先生嫌い

雑誌『AERA』のコラム「今という時間(とき)」に掲載されたエッセイです。この文章と次の文章は、〆切を忘れていてあわてて書いたこともあり、とびっきりの駄文です。

先生と呼ばれるのがどうも好きになれない。教師になって何年にもなるのに、いまだに自分が先生であることに違和感を感じている。先日も、すれ違う私を何度も先生と呼んだ学生がいたそうだが、当の私は知らん顔ですたこら行ってしまったらしい。

学生に呼ばれるのが嫌なぐらいだから、同僚に呼ばれるのはなおさら好きになれない。あまりに嫌なものだから、年齢のそれほど変わらない同僚には、さんづけで呼ぶようにお願いしてあるほどだ。なぜか、ほとんど聞き入れてもらえないのだが‥‥。

先生という呼び方を嫌うわけは、自分でもわかっている。教師の責任を免れたい、負担を少しでも先延ばししたいという気持ちが、その言葉への過敏反応になる。「大人になりたくない症候群」ならぬ「先生になりたくない症候群」なのだ。誰に強要されるわけでなく教師になったのだから、なんとも身勝手な話でもある。

だがいまどき、教師が特別の責任を負った職業だと信じているのは教師本人だけだろう。先生という呼び方にしても、他に呼びようがないだけのこと。こちらの不安をよそに、呼ぶ方が特別な思い入れをもっているわけではないのだ。びくびくするより、ほどほどに聞き流せばよいのかもしれない。

by enzian | 2004-10-24 09:59 | ※どこぞに載せたもの | Trackback | Comments(0)

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