たゆたゆと揺らぐ

b0037269_23561896.jpg何年か前までは、夏といえば必ず1回はキャンプに行って、バーベキューをしたものだ。バーベキューが終わって、もう焼くものもないのに、薪をくべていつまでも炎を見ているのが好きだった。1年ぶりに会って思い出話に花が咲いたメンバーも、いつしか話題も尽きて、やがてみな黙りこくったまま炎を見つめ続けるのだった。Aはいつも黙って薪をくべていた。炎に照らし出された奴の横顔をいまでもよく覚えている――居酒屋のテーブルに置かれた蝋燭の炎を見ていたら、そんなことを思い出した。「蝋燭があったら、せんせ、しゃべらへんようになるから、蝋燭、向こうに置こう」。すまぬ。

幼いころ、実家には “おくどはん” (京言葉で竈・かまどのこと)があり、炊飯器もあったのだが、そちらで作った方が美味しいということで毎日祖母がご飯を炊いていた。火をつけるのは祖母の役割だったが、ときには火のお守りをさせられた。薪をくべる。水分を含んだ薪はしばらく炎に抵抗するが、やがて観念したように切り口から水分をしたたらせて、とつぜんぼっという音を出して燃え上がるのだった。おくどはんの小さな焚き口から見える炎を見ているのが好きだった――「そうや、せんせ、しゃべらへんから、席かわったら、ええねん」。すまぬ。

たゆたゆと揺らぎ続ける蝋燭の炎はいくら見ていても飽きることがない。決して揺らがない確固としたものを求め求めて疲れたとき、人は炎に癒されるというのだろうか。Aはもういない。



いくら見ていても飽きないものがあると思う。ぼくの場合、それは、蝋燭の炎であり、打ち返す波であり、星の瞬く夜空であり‥‥。揺らぎ続ける、ということを言ったとき、ぼくの頭にはそういうものがあった。揺らぎについては、ちょっとこのごろ流行になっているような言葉があるけど、理論になっているかどうかも怪しいのに脳科学と称する言葉なので(近頃の脳科学を自称するもののなかには、あまりよくない意味でのスピリチュアリズムと境を接しているものが多い)、書くのは避けたい。ここには、できるだけ、ぼくの責任でぼくの考えを書きたい。

蝋燭を見ていて、ぼくは自分自身を見ているのか、とも考えていた。自分を見つめることは楽しいことでもあるし、いちばん難しいことでもある。ぼくらは自分で自分の顔を見ることはできないけど、炎は鏡のようなものかもしれない。居酒屋の前には神社へ行っていた。神社の御神体には鏡が多いけど、鏡とは自分を映すものなのだ(以前、そういうことをブロガーさんから教えてもらった)。だったら、神社で何事かを神さまにお願いする “善男善女” は、じつは自分自身になにかを言い聞かせているのだろう。万華鏡ってなんなんだろうか。また考えてみよう。

炎は大人のメタファーなのかもしれない。使いこなすには技術と十分な配慮が必要だからだ。未熟であれば火傷する。火を守らせてもらえるということは、少年が少しだけ大人として認められたことなのかもしれない。子どもが火遊びをしたがるのもそういうことなのか。ちなみに、着火を性行為のメタファーだと考えた人もいる。

仏壇やお墓に献灯がなされることについては、いずれぼくは論文にするのだ。ぼくには蝋へのこだわりがある。これについて書くには、相当のスペースがいる。

by enzian | 2007-07-28 17:53 | ※その他 | Trackback | Comments(51)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/7202644
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by aroomwithaview at 2007-07-28 20:00
こんばんは。

>たゆたゆと揺らぎ続ける蝋燭の炎はいくら見ていても飽きることがない

同感です。うちは毎日、子供たちが寝静まってからは部屋の照明を消してキャンドルが活躍します。(蝋燭と言わないところが、ちょっと変ですか?)

>決して揺らがない確固としたものを求め求めて疲れたとき、人は炎に癒されるというのだろうか。

求め求めているつもりはないのですが、そういうことなのかな・・・どうなんだろう?
決して揺らがないものなどないと思いながらも、どこかで無意識に求めてしまっているのかもしれないと、この記事を読んで考えてみました。毎日、キャンドル使っているくらいですから。(笑)今も炎がゆらゆらしています。そんな中でPC使うのも邪道ですねぇ~

余談ですが、子供のころ、叔母のうちで五右衛門風呂の用意を手伝わされたのを思い出しました。今でも、五右衛門風呂を使っているんですよ。
Commented by enzian at 2007-07-28 21:09
aroomwithaviewさん、こんばんは。

>うちは毎日、子供たちが寝静まってからは部屋の照明を消してキャンドルが活躍します。(蝋燭と言わないところが、ちょっと変ですか?)

大人のための時間ですよね。
う~ん、キャンドルでなくて蝋燭と言ったのには理由があると思うのですが、
よくわからないな。^^キャンドルでもよかったかな。
aroomwithaviewさんは、キャンドルだと思いますよ。

>決して揺らがないものなどないと思いながらも、どこかで無意識に求めてしまっているのかもしれないと、この記事を読んで考えてみました。

ぼくもそんな風に考えたのですが、蝋燭とか炎については
相当いろんなことを考えられるな、と思います。
今日、ここに書いたのは、そのうちのわずかのことです。

>そんな中でPC使うのも邪道ですねぇ~

そんなことないですよ~すてきですよ~

>五右衛門風呂

五右衛門風呂も下から薪でたきつけるんですよね。
田舎育ちぶりには自信があるのですが、五右衛門風呂だけは体験したことが
ないのです。ちょっと残念。
Commented by kaori_yoshihara at 2007-07-28 21:48
私は火をおこすのが下手でたき火もすぐに消してしまいます。
その点、母は上手です。消えていた火もちょっとつついただけでぼーぼー燃え上がります。
囲炉裏やかまどの時代だったら、嫁にはいけないなぁ…。

けど、そりすべりは得意です。
(なんなのだ…)
Commented by enzian at 2007-07-28 22:27
かおりさん

>囲炉裏やかまどの時代だったら、嫁にはいけないなぁ…。

囲炉裏やかまどの時代じゃないからだいじょうぶだって。^^

>けど、そりすべりは得意です。

うんうん、その勇姿を写真で見たよ。^^
(かおりさんの幼いころのが貼ってあったでしょ。)
Commented by yoko_f211 at 2007-07-28 23:45
〝おくどさん〟子供のころ、うちにもありました。
お正月にはそこで蒸かしたもち米で餅つきもしました。
お風呂も薪で焚いてました。
あくる日、かき出し棒(?)で燃えかすをかき出すのです。
これがけっこう面白かった。
後年、オガライトなんて燃料もありましたが、煙と臭いが凄いんですよ(^^;
何だか懐古大会みたいですね(笑)

最近〝炎〟を見ると言えばアロマキャンドルくらいですね~。
(あたしは蝋燭ぢゃなくてキャンドルで良かったかしら?)
そうか~、アロマキャンドルって香りはもちろん、炎にも癒されてるのですね。
Commented by enzian at 2007-07-29 00:34
yoko_f211さん

そうでした、お正月にはそこで餅米をふかして、餅つきをしました。

>あくる日、かき出し棒(?)で燃えかすをかき出すのです。

そうでしたね、忘れていました。
熾きが残っていて、きれいだったりもしました。

>後年、オガライトなんて燃料もありましたが、煙と臭いが凄いんですよ(^^;
何だか懐古大会みたいですね(笑)

むむっ、オガライトは知らないですよ。
ジェネレーションが違うのでは‥‥
(;¬_¬) ぁ ゃι ぃ

>最近〝炎〟を見ると言えばアロマキャンドルくらいですね~。
(あたしは蝋燭ぢゃなくてキャンドルで良かったかしら?)

いいえ、オガライトですから、
yoko_f211さんは蝋燭でけっこうです。 \(-_- ビシッ

>そうか~、アロマキャンドルって香りはもちろん、炎にも癒されてるのですね。

そうだと思いますよ~
Commented at 2007-07-29 06:48
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-07-29 06:49
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-07-29 10:06
鍵コメ1さん

おはようございます。
蜜蝋燭ですか‥‥いいですね。
和蝋燭は高価ですね。

ぼくは和蝋燭が好きなんですよ。
櫨(ハゼ)とか、植物からつくったものが好きです。
どうしてかな‥‥と思えば、櫨は郷里にあったものだからだと思います。
蝋燭を、昔を思い出すよすがにしているのでしょうか。^^

>最終行

あぁそれは意味のあることだと思います。
蝋燭を灯す、消すことは特別のことで、それを子どもにさせる、
というのは特別の意味のあることだと思うのです。
Commented by enzian at 2007-07-29 10:10
鍵コメ2さん

>その中には、遠い遠い記憶
なんかも含まれていたりします。含まれるというか、蘇るような感じです。

そうですね。
なるほどそうだなと思いました。
炎を見つめることは、記憶を蘇らせる(黄泉がえらせる)ことでもあるのですね。
Aはもうこの世にいないのです。

>残り

そのときに考えていたこと、少し、書き足してみました。
鍵コメさんの考え方とつながっているところがたくさんあると思います。^^
Commented by haco at 2007-07-29 11:17 x
enzianさんを火に近付けると黙るのは筋金入り…と。

φ(..*)ふむふむ。

わたしは水のような気がします。水の音を聞くと落ち着きます。黙ります。すまぬ…となります。

砂浜に座って、海を眺めていると時間を忘れます。お寺の沿岸も、わたしの時間忘れちゃうスポットです。

木というのは水分のシャワーなんだよ、と聞いたことがあります。

わたし、湿気のあるところに行きたがるようです。
Commented by enzian at 2007-07-29 11:20
hacoさん

筋金入りのenzianです。
もう蝋燭居酒屋に行くのはやめます、すまぬ。^^

>わたしは水のような気がします。水の音を聞くと落ち着きます。黙ります。すまぬ…となります。

水の音もいいですね。
これは揺らぎじゃないから、
また別に考えないといけないですね。

>木というのは水分のシャワーなんだよ、と聞いたことがあります。

どういう意味なのかな。
木は水分を発散していて、そばに行くと水のシャワーを浴びているような
状態になる、ということかな。なるほどね。

>湿気のあるところ

たぶんきらいじゃない。キノコがあるからね。^^
水があると、落ち着きます。
Commented by lotus at 2007-07-29 11:35 x
たゆたゆと揺らぐ・・・なんとすてきな表現なんでしょう。
今は、夜の砂浜に寝転び波の音を聞きながら、瞬く星を眺めていたい気分。
もちろん、蝋燭や焚き火も・・・心ゆくまでみつめていたい、誰も話しかけないでほしい。
・・・ 私って、そうとう疲れているのか?^^;
Commented by coeurdefleur at 2007-07-29 11:41
烈火のごとく とか言われるように、炎って激しいイメージ。
でも、眺めていると気持ちがなごなご。
これいかに。

ポイントはゆらぎなんでしょうね。
瞬かない灯りには特別な魅力は無いような。
揺れる、瞬く、変化する、
ふ~む・・・
Commented by enzian at 2007-07-29 16:12
lotusさん

>たゆたゆと

どうしても使いたかったのです。

>今は、夜の砂浜に寝転び波の音を聞きながら、瞬く星を眺めていたい気分。
もちろん、蝋燭や焚き火も・・・心ゆくまでみつめていたい

激しく同意!
疲れているときでも、元気なときでも、
いつでも見つめていたいですよね!^^
Commented by enzian at 2007-07-29 16:16
柊さん

>烈火のごとく とか言われるように、炎って激しいイメージ。
でも、眺めていると気持ちがなごなご。

炎には激しいイメージがありますね。
全てを焼尽するような‥‥
でも手なずけた火には、心がなごむ場合もあるのですよね。

>ポイントはゆらぎなんでしょうね。
瞬かない灯りには特別な魅力は無いような。

そう思います。
これ、考え出したら、本を一冊書けますよ。^^

Commented by haco at 2007-07-29 16:59 x
>蝋燭居酒屋に行くのはやめます、すまぬ。^^

それは、駄目でございますよ。
たまには、行くべきでございますよ。

>木は水分を発散していて、そばに行くと水のシャワーを浴びているような
状態になる、ということかな。なるほどね。

おおっと。
わたしが説明する以前に、完結なさってしまった・・
今回のコメントは、後に続くものを書くぞー!だったので。
失敗しました。
わたし、くどい!!ですね。笑


>たぶんきらいじゃない。キノコがあるからね。^^

都会にも、きのこがありましたよ!
enzianさんのきのこ教育で、目がきのこの目になりつつあります。
Commented at 2007-07-29 18:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-07-29 21:57
hacoさん

>たまには、行くべきでございますよ。

(`_´)ゞ了解!ほどほどに行きまふ!
(すぐに方針を転換するやつ。)

>おおっと。
わたしが説明する以前に、完結なさってしまった・・
今回のコメントは、後に続くものを書くぞー!だったので。
失敗しました。

そうだったのですか、すまぬ、すまぬ。
というか、どちらにせよ書いているからね。^^

>都会にも、きのこがありましたよ!
enzianさんのきのこ教育で、目がきのこの目になりつつあります。

そういうのを、ずばり「キノコ目」と言います。
教育活動が実りつつあること、感無量であります。
ですが、ボートは漕げません。
Commented by hiruu at 2007-07-29 22:04
停電のとき、ろうそくの明かりで風呂に入ったことがありました。
たゆたゆと揺らぎ続ける炎を見つめながら湯船でちゃぷちゃぷするのはとても気持ちいいです。
enzianさんもみなさんもお試しください(^^)
Commented by enzian at 2007-07-29 22:08
鍵コメ3さん

どういたしまして。
ぼくも、書けて楽しかったです。

ありがとうございます。
了解なり。^^
Commented by enzian at 2007-07-30 00:08
ひるさん

炎のたゆたゆと湯船のちゃぷちゃぷがシンクロして、
特別な空間になるのかもしれませんね、
という冗談は置いておいて、それはよさそうですね。
aroomwithaviewさんなら実践しているかもしれない。^^
Commented by mintogreen at 2007-07-30 01:33
enzianさん、コメント先程消してしまいました。すみません。

たゆたゆ、いい表現に、これからも炎の揺れる様を楽しむことが待ち遠しくなりました。
夏の終わりの、静かなバーベキューで。

Commented by 座敷童 at 2007-07-30 01:35 x
ちっさいときは灯明係でした。
蝋燭が燃え尽きるまで火が動かないように、
じっとりと息を殺して、陰気な部屋で独り、見張り番していました。
・・今考えるとやんちゃなガキンチョを危ない外で遊ばせないための
格好の方法だったのかも知れませんね。(おかげで交通事故には遭わず)
私は、坩堝の火が一番好きです。これはたゆたゆではないですね。
ほとほと・・・もらもら・・・?
揺れとゆうよりはリズムですね。
Commented by haco at 2007-07-30 17:22 x
>そういうのを、ずばり「キノコ目」と言います。
教育活動が実りつつあること、感無量であります。

キノコ検定でいえば、まだ初級でしょうか。
英検でいえば、4級あたりでしょうか。甘いでしょうか。
いかがでしょうか。

>ですが、ボートは漕げません。

す・・すいません。
このネタは、十八番化しつつあります。
Commented by yuta at 2007-07-31 12:05 x
enzianさん,こんにちわ。一方では,相変わらず,すごい混雑しているな~,enzianさんのブログと思い,もう一方では,蝋燭の炎の写真をみて,高島野十郎さんの『蝋燭』の絵で,込み上げてくる熱いものを必死でこらえた記憶が蘇っていました。
 宮沢賢治の童話の世界で,私が一番好きなのは,実は『雪わたり』なのですが,中でも,堀内誠一さんが挿絵を書いたもの,これが一番の宝物です。小狐紺三郎が四郎とかん子を幻燈会に招待するところから物語が始まっていますが,物語全体が幻燈のようだなとふと思いました。蝋燭の炎もまた,映し出すものといった隠喩を含んだ物でであるのかもしれません。私という現象もまた,一瞬,一瞬,揺らぎつつ,映し出される,実体のないようなものかもしれませんね(・・というと,人生を捨てているとか,投げているとか,あきらめているとか,おこられるのなかな~,そういうつもりは全くないんですけど・・へへへ)。
Commented by gauche3 at 2007-08-01 14:41
僕も薪をくべていつまでも炎を見ているのが好きです。
だいたい酔っ払っていることが多いのですが・・(笑)

> 決して揺らがない確固としたものを求め求めて疲れたとき、
> 人は炎に癒されるというのだろうか。
なるほどなぁ・・と思いました。
心が疲れたときほど炎に癒されますもんね。
薪の炎は記憶に、蝋燭の炎は心に働きかけて来るような気がします。

居酒屋フェチの僕はいつも色々な居酒屋を想像(妄想?)していて、お店に入ったお客さんには、自分達の囲炉裏の炭に火をおこすところから初めてもらって、適当に飲んで焼いて食って喋って、最後は薪をくべてもらいながらかき氷を出す、なんて居酒屋どうかなぁ?と考えたことがあります。
「回転率が悪くて絶対に潰れる」、と友人は言っていましたが、enzianさんだったら常連になってくれそうですね(笑)
Commented by kaori_yoshihara at 2007-08-02 11:09
ガスレンジとストーブの時代に生まれたことを感謝したいと思います(笑)
そうそう、そりすべり…勇姿…フ~( ̄ー ̄;)遠い目

炎のことで少し思い出した言葉があるので書こうと思ったのですが、
あまりにもうろ覚えです。でも書こうっと(笑)
「水を濡らすことは出来ない」
という言葉です。
そのシリーズで炎についてもあったのですが…、肝心なことを忘れております。
最近とみに健忘症に磨きがかかっております。開き直りすぎたのかもしれません。
確か、絶対的な性質を表す言葉として使われていたと思うのですが…。
うろ覚えにうろ覚えを塗り重ねていますね、傷の浅いうちにおいとまします。
ではでは

あ、そうそう、横レスですが猿夫さんの居酒屋行ってみたいです。
でも火をおこすのは下手なので、ベテランに連れて行ってもらわないと…。
イカ焼き食べたい…。
ではでは、今度こそおいとましますからっ! ダーッ ≡へ( >_<)ノ
Commented by enzian at 2007-08-02 23:07
mintogreenさん

>enzianさん、コメント先程消してしまいました。すみません。

いえいえ、お書きいただくのも、消されるのも、
お書きいただく方の自由です。
ありがとうございます。
(というか、ちょっと読んでました。ごっつぁんです。^^)

>たゆたゆ、いい表現に、これからも炎の揺れる様を楽しむことが待ち遠しくなりました。
夏の終わりの、静かなバーベキューで。

いいですね♪
どこでやるのか、も大切ですよね。
瞬く星の下で、なんて感じだと、また、たまんないですよね。^^
Commented by enzian at 2007-08-02 23:17
座敷童さん

>・・今考えるとやんちゃなガキンチョを危ない外で遊ばせないための
格好の方法だったのかも知れませんね。

座敷童が出て行ってしまって、
家が傾かないように、ということだったのかもしれないよ。

関係ないけど、座敷童は家が傾きそうだから出て行くのか、
座敷童が出て行くから家が傾くのか、どちらなんだろうね。

>坩堝

そげなもの、なにに使うの?
Commented by enzian at 2007-08-02 23:19
hacoさん

>キノコ検定でいえば、まだ初級でしょうか。
英検でいえば、4級あたりでしょうか。甘いでしょうか。
いかがでしょうか。

きゅっ、きゅっ、きゅっ、3級で‥‥ \(-_- ビシッ

>このネタは、十八番化しつつあります。

というか、むしろ、ビーチバレーできません。
Commented by enzian at 2007-08-02 23:40
yutaさん

こんばんは。

>高島野十郎さんの『蝋燭』の絵

この方、知りませんでした。
それで調べたのですが、これこそ、蝋燭の揺らぎだと思えるような作品でした。
この方の名前は覚えておきたいと思います。

>『雪わたり』

美しくて、暖かいお話ですね。
また、堀内誠一さんの挿絵、見事ですね。
この物語全体が幻燈のようだというのはよくわかります。
ぼくもそう思います。

ぼくは雪国を知りませんが、
辺り全体が凍てついた銀世界に反射する月明かりって
すごくきれいなんでしょうね、そんなことも考えます。

関係ありませんが、
河合隼雄さんが宮沢賢治は臨死体験(そのなかには「光の体験」があります)
をしたことがあるのではないか、
それが『銀河鉄道の夜』の夜なんかにも反映されているのではないか、
言っておられたことを思い出しました。
Commented by enzian at 2007-08-02 23:42
yutaさん、続き

>蝋燭の炎もまた,映し出すものといった隠喩を含んだ物でであるのかもしれません。私という現象もまた,一瞬,一瞬,揺らぎつつ,映し出される,実体のないようなものかもしれませんね

かもしれませんね。

「わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です。」

>・・というと,人生を捨てているとか,投げているとか,あきらめているとか,おこられるのなかな~,そういうつもりは全くないんですけど・・へへへ。

怒ったりするもんですか、うへへ。^^

Commented by enzian at 2007-08-02 23:49
猿夫さん

>僕も薪をくべていつまでも炎を見ているのが好きです。
だいたい酔っ払っていることが多いのですが・・(笑)

同感。つけ加えると、たいていビールで。。。

>薪の炎は記憶に、蝋燭の炎は心に働きかけて来るような気がします。

なるほど。。。
ぼくも両方を分けることを最初考えたのですが、
けっきょくわけませんでした。
たしかにニュアンスの違いがありますね。
バシュラールという学者はわけています。
ぼくももっと考えてみようと思います。

>お店に入ったお客さんには、自分達の囲炉裏の炭に火をおこすところから初めてもらって、適当に飲んで焼いて食って喋って、最後は薪をくべてもらいながらかき氷を出す、なんて居酒屋どうかなぁ?と考えたことがあります。

めちゃめちゃいいじゃないですかっ!!
もちろん!開店日から行き倒します。
飲みます(ビールのみ可)、しゃべります、
必要とあらば講義します(なにを講義するんだ!)

そんな居酒屋、みんな待ってると思うけどなぁ。
Commented by enzian at 2007-08-02 23:56
かおりさん

今はそりすべりしないの?ふ~ん。
それと、ガスレンジなの?電子レンジじゃないて、ふ~ん。

>「水を濡らすことは出来ない」

おぉ、なんか深いぞ、深いぞ!
でも、深いぞ、深いぞ!以上に表現できないぞ。
手強いぞ。(^^ヾ

>猿夫さんの居酒屋行ってみたいです。
でも火をおこすのは下手なので、ベテランに連れて行ってもらわないと…。
イカ焼き食べたい…。

よっしゃ、よっしゃ、火おこしおっさんが連れていっちゃろ。
イカ焼き食べたいね。
囲炉裏でいろんなもんを焼き倒したいな。
(炎そっちのけで、食い気にはしっております。(^^ヾ)
Commented by kaori_yoshihara at 2007-08-03 19:34
>今はそりすべりしないの?ふ~ん。
それと、ガスレンジなの?電子レンジじゃないて、ふ~ん。

ではお答えします(オホン←うやうやしく咳払い)
当時のコースでは斜面が緩やか過ぎ、
今の私が乗ったそりはピクリとも動きません。\(´д`)ノ
あの写真の時も1~2シーズンだけでした。
理由のひとつは雪不足でしたが、もうひとつの理由は
けん太が引けるそりの重量(=体重)を超過してしまったのです(><。)
その後もそりすべりをする機会を虎視眈々と狙っていたのですが、
だんだんコタツでみかんの皮を剥いているほうが良くなりまして…

ガスレンジはガス台のことです。
ガスコンロと言った方がいいですか?
電子レンジも一応あるのですが、
冷凍ごはんを解凍する時くらいしか使いませんねぇ。
たまーに冷凍のたこ焼きを解凍します。
Commented by kaori_yoshihara at 2007-08-03 19:35
(つづきです)

>おぉ、なんか深いぞ、深いぞ!
でも、深いぞ、深いぞ!以上に表現できないぞ。
手強いぞ。(^^ヾ

解説できるほど理解していないのに、書いてしまってからちょっと冷や汗が出ました。
ちっちゃなハートです。(笑)
たしか、インドの宗教解説書(だったかな?)に書いてあったと思うのですが…

>よっしゃ、よっしゃ、火おこしおっさんが連れていっちゃろ。
イカ焼き食べたいね。
囲炉裏でいろんなもんを焼き倒したいな。
(炎そっちのけで、食い気にはしっております。(^^ヾ)

わーい(゜∀゜)いいですねぇ^^
イカは一夜干しでお願いします。それを焼きましょう。
好きなので3杯(この数え方でよかったかなぁ)くらいあるといいです。
enzianさんの傍らには常にすっぱいものを切らさないようにして。。。(笑)
(炎そっちのけですね(笑))
Commented by yuta at 2007-08-03 21:43 x
enzianさん,こんばんわ。コメントを読んで宮沢賢治の光の体験,それは臨死体験と関わりがあるのかどうかはわからないのですが,ただ,しんしんと降り積む雪で覆われた,雪国の夜は,雪そのものが闇夜を照らす青白い光のように見えます。そこを照らす月ですから,それは本当に冷たく,張り詰めたような青白い静の世界のようでしたよ。子ども心に,表現はできなくてもそんな感じを受け止めながら生きてきたかもしれません。宮沢賢治も同じような体験はしているのではないだろうかと思います。雪国の冬は,地もなく天もなく神の国も黄泉の国もひとつづきになる,そんな灰色の重たさを人々に感じさせる力がありました。その代わり,太陽が照ると,一面がダイヤモンドのように光りだすのです。だから,重い反面,昼も夜も,輝くという感覚は,大きく植えつけられるかもしれませんね。
>「わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です。」
わたくしという現象,存在ではなく現象としたところに,人との間で変化し続ける人間のまたたくような感じが出てくるように思います。すごい,表現力だなと思います。
Commented by enzian at 2007-08-03 23:16
かおりさん

そっか~、そういうことだったのか~
ソリとコンロ、(`_´)ゞ了解!

>インドの宗教解説書(だったかな?)に書いてあったと思うのですが…

どてっ。
そうだったのか~

>イカは一夜干しでお願いします。それを焼きましょう。
好きなので3杯(この数え方でよかったかなぁ)くらいあるといいです。
enzianさんの傍らには常にすっぱいものを切らさないようにして。。。(笑)
(炎そっちのけですね(笑))

ぼくも半生タイプの一夜干しが好きなので、
もう2杯追加、それと、鰺の南蛮漬けね。^^
Commented by enzian at 2007-08-03 23:26
yutaさん

こんばんは。

>ただ,しんしんと降り積む雪で覆われた,雪国の夜は,雪そのものが闇夜を照らす青白い光のように見えます。そこを照らす月ですから,それは本当に冷たく,張り詰めたような青白い静の世界のようでしたよ。子ども心に,表現はできなくてもそんな感じを受け止めながら生きてきたかもしれません。宮沢賢治も同じような体験はしているのではないだろうかと思います。雪国の冬は,地もなく天もなく神の国も黄泉の国もひとつづきになる,そんな灰色の重たさを人々に感じさせる力がありました。その代わり,太陽が照ると,一面がダイヤモンドのように光りだすのです。だから,重い反面,昼も夜も,輝くという感覚は,大きく植えつけられるかもしれませんね。

ありがとうございます。
雪のめったに積もらない地方に育ちましたので、
とても興味深いお話でした。
「青白い静の世界」ですか‥‥
なるほど、そういう環境に育った宮沢賢治だからこそ、
作れた物語だったのですね。
堀内誠一のあの青の使い方はすごいと思っていたのですが、
であれば、あび挿絵はまさにぴったりだったのですね。
Commented by enzian at 2007-08-03 23:28
yutaさん、続き

>「わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈の、ひとつの青い照明です。」
わたくしという現象,存在ではなく現象としたところに,人との間で変化し続ける人間のまたたくような感じが出てくるように思います。すごい,表現力だなと思います。

なるほど、そうですね。
それと、なぜ宮沢が「青い」照明と言うのかわからなかったのですが、
今回のyutaさんのコメントで、ちょっとわかったような気分になった、とさ。^^
Commented at 2007-08-06 02:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-08-07 22:05
鍵コメ4さん

腕がおまへん‥‥汗

あのかた、続けてらしたのですね。
恋だったのでしょう?^^
楽しかった時期があったのなら、それでよしとしましょう。
これからも、きっと素敵な出会いがありますよ(当たるも八卦‥‥^^)。

>炎が揺れるのは見る人の心をつかもうとしてじゃない。
ただ在るがままに揺れているのがいいんだな とか思ったり

ピンポン!
それがぼくと同意見なのです。
ぼくは、人の心を癒すものは、
目的や意志や志向性が明白には見えないようなものであらねばならない、
と思っています。

それらしいことは以下に書いたことがあります。
http://enzian.exblog.jp/2964366

では、これより、鍵コメさんのところを巡回します。^^
Commented at 2007-08-12 23:46
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-08-12 23:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-08-12 23:49
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-08-13 00:13
鍵コメ5、6、7さん

ぼくが知っている物を知っている人は、
知識をひけらかしたりはしないですね。
また、プライドが高い人でもないですね。
むしろ、自分が知識をもっていないと思ってらっしゃる人ですから、
謙虚な印象を与える人たちです。

手間なんて、そんなことはまったくないです。
こちらこそ、調子にのってべらべらとしゃべってしまって、
申し訳なく候です。汗

Commented at 2007-08-13 06:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-08-13 22:20
鍵コメ8さん

Web上には、いろんな方がおられますね。
現実生活では出会わないような人もおられます。
そしてそれがまた、現実とはまったく違う顔であったもりもするわけで、
とてもおもしろいですね。
Commented at 2007-09-07 18:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-09-10 20:01
鍵コメ9さん

>大好き

よかった、お仲間がいて。^^

ゆきほたる、いいですね。
その祭り、行ってみたいです。

<< オープンキャンパス たまにはべたべたな観光地にも行... >>