきちひろさんが描いた戦禍の中のこどもたちの、こどもをしっかと抱いてにらんでいるような哀しいよう表情のお母さんの目。詩でいったら,与謝野晶子さんの,ああおとうとよ、君を泣く、君死にたもうことなかれ・・・・という感じでしょうか。
きっと本当の怒りは,人として絶対に忘れてはいけないものに宿らせるようなものではないのでしょうか。争うというのが人間の性であるなら,それに対抗できるようなものに宿らす。怒りは封じ込めるのではなく,絶対に忘れてはいけないことに向けるもの。長期記憶に落とさなければいけないので,結構な努力と忍耐力を必要とする代物なのではないかと,勝手に思っているのですがどうでしょうか。自分,自我,自己となんか自分を知るのも大変です。
Commented by 座敷童 at 2007-03-11 00:20 x
おこってるときー
あたまのなかから「言葉(単語)」が消えたときー
おこりつづけるときー
怒ると周りが変わることを知っているときー
Commented by manchester at 2007-03-11 07:05 x
唐突ですが、私だったらどういう時に怒るのか考えてみました。
怒りやすい性質だと言われた事がありますので。

1.自分が大切に思っている人・物をけなされた時
2.自分の思想を批難された時
3.自分が思う「世の中の道理」に反していると考えられる事がなされた時

1.と2.はいわゆる「自己の存亡を賭けた闘い」という感じです。
1.は「大切に思う」というのが自分の考えなので、2.に入れられなくもないのですが。
私は自己の存亡が揺らぎやすいのでよく怒るのかもしれません。
3.は他者から極めて理解されにくいです。何せ、自分の事以外で怒るのですから。
珍しいタイプだと言われます。因みに、この部分の怒りが強くなっていくと、
社会派と呼ばれるような行動に出るのかな、なんて思います。

ところで私の場合、親しい人相手にしか怒りの感情を出せないのですが、
それは怒っても見放されない、という甘えにも似たものからくる気がします。
相手にしたら、甘え下手だからと怒られてばかりで、さぞかし疲れるでしょう。
実に申し訳なく思うのですが、この癖を治せなくて、謝る事すらどうにも
できないでいます・・・。
Commented by enzian at 2007-03-11 13:50
yutaさん

むずかしい。(>_<。)

>絵でいったら,いわさきちひろさんが描いた戦禍の中のこどもたちの、こどもをしっかと抱いてにらんでいるような哀しいよう表情のお母さんの目。詩でいったら,与謝野晶子さんの,ああおとうとよ、君を泣く、君死にたもうことなかれ・・・・という感じでしょうか。

yutaさんのおっしゃる本当の怒りというのは、
なにか非常にまがまがしいものが背景としてまずあって
それに存在をおびやかされている、どうしても守らなければならない
ものへの切実な思い、といったものでしょうか?
つまり、怒りをある意味で昇華したような愛情というか‥‥

ぼくが具体的に考えていたのは、
屈辱的な行為を受けた女性の例でした。
その人は、それを忘れてしまうように、と親から言われたそうです。
Commented by enzian at 2007-03-11 13:53
座敷童さん

>おこってるときー
あたまのなかから「言葉(単語)」が消えたときー

たしかに。

>おこりつづけるときー
怒ると周りが変わることを知っているときー

計算高いぞ!
Commented by enzian at 2007-03-11 14:00
manchesterさん

>1.自分が大切に思っている人・物をけなされた時
2.自分の思想を批難された時
3.自分が思う「世の中の道理」に反していると考えられる事がなされた時

この分析から、
けっきょく自分が傷つけられたときに人は怒るのだなぁという
ことがよくわかりますね。
そういう意味では誰しも同じかもしれないけど、
そういう“傷つけられた”というセンサーの敏感さは、
人それぞれなのかもしれませんね。

>ところで私の場合、親しい人相手にしか怒りの感情を出せないのですが、
それは怒っても見放されない、という甘えにも似たものからくる気がします。
相手にしたら、甘え下手だからと怒られてばかりで、さぞかし疲れるでしょう。
実に申し訳なく思うのですが、この癖を治せなくて、謝る事すらどうにも
できないでいます・・・。

謝ることができないなら、
他のことに形を変えて世の中にお返ししましょう。^^
Commented by yuta at 2007-03-11 19:20 x
 enzianさん,おばんです。男社会の中で働く女性なら,一度や二度は屈辱的と思われる体験をしているのではないでしょうか。多分に主観的なものなので,本当に相手が悪いかどうかは別です。ただ,屈辱的行為と感じるとき,その行為をした側が,感じた側の女性にとってどのような人であるのかは,考えるにあたって重要と思われます。たとえば,大好きな人,大切な人,尊敬している人なのか,単なる上司,単なる友達程度なのか?前者ならば,怒りというより悲しみの色合いが深くなるでしょうしね。どちらにしても,具体的な怒りや悲しみや憎しみが湧くような場(実際でも,イメージにおいても)に,長居は無用です。忘れるというのはいいと思うのですが,忘れようとすると返ってだめだったりするから,執着しないが一番と思うのです。違う人や違うものや違う場に目を向け生きているうちに,そんなことに執着していた自分がいつか馬鹿らしく思えてくる日がやってきますから,必ず。
Commented by yuta at 2007-03-11 19:21 x
enzianさん,つづきです。私の場合,相手が単なるアホやと思える場合は,逆襲の手段を考え,さりげなく陥れる計画を立て,さりげなく表現し,気づかなかったりすると,やっぱりアホやったかと,心の中でほくそ笑みます。そしてそのような人は,眼中から消し去ってしまいます勝手に・・へへ。女性も年をとるにつれて,たくましくなるんですよね。なんか,あんまり参考になりませんですね。
Commented by yuta at 2007-03-11 22:39 x
enzianさん、このような場では,誤解を招いてしまうかもしれないような話を結果的に引き出してしまう形となり,とても申し訳なく思いました。そして、enzianさんの誤解を恐れない真摯な対応を嬉く思いますし,深く考える機会を与えていただけたことをありがたく思います。よくわからないのです。が,ただ,人は自分を損なうような衝撃を受けたとき,たとえば,性犯罪に限らず、不慮の事故で子供を失ってしまったなどを体験した人の中に、自分を責め続ける物語を描くことでしか,自分を癒すことができないことがあるようです。他者からは外に怒りを!と思うのですが,この物語の描き方は傍目につらいですが,次の段階を生きる可能性も秘めているようにも思うのです。うまくいえません。そして再度、ありがとうございました。
Commented by enzian at 2007-03-11 23:14
yuta さん

>この物語の描き方は傍目につらいですが,次の段階を生きる可能性も秘めているようにも思うのです。うまくいえません。

いえ、それで、yuta さんのおっしゃりたいことは伝わりました。
丁寧なコメントをありがとうございました。

ぼくのうえのコメント一つは、削除いたします。
ご了承のほどを。
Commented by nonacafe at 2007-03-12 23:27
へぇ〜!エノキダケですか〜!
ということは、この幹は榎の木とか?
椎茸は椎の木、松茸は松の木、
エリンギはエリン?の木とか…?!(爆)
Commented by enzian at 2007-03-12 23:56
nonacafeさん

エノキダケです。
エノキダケは榎を切って切り株を残しておくとほぼ
完全に生えてくるキノコですが、柿の木にもよく生えます。
この木はクヌギの木。

>エリンギはエリン?の木とか…?!(爆)

そうそう、エリンの木を切ると必ず出て‥‥くるわけないでしょ。ヽ(`д´)ノ
(お約束ということで‥‥)

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