学問との出会い

b0037269_1126532.jpg「○○広報」149号の「学問のしおり」というコーナーに掲載されたものです。「少しばかり学問の香りを漂わせよう」という浅ましい意図ももって書いたものなので読みやすい文章ではありませんが、しかめっつらをした業績書より、よほどましな自己紹介になるやもしれません。

高校三年の始めの頃、一度だけ進路指導室に行ったことがある。山積みにされた書類のなかから、私は仏教系大学の案内を探していた。仏教の思想に親しみをもっていたからである。すぐに数校の案内が見つかった。ほとんど代わり映えのしない内容であったが、毛色の変わった書きぶりのものが一つあった。「学問をする環境には恵まれている」。この世知辛いご時世に、「学問」などという言葉に誘われる学生がいるのだろうか? しかも、「は」とは‥‥。そう思いつつも、すでに私の心には、木々に囲まれてゆったりと書物を読む自分の姿が浮かんでいた。結局、この一文に誘われて私は大学の門をくぐったのである。

大学では哲学科に学ぶことになった。少々のめり込みすぎのきらいのあった仏教には少し距離を置こうとした。たまに距離を置いても棄てるわけではあるまい。二年生の基礎講読(現在の演習Ⅱに相当する)で読んだデカルトの『方法序説』はまさに、慣れ親しんだ対象と一旦距離を置くことを学問の方法的な基礎とするものであった。彼の有名な「方法的懐疑」はその一環である。偏見にとらわれない疑いを介することによって、デカルトは純粋な自己の存在を証明し、さらには自己の存在から神と物体の存在を証明する。神と物体の存在証明はともかく、次々と偏見を削ぎ落として進むデカルトの強靱な思索力には敬服した。

三年生の演習ではカントの『純粋理性批判』を読むことになった。至成堂で初めて原書を見たときの落胆は忘れられない。浩瀚(こうかん)、しかもきわめて息の長い独特の文体。これを二年間で読むのかと思うとため息が出た。実際に二年間のゼミで読めたのはその序文だけであった。しかし、カントの哲学全体の基本的な立場を読み取ることはできた。批判とは限界づけの意味であり、理性の批判とは理性の能力を限界づけ、分を弁えることにほかならない。カントは理性の能力を洗いざらい批判し、自由、魂の不死、神の存在といった形而上学的な問題について、人間が正当に主張できる範囲を確定しようとしたのである。その結論はきわめて抑制の利いたものとなっている。彼は人間が完全に道徳的に自己の行動を律する(自由となる)ための条件として、魂の不死と神の存在を「要請」(証明ほど確実ではないが、あることが可能となる必要条件として前提)するのである。不完全な人間が自由になるには、あたかも死をも越えるかのような無限時の努力を必要とする。人間が云々できるのは、精々のところ、そのいつ果てるともしれない努力の監視者として存在するかのように想定される神にすぎない。デカルトには敬服させられたが、節度あるカントの態度には心動かされた。

その後、卒業論文を始めとする研究の手がかりとして私が選んだのはカントであった。デカルトでなくカントにしたのは、前者が神の存在を人間的能力によって証明したのに対し、後者が人間的能力の限界ゆえに要請にとどめたという、わずかな違いからであった。このわずかな違いは同時に決定的な違いでもある。カントに続くフィヒテやシェリングはこの違いを重視せず、カントと袂を分かつことになった。人間的能力に対する見解の違いはやがて自我論の違いに行き着く。フィヒテやシェリングの哲学は人間イコール絶対的主観の哲学であり、自己と絶対者とのあいだに質的差異を認めない哲学であった。フィヒテやシェリングの立場は私にはとれない。カントにとどまるのが小器の分相応であろう。こうして、私の研究テーマはカントの自我論の周辺をさまようことになった。

カントの自我論の周辺を研究テーマとしてすでに十年以上の歳月が経過した。一貫していると言えば聞こえはよいが、そのじつ一本調子で進歩がないのである。一旦距離を置こうとした仏教に戻るにも、カントに深入りしすぎた。しかし夜、静まり返った聞思館の一室で本を読みながら、私は今でもよく進路指導室でのことを少々甘ったるい気分で懐かしく思い出す。あのとき思い浮かべた光景、もしあれが本当に学問であるなら、私はかつて自分が憧れた道を歩んでいるのであろう。

by enzian | 2004-10-24 09:34 | ※どこぞに載せたもの | Trackback | Comments(0)

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